学位論文要旨



No 123313
著者(漢字) 中村,祥
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ショウ
標題(和) 深部低周波微動と種々の低周波振動現象に対する統一的アプローチ: 時間的、空間的、及び周波数に関する性質
標題(洋) The unified approach toward various low-frequency oscillation phenomena including non-volcanic deep low-frequency tremor : characteristics among time, size and frequency
報告番号 123313
報告番号 甲23313
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5194号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 准教授 大湊,隆雄
 東京大学 准教授 篠原,雅尚
 東京大学 講師 井出,哲
内容要旨 要旨を表示する

近年、種々の低周波振動現象が発見されているが、その端緒となったのは、 Obara (2002) によって西南日本で発見された、深部低周波微動である。深部低周波微動 (DLFT) は同規模の通常の地震と比較して低周波に卓越する現象で、この現象を理解す ることは沈み込み帯の物理過程を知るうえで非常に重要である。しかし、その信号は微 弱で、初動も不明瞭であり、その物理メカニズムについては未だ解明されていない。ま た、震源の位置や周波数構造といった幾つかの基本的性質についても不確かな部分が存 在する。 一方、深部低周波微動の発見以降、それ以外にも、長期的/短期的スロースリ ップ、紀伊半島南東沖付加体における超低周波地震(VLFE)、沈み込み帯深部延長で発 生するVLFE、深部低周波微動中に見られる孤立的な低周波地震(LFE)といった地震発 生域外で起きている様々な低周波振動現象が発見されてきている。例えば、これらの低 周波振動現象の間に共通のスケーリング則が成立することがIde et al. (2007) によっ て提唱されており、このことは多くの低周波振動現象が共通の物理メカニズムによって 発生している可能性を示唆する。

本研究では、深部低周波微動の発生メカニズムを解明し、沈み込み帯遷移領域におけ る物理過程を明らかにすることを目的とする。本論文においては、そのために深部低周 波微動の基本的な性質に関するより精細な理解と、これまでに発見された複数の低周波 振動現象を同一の手法を用いて解析、分類することで、深部低周波微動に固有の性質を 見出すことを主眼とする。

2006 年7 月-12 月に東海地域で名古屋大学と共同で行ったLFT のアレイ観測の結 果を解析し、DLFT のスローネスおよび到来方向を推定した。微動記録に対し、相互相 関を用いたスラントスタックを行うことで連続的に発生している微動の短いスケール の時間変化を得ることに成功した(図1)。その結果、本解析期間中の活発期においては、 震源の移動は基本的にプレートの走向に平行な方向で、その移動は一定でなく時速約 40km の移動と、ほぼ同じ位置での発生とを繰り返す様子が観測された。時速40km と いう移動速度は、これまでに知られていた10km/day の長時間スケールの震源移動速 度と比べて速い。また、深部低周波微動は、連続的に発生する微動であるため、初動は 不明瞭で微動の開始終了をはっきりとは定義することは困難である。そこで、アレイ記 録のエンベロープデータから、観測点毎のバックグラウンドのレベル(しきい値) を見 積もり、複数観測点でエンベロープがしきい値を超えてから下回るまでを微動の波動継 続時間としてカウントした。その際、エンベロープのスペクトルにおいてピークが50 秒以上にのみ存在することから、10 秒でローパスフィルタリングした波形を用いた。 これによって見積もられた波動継続時間の間の各アレイ観測点でのエンベロープ振幅 積分(の平均) を、プレート内地震を用いて補正し、微動の大きさの指標とした。以下、 この値をEAI と呼ぶ。その結果(図2)、検測された微動の43%と多くが波動継続時間 45 秒前後を持ち、かつその波動継続時間においては他の波動継続時間と比較してエン ベロープ振幅積分の値が広い範囲にわたることが示された。この特徴的波動継続時間の 存在は、DLFT のメカニズムを示すうえで重要な性質である。さらに、アレイでスタッ クしたスペクトルおよび平均散逸スペクトルの結果から、東海地域のDLFT において は周波数およそ1.7Hz にピークを持つことが確認された。上述の情報から、EAI 値か ら地震モーメントへの変換を行い、深部低周波微動の単位面積あたりのモーメント解放 量を推定した。その結果、1 日の活動でおよそ7.5x105 (N m/m2)という結果が得られ た。これは、すべり量にすると3x10-5 (m/day)という結果であり、この量はフィリピン 海プレートの沈み込み速度と比較して小さい。 これは、深部低周波微動活動のみでは プレートの沈み込みによる歪の全てを解放することはできないことを意味する。

