No | 123306 | |
著者(漢字) | 石井,徹之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシイ,テツユキ | |
標題(和) | 火星のアルバ・パテラ地域における衝突クレータの統計学的および形態学的解析 | |
標題(洋) | Statistical and morphological analyses of impact craters in the Alba Patera region of Mars | |
報告番号 | 123306 | |
報告番号 | 甲23306 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5187号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年,火星探査機が数多く打ち上げられ,火星に関する大量の情報が得られた.そのひとつとして,2001年にNASAによって打ち上げられたマーズ・オッデセイに搭載されたガンマ線分光計による観測から,火星の ±50度以上の高緯度地域には,その地下の非常に浅いところに大量の氷が存在していることが示唆されている.この分布は,大気中の水蒸気がレゴリス中の空隙を拡散して地下に氷を形成したとする水蒸気拡散モデルによって説明することができる. しかしながら,火星は過去において自転軸傾斜角が非常に大きく変動することが理論的に推定されており,自転軸傾斜角が大きかった時代には,地表の氷は火星の中緯度にまで広がることが,水蒸気拡散モデルや大気大循環モデルから推定されている.実際,火星の中緯度には,氷に富む物質が関与していると考えられる様々な地形的特徴が観察される.特に,衝突クレータの極向きの壁面や底面には,氷堆積物が頻繁に観察される.氷堆積物は,少なくとも数百万年以内に形成されたと考えられている.しかしながら,もし氷堆積物が自転軸傾斜角の変動によって形成されたものだとすれば,火星史を通じて繰り返し発達し衝突クレータの形状を変化させていったはずである. 流水による地表の浸食率が大きかった可能性のある火星史初期を除けば,少なくともアマゾニア期以降においては,火星の大気は希薄で寒冷な気候状態が続いていたと考えられるため,火星表層における侵食率は非常に小さかったはずである.したがって,氷堆積物の形成や発達は,中緯度における衝突クレータの主要な修正プロセスであった可能性が高い.さらに,氷が地表付近で安定に存在できない低緯度,自転軸傾斜角が高い時にしか安定に存在できない中緯度,常に安定に存在できる高緯度,のそれぞれの緯度帯においては,衝突クレータ形状の修正の受け方は大きく異なっていることが予想される.衝突クレータは,修正前の形状を予想できる唯一の地質学的特徴であることから,どのような修正を受けたのかを正確に推定することが可能である.衝突クレータの形状を詳細に調査することは,火星の自転軸傾斜角変動史のシナリオを検証するうえでも非常に重要である. 本研究では,まず,ヘスペリア期後期~アマゾニア期初期の表層年代を示すアルバ・パテラ地域に存在する直径5 km以上の衝突クレータ222個について形状パラメータ(壁面傾斜角,キャビティの深さ,リムの高さ)を統計学的に調査した.これまでの衝突クレータの形状に関する研究では,1996年に打ち上げられたマーズ・グローバル・サーベイヤーによって得られた高度 (MOLA) データを用いて研究されているが,そのほとんどはグリッド化されたデジタル高度モデル(Digital Elevation Models; DEMs)を用いている.しなしながら,DEMsは直径の小さい衝突クレータを正確に表現できない場合が多い.本研究では,トラックデータ (Precision Experiment Data Records; PEDRs) を用いて,衝突クレータの形状パラメータを調査する手法を開発した.これにより,アマゾニア期の表層年代を示す地域に形成された,小さい衝突クレータの形状を高精度で調べることが可能になった. 解析の結果,アルバ・パテラ地域の衝突クレータの壁面傾斜角は,緯度が上昇するにつれて小さくなることが示された.さらに,中緯度 (33° N~52° N) では,極向きの壁面は赤道向きの壁面に比べて傾斜角が小さくなっていることが示された.また,45° Nより低緯度ではキャビティが深く(R小),45° Nより高緯度ではキャビティが浅くなっている(R大)ことが明らかになった(図1).このキャビティの深さはクレータの直径が小さいほど緯度依存が強くなる.例えば,45° Nより高緯度において,直径7 km 以下の小さい衝突クレータのキャビティのほとんどが非常に浅いが (R > 0.8) ,直径20 km以上の大きな衝突クレータのキャビティは形成時の半分程度の深さを保っている (R ~ 0.5).