学位論文要旨



No 123340
著者(漢字) 横田,実咲
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,ミサキ
標題(和) フルオロアルケン類のLewis酸による活性化と多環式化合物合成を指向するFriedel-Crafts型環化反応への応用
標題(洋) Activation of Fluoroalkenes with Lewis Acids and Its Application to Friedel-Crafts-Type Cyclizations Directed toward the Synthesis of Polycyclic Compounds
報告番号 123340
報告番号 甲23340
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5221号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 友田,修司
 東京大学 教授 尾中,篤
 東京大学 准教授 辻,勇人
内容要旨 要旨を表示する

ビニル位あるいはアリル位がフッ素置換されたフルオロアルケン類は、フッ素の電子求引性により、その不飽和結合部位が電子不足となっている。このため、求電子剤によってフルオロアルケン類の不飽和結合部位を活性化することは難しい。本研究では、金属錯体やLewis酸を用いることで穏やかな条件下にて、フルオロアルケン類を求電子的に活性化する手法を開発した。すなわち、(1)π電子受容能の極めて高い遷移金属錯体を用いることで、フルオロアルケン類の電子不足二重結合を活性化する直接的な手法と、(2)フルオロアルケン類の二重結合隣接位に配位部位を導入し、これをLewis酸に配位させることで二重結合の活性化を行う間接的な手法である。さらに、これらの活性化法をFriedel-Crafts型環化反応に利用して6員環を構築し、様々な含フッ素芳香族化合物や多環式化合物の合成を達成した。

第一章1,1-ジフルオロ-1-アルケンの遷移金属錯体による活性化とFriedel-Crafts型環化反応

1,1-ジフルオロ-1-アルケンの求電子剤による活性化は例が少なく、これまでに等モル量以上の超強酸やヨウ素、酢酸水銀(II)、塩化スズ(IV)を用いる手法が報告されているのみである。筆者は、π電子受容能の極めて高い遷移金属錯体を用いれば、触媒量でも1,1-ジフルオロー1-アルケンを求電子的に活性化できるものと考えた。各種錯体の存在下で、分子内にアリール求核部位を有する1,1-ジフルオロ-1-アルケン1のFriedel-Crafts型環化を試みたところ、カチオン性パラジウム錯体[Pd(MeCN)4】(BF4)2が極めて有効であることを見出し、分子内環化生成物である環状ケトン2とフルオロナフタレン3の混合物を得た。この反応では、フッ素のα位炭素をアリール基が選択的に求核攻撃し、環化中間体Aを生成する。Aからβ-フッ素脱離により生成するビニルフルオリドBが反応停止時に加水分解を受けて二環式ケトン2を与える。また、フルオロナフタレン3はAからβ-水素脱離とフッ化水素の脱離を経て生成したと考えられる。中間体Aからフッ化物イオン脱離を促進するため、フッ素と親和性の高いBF3・OEt2を添加したところ、予期したように2のみが選択的に得られた。同時に、活性なカチオン性パラジウムが再生するため、本環化反応は触媒的に進行した。BF3・OEt2と触媒量のパラジウム錯体をそれぞれ単独で作用させても本Friedel-Crafts型環化はほとんど進行しないことから、両者の組み合わせが1,1-ジフルオロ-1-アルケンの効率的な活性化を可能にしていることがわかる。

本手法では穏やかな条件で1,レジフルオロ-1-アルケンを活性化できるため、種々の置換基を有する基質に適用することができた。特に、メトキシ基やヒドロキシ基など、強酸性条件下ではプロトン化により反応性の低下や副生成物の生成を招く官能基も芳香環上へ導入することが可能となった。また、アリール基とジフルオロビニル基をo-フェニレン基で結んだ基質4を用いることで、想定中間体であるビニルフルオリドBをフルオロフェナントレン5として単離することができた。

さらに分子内に二つのアリール基を有するジフルオロアルケン6を出発物質に用いると、環化で生じたビニルフルオリドCがただちに2度目の活性化を受け、ドミノFriedel-Crafts型環化が進行することがわかった。得られた環状化合物7を脱水素することにより、種々の置換基を有する[4]ヘリセン8へ誘導することができた。原料となるジフルオロアルケンを市販の化合物から短工程で調製でき、またFriedel-Crafts型環化は穏やかな条件にて位置選択的に進行するため、本手法は有用なヘリセン合成法になると期待できる。

