学位論文要旨



No 123347
著者(漢字) 栄徳,勝光
著者(英字)
著者(カナ) エイトク,マサミツ
標題(和) ヒストンシャペロンCIA分子表面の網羅的機能解析 - クロマチン構造変換反応機構の理解に向けて
標題(洋) Global analysis of surface by point-mutation for histone chaperone CIA - Towards understanding of the mechanism of chromatin structural change
報告番号 123347
報告番号 甲23347
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5228号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨 要旨を表示する

細胞運命は転写、DNA複製、DNA修復などの核内反応による遺伝情報の選択、増幅、維持によって決定される。真核生物においてDNAは、ヒストンと共にヌクレオソームを形成し、それらが連なったクロマチン構造として存在する。ヌクレオソームは核内反応の進行に阻害的に働くことから、核内反応の進行にはクロマチン構造を変換することが必要となる。このクロマチン構造変換反応はDNA結合因子群とヒストン結合因子群の協調的作用により制御されていることが明らかにされてきたが、様々な核内反応においてクロマチン構造変換反応がどのように行われるのか、その分子機構は未解明のままであった。

我々のグループではクロマチン構造変換反応の分子機構解明を目指し、クロマチン制御反応に関連する転写制御の正の中心因子TFIIDに着目して様々な相互作用因子を単離し、その生化学的機能を明らかにしてきた。その中でTFIID最大サブユニットCCG1のブロモドメイン(BrD)に相互作用する因子として204アミノ酸からなる進化的高保存機能未知因子CIA(CCG1-interacting factor A)を単離し、更にその相互作用因子としてヒストンH3を単離することを通して、ヌクレオソームの形成、破壊を担うヒストンシャペロン活性を有することを明らかにした。また、CIAが転写、DNA複製、DNA修復などの核内反応に関与することが示され、これらの反応系において高保存因子ヒストンやヒストンシャペロンCAF-1, HIRAなど多種多様なクロマチン関連因子と相互作用することが明らかにされてきた。これらの知見からCIAは様々な核内反応系において多種多様な因子と相互作用し、協調的にヌクレオソームの形成、破壊反応を担っていると予想された。

このように様々な核内反応の進行に伴うクロマチン構造変換反応において、ヒストンシャペロンの中でも突出した進化的保存性を有し、ほぼ全ての核内反応系で働くCIAは、反応系の中心因子として働いていることが予想されてきた。そこで様々な反応におけるクロマチン構造変換反応機構の共通性と多様性の解明を目指し、多機能性を担うCIAの分子表面の機能活性及び機能モチーフをまず同定することを研究戦略の第一歩とした。CIAの高度に保存された分子表面には一アミノ酸レベルで機能しうるモチーフが多数存在すると考えて、CIAの立体構造上分子表面に位置するアミノ酸に点変異を導入して、遺伝学的・生化学的解析に適した出芽酵母Cia1p/Asf1pの点変異株を作製し、転写、DNA複製、DNA修復に関与する表現型を網羅的に解析することから着手し、以下のようにDNA複製及び転写反応に伴うヌクレオソーム構造変換反応におけるCIAの役割及びヌクレオソーム構造変換反応機構モデル、そしてヒストン化学修飾からヌクレオソーム構造変換反応に至る分子機構モデルを提出することに成功した。

1. CIA点変異体による網羅的表現型解析及び生化学的活性解析

Cia1pの高度に保存されたN末ヒストンシャペロンドメインの立体構造上、分子表面に位置するアミノ酸90個に着目して、立体構造への影響が少ないと予想されるアラニンに置換した点変異株シリーズを作製した(図1)。Cia1pの生物学的機能としては、これまでにcia1破壊株がSpt表現型、HU、MMS感受性などの表現型を示すことが解析され、転写、DNA複製、DNA修復などの様々な核内反応系に関与すると考えられてきた。

作製した90種類のcia1点変異株の表現型をこれらの検定系で網羅的に解析したところ、5種類の点変異株がSpt表現型を示すことがわかった。更に、驚くべきことにHU、MMS感受性に関しては破壊株と異なり、これらの薬剤に耐性を獲得した点変異株が同定された(図2)。しかも、表現型を示した点変異株の変異導入部位を分子表面上にマップした結果、たった一つの領域に集中することが分かった。我々のグループによるCIA-H3-H4複合体構造の解明及び生化学的解析により、この領域がヒストンH3との相互作用領域であることが明らかとなった(図3)。そこでこれらの点変異が生化学的活性にどのように影響するのかを確かめたところ、野生型Cia1pに比べて点変異型Cia1pのヒストンシャペロン活性がより高いことが示された(図4)。このことは、Cia1pのヒストン結合能が低いほどヒストンシャペロン活性が高くなることを示している。これらの結果は、転写とDNA複製、DNA修復反応においてヌクレオソームの形成、破壊反応におけるCIAの役割が異なることを示唆している。

