学位論文要旨



No 123339
著者(漢字) 宮地,麻里子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤチ,マリコ
標題(和) 人工並びに生体光受容系を用いた光電変換のための分子連結系の構築
標題(洋) Construction of molecular wire systems for photo-electric conversion using artificial and biological photoreceptors
報告番号 123339
報告番号 甲23339
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5220号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 小澤,岳昌
 東京大学 准教授 近藤,寛
 東京大学 准教授 島田,敏宏
内容要旨 要旨を表示する

【序】自然界の光合成は、光電変換の量子収率約100%という高い性能を示す。その仕組みは、反応中心クロロフィルダイマーで光エネルギーによって電荷分離して生じた電子が、Zスキームと呼ばれる複数分子の特殊配置が生み出す多段階の電位を移動することであり、逆電子移動がほぼ完全に抑制されている。このような系を人工系で構築する試みはあるものの、分子合成に労力がかかる上、未だに光合成に及ぶ性能は得られていない。そこで、我々は、レドックス活性なテルピリジン錯体で構成される分子連結系にて電子伝達経路を構築することを考案した。この手法のメリットは、テルピリジン基が室温下で遷移金属イオンと定量的に錯形成することに加えて、テルピリジン錯体中のレドックス活性なd軌道が高効率な電子輸送体として機能することが期待できることである。本研究では、初めに、光増感剤であるポルフィリンとITO基板をテルピリジン錯体で連結した最も単純な人工系電極にて、光電気化学特性の確認を行い、テルピリジン錯体中の遷移金属の種類を変えて光電子移動に関するテルピリジン錯体のレドックスの有効性を検証した。

次に、その応用として、高効率な光合成の光反応中心である光化学系タンパク質複合体I(PSI)を生体部品として利用し、PSIをITO電極にテルピリジン錯体で連結することで、高効率な生体系電極の作製を目指した。光合成の光反応中心である光化学系タンパク質複合体I(PSI)は光合成細菌から取り出すことが可能であることから、生体部品として直接利用することで、この高い性能を維持したまま使用することができると考えられる。本研究では、テルピリジン錯体分子ワイヤーを用いてPSIをITOに固定化した光電極を作製し、光電気化学特性について検証した。

【1. 分子連結系を用いた人工系光電極の構築】

ポルフィリンとITO基板とをテルピリジン錯体で連結し、テルピリジン錯体中の遷移金属イオン種が光電子移動に及ぼす影響を考察した。

Chart 1の4に示す修飾ITO電極をテルピリジン誘導体1, 2との段階的な錯形成反応を利用した自己組織化法にて作製した。テルピリジン錯体の中心金属種として、Co2+, Fe2+, Zn2+イオンを用いた。4の比較用に3をITO電極に自己組織化法にて直接固定化した比較電極5を作製した。

作製した修飾ITO基板4、および5にて、サイクリックボルタンメトリー法による電気化学測定を行った結果、ポルフィリンおよびCoII/III, FeII/IIIに関するレドックスが確認でき、電流値が掃引速度に比例したことから、目的電極4および5の作製を確認できた (Fig. 1)。

得られた電極にて可視吸収測定を行った。ポルフィリンのSolet帯に由来する4のλmaxは2の溶液のピーク位置とほぼ一致したことから、2 のITO基板への固定化が確認できた。

