学位論文要旨



No 123300
著者(漢字) 鈴木,彩子
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,アヤコ
標題(和) 上部マントルかんらん岩の新たな変形指標 : クロマイトスピネル中の拡散の実験的研究
標題(洋) New deformation indicator for peridotites in the upper mantle : Experimental study on diffusion in chromite spinel
報告番号 123300
報告番号 甲23300
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5181号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 准教授 安田,敦
 東京大学 教授 永原,裕子
 東京大学 准教授 武井,康子
 東京大学 教授 小澤,一仁
内容要旨 要旨を表示する

マントル流動によって,上部マントルではかんらん岩が物性・変形条件に従って塑性変形する.物質が塑性変形すると,プレート境界やリソスフェア・アセノスフェア境界等での相互作用に影響が生じる.このため,マントル流動メカニズムの理解のためには,マントル内の物性・変形条件を解明することが重要であり,そのためには,マントル主要構成物質であるかんらん岩構成鉱物の塑性変形解析が有用となる.

かんらん岩構成鉱物のうち,主要構成鉱物であるオリビンの変形挙動が従来主に検討され,変形解析に用いられてきた.しかしオリビンからは拡散クリープによる変形時の情報を引き出すことができない.また,変形を受けた時間情報を引き出すことはきわめて困難である.さらに,かんらん岩が経験したであろう様々な変形場の全ての情報を網羅できない.そのため他の構成鉱物からも情報を引き出し,併せて理解することが重要となる.本研究では,オリビンから抽出できない情報を補える変形指標として,少量ではあるが普遍的にマントル物質に含まれるクロマイト-スピネル系に注目する.スピネルを新たに変形流動の指標として確立し,マントルかんらん岩に適用してその有用性を示すことが本研究の目的である.

スピネルは,かんらん岩中に数体積%含まれる鉱物である.Cr の主要なリザーバとなっており,温度・圧力や周囲の鉱物組成等に敏感な化学組成を示す特性をもつため,温度・圧力を推定する有用な指標とされている.特に,結晶内にしばしばみられる陽イオンの累帯構造は,温度履歴 (Mg-Fe) や,変形履歴 (Cr-Al) を反映して形成されたものであり,岩体や鉱物の辿った熱史や変形史を,時間情報も含めて解く鍵となる重要な情報である.このうち非同心円状のCr-Al 累帯構造は,拡散クリープによる変形によって形成されたと説明されている.

スピネルを用いるメリットは,まず,この拡散クリープの証拠がみつかっていること,拡散クリープによって形成された非同心円状Cr-Al 累帯構造が変形情報を保存していること,また等軸晶系のため歪み量を推定でき,従って変形時間を推定し得ることが挙げられる.鍵となるCr-Al累帯構造の解析のためには,スピネル中および相境界に沿ったCr とAl の拡散速度を知る必要がある.スピネル中の陽イオンの拡散速度は,Fe2+, Mg, O については実験で決定されているが,CrとAl に関しては未だ全く報告されていない.そこで本研究では,高温高圧下で拡散実験を行い,Cr とAl の体拡散係数および相境界拡散係数を求めた.これらの拡散係数に基づいて,スピネルの変形指標を確立した.それを用いて,実際に海嶺下の上部マントルからのサンプルの解析を行い,スピネルの変形指標としての有用性を示した.

体拡散係数は,拡散対を用いた実験を行ってCr-Al 相互拡散係数を求め,Cr およびAl の自己拡散係数は計算で推定するという方法を用いた.出発物質としては,単結晶の端成分スピネルとクロマイトを拡散対として用いた.実験は,マルチアンビル型高圧発生装置を用い,1400-1700℃,3-7GPa の条件下で行った.実験後,回収したサンプルは,EPMA によって面およびライン分析を行った.Cr とAl の拡散プロファイルが左右非対称を示したため,Cr-Al 相互拡散係数をBoltzmann-Matano 法によって求めた.Cr#が0.1-0.9 まで変化するに従い,相互拡散係数は1 桁以上変化した.温度を変化させて温度依存性を調べたところ,活性化エネルギーは3GPa のとき520kJ/mol,圧力を変えて圧力依存性を調べたところ,活性化体積は1.36cm3/mol となった.

自己拡散係数は,イオン性結晶で2 成分系の場合,相互拡散係数と2 つの自己拡散係数の間に成り立つ関係式から,制約を与えられる場合がある.スピネル中のCr-Al の場合,相互拡散係数が組成によって大きく変化し,その変化が強い非線形性を持つため,Cr とAl の自己拡散係数の比にある程度制約を与えることができた.方法は,Cr とAl の自己拡散係数は単調関数であると仮定していくつかの関数を設定し,それらについてフィッティングを行って,すべての実験結果について共通の特徴を探した.Cr とAl の自己拡散係数は一致しないこと,相互拡散係数も単調関数であるとすると,共通の特徴として,Cr の自己拡散係数は著しい組成依存性はもたず,Cr#=0.1のときの相互拡散係数にほぼ近い値となること,Al の自己拡散係数は,Cr より1 桁以上速いことがわかった.