2. CIAによるヌクレオソーム構造変換反応モデルとヌクレオソーム半保存的複製モデル

cia1点変異株による遺伝学的解析結果はCia1pの主要な役割がヒストンH3との相互作用活性であることを示唆していた。一方、CIA-H3-H4の複合体構造解析結果及び生化学的解析結果から、ヒストンH3-H4二量体のCIAとの相互作用部位に位置するアミノ酸を明らかにした。我々のグループではこれまでに4種のヒストンの約320個の分子表面に点変異を導入して網羅的機能解析を行い、機能モチーフを明らかにしてきた。そこでこれらの点変異体のうち、Cia1pとの相互作用に用いられる領域に対する点変異体を用いてCia1p相互作用解析並びに表現型解析を行ったところ、ヒストンH3とH4が協調的に作用することが分かった(図5)。

CIA-H3-H4複合体は細胞質から核まで存在し、核内ではこの複合体にCIAと協調的に働くヒストンシャペロンHIRA, CAF-1などが加わることが知られている。そこで、CIA-H3-H4複合体構造とCIA-HIRA複合体並びにヌクレオソームとの構造比較を行ったところ、CIA-HIRA相互作用とCIA-H3-H4相互作用は同時に起こりうるものの、CIA-H3-H4相互作用とヒストンH3-H4二量体同士の相互作用は相互排他的であることが分かった。このことから、CIA-H3-H4複合体構造はヌクレオソームの形成、破壊反応における中間体構造であることが示唆された。これらのことから、ヌクレオソーム形成反応はCIA-H3-H4複合体からHIRA, CAF-1がCIAを解離させることによって進行することが予想された。

一方、ヌクレオソームの破壊反応に関しては、CIAがヒストン(H3-H4)2四量体を分割することで反応が進むと考えられた。このことを確かめるために、ヒストン(H3-H4)2四量体にCIAを混合して生成成分を解析したところ、CIAによってヒストン(H3-H4)2四量体がヒストンH3-H4二量体に分割されることが明らかになり、30数年間信じられてきたヒストン(H3-H4)2四量体は安定であるといったクロマチン構造研究の前提を覆すことになった。

これらの結果は、DNA複製反応においてCIAが親ヌクレオソーム中のヒストン(H3-H4)2四量体を分割し、娘ヌクレオソームに均等に分配することにより、ヌクレオソームが半保存的に複製され得ることを示唆している。

3. ヒストン化学修飾からヌクレオソーム構造変換への反応伝達機構モデル

Spt表現型を顕著に示したcia1 D54A, Y112Aのうち、後者はヒストン結合能の変化が少なかったことから、Cia1p Y112が転写反応においてヒストン以外の因子との相互作用にも用いられている可能性が予想された。我々のグループがCIA-BrD(CCG1)複合体構造を解明した結果、その因子がBrD(CCG1)であることが明らかとなった。

構造解析の結果、一分子のBrD(CCG1)に二分子のCIAが結合することが示されたので、相互作用表面についての点変異型BrD(CCG1)を用いてCIA相互作用解析を行ったところ、二分子のCIAが協調的にBrD(CCG1)と結合することが分かった。また、BrD(CCG1)の酵母ホモログBDF1, BDF2の点変異株を用いてSpt表現型解析を行った結果、Cia1pとの相互作用表面が転写反応において重要な役割を担うことが示された(図6)。

更に、CIA-BrD(CCG1)複合体とBrD(Gcn5p)-アセチル化ヒストンH4 N末テイル複合体並びにCIA-H3-H4複合体構造との構造比較を行ったところ、CIA-BrD(CCG1)相互作用とBrD-アセチル化ヒストンH4 N末テイル相互作用は同時に起こりうるものの、CIA-BrD(CCG1)相互作用とCIA-H3-H4相互作用は相互排他的であることが分かった。そこでBrD(CCG1)とヒストン(H3-H4)2四量体が競合的にCIAと結合するかを確かめたところ、ヒストン(H3-H4)2四量体によりCIA-BrD(CCG1)複合体は解離するが、BrD(CCG1)によりCIA-H3-H4複合体は解離しないことが分かった。

クロマチンからの転写反応においては、細胞内外のシグナルによってプロモーターに分布するヒストンがアセチル化されて、遺伝子発現が活性化されることが知られている。これらのことは、転写反応においてCIAがBrD(CCG1)と共にアセチル化ヒストンを認識し、ヒストン(H3-H4)2四量体を分割することにより遺伝子発現が活性化することを示唆している。

図1. Cia1pへの変異導入部位(黄色)