次に4と5を用いて光電流測定を行ったところ、Fig. 2に示すような光電流を観測し、電流値は印加電圧に伴って増加した。光電流がマイナスからプラスに変わる(電流ゼロ)電位は、分子ワイヤー内の金属イオンの種類によって異なり、4-Co < 4-Zn 〓 4-Fe < 5となった。この結果は、光電子移動が分子ワイヤーの分子軌道と関連があることを示している。ポルフィリンの基底準位S0と、励起準位S1の間に位置する分子軌道として、4-Coはd軌道が、4-Feはπ*軌道が存在する。電流ゼロとなる電位は4-Coが4-Feよりも卑であったことから、d軌道の方がπ軌道よりも電子を高効率で輸送したと考えられる。また、S0と S1の間にπ*軌道を有する4-Feと有さない4-Znとでは電流ゼロとなる電位がほぼ同じであったことから、π軌道の準位が電子移動に及ぼす影響は少ないと考えられる。しかしながら、4-Fe、4-Znともに5よりも電流ゼロとなる電位が卑であったことから、π軌道を持つ分子ワイヤーは従来のアルキル鎖よりも光電子を高効率で輸送できたと考えられる。以上より、ポルフィリンのS0-S1間にレドックス活性なd軌道準位を有するCo-テルピリジン錯体は、従来のアルキル鎖やS0-S1間にd軌道準位を持たないテルピリジン錯体と比べて電子を高効率で輸送できることを確認できた。

【2. 分子連結系を用いた生体系光電極の構築】

次に、Co-テルピリジン錯体を用いて藍色細菌 (Thermosynechococcus elongatus) から抽出したPSIをITOに連結した光電極の作製を行った。

PSI中の光電子移動経路の途中に位置するビタミンK1は、除去・再構成できることから、ビタミンK1の末端に適切な官能基を入れた人工分子を再構成することで光電子の外部への取り出しが可能となる。そこで、ビタミンK1の末端にテルピリジン部位を有する6を新規に設計し、合成した (Chart 2)。6の合成は、酸化的脱炭酸を含む3工程にて行った。PSI (7) からビタミンK1を除去後 (8)、6を用いて再構成PSI (9) を調製した (Chart 2)。次に、この再構成PSIと、10に示す修飾ITO電極を前節で述べたCo-テルピリジンの錯形成反応を用いてPSI修飾ITO電極10を作製した。

PSI修飾ITO基板10の断面を透過電子顕微鏡にて観察したところ、PSIの大きさと同程度である約10 nmの球状物質が基板上に固定化していることを確認できた (Fig. 3)。この断面部分にてエネルギー分散X線分光分析 (EDX) を行ったところ、PSIに由来するFe、S、および分子ワイヤーに由来するCo、Brのピークを確認したことから、この球状物質は分子ワイヤーで固定化されたPSIであると同定でき、目的とする形で基板が修飾できたことが確認できた。

次にPSI修飾ITO基板を用いて可視吸収測定および光電気化学測定を行った。可視吸収スペクトルより、native PSIと同様のスペクトルが得られたことからPSIのITO基板への固定化が確認できた。このPSI修飾ITO基板を用いて光電気化学測定を行ったところ、波長690 nmの単色光を照射した際に、光のon, offに応答したアクション電流が得られた (Fig. 4)。光電流は照射光の波長に依存して変化し、波長660-670 nm付近で最大値を示した。この光電流の波長依存性は可視吸収スペクトルと類似の傾向を示すことから、得られた光電流はPSI由来であると考えられる。以上より、生体分子であるPSIと分子ワイヤーを組み合わせることで光電変換システムを構築できることを実証した。

【結論】本研究において、分子ワイヤーを用いた人工系および生体系光電極を作製し、分子ワイヤーが様々な機能性部品を連結した光電変換システムに応用できることを実証した。

Chart 1 Chemical structure of the ligands used in this study, and stepwise coordination methods for the preparation of modified ITO electrodes: (i) immobilization onto ITO (1), (ii) complexation with metal ion, and (iii) complexation with (2).

Fig. 1 Cyclic voltammograms of 4-Co in the potential range of Zn(P)+/0 redox reaction (a) and CoII/III redox reaction (b) in 1 mol dm-3 Bu4NClO4-CH2Cl2 at the scan rates of 0.025, 0.05, 0.075, 0.1, 0.2, 0.3, 0.4, and 0.5 Vs-1, and the energy diagram (c).

