学位論文要旨



No 123337
著者(漢字) 並木,康佑
著者(英字)
著者(カナ) ナミキ,コウスケ
標題(和) 分子素子の作製を目指した光・レドックス応答性3-フェロセニルアゾベンゼンの集積化
標題(洋) Integration of Photo- and Redox-Responsive 3-Ferrocenylazobenzene for Construction of Molecular Devices
報告番号 123337
報告番号 甲23337
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5218号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 斉木,幸一朗
内容要旨 要旨を表示する

[序]

光によりその物性や形状が変化するフォトクロミック分子は、その特性から光記録材料として注目を集めている。また、フォトクロミック分子の集積化は分子サイズ素子の固体化、高密度化の面で有利な方法であると考えられ、単分子膜、ポリマー、単結晶などの集合体についての研究が盛んに行われている。アゾベンゼンは紫外光、青色光により可逆なtrans-cis 光異性化を起こす代表的なフォトクロミック分子の1 つであり、集合体内での分子の光応答や集合体全体の形状、性質制御について数多くの報告がなされている。しかしながら、アゾベンゼンの光異性化を制御するためには紫外光、可視光の2光源が必要であり、高密度記録材料として微小領域のアゾベンゼンの光制御を目指す場合に大きな障害となる。本研究では、当研究室で既に報告しているレドックスと1波長の緑色光との組み合わせによって可逆にtrans-cis 光異性化を制御可能な分子、3-フェロセニルアゾベンゼン(3-FcAB) を単分子膜やポリマーとして集積化し、アゾベンゼン部位の光、電気化学的制御を試みた。

[3-FcAB の性質と集積場での利用]

スキーム 1 に3-FcABの光・電気化学応答を示す。3-FcAB は通常のアゾベンゼンと同様に紫外光によるtrans→cis、青色光によるcis→trans 光異性化挙動を示すほか、緑色光によるフェロセン-アゾベンゼン間のMLCT の励起によってもtrans→cis の光異性化が進行する。さらに、フェロセン部位の酸化によりMLCT 吸収体を消失させることで、緑色光照射により還元状態とは逆向きのcis→trans 光異性化が起こるため、酸化還元刺激を組み合わせることにより単一緑色光によるアゾ部位の構造制御が可能な分子である。このような特長を持つ3-FcAB の集積化、高次機能化を目的として、本研究では3-FcABの電極表面上への固定化、ならびにポリマー化を行い、光、電気化学刺激に対する応答性について検討した。具体的には、本研究では次の2 点を目標とした。すなわち、(1) 3-FcAB を電極表面上へ固定化することによって、電極電位を変化させるだけで光応答性を変化させることができる新たなスイッチングシステムを開発すること、及び(2) 3-FcAB のポリマー粒子化によって、単一粒子でのON/OFF 応答の検出が容易な分子サイズのスイッチングユニットを開発すること、である。最終的には(1), (2)の組み合わせ、つまり、(2)のスイッチングユニットにより導電性電極を修飾することによって、緑色光と電極電位により自在にON/OFF 制御の可能な分子サイズのスイッチングシステムの構築が期待される。以下に(1), (2)の研究について順に概要を紹介する。

[3-FcAB 単分子膜の作成]

3-FcAB を単分子膜として透明電極であるITO (Indium TinOxide)電極上に固定化することで、光応答性分子を集積化・固体化すると同時に電極電位の電気的な制御という簡便な方法での光応答性の制御が可能な系を構築できると期待される。そのため、ITO と親和性の高いカルボキシル基をもつ3-FcAB 誘導体を合成したのち浸漬法によりITO 電極上に固定化し、電気化学測定及びUV-vis 吸収測定により膜状態や光異性化挙動について検討した。その結果、電極電位制御と緑色光照射を組み合わせた単一光源での可逆な光異性化制御が可能であることを明らかにした。

スキーム 3 に従い、新規に合成した3-フェロセニル-4'-ヒドロキシメチルアゾベンゼンから一段階の酸化反応によりITO 表面固定用3-FcAB 誘導体である3-フェロセニル-4'-カルボキシアゾベンゼン(1) を得た。同定は1H NMR、MALDI-TOF MS、元素分析により行った。1 はアセトニトリル中、各光定常状態において、365 nmの紫外光により59%、546 nm の緑色光により26%、436 nm の青色光により13%がcis 体に変換された。このことから1 が3-FcABと同様の光特性を維持していることが確認された。続いて1 の1 mMエタノール溶液中、ITO 電極を超音波処理し3-FcAB 修飾ITO 電極(1/ITO)を得た。これを作用極とし、電気化学測定、及び分光電気化学セル中での光照射実験を行うことで1/ITO の光、レドックス応答性について検討した。

