学位論文要旨



No 123338
著者(漢字) 藤本,泰典
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,タイスケ
標題(和) 亜鉛またはインジウムエノラートのアルキンへの付加反応
標題(洋) Addition Reaction of Zinc-or Indium Enolate to Alkynes
報告番号 123338
報告番号 甲23338
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5219号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 尾中,篤
 東京大学 教授 小林,修
内容要旨 要旨を表示する

炭素―炭素結合形成反応は多様な有機化合物骨格を与える根幹的手法である.その開発により新規化合物群を創製し,新規合成経路を開拓することで,今日の有機化学は飛躍的に発展を続けてきている.近年,遷移金属を利用する反応が盛んに研究されているが,その中で基本となる概念は,分極した炭素原子間での結合形成である.すなわち,炭素中心が負に分極した求核的な有機金属中間体が,正に分極した炭素上に付加することを利用する反応である.そのような求核試剤の中で,エノラートアニオンは,その調製の簡便さと高い安定性・官能基共存性を有するため,古くから広範に用いられてきている.しかしながらその安定性ゆえに,分極していない炭素一炭素不飽和結合に付加するほどの求核性を示すことはない.したがって,そのような形式の付加反応は,速度論的にも熱力学的にも不利であり,不可能であるとされていた.

これに対し当研究室では,適切に設計されたエナミドおよびエノラートアニオンが,単純な不飽和炭化水素であるエチレンに対して付加するという新規反応を見いだした.すなわち,L3-ジカルボニル化合物およびその等価体であるエナミン類は,亜鉛またはインジウムを対カチオンとするカルバニオン種へと変換することにより,単純アルキン類に対してカルボメタル化反応を起こすことが分かった.この反応により,他の手法では構築困難であった,カルボニル化合物のα位におけるC(SP3)-C(SP2)結合を直接的かつ効率的に形成することが可能となった.さらに,本手法は触媒的カルボメタル化反応へも発展している.本反応形式を,合成化学的により高い有用性を有するものへとするためには,種々の課題を克服する必要があった.特に,立体選択的付加反応による不斉中心の構築ならびに末端アルキン以外の基質に対する反応性の付与である.

そこで本論文では,これらの問題を解決すべく,亜鉛エナミドを利用したアルキンへの付加反応に始まり,より一般的なエノラートアニオンのアルキン類への触媒的付加反応への展開について筆者が行った一連の研究内容について述べている.特に,本反応独自の配位機構を利用することで,新規化合物の立体選択的合成法を開発することに成功したので,その結果を詳細に解説している。

以下,各章の内容の概略を示す.

第1章では,アルキン類を反応剤として利用した反応のうち,アルキンへのカルボメタル化反応の例について概観し,本研究の一般的背景を説明している.カルボメタル化は通常,非常に高い活性を有する有機金属試薬を用いる,もしくは生成系を安定化させる配位性官能基部位をアルキン部位に持たせることなどによって達成されている.一方,エノラートなどの安定カルバニオン種を用いたカルボメタル化反応の例は,分子内環化反応を除くと,その例が限られているため,今日の検討課題の一つとなっている.これのような背景が本論文で述べている一連の安定カルバニオン種を用いた反応開発研究の端緒となっている.

第2章では,エノラート類の単純アルキンへの付加反応開発の第一歩となった,亜鉛エナミドを利用した付加反応による四置換アルケン合成について述べている.β-ケトアミドから誘導化されるβ-エナミノアミドは,ジエチル亜鉛によって容易に亜鉛化エナミドに変換されるという特徴を有する.筆者は,このように容易に生成する亜鉛化エナミドが,電子的に活性化されていない単純アルキン類に対して位置選択的に付加したのち,異性化することで四置換アルケンをZ体選択的に生成することを見いだした(Scheme1).反応機構は,種々の検討結果よりScheme2に示す通りであると推定している.生成物の-一立体選択性は中間体Aを経由することで発現するものと考えられる.

第3章では,第2章で示した亜鉛化エナミドとアルキンの反応の検討から得た知見を基に,不斉アルケニル化反応の開発を行った結果について述べている.α位に置換基を有するβ-ケトエステルに対して不斉補助基を導入することで調製した学活性なエナミンに対し,インジウム触媒存在下で末端アルキンと反応させることにより,高ジアステレオ選択的に付加反応が進行し,α位における四級不斉炭素中心の構築に成功した(Scheme3).生成物の絶対立体配置はX線結晶構造解析により決定した.

このインジウム触媒による付加反応は,Scheme4に示すような六中心の遷移状態を経由して進行することが示唆されている.不斉補助基の酸素原子の分子内配位により形成される二環性のインジウムエノラート中間体が生成することで,アルキンの接近方向に面選択性が誘起されることにより,ジアステレオ選択的に生成物を得ることができるものと考えられる.

また,検討の過程において,反応温度を高温にするにつれて選択性が向上するという,異常な温度効果を示すことを見いだした.これは,中間体であるエノラートのインジウム中心に対して複数の基質分子が配位した状態(分子間配位状態)と,分子内の不斉補助基が配位した単量体と平衡の存在を仮定することで説明が可能である.すなわち,補助基のインジウムへの分子内配位が妨げられることで強固な不斉場が崩れ,これにより立体選択性が低下するものと考えられる。高温では,分子間配位状態はエントロピー的に不利となり,分子内配位状態の割合が増大するため,高温において高い選択性が得られるという結果を示したと考えらえる.実際,分子間配位状態を解消すべく,リチウム塩を添加することで,立体選択性を向上させることに成功している.

