学位論文要旨



No 123326
著者(漢字) 有賀,寛子
著者(英字)
著者(カナ) アリガ,ヒロコ
標題(和) TiO2単結晶の表面構造と可視光誘起反応に関する研究
標題(洋) Study on surface structures and visible-light-induced photo-oxidation activities of TiO2 single crystals
報告番号 123326
報告番号 甲23326
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5207号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 浜口,宏夫
 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 教授 大越,慎一
 東京大学 教授 斉木,幸一郎
内容要旨 要旨を表示する

金属酸化物は多様な触媒作用を示し、基礎・応用の両面で多くの研究が行われてきたが、金属やSi半導体などに比べ、それらの表面構造や反応性に対する原子・分子レベルの表面科学的研究は極めて少ない。そこで、私は代表的な金属酸化物である二酸化チタン(TiO2)を用いて研究を行った。TiO2は、多様な用途に用いられる機能性物質であり、近年、その光触媒作用は特に注目され幅広く研究されている。光触媒は既に多くの分野で実用化されているが、触媒表面構造や反応の活性点など依然として未解明であり、可視光応答への展開など研究の障害となっている。表面構造と反応性の相関を詳細に検討するには、超高真空下でwell-defindな構造を用いることが有効である。光触媒として最も汎用的なTiO2のbulkのband gapは3.0 eV (rutile型)であるため、それ以上のエネルギーを有する紫外光照射下でのみ光触媒活性を示す。そのため、太陽光エネルギーの有効活用を目的とし、TiO2に可視光応答性を付与する試みが広く行われているが、それらの研究のほとんどは粉体を用いており、表面、及び、bulkの構造が重要な要因となる可視光による励起機構について充分な理解が得られていない。そこで、本研究では、単結晶を用いて、可視光反応と原子レベルで配列した構造の相関と、その反応メカニズムを明らかにすることを目的にして、走査トンネル顕微鏡(STM)を始め、種々の分光法による検討を行った。

プローブ分子として用いた、ギ酸及びトリメチル酢酸はfreeze-pump-thaw法によって精製した。測定は全て室温で行った。STM観察には、JEOL JSTM4500 VTを用い、X線光電子分光(XPS)・吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)測定は、物質構造科学研究所放射光科学研究施設のビームラインBL-7Aで行った。第一原理計算にはDMol3を用いた。

1 Rutile型TiO2(001)表面

TiO2(001)表面は、配位不飽和度の高い4配位Ti(bulkのTiは6配位)を露出する表面であることがわかっている。この配位不飽和表面を用いて光表面反応を観察した。

1.1 表面構造

TiO2(001)表面の表面構造モデルはこれまでに二つ提案されているため、本研究では、まず、表面構造を検討した。TiO2(001)表面を超高真空下1050 Kでアニールした表面を、試料バイアスが正の条件でSTM観察すると、表面に露出した4配位Tiと5配位Tiが輝点として観察される(図1(a))。このようなSTM画像から、組成の異なる二つの構造モデルが提案されている。Ti7O11という組成の酸素欠損がある還元構造モデルと、Ti3O7という組成を持つ酸素過多の酸化構造モデルであり、このような酸化還元状態の違いを判別するには、XPS及びNEXAFS測定が有効である。図1(c)、(d)に、それぞれ、Ti 2p XPS、O-K吸収端 NEXAFSスペクトルを示す。スパッタ後のXPSスペクトルには、0.8 eV付近にTi3+のピークが見られるが、その後、1050 Kにアニールするとこのピークは消滅した。つまり、階段状格子構造にはTi3+が含まれないことを示唆している。金属酸化物のNEXAFS測定では、その組成がよく反映されることが知られている。図1(d)の531, 534 eVのピークはそれぞれπ*, σ*軌道への遷移に帰属され、その位置は、量論組成を持つ二酸化チタンと一致した。これらは、上記の二つの構造モデルに矛盾する結果であるため、私は、図1(b)に示す量論組成を持つ表面構造モデルを新しく提案した。この構造モデルは、STM画像、LEED像とも一致する。この本構造の特徴は、bulkでは6配位であるTiが、表面上で配位不飽和度の高い4配位状態で規則的に配列しているため(図1(b))高い活性が期待できることである。