Fig. 2 (a) Photocurrent response of 4-Co excited at 410 nm under biased condition at 0.6 V. (b) Potential dependence of the anodic photocurrent of 4-Co excited at 410 nm.

Chart 2 Chemical structure of the ligands used in this study, and stepwise coordination methods for the preparation of modified ITO electrodes with PSI: (i) immobilization onto ITO, (ii) complexation with metal ion, and (iii) complexation with (8).

Fig. 3 Cross-sectional TEM image of the ITO electrode modified with PSI and molecular wires.

Fig. 4 (a) Photocurrent response of the ITO electrode modified with PSI and molecular wires at 660 nm under biased condition at -0.05 V. (b) Wavelength dependence of the anodic photocurrent of the ITO electrode modified with PSI and molecular wires.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、第1章は研究の背景と目的、第2章は分子連結系を用いた人工系光電極の構築、第3章は分子連結系を用いた生体系光電極の構築、第4章は研究成果のまとめについて述べられている。以下に各章の概要を記す。

第1章では研究の背景を述べている。本研究で行われている光電変換のモデルとなる自然界での光合成について解説し、光合成を模倣した人工系光電変換モデルや電極作製法として分子連結系を用いたボトムアップ法について紹介している。加えて、生体系光受容体であるPhotosystem I (PSI) を用いた光センサーについて紹介している。本研究では、上記の人工系光電変換モデル、ボトムアップ法、光センサーの技術を踏まえて、分子連結系を用いた人工系、生体系での光電変換システム構築を目的としている。

第2章では、分子連結系を用いた人工系光電極の構築について述べている。光受容体としてポルフィリンを、分子連結系としてテルピリジン錯体を用いて透明ITO (Indium tin oxide) 基板上に自己組織化した光電極を作製し、光電変換システムを構築している。作製した光電極について電気化学測定および紫外可視吸収測定を行い、電極上の自己組織化膜のキャラクタリゼーションを行った上で、構築したシステムを用いて光電変換に及ぼすテルピリジン錯体部位のレドックスの影響について考察している。本章において、テルピリジン錯体を分子連結系として用いた光電変換システムは、従来のアルキル鎖を用いた光電変換システムより良好な特性が得られることを見出している。更に、テルピリジン錯体の中心金属にコバルトイオンを用いた際に、d軌道のレドックスが光電変換特性に良好な影響を及ぼすことを実証したことから、人工系光電変換系での分子連結系の有用性を明らかにしている。

第3章では、分子連結系を用いた生体系光電極の構築について述べている。光受容体として、シアノバクテリアから抽出したPSIを用いて、新規コネクターとして開発したビタミンK1類縁体とテルピリジン錯体とで分子連結系を構築し、PSIをITO基板に連結した光電変換システムを構築している。開発したビタミンK1類縁体を組み込んだPSIは、光吸収減少測定により光電子移動を起こすことが確認されている。作製した電極のキャラクタリゼーションは、2章と同様の電気化学測定および紫外可視吸収測定に加えて、透過型電子顕微鏡による直接観察により行われている。構築したシステムを用いて光電気化学測定によりPSI由来の光電変換を実証している。本章において、生体系光電変換系に分子連結系が応用可能であることを示している。

第4章では、以上の結果を総括し、今後の研究展望を述べている。

以上、本論文では、分子連結系を用いた人工系および生体系光電極を作製し、分子連結系が様々な機能性部品を連結した光電変換システムに応用できることを実証している。本博士論文において得られた分子連結系を用いた光電変換システムに関する知見は、今後の光電変換系構築のための独自の概念を提案したと考えられることから、機能性分子の開発研究において大きなインパクトを与えると期待される。なお、本論文第2章は太田麻希子、中井美早紀、窪田吉紘、山野井慶徳、米澤 徹、西原 寛との共同研究、第3章は山野井慶徳、米澤 徹、西原 寛、井上康則との共同研究であり、一部は既に学術雑誌として出版されたものであるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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