学位論文要旨



No 123342
著者(漢字) 伊藤,(後藤)桜子
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,(ゴトウ)サクラコ
標題(和) tRNAアンチコドン隣位(37位)に対する連続的な修飾反応機構に関する構造生物学的研究
標題(洋) Structural and functional analysis of the enzymes involved in the modification cascade on tRNA position 37, the position 3'-adjacent to the anticodon.
報告番号 123342
報告番号 甲23342
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5223号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京工業大学 准教授 竹中,章郎
内容要旨 要旨を表示する

mRNA上の情報が正確にタンパク質へ翻訳されるためには,リボソーム上でmRNA上のコドンとtRNA上のアンチコドンとの正確な対合が不可欠である.3文字のコドンと3文字のアンチコドンが正確に対合せずにフレームシフトが起こると,目的タンパク質が正しく合成されない.tRNAアンチコドン3文字目の3'側隣位(tRNA37位)は,リボソーム上で,コドン1文字目とアンチコドン3文字目の対合に対してスタックする位置に存在する.tRNA37位の塩基は,非常に頻繁にtRNA修飾酵素によって修飾されており,これらの修飾は,翻訳時のフレームシフトを防止するために重要であることが知られている.導入された修飾がフレームシフトを防止する機構には,概して次の2点が考えられている.まず,37位の塩基において,塩基対形成を担う水素結合に関与する原子が修飾されることによって,37位とコドン1文字目との誤った塩基対形成が防止されている.また,37位には,しばしばかさ高い修飾が入ることが知られており,これらの修飾は,コドン1文字目とアンチコドン3文字目の対合にスタックして対合を強化したり,空間的な自由度を制限したりすることによってシフトを防止している.

私は,tRNA37位のヌクレオシドに対する2つのtRNA修飾酵素について,X線結晶構造解析を基盤とした研究を行った.TRM5は37位のグアノシン(以下G37)のN1原子にメチル基を付加する酵素である(図1).TRM5が触媒する修飾(以下m1G37)は,真核生物と古細菌においては,37位がグアノシンであるほぼ全てのtRNAに導入される.m1G37が導入された複数種のtRNAのうちの一部のtRNAについては,更にTW1以下4つの酵素が連続的に働いて,m1G37からワイ塩基と呼ばれるかさ高い3環性塩基群を導入する.私は,tRNAG37に対するこの連続的な修飾反応に着目して,その連続反応の1番目と2番目の酵素であるTRM5とTYWIの両者の立体構造を決定し,また,TRM5についてはtRNAとの複合体の立体構造も決定した.

1.TRM5

TRM5は,メチル化酵素としては最も広く存在する1型メチル化酵素に分類され,S-アデノシル-L-メチオニン(以下AdoMet)をメチル基供与体として,基質へのメチル基転移反応を行う.本研究においては,超好熱古細菌。M.jannaschii由来TRM5(以下M.jannaschiii TRM5)とAdoMetのアナログ(sinefungin)との複合体の立体構造と,M.jannaschiiii TRM5とM.jannaschii tRNA(Leu),AdoMetの複合体の立体構造を,それぞれ分解能2.2Å,2.8Åで決定した.

M.jannaschiiii TRM5は3つの立体構造ドメイン(D1,D2,D3)からなっていた(図2).D1は種間でアミノ酸配列保存性が低い領域,D2は種間でアミノ酸配列が保存されている領域,D3はTRM5のみならず1型メチル化酵素間でアミノ酸配列が保存されている領域に相当していた.AdoMetまたはsinefunginの電子密度がD3内に確認されて,TRM5によるAdoMet認識機構が明らかになった(図2(d)).

tRNA認識の際に,TRM5は大きな構造変化を起こすことが見出された.TRM5単体の結晶構造においては,D1はD3と相互作用していたが,tRNAとの複合体の結晶構造においては,D1はD3から離れて,D2-D3に結合しているtRNAに対して,別部位から結合していた.また,NMR法を用いた解析により,D1断片とD2-D3断片はほとんど相互作用しないことがわかった.よって,生体内で,D1はD2-D3に対して独立に動いており,tRNAがD2-D3に結合すると,D1もtRNAに結合するように動くと考えられる.tRNAは,37位が存在するアンチコドンループ部分の構造を緩めることによって,G37(図2(b)の緑色スティック)を活性部位に入れていた,G37はtRNA本体に対して外側にフリップしており,メチル基転移を受けるN1原子が,AdoMetのメチル基に向かい合う位置に存在した.G37が活性部位に入ると,単体構造で一定の構造をとっていなかったループが,G37を活性部位に固定する形に構造をとり(図2(b)中に紫で示した),ループ中のアルギニン残基145番が,37位の塩基を認識していた.D1は,L字型tRNAの中心構造(以下コア)を認識しており,tRNAが正確にL字型構造をとっていることを確認していると考えられる.

