No | 123302 | |
著者(漢字) | 藤澤,和浩 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジサワ,カズヒロ | |
標題(和) | 地震波減衰の定量的評価に向けた理論的・実験的研究 | |
標題(洋) | Theoretical and experimental study on quantitative assessment of seismic attenuation | |
報告番号 | 123302 | |
報告番号 | 甲23302 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5183号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. はじめに 地震学的観測値を解釈し地球内部の温度や組成,相を推定するために,地球内部物質の力学物性の解明が重要である.地震波エネルギーの散逸を示す観測値である減衰(Q)の解釈には,非弾性という,弾性と粘性の中間的な物性の寄与を明らかにする必要がある.多結晶体で生じる非弾性の原因としては,粒界でのせん断応力の緩和により散逸が生じる粒界すべり [Ke, 1964] が有力視されている.しかし,すべりを担う格子欠陥の運動の理論から出発して非弾性の温度・粒径依存性の定量的な評価式を得ることは極めて困難である.このため,温度・粒径依存性に経験的な制約を与えるための非弾性測定実験の必要性が認識されてきた.超音波(~ 1 MHz)伝播による物性測定実験は以前から行われてきたが,非弾性は一般に強い周波数依存性を持つので,実験は地震波(≦ 10 Hz)と同じ周波数帯域で行う必要がある.近年ようやく,ねじり型周期変形実験装置によるオリビン多結晶体の非弾性測定 [Jackson et al., 2002] が行われ,せん断変形に関して1 mHz - 1 Hzで温度・粒径を系統的に変えたデータが得られるという進展があった.本研究では,縦変形型周期変形実験装置(縦変形--せん断変形とは独立な,体積変形を含む変形)を新規に開発し,アナログ多結晶体試料を用いて実験を行った.また,粒界すべりの理論モデルを開発し,体積変形で生じる散逸の大きさとせん断変形で生じる散逸の大きさの比を見積もった. 2. 縦変形型周期変形実験装置の開発と実験結果 開発した装置(図1)では,試料・ロードセル・圧電アクチュエータを鉛直方向に直列に配置する.アクチュエータにより一軸応力を印加して試料を縦変形させる.周期変形試験を行い,sin関数に従って時間変化する負荷と変位の位相差からQを決定した.本装置では0.1 mHz - 50 Hzの広帯域で測定を行った.地震波伝播と同様に応力-歪の線形性が成り立つ範囲で実験を行うためには,歪振幅を10-5以下に抑えることが要請される.このような微小振幅であっても正確に位相差を決定するために,本装置では,分解能が0.01 μm のレーザー変位計を用いて試料変位を計測した. 負荷p, 変位u から,QとJ1(コンプライアンスの実部)が求められる(S: 試料断面積, L: 試料高さ):〓分散関係 [Liu et al., 1970] を満たす点から,Q測定値の信頼性が示された. アナログ多結晶体試料(図2)は,有機物粉体の焼結により作成した.この有機物は,細粒(~1 μm)の多結晶体が作成可能であるので,粒径依存性の解明に利用できる.また,別の有機物との共融系 [Takei, 2000] を部分溶融させると,力学物性の異なる物質(流体)が混在した多結晶体を作成できる. 実験の結果(図2),1 mHz以下では,温度が高いほどQ-1が大きく,周波数依存性(Q)に関してはαf 1≒αであった.この結果は,粘性の寄与で説明できる.一方,10 Hz -1 mHzでは,温度依存性はほとんどなく,0≒αであった.この実験結果は,非弾性が熱活性化過程に従うため生じる温度依存性と周波数依存性の関係(図3)と整合的である.熱活性化過程では,温度変化によりQ-1スペクトルが周波数領域上で平行移動するので, 0=αの帯域に含まれる周波数でのQは温度依存性を示さない.温度変化でスペクトルの高さ変化を生じる過程の有無は定かでないが,実験結果から,本研究の試料では高さ変化は生じなかったことがわかった. 3. 体積変形において生じる散逸の大きさの理論予想 流体など力学物性の異なる物質が混在する多結晶体では,巨視的に等方的な応力を印加し体積変形させた場合であっても,粒界に法線応力のみならずせん断応力がはたらき,粒界すべりにより散逸を生じることが予想される.体積変形で散逸が生じる系を地震波が伝播すると,P波減衰とS波減衰の比QP /QSが,従来,観測値の解析で仮定されてきた2.25を下回る(ポアソン比0.25).本研究では,QP /QSの計算手法を開発し,体積変形で生じる散逸の影響がどれほど現れるのかを固体粒子+流体ポア系(図4)に関して検討した. QP/QSの導出のポイントは,散逸帯域より高周波数の非緩和状態・低周波数の緩和状態での弾性波速度という,理論計算可能な量を用いる点にある.微視的なメカニズムが不明であるため周波数の関数としてQP, QSを計算することが不可能である粒界すべりのような素過程であっても,QP/QSを求めることができる. 計算した結果(図5),P波伝播時に流体ポアが効率よくつぶれ粒界で大きなせん断応力がはたらくようなポア配置である場合に,QP/QSは2.25を大きく下回った.このことは,微視的にはせん断変形で散逸を生じる素過程であっても,巨視的な体積変形の際に,観測で捕捉可能な大きさの散逸を起こし得ることを示唆している. 図1:縦変形型周期変形実験装置の概略図 図2:アナログ多結晶体試料の実験結果 図3:温度依存性と周波数依存性の関係 図4:理論計算に用いた固体粒子+流体ポア系モデル 図5:QP/QSの計算結果 | |
