学位論文要旨



No 123331
著者(漢字) 竹澤,悠典
著者(英字)
著者(カナ) タケザワ,ユウスケ
標題(和) 人工DNAを用いた異種金属イオンの配列化
標題(洋) Heterogeneous Metal Arrays Using Artificial DNA
報告番号 123331
報告番号 甲23331
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5212号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 教授 小澤,岳昌
 東京大学 准教授 佐竹,真幸
内容要旨 要旨を表示する

【序】

金属錯体は酸化還元性や磁性などの多様な物性を有しており、特に一次元的に配列化することによる新規物性の発現に興味が持たれている。しかしながら、複数の種類の金属イオンを数や位置を制御して配列化する一般的な方法論は確立されていない。一方DNAは、二重らせんの内側に平面性の高い塩基対が積層配列した高秩序の骨格構造を有している。さらに、ビルディングブロックであるヌクレオシドの逐次縮合により、任意の長さや配列のオリゴマーを合成できるため、ボトムアップによる機能性分子構築のための優れたモチーフである。そこで本研究では、金属配位結合によって塩基対を形成する金属配位子型人工ヌクレオシドをDNAオリゴマー鎖に導入することにより、人工DNA二重鎖内へ異種金属イオンをあらかじめ定めた数や配列で集積することを目的とした。

金属配位子である人工ヌクレオシドと金属イオンとを1:1に対応させれば、人工DNAの配列、すなわち配位子の配列に応じて自在に金属イオンを集積化できると考えられる(図1)。そこでまず、2種類の人工ヌクレオシドを導入したDNAを用いて、異種金属イオンの配列化について検討した。次に、集積する金属イオンの種類を増やすことを目指し、異なる金属選択性を有する新規人工ヌクレオシドをデザイン・合成し、金属錯体型塩基対の形成について評価した。

【ピリジン型およびヒドロキシピリドン型ヌクレオシドを用いた異種金属イオンの配列化】

Cu(2+)イオンと選択的に金属錯体型塩基対をつくるヒドロキシピリドン型ヌクレオシド(H)およびHg(2+)イオンに選択的なピリジン型ヌクレオシド(P)を導入した人工DNAによる、2種類の金属イオンの配列化を行った(図1)。DNAオリゴマー5'-GHPHC-3'(DNA-1)および、5'-GHHPHHC-3'(DNA-2)を合成し、紫外(UV)吸収スペクトルおよび円二色性(CD)スペクトルを用いた滴定実験により、金属錯体型塩基対の形成を評価した。

DNA-1にCu(2+)イオンを添加したところ、新たに310nmに吸収が現れた(図2a)。これは、Hの水酸基の脱プロトン化に由来し、H-Cu(2+)-H錯体の形成を示している。スペクトルは、Cu(2+)イオンを二重鎖に対して2当量加えるまで等吸収点を通りながら直線的に変化したことから、2ヶ所のH部位にCu(2+)イオンが定量的かつ位置選択的に集積したことが明らかとなった。またESI-TOFマススペクトルで、二重鎖(DNA-1)2・Cu(2+)2(C(l02)H(126)N(22)O(58)P8Cu2)に帰属されるm/z=492.70([M-6H+](6-))のシグナルが観測され、同位体パターンも計算値とよく一致したことから(図2b)、目的のCu(2+)二核錯体の形成が示された。

次に、二重鎖(DNA-1)2・Cu(2+)2に対しHg(2+)イオンの滴定を行った。CDスペクトルは、H-Cu(2+)H塩基対に由来する302nm付近の正のコットン効果が次第に減少し、Hg(2+)イオンを1当量加えるまで系統的に変化した(図2c)。これは、中央のP部位に1当量のHg(2+)イオンが結合したためと考えられる。さらに、ESI-TOFマススペクトルで(DNA-1)2・Cu(2+)2・Hg(2+)(C(102)H(128)N(22)O(58)P8Cu2Hg)に帰属されるm/z=450.47([M(2+)-9H+](7-))のシグナルが観測され、同位体パターンも計算値とよく一致した(図2d)。このことから、DNA-1二重鎖中に2個のCu(2+)イオンと1個のHg(2+)イオンをCu(2+)Hg(2+)-Cu(2+)という配列で、定量的かつ位置選択的に集積できたことが示された。

同様に、ヘプタヌクレオチドDNA-2についても、UV吸収およびCDスペクトルによる滴定実験、ESI-TOFマススペクトルの測定により、H-Cu(2+)-HおよびP-Hg(2+)P塩基対の形成による定量的な異種金属イオンの配列化Cu(2+)-Cu(2+)-Hg(2+)-Cu(2+)-Cu(2+)が達成されたことが示された。

以上のように、金属選択性が異なる2種類の金属配位子型ヌクレオシドを導入したDNAオリゴマーにより、人工DNA上の配位子の配列としてあらかじめデザインした順序で、定量的かつ位置選択的に複数・異種の金属イオンを配列化することに成功した。