四国西部における深部低周波微動活動に対して、同様の周波数解析を行った結果、 0.5Hz 刻みでピークが存在する特徴的な周波数構造が見られた。この結果は東海地域 における結果とは異るものである。しかし、最大強度を持つピークは1.8-2Hz と推定 され、このピーク周波数は東海地域のものとほぼ同じ周波数である。さらに、四国西部 の記録においてエンベロープのスペクトルを計算した結果、東海地域と非常に良く似た エンベロープスペクトルの形状が得られ、本地域においても、DLFT は特徴的な波動継 続時間としておよそ45-50 秒を持つ可能性が示された。(図3)

深部低周波微動と比較することでその特徴的性質を得るため、我々は異なる2 つの低 周波振動現象について同様の方法による解析を行った。横ずれ断層であるSan Andreas Fault (SAF) において、2005 年にDLFT と良く似た性質を持つ低周波微動が発見され た。この現象についてもアレイによる震源決定および周波数解析を行った。その結果、 震央の位置は従来の研究とほぼ同じ領域に決定され、これまではっきりとは分からなか った震源の深さは30km 付近に精度良く決定された。また、スローネス解析により、 微動の見かけ速度は約4-5km/sec と推定された。波形は1-5Hz が卓越するスペクト ル構造であるが、スペクトルの最大ピークが深部低周波微動の場合よりもより高周波側 (~4Hz) 前後にあり、深部低周波微動波形よりも高周波側にもスペクトル強度が存在す る。明瞭な特徴的ピークは見られなかった。その波動継続時間は30 秒~120 秒前後で あり、EAI 値は東海DLFT よりもやや小規模である(図2)。

2004 年に発生した紀伊半島南東地震の余震観測の際に設置された海底地震計(OBS) の記録中に、長周期の波形が確認された。地震計が4.5Hz 計であるため精査は難しい が、卓越周波数はおよそ1-6Hz と深部低周波微動と共通の帯域であり、継続時間も長 いことから、深部低周波微動との関連性が示唆される。エンベロープ相関法によって決 定された震源は、トラフ軸に垂直な方向に分布する(図4)。また、震源分布はIto and Obara (2006) によって決定された超低周波地震の震源にほぼ平行で、相補的な位置に 広がる。この結果から、この微動が超低周波地震とは別の現象であることが示された。 また、震源が相補的に分布することは、この地域における物性の違いによる応力解放様 式の違いを意味し、トラフ近傍の物理過程を考えるうえで非常に重要な結果である。東 南海、南海におけるすべり域のモニタリングにも有用であると考えられる。さらに、共 に安定、不安定すべりの遷移域である沈み込み帯深部との対応から、この現象が「浅部 低周波微動」である可能性が示唆される。震源の頻度分布からは、24 または12 時間の 周期性が見られる。

図1: 2006 年7 月16 日19 時に おける鳳来アレイに対する解析で 得られたazimuth の時間変化。横 軸は時間、縦軸はスローネスを固定 した際のazimuth の変化。ただし、 ここでazimuth はスローネスベク トルの向きそのものを表す。

図2: 微動の波動継続時間およびエンベロープ振幅積分値。青色の点は2006 年の活発化した時期における東海地域深部低周波微動, 赤色の点はSan Andreas 断層の低周波微動。

図3: 東海地域(左図)における微動記録のエンベロープスペクトル。0.02Hz(50 秒)近傍にピークを持つ。

図4: 紀伊半島南東沖で発生した長周期微動(浅部低周波微動)の震央分布。トラフ軸に直交する方向に線状に分布している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は沈み込み帯における深部低周波微動を中心に複数の低周波振動現象の地震学的解析の論文である。プレート境界固着域深部延長で発生する深部低周波微動は同規模の通常の地震と比較して低周波が卓越する現象で、この現象を理解することは沈み込み帯の物理過程を知るうえで非常に重要である。 S/N比が小さく継続時間の長い深部低周波微動現象については従来提案されているスケーリング則との関係は不明であり、またその震源位置やメカニズム、 大きさといった基本的性質に関する理解は現在でも統一されていない。そのため、本研究では、深部低周波微動を中心に様々な低周波振動現象を同じ手法で解析、分類することで、これまで不明であった基本的性質を求め、その発生メカニズムについて拘束条件を求めた。