以上のように筆者は、カチオン性パラジウム錯体による1,1-ジフルオロ-1-アルケンの求電子的活性化に成功した。これをFriedel-Crafts型環化へと展開した結果、生理活性物質の部分構造に多く見られる環状ケトンや含フッ素芳香族化合物、および機能性物質となるヘリセンを合成することができた。

第二章2,2-ジフルオロビニルケトンのカチオン環化反応

前述のように、通常1,1-ジフルオロ-1-アルケン1は、Lewis酸を作用させても活性化することが難しい。これに対し筆者は、ジフルオロアルケンの2位に配位部位としてカルボニル基を導入することで、Lewis酸だけでも二重結合の求電子的活性化が効率良く行えることを見出した。すなわち、2,2-ジフルオロビニルケトン9はMe3SiOTfにて活性化することができ、発生したα-フルオロカルボカチオンを分子内アリール基で捕捉することによりFriedel-Crafts型環化体10を得た。さらに本反応をNazarov型環化とのドミノカチオン環化へと展開し、ステロイド骨格である6/6/6/5縮合環11を単一ジアステレオマーとして一挙に構築できた。原料となる2,2-ジフルオロビニルケトンはいずれも市販の化合物から一段階で調製できるため、本手法は生理活性物質などの縮合環骨格の構築に有用である。

第三章1,1-ジフルオロアレンの合成とFriedel-Crafts型環化反応

アルケン隣接位への配位部位の導入が、ジフルオロアルケンの活性化に有効であることがわかったため、新たな配位部位として電子豊富な二重結合を用い、同様の求電子剤による活性化を試みた。配位部位となる二重結合の導入位置は、フッ素のα-カチオン安定化が活用できるように配慮して選び、基質として1,1-ジフルオロアレンに着目した。

1,1-ジフルオロアレンの一般的合成法は確立されていないため、まず一置換および二置換の1,1-ジフルオロアレンおよび1-フルオロアレンに対応できる一般的な簡便合成法を開発した。その結果、市販の1,レジブロモ-2,2-ジフルオロエテンとカルボニル化合物から、ジフルオロアリルアルコール誘導体12を経て、2段階で1,1-ジフルオロアレン13を合成することに成功した。カルボニル化合物として各種アルデヒドおよびケトンを用いることにより、対応する一置換および二置換の1,1-ジフルオロアレンを収率良く合成することができた。

同時に、中間体であるアリルアルコール誘導体のアリル位置換基を変更するだけで、1-フルオロアレンの合成も可能となった。すなわち、脱離能の低いシリルオキシ基を有するアリルアルコール誘導体14にアルキルリチウムを2倍モル量作用させると、そのアルキル基を有する1-フルオロアレン15が収率良く得られた。

本手法で調製した1,1-ジフルオロアレン16にLewis酸を作用させて、その求電子的活性化を試みた。その結果、二重結合による配位を期待したパラジウム錯体よりも、フッ素と親和性の高いBF3・OEt2を用いた場合にメチル基の転位を伴うFriedel-Crafts型環化が効率良く進行して、含フッ素芳香族化合物17を与えた。ホウ素はフッ素に対して高い親和性を有しているため、BF3・OEt2を反応剤として用いた場合は、ホウ素への1,1-ジフルオロアレンの配位が、当初期待したようにアルケン部位ではなく、フッ素置換基上で起こっている可能性が高い。現在筆者は、中間に共鳴安定化を受けたアレニルカチオンDが生じており、これがFriedel-Crafts型環化反応を起こすことで生成物を与えているものと考えている。本手法によれば、特定の位置に選択的にフッ素置換基を導入した含フッ素芳香族化合物を短工程で合成できる。

第四章2-トリフルオロメチル-1-アルケンのFriedel-Crafts型反応

2-トリフルオロメチル-1-アルケン18も、前述の1,1-ジフルオロアルケン1と同様に電子不足であり、求電子的活性化は難しい。これに対し筆者は、フッ素に対して親和性が高いLewis酸を作用させることにより、アリル位フッ素の配位を利用する2-トリフルオロメチル-1-アルケン18の求電子的活1生化を達成した。すなわち、2-トリフルオロメチル-1-アルケンに等モル量のEt2AlClを作用させたところ、収率良くFriedel-Crafts型環化生成物19、20を得ることができた。

2-トリフルオロメチル-1-アルケンは、PhLiのような強い求核剤とSN2型反応を起こすことは既に知られているが、Et2AICIにて2-トリフルオロ-1-メチルアルケンを活性化することにより、弱い求核剤のアレーンでも同様の反応が可能となった。本手法は、6員環構造だけでなく、前述の変換反応に利用できるジフルオロアルケン部位も構築できるため、さらに複雑な多環式化合物合成の原料調製法として期待できる。