図2. cia1点変異株のHU耐性

図3. Cia1p機能モチーフ領域

図4. 点変異型Cia1pのヒストンシャペロン活性

図5. 点変異型ヒストンのCia1p結合能

図6. bdf1点変異株のSpt表現型

審査要旨 要旨を表示する

本論文は全部で3つの章、特に第2章は3つの節からなる。第1章では研究の背景であるクロマチン構造変換反応及び転写反応について概説されている。第2章では研究結果について述べられており、1節ではヒストンシャペロンCIA点変異体による網羅的表現型解析及び生化学的活性解析について、2節ではCIAによるヌクレオソーム構造変換反応モデルとヌクレオソーム半保存的複製モデルについて、3節ではピストン化学修飾反応からヌクレオソーム構造変換反応への伝達機構モデルについて述べられている。第3章ではこれらの結果について、現在までに得られている知見を総合的に踏まえて議論がなされている。

第1章では、(1)クロマチン構造変換反応の分子機構解明を目指して、クロマチン関連ドメインを有するサブユニットを数多く含む転写基本因子TFIIDに着目し、その最大サブユニットCCG1のプロモドメイン(BrD)相互作用因子として進化的高保存因子CIA(CCG1-interacting factor A)を単離してきたこと、(2)CIAがピストンH3中の(H3-H4)2四量体形成領域と相互作用すること、(3)CIAがヌクレオソームの形成、破壊を担うヒストンシャペロン活性を有すること、(4)出芽酵母cial破壊株が転写、複製、修復などの核内反応に関与するSpt表現型、HU,MMS感受性を示すことが述べられている。

第2章1節では、転写、複製、修復などの核内反応におけるCialpの役割を明らかにするために、分子表面アミノ酸90種類のcial点変異株を用いてSpt表現型、HU,MMS感受性検定を行っている。Spt表現型、HU,MMS耐性を示したcial点変異株は、90株のうちそれぞれ5,8,5株あったが、これら変異導入アミノ酸は論文提出者らによって解明されたCIA-H3-H4複合体構造中のピストンH3相互作用部位に集中していることが明らかになった。これら点変異体と結合するピストン量が減少したことから、cial変異株が表現型を示した要因としてピストンとの結合能の低下を考えている。

第2章2節では、ピストンH3,H4のCIA相互作用表面の点変異体を用いて、Cialp結合解析、Spt表現型解析を行い、CIA-H3相互作用がCIA-H4相互作用より機能的により重要であることを示している。CIA-H3-H4複合体がヌクレオソームと相互排他的な複合体であることから、ヌクレオソーム形成、破壊反応の反応中間体であるとしている。ヌクレオソーム破壊反応においてはCIAがピストン(H3-H4)2四量体を分割すると考え、CIAによるピストン(H3-H4)2四量体の分割活性を見出し、ヌクレオソームの半保存的複製モデルが成立しうることを提示している。ピストン(H3-H4)2四量体が安定であると30年来考えられていたためヌクレオソームはランダムに分配されると考えられていたが、このモデルはピストン化学修飾という状態でコードされているエピジェネティック情報を娘細胞に均等に伝達させるのに合理的であるため、今後の実験的証明が待望される。

第2章3節では、CIAとCCG1のBrDとの複合体構造解析によりCIAとBrDがピストンとの相互作用表面の一部を介して相互作用していることを示している。また、BrDのCIA相互作用表面の点変異体を用いて、CIA結合解析、Spt表現型解析を行い、両者が機能的、物理的に相互作用していることを示している。さらに、CIA-BrD(CCG1)複合体とCIA-H3-H4複合体が相互排他的な複合体であることから、CIAに対するBrD(CCG1)とピストン(H3-H4)2四量体の競合実験を行い、CIA-BrD(CCG1)複合体からBrD(CCG1)が解離して、CIAがピストン(H3-H4)2四量体を破壊することを示している。BrDは細胞内外のシグナル依存に活性化された遺伝子プロモーター領域で見られるヒストンアセチル化リシンを認識することから、細胞内外のシグナル伝達がヌクレオソームの破壊にいたる機構モデルを提示しているが、クロマチンからの遺伝子制御機構を理解する上で今後の展開が期待される。

第3章では、cial破壊株、変異株やBrDの破壊株、変異株がSpt表現型を示したことから、転写反応における転写開始点下流でのヌクレオソームの再形成に、CIA-ピストン相互作用、CIA-BrD相互作用が必要であると推測しており、複製、修復などの核内反応におけるクロマチン構造変換反応機構の解明も今後予期される。

なお、本論文第2章は、夏目亮、赤井祐介、佐野徳彦、堀越正美、千田俊哉(敬称略)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって遺伝学的解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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