TRM5の全長とD2-D3のtRNAへのメチル基転移活性を調べた.メチル基供与体濃度が十分に高い条件で基質tRNAに対する反応速度定数を測ったところ,D2-D3は全長よりもtRNAに対する結合(Km値)が7倍弱く,反応回転数(k(cat)値)は13倍高いことがわかった.D1はコアに結合してD2-D3のtRNAに対する結合を強化し,同時に,L字型構造をとっていることを確認するために反応回転数を下げると考えられる.

以上の結果は,tRNAに対する修飾反応が,ランダムではなく秩序を保って行われている可能性を示す例として興味深い.m1G37などの機能的な修飾は,立体構造維持のための修飾が行われたことを確認した上で初めて起こるような制御がなされているのかもしれない.

2.TYW1

TYW1は,TRM5によって生成されたm1G37を基質として,2つの炭素原子を導入する環化反応を触媒してワイ塩基の基本骨格を形成する酵素である.TYW1は,アミノ酸配列上ラジカルAdoMet酵素に分類される.ラジカルAdoMet酵素とは,活性中心に鉄硫黄クラスターとAdoMetを持ち,電子の受け渡しによって生じた5'-デオキシアデノシルラジカルが,基質をラジカル化することによって反応を触媒する酵素群である.古細菌ゲノムに対して,酵母TYW1配列をクエリーとして配列探索を行ったところ,ほぼ全ての古細菌において,TYW1のラジカルAdoMetドメインと高い相同性を持つ配列が見つかった.本研究においては,超好熱古細菌P.horikoshiii由来TYWI(以下P.horikoshiii TYW1)の立体構造を,分解能2.2Åで決定した.

P.horikoshiii TYW1は,ラジカルAdoMet酵素立体構造の特徴である"変型(α/β)8バレル構造"をとっていた.バレルの内部に,3つのシステイン残基が向かい合う部位が2箇所見出された.これらはラジカルAdoMet反応における電子の授受に必要な鉄硫黄クラスターを保持する部位であると考えられた(図3).このうちの1箇所を構成する3つのシステイン残基は,保存配列(CxxxCxxC)に相当している.もう1箇所を構成するシステイン残基は,アミノ酸配列上では離れており,これらのシステイン残基の側鎖が向かいあうことは立体構造を明らかにすることにより初めて見出された.嫌気性条件下でP.horikoshiii TYW1上での鉄硫黄クラスターの再構成を試みた.紫外可視スペクトルにおいて,450mm付近の吸収ピークが現れたことから,その再構成を確認した.更に,鉄硫黄クラスターを再構成したP.horikoshiii TYW1の結晶を用いたX線回折実験によって,2箇所のクラスター部位に鉄由来と考えられるピークが存在することを確認した.得られた鉄由来の電子密度に従って,また,他のラジカルAdoMet酵素における鉄硫黄クラスター,AdoMet,基質の位置を参考にして,P.horikoshiii TW1のクラスター部位に鉄韻クラスターと,AdoMet,tRNA37位のメチル化グアノシンを配置したモデルを作成した.更に,立体構造から明らかになったP.horikoshiiiの分子表面の性質(電荷と保存性)を参考にしてtRNAに対する結合モデルを作成した(図3(b),(c)).基質である37位のメチル化グアノシンは,典型的なアンチコドンループ構造と比較して外側に引き出される必要があることが示唆された.

図1.tRNA37位に対する修飾反応

図2.(a)TRM5とsinefhngin,(b)lTRM5とtRNA,AdoMetの複合体の1立体構造.(a),(b)は同じ角度から見1た図。(c)TRM5のtRNA認識赤でメチル化活性部位を,青でD1によるコア認識を示した.(d)活性部位の拡大図.オレンジでAdoMet,黄緑でG37認識残基を示した.

図3.(a)TYW1立体構造.鉄硫黄クラスターを示す異常分散マップ(3σレベル)を赤で示した.Φ)TYWIとtRNAの複合体モデル.TYW1は断面図で示した.(c)(b)の活性部位の拡大図.鉄硫黄クラスターとAdoMet,m1G37をモデルした.