【メルカプトピリドン型ヌクレオシドの合成と金属錯体型塩基対形成】

人工DNA中に配列できる金属イオンの種類を拡張するために、異なる金属選択性を有する新規金属配位子型ヌクレオシドをデザイン・合成し、金属錯体型塩基対の形成の評価を行った。デザインしたメルカプトピリドン型ヌクレオシド(S)は、金属配位部位としてソフトなドナーであるチオール基を有するため、すでに合成したヒドロキシピリドン型ヌクレオシド(H)と金属イオンの選択性に大きな違いを示すことが期待できる(図3)。

ヌクレオシドSの合成ルートをScheme1に示した。核酸塩基部位となる2は、4-メトキシピリジンの3位に選択的に硫黄を導入することにより合成した。メトキシ基の脱メチル化ののち、α-クロロリボースとのカップリングによりヌクレオシド骨格とし、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより目的とするβアノマー3を単離した。アノマーの立体構造は、NOEスペクトルにより同定した。続いて水酸基およびチオール基を脱保護し、ヌクレオシドSを得た。

ヌクレオシドSの金属錯体型塩基対の形成は、紫外可視(UV-vis)吸収スペクトルによる滴定実験により評価した。ヌクレオシドSに対し徐々にPd(2+)イオンを加えたところ、新たに413mmに可視吸収が現れた(図4)。Pd(2+)イオンをSに対して0.5当量加えるまで、スペクトルは等吸収点を通りながら直線的に変化した。また、S:Pd(2+)=2:1の溶液のESI-TOFマススペクトルを測定したところ、2:1錯体(C(20)H(24)N2O8S2Pd)に由来するm/z=589.80([M一e-]+)のシグナルが観測された。以上から、ヌクレオシドSはPd(2+)イオンと定量的に2:1錯体を形成し、S-Pd(2+)-S塩基対を形成したことが示された。

Ni(2+)イオンの場合も同様に錯体形成が進行し、UV-vis吸収スペクトルは370nm付近にブロードな吸収が現れた。1HNMRによる滴定実験、およびESI-TOFマススペクトルの測定により、0.5当量のNi(2+)イオンによる定量的な金属錯体型塩基対S-Ni(2+)-Sの形成が示された。それぞれの金属錯体型塩基対はH-Cu(2+)H塩基対(310mm)に比べ長波長側に吸収を持つため、DNA二重鎖内での異種金属イオン配列化における位置選択性を、UV-vis吸収スペクトルにより明確に評価することが可能である。

すでに報告しているヌクレオシドHは、この濃度ではPd(2+)イオンおよびNi(2+)イオンとは定量的に錯体形成しないため、SとHの組み合わせにより位置選択的な異種金属イオンの集積化が期待された。そこで、ヌクレオシドHとヌクレオシドSの競合実験を行い、金属イオン選択性について評価した。H:S:Pd(2+):Cu(2+)=1:1:0.5:0.5の比率で混合した溶液は、H-Cu(2+)-H塩基対とS+Pd(2+)S塩基対の吸収スペクトルの和と同様のスペクトルを示し、HとSが良好な金属イオン選択性を有していることが示された。よって、この2種類の金属配位子型ヌクレオシドを人工DNA内に導入することにより、ヘテロな金属イオンを位置選択的に配列化できると考えられる。

【結論】

本研究では、複数の種類の金属配位子型ヌクレオシドを導入した人工DNAを用いて、その配列情報をテンプレートとして、デザインした数や配列で複数・異種の金属イオンを定量的に集積化できることを見出した。さらに、ソフトな金属イオンと金属錯体型塩基対を形成する新規人工ヌクレオシドを合成し、塩基対の形成挙動について評価し、人工DNA内に集積できる金属イオンの種類を拡張できることが示された。この方法論に基づけば、さまざまな種類の金属イオンを任意の順序で一次元的に集積できると考えられるため、精密なデザインに基づく機能性集積型金属錯体の構築や分子デバイスへの展開が期待できる。

図1 2種類の金属配位子型ヌクレオシドを導入した人工DNAによる異種金属イオンの配列化

図2(a)Cu(2+)イオンの添加による(DNA-1)2二重鎖のUV吸収スペトルの変化。(b)(DNA-1)2・Cu(2+)2のESI-TOFマススペクル。(c)Hg(2+)イオンの添加による(DNA-1)2・Cu(2+)2二重鎖のCDスペクトルの変化。(d)(DNA-1)2・Cu(2+)2・Hg(2+)のESI-TOFマススペクトル。((a),(c)【(DNA-1)2】=2.1μM,10mM HEPES(pH7.0),50mM NaNO3,25℃,/=1cm.)

図3ソフトなドナーを配位部位に有するメルカプトピリドン型ヌクレオシド(S)

図4Pd(2+)イオンの添加によるメルカプトピリドン型ヌクレオシド(S)のUV-vis吸収スペクトルの変化。([S]=50μMin25mM MOPS(pH=7.0)at25℃,/=1cm.)