1/ITO は0.1 M n-Bu4NClO4-エタノール中でのサイクリックボルタモグラム(CV)測定において、溶液状態(+0.06 V)とほぼ同じ+0.05 V vs. Fc+/Fc に電極上に固定化されたフェロセン部位に由来する可逆な酸化還元波を示し、そのピーク電流量は掃引速度に比例して増加した(図1)。また、表面被覆率「(mol/cm2)は20 分以上の超音波処理により1.7×10-10mol/cm2 で飽和した。

図2 に1/ITO の紫外可視吸収スペクトルを示す。紫外領域に観測されたアゾ部位のπ-π-*吸収帯は極大吸収波長が352 nm であり、これはエタノール溶液中に比べ27 nm 長波長シフトしていた。また、光照射時のUV-vis スペクトル変化から、546 nm の緑色光、365 nm の紫外光によりtrans 体からcis 体へ、436 nm の青色光によりcis 体からtrans 体への光異性化が進行することが確かめられた。1 のcis体への変換率は365 nm の紫外光により約20%、546 nm の緑色光により約10%、436 nm の青色光によりほぼ0%であり、いずれも溶液状態に比べて1/3 程度の値であった。アゾ部位π-π*吸収帯の長波長シフトは分子がレンガ状に重なるJ 会合状態をとっているためであると予想され、その立体的な制約によってcis 体生成率が低下していると考えられる。

[単一緑色光による可逆な異性化制御]

単一緑色光による光異性化挙動については1/ITO のフェロセン部位の酸化状態を電極電位の保持による電気化学的な方法、酸化剤による化学的な方法によりコントロールし、UV-vis スペクトルにより光照射に伴うcis 体の生成率変化をニターすることで確認した。

電気化学的酸化を用いる場合、副反応による電解質溶液のUV-vis スペクトル変化の影響を除外し、酸化状態でのcis 体が暗所で安定であることを確かめるため暗実験と光照射実験とを組み合わせた測定を行った。具体的には、trans-1/ITO に0.1 M n-Bu4NClO4-アセトニトリル中で緑色光照射を行いcis体を生成させた後、電極電位をフェロセン部位の酸化還元電位より正側に保持することで酸化体を生成させた。続いて暗実験では暗所放置、光照射実験では緑色光照射を行い、最後に負側への電極電位保持により還元状態としてUV-vis 測定を行った(スキーム4)。cis-1/ITO の酸化体が熱的に安定で光照射によってtrans 体へと変換されるとすれば、光照射実験でのスペクトル変化分から暗実験での変化分を差し引くことでcis-trans 異性化に対応したUV-vis スペクトル変化分が得られるはずである。図3 に示すように、実際に得られた差スペクトルでは酸化時の光照射によってはアゾ部位のπ-π*吸収強度が増加、再還元時には再び減少しており、これらはそれぞれcis→trans、trans→cis の光異性化の進行を示している。また、ヨウ素を酸化剤として使用し、酸化時のUV-vis スペクトル変化を直接観測した際にも同様の光異性化挙動が見られた。以上の結果から、1/ITO は電極電位の制御という簡便な方法で緑色光に対する応答をコントロールでき、単一光源による可逆な光異性化を達成できることを明らかにした。

[3-FcAB ポリマー]

他の固定化・集積化法として3-FcAB のポリマー化を試みた。単分子に比べて材料の単位である粒子1つのスペクトル変化が大きくなるため、光異性化のシグナルを粒子ごと、独立に検出することが可能になると考えられる。また、前述のように多様な光応答性を持つ3-FcAB をポリマー化することで、励起光の種類を変えることにより運動モードを変換できる材料としての応用も期待される。具体的には、3-FcAB ポリマーの球状粒子を作製し、構成する3-FcAB ユニットの光応答性の集積化による変化、及びポリマー自体の形状の光応答性について検討することとした。フェロセンを含むアクリルモノマー分子ではラジカル重合反応が進行しなかったため、3-FcAB ポリマーは以下のように合成した。スキーム5 に従いブロモ基をもつアクリル酸誘導体を合成した後、定法に従いラジカル開始剤による乳化重合及び溶液重合を行い、続いてエーテル合成により3-FcAB を導入することで3-FcAB ポリマーを得た。溶液重合で得られたポリマーは各種溶媒に易溶、乳化重合法により得られたポリマーはTHF、クロロホルム、1,4-ジオキサンに微溶であり、顕微鏡及びSEM 観察の結果、乳化重合法では20 nm、溶液重合からTHF 溶液の再沈殿によっては0.3 μm 程度(図4)の均一な球状粒子が生成することが分かった。このポリマー合成法では3-FcABの導入率を変えることにより容易に分子間相互作用の制御が行えるため、光応答性ポリマーの作成に有利である。また、このポリマーは分子会合によりcis-体の生成率は溶液状態よりも低下したものの、固体状態において紫外、緑色、青色光による光異性化挙動を示した。このことから、作製したポリマーは多感応なスイッチングユニットとして利用可能であることが分かった。

