学位論文要旨



No 123314
著者(漢字) 丹羽,健
著者(英字)
著者(カナ) ニワ,ケン
標題(和) Perovskite型およびPost-perovskite型酸化物の弾性的・塑性的性質の研究 : CaIrO3をモデル物質とした超高圧実験に基づく結晶化学的考察
標題(洋) Study on Elastic and Plastic Properties of Oxide with Perovskite and Post-perovskite Type Structures : Crystal Chemistry Consideration Based on the High Pressure Experiments of CaIrO3 as a Model Material
報告番号 123314
報告番号 甲23314
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5195号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 船守,展正
 東京大学 教授 八木,健彦
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 川勝,均
 東京大学 准教授 小暮,敏博
内容要旨 要旨を表示する

Post-perovskite 型MgSiO3(Fig.1-b)は、Perovskite 型構造(Fig.1-a)に比べてその構造的異方性が強いことから、下部マントル最下部(D"層)で観測される地震波速度異常を説明できる有力な候補となっている。特に対流が生じているD"層ではPost-perovskite 型構造が選択配向を形成し、D"層全体の弾性的性質を大きく変化させている可能性が高く、高圧実験によりPost-perovskite 型構造の選択配向を明らかにすることが重要な課題となってる。

過去にダイヤモンドアンビルセルを用いた高圧実験から、Post-perovskite 型 MgGeO3 および(Mg,Fe)SiO3 の選択配向の観察が報告 [Merkel et al. 2006, 2007] され、D" 層における地震学的観測結果との整合性が議論された。しかしながら、そこで観察された 選択配向組織は変形により形成されたものではなく、相転移前の相の選択配向に起因した 選択配向組織である可能性が高く、現在のところD" 層のような対流の境界層で Post-perovskite 型構造がどのような選択配向を形成するのか全く分かっていない。

過去の実験で用いられたケイ酸塩やゲルマニウム酸塩ではPost-perovskite 型構造 への相転移圧力が非常に高く、現在の実験技術ではそのような高圧下で試料を大きく変形 させて選択配向組織を観察することはできない。そこで、本研究では常温常圧下で Perovskite 型およびPost-perovskite 型構造が存在可能なCaIrO3 をアナログ物質として用 い、『変形により生成したPost-perovskite 型構造の選択配向組織』を観察することを目的 に研究を進めた。得られたPost-perovskite 型の選択配向組織と圧縮実験から明らかにされ た両構造の弾性的性質から、D"層における地球科学的考察を行った。

変形実験はレーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセルを用いて室温および高温下 30GPa までの条件で行った。生成された選択配向は、Radial diffraction 法およびAxial diffraction 法を用いた 高圧X 線その場観察に よる回折線強度の変化 や回収試料の SEM-EBSD による方 位解析から評価した。

Fig.2 に 6.5GPa で得られた Post-perovskite 型構 造の X 線回折パター ンを示す。Fig.2-a にお いて水平方向が加圧軸方向に対応し、Debye リング上では回折強度に強い方位角依存性が 見られる。

Fig.2-b-1,2 は回折線強度の方位角方向の分布を指数ごとに比較したもので、Postperovskite 型構造の選択配向組織は、b 軸が加圧軸方向と平行に揃っており(010)面がす べり面として働き形成されたものであると解釈することができた。得られた結果はTEM に よるバーガーズベクトルから予想されるすべり面やYamazaki et al. (2006)による高温低圧 変形実験の結果、そして結晶構造から予想されるすべり面の考察と整合的であった。Fig.2 は室温下6.5GPa で得られた結果であるが、高温下30GPa までの条件で行った実験でも同 様の選択配向組織が観察された。その一方、Perovskite 型構造に関しては同程度の歪み量 を与えた変形実験を試みたが、弱い選択配向しか観察されなかった。

CaIrO3 は、現在のところ常温常圧で唯一Perovskite 型およびPost-perovskite 型構造が存在可能な酸化物であり、本研究によりケイ酸塩では観察できなかった『変形により生成した選択配向』を観察することができた。しかしながら、CaIrO3 は酸化物ではある がケイ酸塩(eg; MgSiO3)とは組成が大きく異なっており、D"層における議論にはCaIrO3 の高圧物性に関してさまざまな面から考察する必要がある。そこで静水圧下における圧縮 実験から両構造の弾性的性質(軸圧縮、体積圧縮挙動など)を明らかにし、CaIrO3 をMgSiO3 のような地球深部物質のアナログ物質として扱うことの妥当性を考察した。

圧縮実験はメタノール・エタノール混合液やヘリウムを圧媒体とした静水圧的条 件下で行い、両構造の圧縮挙動を室温下35GPa までの高圧その場粉末X 線実験により明ら かにした。最高圧まで両構造とも各々の構造が保たれたまま圧縮されたが、比較のために 行った粉末試料を圧媒体を用いず直接圧縮する非静水圧的条件下では、ストレスの増加と 共にPerovskite 型からPost-perovskite 型に相転移する様子が観察された。圧縮実験では 10GPa 以上でPerovskite 型CaIrO3 のb 軸がほとんど縮まなくなるなど、主にIr4+の電子 構造に起因すると考えられる独自の特異な圧縮挙動が顕著に見られた。そのため構造を反 映した圧縮挙動の議論には、特異な挙動が見られない10GPa までのデータを用いて行った。

Fig.3 に本実験で得られた10GPa までの両構造の軸圧縮挙動を示す。両構造の軸 圧縮率(βl、l=a,b,c)を比較すると、Perovskite 型CaIrO3 はβa:βb:βc=1:0.37:0.7 で3 軸の圧縮率が各々異なるのに 対して、Post-perovskite 型 CaIrO3 ではβa:βb:βc=0.51: 1:0.51 で、積層構造したb 軸が、 同程度の軸圧縮率を示すa、c 両 軸に比べ、2 倍ほど縮みやすいも のであった。CaIrO3 はMgSiO3 に比べて軸圧縮異方性(軸圧縮率 の差)はより大きいが、軸圧縮挙 動に関しては両構造ともMgSiO3 と同じ傾向を示した。

Perovskite 型およびPost-perovskite 型ともに単結晶的に見た場合には弾性的異方 性が強いが、多結晶のランダムな集合体となった場合、両構造間でそれ程大きな弾性的性 質の差は見られない可能性が高い。このことは理論計算による考察や最近報告されたラン ダムな多結晶集合体Perovskite 型およびPost-perovskite 型MgSiO3 の横波弾性波速度を 測定した実験結果からも示唆されている。

しかしながら、両構造の単結晶的な異方性が強いということは、多結晶集合体で あっても選択配向が生じた場合には非常に強い異方性が生まれることを示している。実際、 CaIrO3 を用いた本研究では、同じ程度の変形でもPerovskite 型構造は弱い選択配向しかし 示さないのに対して、Post-perovskite 型構造は非常に強い選択配向を示すことが明らかと なった。

こうした両構造の弾性的・塑性的性質を考慮すると、下部マントルD"層付近で は、選択配向を形成しにくいPerovskite 型構造はランダムな方位をもつ集合体として存在 しており、その一方Post-perovskite 型構造はb 軸が揃う選択配向を形成し、両構造間では バルクとして大きな弾性的異方性の差が生まれる可能性がある。こうしたPerovskite 型と Post-perovskite 型の弾性的性質の差によりD"層の地震波速度異常を説明できると期待される。

Fig.1 ABO3型酸化物におけるPerovskite型およびPost-perovskite型結晶構造

Perovskite型はSiO6八面体が3次元的に結合してネットワークを形成しているのに対してPost-perovskite型はSiO6八面体がa-c面内で層を形成しb軸方向に積層下構造である。

Fig.2 Post-perovskite型CalrO3の選択配向

(a)はRadiald diffractionにより得られた6.5GPaにおけるX線回折パターン。IP上で強度の分布に方位角依存性が見られる。水平方向が加圧軸方向に対応する。(b-1,2)は(020)、(002)、(022)、(110)の強度を加圧軸となす角xでプロットしたもの。x=0が加圧軸方向に対応している。

Fig.3 Perovskite型CalrO3およびPost-perovsktie型CalrO3の軸圧縮挙動

赤、青、黒の直線は、軸圧縮率を求めるため変形させた2次のBirch-Murnaghanの状態方程式にフィットさせた結果である。黒シンボルは過去に行われた単結晶構造解析の結果。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなり、第1章には「はじめに」、第2章には「Perovskite型およびPost-perovskite型CaIrO3の合成」、第3章には「静水圧的条件下における圧縮実験」、第4章には「一軸応力場における塑性変形実験」、第5章には「Perovskite-Post-perovskite相転移メカニズム」、第6章には「実験結果に基づく地球科学的考察」、そして、第7章には「まとめ」が述べられている。

第1章では、先行研究をレビューすることで、地球マントルの最下部領域においてケイ酸塩のPerovskite-Post-perovskite相転移が重要であること、および、マントル最下部に相当する100~130万気圧にも達する圧力条件下での弾性的・塑性的性質のその場測定が極めて困難であること、したがって、ケイ酸塩のアナログ物質としてのCaIrO3の研究が必要であることを述べている。

第2章では、本論文の試料であるPerovskite型およびPost-perovskite型CaIrO3の高圧合成法について述べ、さらに合成された試料についての詳細な記載を行っている。

第3章では、Perovskite型およびPost-perovskite型CaIrO3の準静水圧条件下における30万気圧領域までの圧縮実験を行い、両構造の圧縮形態の差異についての考察を行っている。Post-perovskite型では、結晶構造から期待されるとおり、斜方晶のb軸のみが選択的に圧縮されることが確認された他、両構造ともに10万気圧以上の圧力領域で、Ir4+の電子構造に起因すると思われる特異な圧縮形態を見出した。この発見は、結晶化学的に非常に興味深い一方、ケイ酸塩のアナログ物質としてのCaIrO3の限界を示すものでもある。

第4章では、Perovskite型およびPost-perovskite型CaIrO3の一軸変形実験を行い、変形に伴う選択配向がPerovskite型で小さく、Post-perovskite型で大きいことを実証した。また、結晶構造から期待されるとおり、b軸が最大主応力方向に揃うことが確認された。これにより、100万気圧領域でケイ酸塩に対して実施された先行研究で報告されている別の選択配向の形態は、実験技術的な問題に起因している可能性が高いことが示された。

第5章では、Perovskite-Post-perovskite相転移のメカニズム、および相転移への非静水圧性の影響について実験結果をもとに考察している。

第6章では、第3章~第5章の実験結果とその結晶化学および鉱物物理学的考察に基づき、地球マントル最下部領域について報告されている地震波速度異常をPost-perovskite構造の選択配向によって説明できる可能性を示唆した。

第7章では、研究の成果が簡潔にまとめられている。

本研究は、Perovskite構造およびPost-perovskite構造の弾性的・塑性的性質の違いを高圧実験データに基づき多角的に検討することで、先行研究の問題点を実証し、地球マントル最下部領域について報告されている地震波速度異常をPost-perovskite構造の選択配向によって説明できる可能性を示唆している。Post-perovskite構造の選択配向によって説明するというアイディア自体は新しいものではないが、Perovskite構造およびPost-perovskite構造の弾性的・塑性的性質の違いを、本研究ほど、詳細かつ慎重に考察した研究はない。したがって、論文提出者は、地球内部現象の解明に大いに貢献していると判断する。また、Perovskite型およびPost-perovskite型CaIrO3について、10万気圧以上の圧力領域で、Ir4+の電子構造に起因すると思われる特異な圧縮形態を見出したことは、結晶化学的な観点から極めて重要であると判断する。

なお、本論文第4章の一部は、T. Yagi、K. Ohgushi、S. Merkel、N. Miyajima、T. Kikegawaとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実施したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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