相境界拡散では,拡散対実験を応用し,クロマイト-オリビン間の相境界を作成してCr-Al 相境界拡散速度を求めた.実験は,クロマイト,スピネル,オリビン3 つの単結晶を用いて,1400-1700℃,3-GPa の条件下で行った.実験後のクロマイト結晶内では,かんらん石との相境界に近いところほど高速の相境界拡散に由来するAl の濃集が認められた.観察されたAl の等濃度線を,2 次元拡散モデルに基づく数値計算結果と合わせることで,δDg/Dv(Dv: 体拡散係数,Dg: 相境界拡散係数,δ: 境界の幅)を推定した.活性化エネルギーは体拡散より著しく小さいという結果を得た.この結果から,スピネルが拡散クリープを起こす際の実効的拡散係数 Deff=Dv+πδDg/d (ここでd は粒径)を得ることができた.

最後に,変形指標としての解析例とその有用性を示した.スピネルから引き出せる情報は4 つある.(1)温度,(2)差応力,(3)歪み速度,(4)変形時間である.ゾーニングパターンの温度依存性と粒径依存性から,Cr-Al 累帯構造を形成し得る温度に制限がつけられる.温度がわかると拡散速度が決まる.1 次元定常流モデルに適応して,拡散速度比と組成差と初期組成から差応力が求まる.差応力と拡散速度がわかると,流動則から歪み速度が求められる.流動則は,一般式に組成勾配を含めた流動則を導出して用いた.変形時間は,歪み速度と歪み量から算出できる.以上の手順に基づいて,実際に,海嶺下の上部マントルから得たかんらん岩のスピネルについて解析を行った.1100℃以上で最大数十MPa という高応力を経験していることがわかった.また差応力は岩相により異なり,メルトが関与するdunite では差応力は低い.変形時間は数千年~数万年と見積もられる.

以上の結果から,スピネルはオリビンに残る変形ステージより前の情報を記録していることを実際に示すことに成功した.スピネルとオリビンの情報を組み合わせることで,海嶺下の上昇・冷却に伴う応力の変化が示される.以上の結果から,スピネルは様々なテクトニックな場の理解を深める変形指標として有用であるといえる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章は、イントロダクションであり、地球内部のマントルにおける塑性流動がそのダイナミックスにとり重要であり、それを明らかにするためにはかんらん岩構成鉱物であるスピネルのレオロジーが大変重要であることが述べられている。それはかんらん岩の主要構成鉱物であるかんらん石は主要な変形の条件である時間情報などは、歪量がわからないために解読できない。そこで、他の構成鉱物で、かつレオロジーの異なるスピネルの変形特性を用いてマントルのダイナミックスを解読する必要がある。また、スピネルは非同心円状累帯構造を示し、これがCrとA1に関する非等速な拡散による拡散クリープであることが紹介され、そのレオロジーを明らかにするにはCrとA1の拡散実験が必要であることが主張された。スピネルを変形指標として用いるメリットのひとつはこうした非同心円状の組成累帯構造が変形情報を有していること、形態が保存され、歪量を示すこと、したがって時間情報が構成方程式から求められることにある。このような問題意識は大変斬新である。

第2章は、スピネルの高圧高温でのCrとA1の拡散実験の方法とその結果が詳述されている。実験はマルチアンビル型高圧実験装置を用い、1400-1700C,3-7GPaで行った。実験資料は純粋なクロマイト単結晶とクロマイトとスピネル固溶体単結晶を接着させて行った。実験時間は1時間から1週間の間でタイムスタディをおこなった。体拡散の結果、はじめて、Crの自己拡散係数は著しい組成依存性を持たないこと、Alの自己拡散係数はCrより10倍大きいこと、粒内と相境界拡散係数とその温度圧力依存性を決定したことなどが示された。また、CrとAlの相互拡散の活性化エネルギーは520kJ/mol、活性化体積が1.36cc/molをはじめて得た。さらにスピネル・クロマイト拡散対にもひとつの単結晶、かんらん石を接着させ、あらたに界面拡散対を同時に実験した。この結果、活性化エネルギーは体拡散の0.5倍となり、予測された値に近いことがわかった。

第3章では拡散実験をもとにして、スピネルの体拡散クリープおよび境界拡散クリープについて、その温度、差応力、圧力依存性をきめ、はじめて構成方程式を得た。以上の結果から、実際のマントル岩に含まれるスピネルの化学組成変化と粒子径、および扁平率などから変形さ応力が数10Mpa程度で、変形時間が数千年から数万年と見積もられた。第4章は、スピネルのレオロジーに対する本論文の貢献をまとめたもので、さらに今後スピネルがマントルのダイナミックスを理解するうえで強力な指標となることを展望している。これらの研究はきわめて重要な仕事であり、固体地球科学分野への貢献は大変大きいと考える。また、スピネルを変形時間の指標として用い、その方法を展開したことは大変独創的であると考え、博士の資格を十分に有していると考えられる。

なお、本論文第2章は小澤一仁、安田敦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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