図1 1/ITO のサイクリックボルタモグラム。

図2 1/ITO の紫外可視吸収スペクトル(実線)とその光照射による変化(546 nm : 破線,A、 365 nm : 点線, B、 436 nm : 一点鎖線,C)。

図3 電気化学的酸化還元を伴った緑色光照射による1/ITO の紫外可視吸収スペクトル変化(A : 酸化時, B : 再還元時)。

図4 3-FcAB 粒子のSEM 画像。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章と付録からなり、第1章は研究の背景と目的、第2章は3-フェロセニルアゾベンゼン単分子膜の作製と光・電気化学応答、第3章は3-フェロセニルアゾベンゼンポリマーの作成とその光応答、第4章は研究のまとめと展望について述べられている。以下に各章の概要を記す。

第1章では研究の背景を述べている。フォトクロミック分子はその光応答特性からスイッチング材料として注目を集めているが、近年このフォトクロミック分子の集積化による機能増幅、および集積体自体のマクロな光変化についての報告もなされている。このような機能性分子の集積化は、高機能・高密度デバイスの創製の面から有用であると考えられる。そこで本研究では、フォトクロミック分子として光及び電気化学刺激に応答する錯体、3-フェロセニルアゾベンゼンを用い、単分子膜及びポリマーとして集積化することで簡便なスイッチングを行うことのできる分子デバイスの作成を目指した。

第2章では、化学修飾した3-フェロセニルアゾベンゼンを透明電極上に固定化することで単分子膜とし、その光・電気化学応答性について検討を行った結果について述べている。具体的には、3-フェロセニルアゾベンゼンの4'位にカルボン酸を導入した錯体によって透明電極であるITO電極を修飾して単分子膜とし、光の照射、及び化学的、電気化学的酸化還元刺激を行った際の分子の構造変化を紫外可視吸収スペクトル測定によって観測した。その結果、作成した単分子膜は紫外光、緑色光によりtrans体からcis体、青色光によりcis体からtrans体への光異性化挙動を示すほか、酸化還元刺激によって緑色光に対する膜の応答を制御可能であることを明らかにした。すなわち、電極電位を制御することによって緑色光のみで可逆なスイッチングが可能なスイッチング材料の開発に成功した。

第3章においては、3-フェロセニルアゾベンゼンを化学修飾によってポリマー中に導入することで集積化し、その外部刺激に対する応答について検討を行った結果について述べている。具体的には、溶液重合及び乳化重合により調整したブロモ基を持つポリマーに対してエーテル合成により3-フェロセニルアゾベンゼンを導入し、外径約300 nm及び約20 nmの球状ポリマーの作製に成功した。作製されたポリマーは溶液状態において紫外光、緑色光、青色光に対する応答性を示し、酸化状態おいては緑色光によりcis体からtrans体への逆向きの光異性化が進行することが確認された。さらに固体状態においても光応答性を示すことが確認されたことから、3-フェロセニルアゾベンゼンのポリマーは固体状態で光応答可能なスイッチングユニットとして利用可能であることが示された。

第4章では、以上の結果を総括し、高機能・高密度光デバイス創成への研究展望を述べている。またAppendixとして得られた化合物群の結晶構造情報を示している。

以上、本論文では、単分子膜化、ポリマー化による機能性金属錯体3-フェロセニルアゾベンゼンの集積化を行い、単分子膜を用いた単一緑色光による可逆かつ簡便なスイッチングシステム、及びポリマー化を用いた固体状態においても機能するスイッチングユニットの開発について記述している。本博士論文において得られた錯体分子の集積化とその物性に関する知見は、高機能分子デバイスの発展に大きく寄与すると期待される。なお、本論文第2章は坂本和子、村田昌樹、久米晶子、西原 寛との共同研究、3章は村田昌樹、久米晶子、西原 寛との共同研究であり、一部は既に学術雑誌として出版されたものであるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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