本論文は以下の八章から成り立つ。第一章はイントロダクションであり、こ の論文の地震学研究における位置づけを既往の研究と関連付けて説明してい る。第二章は低周波振動現象についてのレビューであり、この論文で解析を行 った3つの低周波振動現象について既往の研究結果を詳細に報告し、現在まで に分かっていることを明確にした。第三章は、基本的性質である各現象の震源 の位置、周波数の性質を推定するために、本研究で用いた手法について説明さ れている。第四、五、六、七章において3つの異なる低周波振動現象について 解析結果、考察が示されている。第四章は、愛知県における深部低周波微動の 地震波アレイ観測結果の解析である。本アレイ解析は論文提出者自身が中心と なって計画実行したものである。このアレイ観測データを様々な工夫を加えて 解析することで、連続的な深部低周波微動の震央の詳細な時間変化が求めら れ、震源の一定範囲での停留と時速約40kmでの急激な移動といった特徴が得ら れた。深部低周波微動の震源位置及びその時間変化を連続的に推定されたこと はこれまでになく、深部低周波微動の発生メカニズムを知る上で極めて重要な 発見である。また、深部低周波微動の周波数についても特徴的周波数ピークの 存在を発見した。さらに、他の低周波振動現象と比較し、スケーリングの有無 を調べる目的で、エベント毎の波動継続時間を見積もる手法を提案し、微動の 地震モーメントを推定した。エベント個々の継続時間と大きさを見積もること は物理メカニズムを推定していくうえで重要であり、そのような研究に先鞭を つけたものとして高く評価される。第五章は四国西部で発生した深部低周波微 動の周波数構造の解析を行い、東海の場合と同様の特徴的ピークの存在と、四 国の場合にのみに存在する特徴的周波数構造が得られた。第六章は横ずれ断層 であるSan Andreas断層における低周波微動の震源分布の解析である。震源の 深さ分布やセグメントに特徴的な分布様式など、これまで知られていなかった 結果が得られた。また、波動継続時間と大きさについて第四章と同様の見積も りを行い、深部低周波微動とほぼ同様の大きさとやや短い波動継続時間が得ら れた。第七章では紀伊半島南東沖で観測された長周期微動の特徴と震源分布に ついての解析を行った。この現象は、2004年紀伊半島南東沖地震の余震観測の 際に設置された海底地震計記録中に発見され、存在以外はこれまでにほとんど 情報が明らかにされていない。本研究において、 エンベロープ波形を用いた 震源決定法により、初めて震源分布が示された。その結果、トラフ軸に直交す る方向に、これまでに知られていた超低周波地震の震源と相補的に分布する震 源位置が得られた。この二つは同一の現象を帯域の違う別の計器で捉えたもの ではなく、全く別の現象であることが示された。沈み込み帯の浅部と深部延長 の類似性から、この長周期微動は深部低周波微動に対応する「浅部低周波微 動」というべきものである可能性が示唆された。これは、トラフ軸近傍、ひい ては沈み込み帯浅部でのダイナミクスを知るうえで、非常に重要な発見であ る。第八章は、得られた複数の低周波振動現象に対する解析結果を比較し、全 体に共通する統合的性質及び深部低周波微動にのみ特徴的なメカニズムの抽出 を試みている。

本研究では深部低周波微動に関して、はじめてその震源の連続的時間変化を明らかにするとともに、複数の低周波振動現象に関し多くの基本的性質の抽出に成功した。個々の現象の物理的メカニズムを本研究のみによって明らかにすることはできないが、本研究によって多くの拘束条件が提示されたことは、今後の物理過程の解明に大きく寄与するものとして高く評価する。

なお、本論文第4章、第5章、第6章、第7章は武尾実との共同研究であるが、論文提出者が主体となり観測立案、観測、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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