Scheme 1 (a) (i) PhLi, THF, -78℃→0℃; (ii) S8, THF, -40℃ →-20℃; (iii) Ph2NCOCI, THF, -78℃→0℃, 55%; (b) TMSI, MeCN, reflux, quant.; (c) 1'-a-chrolo-3',5'-di-O-toluoyl-2'-deoxyribose, iPr2EtN, CH2Cl2, rt, 23%; (d) K2CO3, CH2Cl2/MeOH, rt, 87%; (e) 28% NH3aq, DTT, 90℃, 31%.

審査要旨 要旨を表示する

高次の機能を持つ分子や分子集合体を構築する研究分野において、普遍性かつ必要性の最も高い課題は、原子の空間配置を設計通り自在に合成するための新しい手法の開発である。その中で、核酸に代表されるような生体高分子の機能や構造から、新しい機能性分子を構築する上での多くの示唆を得ることができる。生体的に改変・修飾することにより、新規機能性分子としての人工分子が創製できる。また金属錯体は、配位様式の幾何学的性質や結合の速度論・熱力学に加え、酸化還元性・磁性・光学特性・ルイス酸性といった、有機花合物とは異なる性質を有することから、金属錯体型人工バイオ分子を用いた新しい機能性分子の構築が期待できる。その中でもDNAは、ヌクレオシドの逐次的な縮合により合成できるため、人工ビルディングブロックの空間配列制御における優れたモチーフとなりうる。本研究は、長さや配列を厳密にデザインして合成できるDNA分子の特性を活かし、複数の金属配位子型ヌクレオシド部位をデザインした配列で導入した人工DNAを用いて、複数・多種類の金属イオンを一次元的に配列化することを主たる目的とした。Cu(2+)イオンと選択的に金属錯体型塩基対を形成するヒドロキシピリドン型ヌクレオシド(H)およびHg(2+)イオンに選択的なピリジン型ヌクレオシド(P)を配列したDNAオリゴマーを用いて、二種類の金属イオンを望んだ個数と順序で一次元的に配列化することに成功した。また、ソフトな配位部位を持つメルカプトピリドン型ヌクレオシド(S)を新規に合成し、種々の適定実験および質量分析測定から、Pd(2+)イオンやNi(2+)イオンにより金属錯体型塩基対を定量的に形成することを見出し、金属錯体型人工DNAのビルディングブロックの拡張に成功した。

本論文は全4章からなり、第1章では、本研究の目的、背景が詳述されており、特に約10年にわたる金属錯体型人工DNAの研究の展開についてまとめている。

第2章では、ヒドロキシピリドン型ヌクレオシド(H)およびピリジン型ヌクレオシド(P)の二種類の金属配位子型ヌクレオシドを導入した人工DNAオリゴマーを用いた、異種金属イオンの配列化について報告している。DNAオリゴマー5'-GHPHC-3'および5'-GHHPHHC-3'を合成し、紫外可視吸収スペクトルおよび円二色性スペクトルを用いた金属イオンの滴定実験、質量分析スペクトル測定により、H-Cu(2+)-HおよびP-Hg(2+)-P塩基対の形成による定量的かつ位置選択的な異種金属イオンの精密配列化(Cu(2+)-Hg(2+)-Cu(2+)およびCu(2+)-Cu(2+)-Hg(2+)-Cu(2+)-Cu(2+))が達成された。金属イオンの空間配列を、人工DNA鎖中の金属配位子型ヌクレオシドの配列としてプログラミングが可能であることが示され、金属イオンの精密配列化の新しい方法論を提示するに至った。

第3章では、DNA鎖内への他の種類の金属イオンの集積を目指し、新規金属配位子型ヌクレオシドの合成、および金属錯体型塩基対の形成について報告している。金属イオンと配位子のソフト・ハード性に基づく親和性の差に着目し、ソフトなドナー部位としてチオール基を導入したメルカプトピリドン型ヌクレオシド(S)を合成した。ヌクレオシドに対して、各種金属イオンの適定実験をおこない、紫外可視吸収スペクトル、NMRスペクトル、質量分析スペクトルの測定から、ソフトなPd(2+)イオンおよびNi(2+)イオンと定量的に2:1錯体を形成し、金属錯体型塩基対を形成することを見出した。また、ヒドロキシピリドン型ヌクレオシド(H)との競争実験により、Cu(2+)イオンとの選択性を評価しており、異種金属イオンの配列化へ向けたビルディングブロックとなる可能性を示している。

第4章では、本論文の総括および、今後の研究展望が述べられている。

以上のように、本博士論文では、人工DNAの塩基配列として空間配列情報を精密にプログラムした異種金属イオンの配列化の方法論を構築した。加えて、新規金属配位子型ヌクレオシドの合成、金属錯体型塩基対の形成の評価により、さらに多くの種類の金属イオンの配列化の可能性を提示した。このように、これらの研究成果は、ボトムアップ・プロセスによりナノスケールで金属イオンを配列化する新しい方法論となり、ナノサイエンスの発展に大きく寄与し、かつ幅広い応用の土台となる可能性を有し、理学の発展に大いに貢献するものである。よって、博士(理学)取得を目的とする学術研究として十分な意義を有する。なお、本論文における各章の研究は他の複数の研究者との共同研究によるものであるが、論文提出者が主体となって実験、解析および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有するものと認める。

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