1.2 可視光酸化反応

この表面にギ酸を露出すると、解離吸着したフォルメート(HCOO-、高さ0.17 nm)が輝点としてSTMにより観察された。その表面を酸素共存下(1.0×10-6 Pa)で紫外光照射したところフォルメートが減少し、0.10 nmの輝点が新たに観察された。この輝点はその高さから水酸基に帰属される(図2(a), (b))。すなわち、この表面上では紫外光照射によりフォルメートの光分解反応が進行する。また、吸着フォルメートの被覆率の時間変化から、この反応がフォルメートの吸着量に対して一次であり(図2(c))、酸素圧依存性より酸素の圧力に対しても一次の反応であることがわかった。これらの結果は粉体TiO2での結果と一致する。続いて吸着フォルメートに酸素共存下、可視光(2.1-2.8 eV)を照射したところ、紫外光照射時と同様にギ酸分解反応が進行した(図2(d))。また、2.1 eVの可視光照射では光分解は進行しなかったが、2.3 eVの可視光を照射した場合は反応が進行することから、反応に必要な光エネルギーには閾値が存在し、その値は2.1-2.3 eVにあることがわかった。この可視光による反応の励起メカニズムを検討するため、電子エネルギー損失分光法(EELS)及び第一原理計算を用いた。EELS測定からこの表面のband gapはbulkのもの(3.0 eV)よりも有意に小さいことがわかった。また、第一原理計算からはこのbulkのband gap以下の光エネルギーでの励起は表面に露出した4配位Ti4+と2配位O2-に起因することがわかった。すなわち、見出された可視光応答ギ酸分解反応は、この表面に局在するユニークな表面状態を介した電子励起によるものであると考えられる(図3のstep1)。さらに、紫外光電子分光測定と2光子光電子分光測定から、表面に吸着した酸素とギ酸の準位がそれぞれ伝導帯下端、価電子帯上端に存在していることが見出された。よって、表面状態に生成された電子及びホールはそれぞれ吸着酸素及びフォルメートに移動できる(図3のstep2)。すなわち、見出されたギ酸光分解反応は表面状態での電子ホール対生成及びそれらの吸着種への流入という2段階の機構で進行することが明らかとなった。

2 N/TiO2

上述したように、二酸化チタンは優れた光触媒として知られており、学術的・工業的興味から幅広く研究されている。その中でも、特に、可視光応答性を持たせることが重要な課題となっている。2001年のN/TiO2における可視光応答の報告以来、多くの研究が報告されており、現在、このN/TiO2は、可視光応答性がよいこと、調製が簡単なことから、可視光応答型光触媒として最も注目されているが、調製法により活性が大きく異なるなど、可視光応答性を発現する上で何が重要な要因か未だ分かっていない。本研究では、rutile型TiO2(110)表面、anatase型TiO2(101)表面を用い、ion sputter法と、NH3雰囲気下でのアニール、それぞれによって試料を窒化し、各表面の観察、及び、電子状態の測定、可視光反応の追跡を行った。ここで、rutile型とanatase型TiO2を用いている理由は、前者は、最も安定な結晶型であり、既に多くの研究例が報告されている結晶型であるため、後者は、光触媒活性がrutile型より高いと考えられている結晶型であるためである。Rutile型、anatase型TiO2いずれにおいても低圧アンモニア雰囲気下(5.0 x 10-5 Pa)でのannealingでは窒素はドープされない。NH3 / Ar sputteringでは窒素はドープされるものの、可視光(2.3 eV)照射下では活性を示さないことがわかった。一方、比較的高圧のNH3雰囲気下(20 Pa)でrutile型(110)表面をアニールすることで、よく配列した単一の窒素種をドープすることに成功し、このN/TiO2上 (図4(a))では、酸素(1.0 x 10-5 Pa)中での可視光(2.3 eV)照射でプローブ分子であるトリメチル酢酸が分解することがSTM観察からわかった(図4(b,c))。XPS, NEXAFS測定により、この可視光応答性をもたらしている窒素種はinterstitial siteにドープされていることがわかった。

結論

Rutile型TiO2(001)単結晶表面の階段状格子構造をSTMにより決定し、その表面ナノ構造が可視光で酸化反応を触媒することを見出し、その励起メカニズムを解明した。バルクのTiO2では3 eVのバンドギャップから紫外光でのみ光触媒作用を示すことが知られているが、本研究は新たな表面ナノ構造の可視光反応性を提示するものである。また、N/TiO2上での可視光反応性を調べた結果、ドーピング方法に大きく依存するとともに、interstitial siteにドープされた窒素種は、可視光照射下で活性を示すことがわかった。以上のように、TiO2表面上の可視光応答反応に対し原子分子レベルでの検討を行った。

図1 (a)TiO2(001)表面階段状格子構造のSTM画像。40 x 40 nm2, Vs: +2.0 V, It: 0.05 nA (b) (a)の構造モデル。(c) (a)のTi2p XPSスペクトル。(d) (a)のO K-edge NEXAFSスペクトル。