また,リムの高さは,大きな緯度依存はほとんどなく,極側と赤道側の高さの違いもほとんどみられなかった. 次に,形状を調べたすべての衝突クレータについて高度プロファイルを作成し,高解像度画像(MOC, THEMIS) と合わせて地形学的・形態学的調査を行った. その結果,低緯度地域に存在する衝突クレータは,ダスト堆積物で覆われており,壁面においてはこのダスト堆積物が雪崩を起こしたような地形が観察された.低緯度において例外的に浅いキャビティを示す衝突クレータは,非常に平坦な底面を示し,溶岩流によって埋められている可能性が大きい.中緯度の衝突クレータでは,特に45° N 以下において,極向きの壁面から氷と岩石から成ると考えられる氷堆積物が粘性緩和した様子が観察された.粘性緩和の特徴は,衝突クレータの直径が小さいほど顕著に観察される.これらの特徴は,高度プロファイルにおいても確認することができた.キャビティが浅くなっている衝突クレータのほとんどは,極向きの壁面から赤道向きの壁面の麓まで,粘性緩和によって広がる氷堆積物で埋められており,その表面はわずかに極向きに傾いていた. 45° N ~ 52° Nにおいても,同様にわずかに極に傾く平坦な底面を示し,そのキャビティは氷堆積物で埋められていることが示唆される.中緯度の大きい衝突クレータでは,氷堆積物は極向きの壁面の麓に留まっている場合がほとんどであった.高緯度では,衝突クレータの内側も外側も氷堆積物で覆われていると考えられ,特に,キャビティ内の氷堆積物は,同心円状の模様を表面に示していた. 以上の衝突クレータの統計学的,形態学的・地形学的解析の結果から,アルバ・パテラ地域における衝突クレータは,主に氷堆積物によって埋められることによって形状を変えていると解釈される.低緯度地域においては,氷が安定でないために,衝突クレータはほとんど形状を変えない(図2a).中緯度地域においては,現在の気候条件では平坦な面においては,氷は安定に存在しない.しかしながら,極向きに傾いている壁面上では,太陽光の入射角が小さいために地面の温度が低くなり,氷が安定に存在できる.極向きの壁面上で発達した氷堆積物は,粘性緩和によってキャビティの底に流れ込む(図2b).キャビティの底は,太陽高度が低い時にはリムによって太陽光が遮られるため,平坦な面よりも温度が数度低いことが予想される.しかしながら,45° Nより低緯度側では,それでも温度が十分高いために,氷堆積物は不安定になる.緯度が高くなるにつれて地面の温度は低くなり,45° Nより高緯度側では,キャビティの底で氷が安定に存在し始めるため,急速に底面が埋められる.50°以上の高緯度では,水平面でも氷が安定であるために,キャビティにさらに速い速度で氷堆積物によって埋められる(図2c).このような修正過程が,寒冷希薄な大気条件が続いていたと考えられるアマゾニア期において支配していたと考えられる.中緯度 (33° N~52° N) において極向きの壁面が赤道向きの壁面に比べて傾斜角が小さくなっている理由は,氷堆積物が温度の低い極向きの壁面上に卓越して発達するからであると考えられる. 氷成分の起源としては,地下水と大気中の水蒸気が考えられる.しかしながら,氷堆積物は,リムの峰付近から発達していることから,地下水よりも大気中の水蒸気が起源として妥当であると考えられる.岩石成分としては,大気中に巻き上げられたダストか衝突クレータ壁面が浸食されたデブリが考えられる.地球の氷河の場合は,浸食されたデブリが主要な構成物質である.しかしながら,クレータ形状の統計解析は,リムの浸食を示唆しない.特に,高緯度の衝突クレータのキャビティは,そのほとんどが埋められているが,もしその岩石成分が浸食されたデブリで構成されている場合,リムは大きく浸食されているはずである.したがって,大気中に巻き上げられたダストが主要な岩石成分である可能性が大きい. しかしながら,低緯度の深いキャビティからは,ただ堆積しただけでは,ダストは再び大気中へ巻き上げられることが示唆される.岩石成分は氷により固定され,全体として厚く発達することが可能になるものと考えられる.すなわち,キャビティを埋めている氷堆積物の厚さは,氷の凝結量と氷が地表付近に安定しダストを地表に固定する期間と対応していると考えられる. 50° N以上の高緯度において,キャビティが深い直径15 km以下の衝突クレータは,54個中4個しかない.54個の衝突クレータが30億年前から順次形成したと仮定すると,4個の衝突クレータはおよそ2.2億年以内に形成したと見積もることができる.すなわち,直径10 km程度の小さい衝突クレータのキャビティは2~3億年程度のタイムスケールで,氷堆積物によって埋められると推定することができるだろう.直径15 km以上の大きい衝突クレータは,ある程度の深さを保っていることから,大きい衝突クレータのキャビティは,現在もなお浅くなる段階にあるのかもしれない. 図1. キャビティの深さの緯度依存.R-Value は形成初期からどれだけ浅くなっているかを示す指標.R = 0 は形成初期と等しい深さ,R = 1 はキャビティが完全に埋められているか緩和しきっていることを示す. 図2. (a) 低緯度,(b) 中緯度,(c) 高緯度における,衝突クレータの主要な修正過程. | |