審査要旨 | 本論文は6章からなる.第1章はイントロダクションである.地震学的に求められる地球内部の地震波速度構造および減衰(Q)構造から,地球内部の温度不均質や流体存在などの情報を取り出すためには,岩石の非弾性特性を明らかにすることが重要であることが記載されている.第2章では,従来の研究から得られている非弾性に関する知見を理論および実験の両側面からレビューし,これを踏まえて本研究の問題意識が述べられている.レビューでは,弾性定数の緩和強度Δ(地震波速度分散の大きさを表す)と減衰Qの関係,観測データから求められている地球内部のQ特性,これまでに考えられている非弾性のメカニズムである粒界すべり,Qの周波数依存性と温度依存性の関係など,非弾性の基礎的事項が解説されている.そして,本研究における問題意識として, (1)Qの周波数依存性を表す因子αの値を決定することの重要性 (2)粒界すべりの総緩和強度Δの温度依存性の有無を調べることの重要性 (3)P波減衰とS波減衰の比QP/QSを調べることの重要性 の3点が述べられている.これらについての研究成果が第3章以下で詳しく述べられている. 第3章では,多結晶体の粒界すべりによって生じる緩和強度Δを理論的に予測するための新しい理論モデルの開発を行った.媒質が流体相を含む場合および含まない場合について,粒界すべりの周波数帯域より高周波数帯の非緩和状態,及び低周波数帯の緩和状態での体積弾性率と剛性率を計算してΔを求め,P波減衰QPとS波減衰QSの理論的予測を行った.粒界すべりは微視的には剪断変形で散逸を生じるメカニズムであるため,流体など力学物性の異なる物質が混在しない場合には,体積変形による散逸が生じず,QP/QS=2.25となる.しかし,固体粒子+流体ポア系では,巨視的に等方的な応力を印加し体積変化させた場合であっても,粒界に法線応力のみならず剪断応力がはたらき,粒界すべりによる散逸が生じる.特に,流体ポアの分布に異方性がある場合には,波の伝播方向によっては,QP/QS=1.75程度と,観測で捕捉可能な変化が生じることを明らかにした. 第4,5章では,多結晶体の非弾性を実験的に測定するための新しい手法の開発と,実験結果が述べられている. 第4章では,超音波周波数帯(100kHz-1MHz)における媒質の弾性波速度とQを求める新たな手法を開発した.トランスデューサの周波数特性と,有限サイズの震源から放出される弾性波の回折の効果とを理論的に導出し,超音波トランスデューサで送受信される波形からこれらの効果を補正することにより,試料の弾性波速度とQを推定した.アクリルや液相を含む多結晶体試料を用いて実験を行い,開発した手法の有効性を確認した. 第5章では,地震波周波数帯(1mHz -10Hz)における非弾性特性を明らかにするために,縦変形型周期変形実験装置を新規に開発し,岩石のアナログとして有機物の多結晶体試料を用いて非弾性測定実験を行った.この装置では,微小歪(10-5)に対しても負荷と変位の位相差などを正確に測定できるようにするために,分解能が0.01μmのレーザ変位計を用いるなどの工夫がなされている.開発した装置を用い,問題意識(1)-(2)で述べた因子αの測定と,Δの温度依存性の有無の推定を行った.αについては,オリビン多結晶体について報告されているα≒1/4とは異なるα≒0を得,α≒1/4が普遍的に現れるわけではないことを示した.測定されたQの温度依存性は,Δに温度依存性がなくかつ非弾性が熱活性化過程に従うときの温度依存性と周波数依存性(α≒0)の関係に整合的であることを示し,Δには温度依存性がないと結論した. 第6章には結論の要約が記載されている. 以上のように,地震学的観測可能量であるQを定量的に解釈し,地球内部の状態について適切な情報を取り出すために,独創的な理論的・実験的研究を行った.得られた結論の一部については,地球内部に応用するに当たって,岩石と有機物多結晶体の違いについての更なる研究が必要であるが,本研究において開発された理論(第3章),実験データ解析手法(第4章),実験装置(第5章)はいずれもこれまでにない新しいものであり,将来的にも地球内部物質の力学物性の理解と解明に大きな貢献をすることが期待される.以上のことから,本研究は博士の学位を受けるのにふさわしい優れた研究と認める. | |
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