以上のように筆者は、(1)カチオン性パラジウム触媒とLewis酸を組み合わせて用いること、あるいは(2)アルケン部近傍へLewis酸に配位できる置換基を導入しLewis酸を作用させることによって、従来困難とされるフルオロアルケン類の求電子的活性化を達成することができた。さらに、これらの手法が様々な含フッ素芳香族化合物や多環式化合物の合成に利用できることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、第1章は1,1-ジフルオロ-1-アルケンの遷移金属錯体による活性化とFriedel-Crafts型環化反応、第2章は2,2-ジフルオロビニルケトンのカチオン環化反応、第3章は1,1-ジフルオロアレンの合成とFriedel-Crafts型環化反応、そして第4章では2-トリフルオロメチル-1-アルケンのFriedel-Crafts型反応について述べている。

第1章では、1,1-ジフルオロ-1-アルケンの遷移金属錯体による求電子的活性化とそのFriedel-Crafts型環化反応への展開について述べている。1,1-ジフルオロ-1-アルケンは電子不足なために求電子的活性化が困難とされているが、/・電子受容能の極めて高いカチオン性パラジウム[Pd(MeCN)4](BF4)2を活性化剤として用いることによりこれを達成している。なお、BF3・OEt2を組み合わせて用いることによって、本活性化法がパラジウム錯体に関して触媒的に行えることも明らかにしている。さらに、本手法をFriedel-Crafts型環化に展開して、環状ケトンや含フッ素芳香族化合物および多環式芳香族化合物であるヘリセンの効率的な合成に応用できることも見出している。

第2章では、2,2-ジフルオロビニルケトンのカチオン環化反応と多環式化合物の合成について述べている。従来困難とされている1,1-ジフルオロ-1-アルケンの求電子的活性化に対し、ジフルオロアルケン部位の近傍にLewis酸が配位しやすい置換基を導入し、これを足掛かりにする手法を開発している。すなわち、ジフルオロアルケン部の隣接位に配位性置換基としてカルボニル基を導入した2,2-ジフルオロビニルケトンは、Me3SiOTfにて活性化できるようになり、発生する・-フルオロカルボカチオンを分子内アリール基で速やかに捕捉することによって、Friedel-Crafts型環化体が得られることを明らかとしている。さらに、本反応をNazarov型環化とのドミノカチオン環化へと展開して、ステロイド骨格である6/6/6/5縮合環系を一挙に構築できることも見出している。

第3章では、1,1-ジフルオロアレンの合成とFriedel-Crafts型環化反応およびその応用として含フッ素芳香族化合物の合成について述べている。一置換および二置換のジフルオロアレンには、これまで一般的合成法が確立されていなかった。ここでは両者の合成に適用できる一般的な簡便合成法を開発している。本手法は従来の合成法と異なり、様々な置換基をアレン炭素上に導入できる上に、一置換と二置換の両1,1-ジフルオロアレンを合成できる汎用性を備えている。同時に、中間体であるアリルアルコール誘導体のアリル位置換基を変更するだけで、1-フルオロアレンの合成も可能とした。さらに、調製が容易となった1,1-ジフルオロアレンは、BF3・OEt2にて求電子的に活性化できることを明らかとした。本活性化によると、分子内にアリール基を有する1,1-ジフルオロアレンから、アルキル基の転位を伴ってFriedel-Crafts型環化が進行することを示し、含フッ素芳香族化合物の合成に成功している。

第4章では、2-トリフルオロメチル-1-アルケンのFriedel-Crafts型反応について述べている。2-トリフルオロメチル-1-アルケンのアリル位のフッ素原子は配位部位として利用することができ、特にフッ素と親和性の高いEt2AlClを用いることにより、その電子不足二重結合が活性化されることを見出している。本活性化法は分子内および分子間Friedel-Crafts型反応へと利用することができ、対応する種々の置換基を有するジフルオロアルケンが良好な収率で得られることを明らかにしている。

以上のように、従来困難とされていたフルオロアルケン類の求電子的活性化を、(1) カチオン性パラジウム触媒とLewis酸を組み合わせて用いることによって、あるいは (2) フルオロアルケン類へ配位性の置換基を導入しLewis酸を作用させることによって、それぞれ達成している。これらの手法により、様々な含フッ素芳香族化合物や多環式化合物が合成できることを明らかにした。

なお、本論文は川島隆幸・奈良坂紘一・市川淳士・藤田大士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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