審査要旨 要旨を表示する

tRNAアンチコドン3文字目の3・側隣位(37位)は,翻訳時のコドン1文字目とアンチコドン3文字目の対合にスタックする.tRNA37位のヌクレオチドが修飾されることにより,フレームシフトが防止されている.本論文では,tRNA37位のグアノシンに対する連続的な修飾反応に関わる2つの修飾酵素(TRM5,TYW1)について,X線結晶構造解析を基盤とした研究を行っている.TRM5は37位のグアノシンのN1原子にメチル基を付加する酵素である.古細菌と真核生物においてこの修飾(m1G37)は,37位がグアノシンであるほぼ全てのtRNAに存在する.m1G37が導入された複数種のtRNAのうち,一部のtRNAについては,更にTYW1以下4つの酵素が連続的に反応して一群の3環性塩基が形成される.

第1章は序論であり,研究の概要と背景について述べられている.第2章では,古細菌Methanocaldococcus jannaschii由来TRM5とメチル基供与体アナログsinefunginの複合体のX線結晶構造解析と,NMR法を用いたドメイン間相互作用に関する解析について述べている.論文提出者は,大腸菌内で大量発現させたTRM5を高純度で調製する精製方法を確立し,TRM5とsinefunginとの共結晶化によって良質な結晶を得ている.セレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法により,TRM5-sinefungin複合体の立体構造を分解能2.2 Aで決定している.TRM5は3つの立体構造ドメインD1とD2,D3からなり,各々アミノ酸配列の保存性が種間で低い部分(D1)と,アミノ酸配列が種間で保存されている部分(D2),I型メチル化酵素で保存されているロスマンフォールドに相当する部分(D3)に対応することを見出している.結晶構造において,D3はD1,D2の両方と相互作用しており,D1とD2は相互作用していなかった.NMR法を用いた解析により,D1とD3の相互作用は持続的ではなくD1はD2-D3に対して動き得ることを見出している.

第3章においてはM. jannaschii由来TRM5と基質tRNA,メチル基供与体AdoMetの複合体のX線結晶構造解析を中心に述べている.論文提出者はTRM5-tRNA-AdoMet複合体を調製して結晶を得ることに成功している.分解能2.8 AのX線回折像から,分子置換法により立体構造を決定している.得られた立体構造から,D1はD3から離れてtRNAのDループ・T・Cループ会合部と相互作用することを見出している.これは,tRNA修飾酵素が,自身の修飾反応のみならず、tRNA全体の修飾プロセスを正しく進行させる制御機構を併せ持つことを初めて示唆した結果である.基質G37を含むアンチコドンループは,通常より外側に引き出されてG37はAdoMetのメチル基と向かい合う位置にフリップアウトしている.TRM5は37位にグアノシンがある全てのtRNAを基質とすることが知られているが,実際に立体構造から37位以外はヌクレオチド配列非特異的に認識していることを見出している.更に,全長TRM5とD2-D3断片についてtRNAに対するメチル基転移反応の速度定数を調べて,D1が,tRNAに対する結合能を上昇させる一方で反応回転数を降下させることを明らかにしている.

第4章では,古細菌Pyrococcus horikoshii由来TYW1のX線結晶構造解析について述べている.セレノメチオニン置換体を用いた単波長異常分散法により分解能2.2 Aの立体構造を決定している.得られた立体構造から示唆された2つの鉄硫黄クラスター結合部位に関して,鉄硫黄クラスターを再構築して鉄硫黄クラスターの存在を決定している.また,TRM5-tRNA複合体中のtRNA立体構造を用いてTYW1-tRNA結合モデルを提唱している.

第5章においては,第2章から第4章までの結果から,TRM5のD1の機能について考察している.また,TRM5とTYW1の連続反応における関連性や,他の修飾酵素との関連性などについて述べている.

なお,本論文第2章は東京大学の横山茂之教授,伊藤拓宏助教,理化学研究所の石井亮平博士,別所義隆博士,武藤裕博士との共同研究であり,第3章は東京大学の横山茂之教授,伊藤拓宏助教,理化学研究所の別所義隆博士との共同研究,第4章は東京大学の横山茂之教授,伊藤拓宏助教,関根俊一講師,理化学研究所の石井亮平博士,別所義隆博士,柴田理恵氏,房富絵美子氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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