図2 (a)TiO2(001)表面階段状格子構造、(b)吸着formateへ酸素共存下紫外光照射後のSTM像。4 × 10 nm2, Vs: +2.0 V, It: 0.05 nA。(b)への酸素共存下 (c)紫外光、(d)可視光(2.3-2.8 eV)照射による吸着種被覆量の時間変化。

図3 可視光照射による電荷移動を示したスキーム。

図4 (a) NH3 雰囲気下(20 Pa)873 Kアニール後のTiO2(110)表面。(b)(a)へトリメチル酢酸9.0 L露出後の表面。(c) (b)へ酸素共存下(1.0 x 10-5 Pa)可視光30分照射後。

審査要旨 要旨を表示する

金属酸化物は多様な触媒作用を示し、基礎・応用の両面で多くの研究が行われてきたが、金属やSi半導体などに比べ、それらの表面構造や反応性に対する原子・分子レベルの表面科学的研究は極めて少ない。代表的な金属酸化物である二酸化チタン()は、光触媒として既に多くの分野で実用化されているが、触媒表面構造や反応の活性点など依然として未解明であり、可視光による光触媒作用創出への障害となっている。本論文は、TiO2単結晶を用いて、可視光反応と原子レベルで配列した構造の相関と、その表面反応機構を明らかにすることを目的にして、走査トンネル顕微鏡(STM)を始め、種々の分光法による検討を行ったものであり、6章から成っている。

第1章では、本研究の目的と意義について述べている。

第2章では、本研究の実験及び試料調製を述べている。

第3章では、ルチル型TiO2(001)表面の原子レベル構造を検討し、新たな構造モデルを提案した。これまでのSTM像から、Ti7O7という組成の酸素欠損がある還元構造モデルと、Ti3O11という組成を持つ酸素過多の酸化構造モデルが示唆されていた。しかし、XPS及びNEXAFS測定によりそれらモデルとは異なることが分かったので、STMにより詳細な解析を行い、XPSやNEXAFSの結果を合わせ、新たな階段状格子構造モデルを提案した。

第4章では、TiO2(001)表面が可視光による光反応性を示すことを見出し、その原理とメカニズムを明らかにしている。ギ酸を吸着するとフォルメートが生成する。その表面に酸素共存下、可視光(2.1-2.8eV)を照射してSTM観察するとギ酸分解反応が進行することを見出した。そして、反応に必要な光エネルギーには閾値が存在し、その値は2.1-2.3eVにあることも分かった。電子エネルギー損失分光法及び第一原理DFT計算を用い可視光による反応の励起メカニズムを検討し、可視光応答ギ酸分解反応が表面に局在するユニークな表面状態を介した電子励起によるものであると結論した。さらに、紫外光電子分光測定と2光子光電子分光測定から、表面に吸着した酸素とギ酸の準位がそれぞれ伝導帯下端、価電子帯上端に存在していることも明らかにした。つまり、見出されたギ酸光分解反応は特異な階段状格子構造に起因する表面状態での電子ホール対生成及びそれらの吸着種への流入により進行することを述べている。

第5章では、可視光応答型光触媒として最も注目されているが可視光応答性を発現する因子が未だ分かっていない窒素ドープ型TiO2の窒素位置について検討した。ルチル型TiO2(110)表面、アナタース型TiO2(101)表面を用い、イオンスパッター法と、NH3雰囲気下でのアニールによって試料を窒化し、各表面のSTM観察、及び、電子状態のXPS測定、及び可視光反応の追跡を行った。いずれの表面においても低圧アンモニア雰囲気下(5.Ox10-5Pa)でのアニーリングでは窒素はドープされない。NH3/Arスパッターでは窒素はドープされるものの、可視光(2.3eV)照射下では活性を示さないことが分かった。一方、比較的高圧のMI3雰囲気下(20Pa)でルチル型(110)表面をアニールすることで、よく配列した単一の窒素種をドープすることに成功し、このN/TiO2上では、可視光(2.3eV)照射でトリメチル酢酸が分解することをSTM観察により見出した。XPS,NEXAFS測定により、interstitialsiteにドープされている窒素種が可視光応答性を発現させるものと結論した。

第6章では、本研究で得られた結果を総括している。

以上、本論文では、TiO2(001)単結晶表面の階段状格子構造をSTMにより決定し、その表面ナノ構造が可視光での酸化反応活性を示すことを初めて見出し、その励起メカニズムを解明した。本研究は新たな表面ナノ構造の可視光反応性を提示するものである。また、interstitialsiteにドープされた窒素種が、可視光反応性を発現させている明確な事実を示した。これらの成果は物理化学、特に表面化学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本論文提出者が主体となって考え実験と計算を行い解析したもので、本論文提出者の寄与は極めて大きいと判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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