第4章では,ヨウ化アルキンへの立体選択的付加,引き続くカップリング反応による,三置換アルケンの立体選択的合成法の開発について述べている.これまで1,3-ジカルボニル化合物の付加は末端アルケンのみが活性であると考えられていたが,種々検討の結果,ヨウ化アルキン類も活1生であることを見出した(Scheme5).生成物は単一の異性体として得られ,その構造はX線結晶構造解析によってE体であることを確認した.これは,Scheme4に示す六中心の遷移状態に基づく3卿付加機構と一致するものである.

生成物であるヨウ化ビニルは,カップリング反応などの反応剤とすることによって,アルケン部位にさらなる官能基化を施すことが可能である.実際,パラジウム触媒存在下,薗頭クロスカップリング反応を行うことによって,共役エンインを定量的に得られた(Scheme6).このように,本反応は三置換アルケンの立体選択的合成法として有用であることを示した.

以上の研究結果は,1,3-ジカルボニル化合物の不斉α-アルケニル化の実現,ならびに1,3-ジカルボニル化合物を基質とした多置換アルケンの立体選択的合成法の開発として位置づけられるものである.これらの反応は,新規機能性化合物群の合成や天然物合成への応用への展開が期待され,有機合成の強力な手法となると期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は五章から構成されている.最近,申請者の所属研究室において,安定カルバニオン種である亜鉛またはインジウム触媒を用いたエノラートアニオンの末端アルキンへのカルボメタル化による,多様なgem-二置換アルケンの合成反応が開発された.本法は,既存の手法では構築困難なα-アルケニル骨格を容易に導入する有用な合成反応であるが,種々の制約があった.本論文では,未解決の課題であった不斉合成や多置換アルケンの高立体選択的合成法開発について述べ,本α-アルケニル化反応の合成反応としての有用性をするとともに,反応の機構に関連する検証を行い,反応化学的観点からも興味深い選択性発現の機構を論述している.

第1章では,アルキン類を用いた化学変換法の一つであるアルキンへのカルボメタル化反応の例について概観し,本研究の一般的背景を説明している.カルボメタル化は通常,非常に高い活性を有する有機金属試薬を用いる,もしくは生成系を安定化させる配位性官能基部位をアルキン基質に持たせることにより達成される.一方,安定カルバニオンを用いるカルボメタル化は,分子内反応を除くと報告例は稀少であり,本研究の意義および独自性,有用性について述べられている.

第2章では,亜鉛化エナミドの単純アルキンへの付加活性を見出すとともに,立体選択的多置換アルケン合成の実現に関する申請者の研究について述べている.亜鉛化エナミドの単純アルキン類に対する位置選択的付加,および引き続くプロトン移動過程による四置換アルケンのZ体選択的合成を達成した.選択性発現の要因として,エナミン窒素の亜鉛原子への配位による立体配座固定という,新たな反応機構を提唱している.本反応は,既存の手法では構築困難な骨格を与えるものとして,合成的有用性が期待されるものである.

第3章では,本α-アルケニル化反応による第四級不斉炭素中心の直接的構築に関して述べている.本研究は,第2章で示された,安定エナミドアニオンのアルキンへの付加活性に関する知見に基づき,β-ケトエステルのα位不斉アルケニル化反応への展開を行ったものである.α位に置換基を有するβ-ケトエステルに不斉補助基を導入した光学活性エナミンに対し,インジウム触媒存在下で末端アルキンと反応させることにより,高ジアステレオ選択的に付加反応が進行し,第四級不斉炭素中心を持つ化合物を高収率かつ高選択的に得ることに成功している.選択性発現の鍵について,次の二点を提唱している.一つ目は,不斉補助基の配位効果である.すなわち,生成物の絶対配置から,遷移状態においては不斉補助基の酸素原子がインジウム中心に分子内配位し,これにより形成される二環性のインジウムエノラート中間体が,アルキンの接近方向に面選択性を誘起すると考察している.二つ目は,インジウムエノラートの会合状態制御である.すなわち,反応温度が高温になるに従って選択性が向上するという,異常な温度効果の観察,ならびにルイス酸添加による選択性向上という観察結果から,選択性は,会合体と単量体との平衡に関するエントロピー効果に基づくものであると考察している.これらの成果は,不斉補助基を用いるインジウム触媒不斉反応による高選択的第四級炭素中心の構築法の開発として,有機合成的に重要であると同時に,選択性発現のための新たな知見を提示するものとして興味深い.

第4章では,インジウムエノラートのヨウ化アルキンへの付加活性を見出し,アルケニル部位への多様な炭素骨格導入の可能性を拓いた研究に関して述べている.1,3-ジカルボニル化合物のヨウ化アルキンへの選択的syn付加による,E-体選択的ヨウ化ビニル化合物の合成,および引き続くカップリング反応による立体選択的三置換アルケン合成を実現した.これまで1,3-ジカルボニル化合物の付加反応には,末端アルキンのみが活性であると考えられていたが,インジウムアミドを触媒に用いた際にヨウ化アルキン類が高い反応活性を示すことを見出した.この結果は,本付加反応の基質適用範囲を拡張するものであるとともに,合成モジュールとして重要なヨウ化アルキン類の選択的合成法として重要である.また,生成物の選択性から,本付加反応の反応機構に関する考察を行っている.これまで理論計算でのみ提唱されていた,アルキン,エノラート,インジウムが形成する二環式六中心の協奏的な遷移状態を実験的に強く支持する結果を得た.

第5章は本研究の総括である.

以上の結果は,1,3-ジカルボニル化合物を基質とした,不斉α位アルケニル化による第四級不斉炭素構築,ならびに四置換・三置換アルケンの立体選択的合成法の開発という,有機合成的に有用な反応の開発,および反応機構に基づく合理的な方法論開発のための知見を多く与えるものとして,重要な研究成果として評価できる.したがって本論文は博士(理学)を授与できる学位論文として価値のあるものと認める.

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