審査要旨 | 本論文は5章から構成される。 第1章は、イントロダクションであり、火星の表層環境の変動、とくに、火星の自転軸傾斜角の変動に伴う表層氷の安定性に関する研究、地球の周氷河地形に類似した火星の中緯度地域に観察される地形に関する研究、などがレビューされている。火星の表層環境は、隕石重爆撃期の終わりまでの温暖湿潤な気候と、それ以降の寒冷希薄な気候の2つの状態に大別できる。これまで火星史初期の温暖湿潤な環境下における衝突クレータの修正過程に関する研究は行われてきたが、火星史後期における寒冷希薄な環境下における衝突クレータの修正過程の系統的な研究はまだ行われていない。そこで、本研究では、火星史後期以降に形成されたアルバ・パテラ地域・ (18。~61。 N、 81。~136。 W) における直径5 km以上の222個の衝突クレータの形状や形態的特徴を系統的に調査し、火星史後期における主要な衝突クレータの修正過程を明らかにする、ということが述べられている。 第2章では、アルバ・パテラ地域における衝突クレータの形状パラメータ(壁面傾斜角・深さ・リムの高さ)の計測結果が述べられている。中緯度地域(33。~52。 N) において、極向きの衝突クレータ内壁の最大傾斜角は、赤道向きの内壁の最大傾斜角よりも小さい傾向が示された。衝突クレータのキャビティの深さは、緯度が大きくなるにつれて浅くなり、とくに45。 N付近で急激に浅くなる傾向が明らかになった。さらに、衝突クレータの直径が大きいほどキャビティは緩やかに浅くなり、高緯度地域 (>52。 N)では直径15 km以下の小さい衝突クレータはキャビティが非常に浅いのに対し、直径15 km以上の大きい衝突クレータのキャビティはある程度の深さを保持していることが示された。また、衝突クレータのリムの高さには顕著な緯度依存はみられず、極側と赤道側の差もほとんどないことが示された。これらは本研究によってはじめて明らかにされた事実であり、非常に高く評価されるものである。 第3章では、衝突クレータの形態学的・地形学的調査の結果が述べられている。低緯度地域の衝突クレータはダスト堆積物で覆われており、壁面においてはこのダスト堆積物が雪崩を起こしたような地形が観察される。中緯度地域の衝突クレータでは、とくに45。 N 以下において、極向きの壁面から氷とダストから成ると考えられる氷堆積物が粘性緩和した様子が観察された。粘性緩和の特徴は、衝突クレータの直径が小さいほど顕著に観察される。これらの特徴は、高度プロファイルにおいても確認される。衝突クレータのキャビティが浅くなっているもののほとんどは、極向きの壁面から赤道向きの壁面の麓まで、 粘性緩和によって広がる氷堆積物で埋められており、その表面はわずかに極向きに傾いていることが明らかにされた。このような大規模、かつ系統的研究はこれまでなく、表層環境の変動に重要な束縛条件を与える。 第4章では、第2章と第3章の結果を踏まえて、アルバ・パテラ地域における衝突クレータの修正プロセスの緯度依存に関して議論している。地形の効果を考慮したエネルギーバランス気候モデルに基づいて、火星の自転軸傾斜角の変化に対応した表層氷の安定性を推定すると、緯度約30。 Nより高緯度側の衝突クレータの極向き壁面、緯度約45。 Nより高緯度側の衝突クレータの底面には、 自転軸傾斜角に関わらず氷が安定に存在できることが示された。低緯度地域の衝突クレータの深いキャビティの様子から、ダストがただ堆積しただけでは再び大気中へ巻き上げられることが示唆される。これらの結果から、ダスト成分は氷によって固定され、キャビティを埋めている氷堆積物の厚さは、氷の凝結量と氷が地表付近に安定しダストを地表に固定する期間に対応している、とする解釈を提案している。このような解釈は本研究によって初めて提唱されたものであり、高く評価できる。 第5章では、本論文全体の結論がまとめられている。 このように、本研究では、火星史後期に形成された衝突クレータの深さが、緯度や直径に依存するという新しい結果を示し、さらに、衝突クレータを埋める堆積物の量が、自転軸傾斜角の変動史を通じて堆積物中に氷が安定に存在して堆積物を固定した期間に対応する、という新しい解釈を示したことは非常に評価できる。 なお、本論文は全体として田近英一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、データの選定と収集、数値モデルの構築と実行、結果の解釈を行ったものであって、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |