学位論文要旨



No 123299
著者(漢字) 大島,長
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,ナガ
標題(和) 数値モデルによるブラックカーボンの被覆過程とエアロゾル光学特性に関する研究
標題(洋) Modeling studies on aging process of black carbon and its impact on aerosol optical properties
報告番号 123299
報告番号 甲23299
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5180号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 教授 植松,光夫
 東京大学 准教授 小池,真
内容要旨 要旨を表示する

大気中に存在するブラックカーボン(BC)エアロゾルは太陽放射を効率的に吸収することから、気候影響を評価する際に最も重要なエアロゾルの一つとして知られている。このBCの放射影響の大きさは、BCが他のエアロゾル成分にどの程度被覆されているかという混合状態に強く依存する。BCは燃焼過程により疎水性で被覆がない粒子として大気中に排出されるが、硫酸塩アンモニウムなどの水溶性エアロゾル成分によって被覆されることにより、BCの光吸収率と湿性沈着に伴う除去率が増大する。BCの混合状態は大気中での被覆過程(特に凝縮過程)によって支配されていると考えられている。本研究では、エアロゾルの各成分量を、粒径と粒子中のBCの質量比率に対して与える新しいエアロゾル表現をエアロゾルモジュールMADRID(Model of Aerosol Dynamics, Reaction, Ionization, and Dissolution)に導入することで、BCの混合状態を陽に表現した新しいボックスモデルMADRID-BCを開発した。また、様々な粒径のBC粒子やBCを含まない粒子が共存した状態での凝縮成分の分配を正確に計算する質量輸送の計算手法を本モデルに導入した。

2004年3月に日本周辺で実施されたPEACE-C(Pacific Exploration of Asian Continental Emission phase C)航空機観測では、名古屋都市域から大気境界層内を通って海上を水平輸送された空気塊中で、厚く被覆されたBC粒子の質量割合の増大が観測された。開発したMADRID-BCボックスモデルを用いて、気体濃度やエアロゾル総量が観測値と一致するような束縛条件下で計算を行った結果、モデルは観測された厚く被覆されたBC粒子の質量割合の時間的な変化を良い精度で再現した。このことは、BCの混合状態の変化が主に凝縮過程により説明可能であることを示唆している。観測においては、ある閾値よりも被覆が厚いBC粒子の情報のみが得られるが、本研究ではモデル計算から個々のBC粒子の被覆量(被覆の厚さ)の変化を求めることにより、BCの混合状態の変化を初めて定量的に明らかとした。BCの質量粒径分布の中心にあたるBCコア直径が100-200 nmの粒子での被覆物質を含む粒子直径のコア直径に対する平均成長比率は、発生源から輸送された直後の空気塊中ではすでに1.6倍に増大しており、海上を半日程度輸送された空気塊中では1.9倍にまで増大していた。また、粒径が小さいBC粒子ほど凝縮による被覆の成長比率が大きかった。

PEACE-C航空機観測との比較を行った事例でのBCの混合状態に基づき、エアロゾルをコア・シェル型として扱うミー理論を用いて、エアロゾルの光学特性の計算を行った。この結果、BCの光吸収率はBCが被覆されることにより被覆がないBCと比較して、発生源から輸送された直後の空気塊中では38%、海上を半日程度輸送された空気塊中では59%とそれぞれ増大していた。また、全てのエアロゾル成分がBCを被覆していると仮定した計算を行った結果、吸収係数と単一散乱アルベドをそれぞれ大幅に過大評価、過小評価した。これらの結果は、BCの混合状態やエアロゾル光学特性を見積もる上で、BCを含むエアロゾルだけでなく、BCを含まないエアロゾルをモデルで考慮することが本質的に重要であることを示している。

観測との比較を行った事例でのBCの混合状態に基づき、ケーラー理論を用いて雲凝結核特性の推定を行った。その結果、発生源から輸送された直後と海上を半日程度輸送された空気塊中においては、全BC質量のうちそれぞれ55%および83%が過飽和度0.05%で雲粒化することが明らかとなった。BCが自由対流圏中での速い水平風により広域輸送されるためにはまず境界層内から上方輸送される必要があるが、本研究で得られた結果は、発生源近傍でのBCの鉛直輸送がBCの長距離輸送にとって重要であることを示している。

雲中、及び雲底下での降水に伴うBCの除去過程(湿性沈着)を扱う計算手法を開発し、MADRID-BCボックス(トラジェクトリー)モデルに導入した。本研究では、PEACE-C航空機観測によって観測された、都市域から大気境界層内を通って海上を輸送中に湿性沈着の影響を受けたと考えられる空気塊に対して、モデル計算を行った。その結果、観測された湿性沈着によると考えられるBC濃度の減少をモデル計算は再現することができた。このことは、モデルでの正確なBCの混合状態の表現と適切な湿性沈着過程の取り扱いの両方が、BCの空間分布を推定する上で本質的に重要であることを示唆している。

本研究では、領域モデルや全球モデルで使用可能な、大気中に排出された疎水性BC粒子が凝縮過程により雲凝結核特性を持つまでの時定数を推定する新しいパラメタリゼーションを開発した。この時定数は、被覆成分の生成速度をBCの総量で規格化することで表現されており、汚染大気から清浄な大気までのあらゆる条件下において、疎水性から親水性へのBCの変換速度として使用することが可能である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、大気中に存在するブラックカーボン(BC)エアロゾルが他の水溶性エアロゾル成分によって被覆される混合状態を陽に表現する新たなボックスモデルを開発した。このモデルを用いた計算と観測結果との比較から、都市域で発生するBCの混合状態の時間変化の機構を解明し、それに伴うBCの光学特性、雲凝結核特性の変化を解明した。

BCエアロゾルは太陽放射を効率的に吸収することから、気候影響を評価する際に極めて重要なエアロゾルであり、硫酸塩アンモニウムなどの水溶性エアロゾル成分によって被覆されることにより、光吸収率と湿性沈着に伴う除去率が増大する。本研究では、エアロゾルの各成分量を、粒径と粒子中のBCの質量比率に対して与える新しいボックスモデルMADRID-BCを開発した。また、様々な粒径のBC粒子が共存した状態での凝縮成分の分配を正確に計算する質量輸送の計算手法を本モデルに導入した。

開発したMADRID-BCボックスモデルを用いて、日本の都市域で生成し、海上に輸送される全BC粒子に対する厚く被覆されたBC粒子の割合の時間的な変化を計算した。この計算結果は、航空機による観測値を良い精度で再現できることを示した。このことから、BCの混合状態の変化が主に凝縮過程により説明可能であることが示された。このモデルにより、BCコア直径が100-20nmの粒子では、被覆物質を含む粒子直径のコア直径に対する比率は、発生源から輸送された直後の空気塊中ではすでに1.6倍に増大しており、海上を半日程度輸送された空気塊中では1.9倍にまで増大していたと予測された。また、粒径が小さいBC粒子ほど凝縮による被覆の成長比率が大きいこども示された。

次に、エアロゾルをコア・シェル型として扱うミー理論を用いて、エアロゾルの光学特性の計算を行った。この結果、BCの光吸収率はBCが被覆されることにより被覆がないBCと比較して、発生源から輸送された直後の空気塊中では38%、海上を半日程度輸送された空気塊中では59%とそれぞれ増大していた。また、全てのエアロゾル成分がBCを被覆していると仮定して計算を行った結果、単一散乱アルベドを大幅に過小評価した。これらの結果から、BCを含むエアロゾル以外に、BCを含まないエアロゾルをBCの混合状態やエアロゾル光学特性の見積もりにおいて考慮することが本質的に重要であることが示された。

さらに、ケーラー理論を用いて雲凝結核特性の推定を行った結果、発生源から海上を半日程度輸送された空気塊中においては、全BC質量のうち約80%が過飽和度0。05%で雲粒化することが明らかとなった。BCが自由対流圏中での速い水平風により広域輸送されるためにはまず境界層内から上方輸送される必要があるが、本研究で得られた結果は、発生源近傍でのBCの鉛直輸送がBCの長距離輸送にとって重要であることを示している。

雲中、及び雲底下での降水に伴うBCの除去過程(湿性沈着)を扱う計算手法を開発し、MADRID-BCボックス(トラジェクトリー)モデルに導入した。都市域から大気境界層内を通って海上を輸送中に湿性沈着の影響を受けたと考えられる空気塊に対する計算結果を観測値と比較し、湿性沈着によるBC濃度の減少をモデル計算は再現できることを確認した。このことから、モデルでの正確なBCの混合状態の表現と適切な湿性沈着過程の取り扱いの両方が、BCの空間分布を推定する上で本質的に重要であることが示された。

本研究では、領域モデルや全球モデルで使用可能な、大気中に排出された疎水性BC粒子が凝縮過程により雲凝結核特性を持つまでの時定数を推定する新しいパラメタリゼーションを開発した。この時定数は、被覆成分の生成速度をBCの総量で規格化することで表現されており、汚染大気から清浄な大気までのあらゆる条件下において、疎水性から親水性へのBCの変換速度として使用することを可能にする、極めて有用なパラメータであることが示された。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク