学位論文要旨



No 123319
著者(漢字) 茂木,信宏
著者(英字)
著者(カナ) モテキ,ノブヒロ
標題(和) ブラックカーボンエアロゾル単一粒子の測定法の開発と大気観測
標題(洋) Development of Method for Single-Particle Measurement of Black Carbon Aerosol and Atmospheric Observations
報告番号 123319
報告番号 甲23319
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5200号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小池,真
 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 教授 植松,光夫
 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 准教授 佐藤,正樹
 産業技術総合研究所 主任研究員 兼保,直樹
内容要旨 要旨を表示する

化石燃料やバイオマスの燃焼によって発生するブラックカーボン(BC)エアロゾルは、太陽放射を強く吸収することにより、地球の放射収支に影響を与える。放射影響を評価するためには、質量濃度だけでなく、そのサイズ分布、他のエアロゾル成分との混合状態(被覆量)を知る必要がある。これまで、大部分のBCのサイズ分布や混合状態の測定には、揮発特性よりBCを他のエアロゾルと分離する熱分析法やその類似法が用いられてきた。これらの熱分析法の欠点は、BCの定量性が他の非揮発性エアロゾル成分の干渉を受けるということであった。近年、このBCの測定の従来法の欠点を克服する方法として、レーザー誘起白熱法(LII法)が導入された。本研究の対象であるSingle-particle soot photometer(SP2)はLII法を採用した初めてのBC測定器である。SP2は従来のLII法と従来の光散乱法の単一粒子計測の原理を組み合わせることで、単一BC粒子の計測を行う装置である。本研究は、大気中の被覆BCをSP2で定量的に測定するための基礎研究として位置づけられる。

本研究では、新たに構築した被覆BC生成装置と理論モデルを用いて、SP2の被覆BCに対する応答特性を実験的、理論的に評価した。実験から、SP2で計測されるLII信号は単一粒子あたりのBCの含有量のみに依存し、被覆の影響を受けないことが示された。また、理論モデルの数値実験によりSP2の計測信号波形を再現することに成功し、被覆BC計測の物理過程の詳細を初めて明らかにした。これらの結果から、SP2による大気中BCの定量が可能であることが示された。また本研究では、光散乱法において、レーザービーム中で蒸発する粒子の散乱断面積の時間変化を計測するための新たな理論的方法を構築した。その理論的方法の実験的検証も本研究で行った。その新手法をSP2の計測に応用することで、単一被覆BC粒子について、BC内核サイズと被覆量を同時に定量することを可能にした。

最後に、構築した手法を用いた大気中BCのサイズ分布と被覆量の先駆的な観測例を提示した。2004年3月の目本近海太平洋上での航空機観測で取得したSP2のデータを解析し、広域での都市起源空気塊のBCのサイズ別被覆量と、放出後の時間経過に伴う被覆量の変化を詳細に評価した。これは、大気中のBCの被覆量の放出後の時間経過を定量的に評価した初めての研究例である。それゆえ本研究は、大気中のBCの混合状態の微物理を考慮し、エアロゾル放射影響評価をより詳細に行うという、近年の気候研究の中の一つの大きな流れにおいて重要な意味をもつと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ブラックカーボン(BC)エアロゾルについて、その個別の粒子直径と他の成分による被覆量の測定手法を室内実験および数値モデルから確立し、実大気中でのBCエアロゾルの被覆過程を観測から実証した研究を論じたものである。論文は5章からなり、第1章はイントロダクション(BCエアロゾルの重要性など)、第2章では本論文の研究でもちいた測定器(SP2)の性能評価とその信号に関する理論的考察、第3章では蒸発するエアロゾルに関する粒径(被覆量)の測定法の確立、第4章では実大気中でのBCエアロゾルの被覆過程の観測結果、そして第5章はまとめを記述している。

化石燃料やバイオマスの燃焼によって発生するBCエアロゾルは、大気中において太陽放射を強く吸収することにより、地球の放射収支に影響を与える。このBCエアロゾルの光吸収量や大気中での滞在時間(降水などによる除去過程に対する除去率)は、BCエアロゾルの総質量濃度だけではなく、そのサイズ分布および硫酸塩などの他のエアロゾル成分による被覆量(被覆量)に依存する。従って、BCエアロゾルの放射影響を評価するためには、個別の粒子直径と被覆量を正確に測定することが必要となる。これまでの大部分のBCサイズ分布や混合状態の測定では、BCエアロゾルと被覆成分の揮発特性の差異により、BC成分を分離する熱分析法やその類似法が用いられてきた。しかしこれらの熱分析法は、BC成分と他の非揮発性エアロゾル成分との分離ができない問題点がある。近年、この従来のBC測定法の欠点を克服する方法として、レーザー誘起白熱法(LII法)が導入された。本論文ではLII法を採用した初めてのBC測定器であるSingle-particle soot photometer (SP2)を扱ったものである。SP2は個別のエアロゾルについて、レーザーの散乱光強度からその粒径を測定し、中に含まれるBC成分のレーザーにより誘起される白熱光からその質量を測定する装置である。本論文は、大気中に存在する被覆されたBCエアロゾルをSP2で定量的に測定するための基礎研究として位置づけられる。

本論文では、本研究で新たに構築された被覆BCエアロゾル生成装置と理論モデルを用いて、被覆BCエアロゾルに対するSP2の応答特性を実験的、理論的に評価した。実験から、SP2で計測されるLII信号は単一粒子あたりのBCの含有量のみに依存し、被覆成分の量および化学組成の影響を受けないことが示された。また、理論モデルの数値実験によりSP2の計測信号波形を再現することに成功し、被覆BCエアロゾルの信号強度をもたらす物理過程の詳細を初めて明らかにした。これらの結果から、SP2による大気中BCエアロゾルの定量がその被覆量に関わらず可能であることが示された。また本論文では、光散乱法からエアロゾルの粒子直径を測定する際に、BC成分を含むエアロゾルについてはその検出のレーザービーム通過中に被覆成分が蒸発し、散乱断面積が時間変化することを理論計算から示した。この理論計算に基づき、レーザービーム中で蒸発する粒子についても正確にその粒子直径を推定する解析手法を開発した。その理論計算・解析手法の妥当性も実験的に検証した。これらの解析手法の確立により、SP2により個別の被覆されたBCエアロゾルについて、BC成分のもつ粒子直径と被覆量を同時に定量することを可能にした。

本論文ではさらに、本研究で開発された解析手法を実大気中でのSP2観測結果に対して用い、BCエアロゾルのサイズ分布と被覆量を明らかとした。この研究では2004年3月の日本近海太平洋上での航空機観測で取得したSP2のデータを解析し、広域での都市起源空気塊のBCのサイズ別被覆量と、放出後の時間経過に伴う被覆量の変化を詳細に評価した。これは大気中のBCの被覆量の放出後の時間経過を定量的に評価した世界で初めての研究である。

以上のように本論文は、大気中のBCエアロゾルの混合状態を解明する手法を構築し、その変化を物理化学的に示すことにより、エアロゾルの放射影響評価の高精度化に大きな貢献をしたものと評価できる。

なお、本論文の第2、3、4の各章の主要な内容は共同研究に基づいたものであり、それぞれAerosol Science Technology、Journal of Aerosol Science, Geophysical Research Letterなどの学術論文誌に発表済みであるが、いずれの論文も論文提出者が第一著者であり、主体となって解析・解釈を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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