No | 123348 | |
著者(漢字) | 押森,直木 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オシモリ,ナオキ | |
標題(和) | Polo-like kinase 1標的中心体蛋白質Kizunaとその結合蛋白質による紡錘体極形成機構の解析 | |
標題(洋) | The centrosomal Plk1 substrate Kizuna and its binding protein regulate mitotic spindle pole formation | |
報告番号 | 123348 | |
報告番号 | 甲23348 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5229号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細胞分裂は遺伝的に同一の娘細胞を生み出す最も根本的な生命現象である。中でも染色体の均等分配は、分裂期に形成される双極の紡錘体に依存する。体細胞では、微小管形成中心である中心体が紡錘体の極の役割を担う。したがって、中心体の数や機能は紡錘体形成と密接に関連している。特に癌細胞では、中心体数の増加と多極紡錘体形成が頻繁に見出されているため、染色体分配異常と癌形質獲得の因果関係が示唆されている。しかし、紡錘体極として機能する中心体の制御機構は不明な点が多い。 中心体に局在する分裂期キナーゼPolo-like kinase 1 (Plk1)は、双極の紡錘体形成に必須の役割を果たす。しかし、Plk1の生理的な基質はわずかしか同定されておらず、Plk1による中心体制御機構はほとんど明らかにされていない。第一章では、Plk1の新規基質を同定し、基質蛋白質の機能とPlk1によるリン酸化の意義を解析することで、Plk1による分裂期制御や中心体制御の新たな機構を明らかにすることを目的とした。まず、Plk1基質を固相リン酸化法により探索した。本法は、蛋白質の発現を誘導したHeLa cDNAライブラリーのプラークを膜に写し取って、その膜上でPlk1と放射性標識ATPを用いてリン酸化酵素反応を行い、リン酸化されたプラーク蛋白質、すなわち基質を同定する方法である。このスクリーニングによって20個以上のPlk1基質候補分子を同定し、そのうちの1つを以下に明らかにする理由によりKizuna (Kiz)と名付け、解析した。 Kiz蛋白質は細胞周期を通じて中心体に局在し、Plk1の発現が増加する分裂期において高度にリン酸化されていた。In vitroの解析から、Kizの379番目のThr残基がPlk1によりリン酸化されることを見出し、細胞内においても分裂期特異的なThr-379のリン酸化が確認された。このことから、Kizは中心体におけるPlk1の生理的基質であると考えられた。 Kizの機能を解析するためにRNA干渉(RNAi)法によるKiz発現抑制の実験を行った。分裂期のKiz発現抑制細胞において、高頻度に多極紡錘体がみられた(図1)。中心体数の増加は多極紡錘体を引き起こすが、Kiz発現抑制細胞の中心体の数は正常であった。そこで、多極紡錘体の原因を探るため、中心体構造に着目した。中心体の核を構成する中心小体は、多極紡錘体のいずれか2つの極に存在した。一方、中心小体を取り囲む中心小体周辺物質(pericentriolar material, PCM)の構成蛋白質は、全ての極に存在していた(図2)。核膜崩壊前にはこのような中心小体とPCMの不一致は見られないため、Kiz発現抑制は分裂期における中心体構造の崩壊を引き起こすことが示唆された。そして崩壊したPCMが紡錘体極として働いた結果、多極紡錘体が形成されたと考えられた。 ではKiz発現抑制時、どのような要因で中心体崩壊が起こるのであろうか?核膜崩壊後、中心体と染色体は微小管によってつながり、微小管の伸縮制御やモーター蛋白質の作用によって染色体の運動が起こり、染色体を赤道面に整列させる。しかし同時に、中心体には染色体整列運動によって派生する反作用の力がかかると考えられる。そこで、微小管を介した力によって中心体の崩壊が起こるのではないかという仮説を立てた。これを検証するために、2つの実験を行った。まず、紡錘体微小管を脱重合させる実験では、確かにKiz発現抑制下でも中心体崩壊は抑制された。また、Kizと同時に染色体整列運動に関わるクロモキネシンKidの発現を抑制する実験でも、中心体崩壊を有意に抑制することができた。これらの実験的検証から、Kizは紡錘体形成時に中心体構造を安定に保つ機能を担っていることが示唆された。 次に、Plk1によるリン酸化の意義について調べた。リン酸化の影響は、RNAiによって内在性Kizの発現を抑制した細胞に、RNAi抵抗性の野生型Kizまたは非リン酸化型KizT379Aを導入することで検証した。野生型Kizを発現した細胞は双極紡錘体の形成を回復することができたが、KizT379A変異体を発現した場合、KizT379Aのシグナルは多極紡錘体いずれか2つの極に存在したものの、双極性は回復されなかった(図3)。したがって、Plk1によるKizのリン酸化は、Kizの細胞内局在には関与せず、中心体構造を安定に保つ機能に必須であると考えられた。さらに、リン酸化状態を模倣するKizT379E変異体も野生型と同様に双極性を回復することができた。そこで、このリン酸化状態模倣型KizT379E変異体が、Plk1発現抑制の効果を回復できるか検討した。Plk1発現抑制では中心体成熟と双極紡錘体形成の両方に表現型が見られる。KizT379E変異体の発現は中心体成熟を回復する効果は示さなかったが、双極紡錘体形成を有意に回復することができた。このことから、KizはPlk1が制御する双極紡錘体形成機構の重要な基質であると考えられた。 さらに、Kizに結合する中心体蛋白質を免疫沈降により探索したところ、PCM構造蛋白質pericentrinが分裂期特異的に会合していることを見出した。また、その会合はKizT379A変異体では弱まり、KizT379E変異体では強まった。以上の結果、Kizが中心小体とPCM、または、PCM同士の"絆"となり、さらにPlk1はその会合を強固にすることで、紡錘体の双極性維持を制御していると考えられた。 微小管形成中心として機能する中心体は、分裂期に紡錘体極として働く。中心体のプロテオミクスにより、100個以上の蛋白質が中心体に存在することが明らかとなったが、どの蛋白質がどのように紡錘体極の機能を制御するのかについてはほとんど明らかにされていない。そこで第二章では、中心体制御の新たな側面を担うKizに結合する蛋白質を同定し、紡錘体極制御機構の詳細を解明することを目的とした。酵母Two-hybrid法によりKiz結合蛋白質を探索したところ、機能未知の中心体蛋白質Cep72を同定した。Cep72もまた細胞周期を通じて中心体に局在していた。Cep72の機能を解析するためにRNAi実験を行ったところ、間期の中心体の・-tubulin量が顕著に減少し、微小管重合活性も著しく阻害された。また、PCM構造蛋白質CG-NAPの局在がCep72に依存していることを見出し、CG-NAP発現抑制細胞でも中心体の微小管重合活性に低下がみられた。したがって、Cep72はCG-NAPの局在を制御することで、中心体の微小管重合活性に必須の役割をしていることが示唆された。 分裂期のCep72発現抑制細胞では、紡錘体極にKizが局在せず多極紡錘体が生じた。また、それぞれの極で・-tubulinシグナルが収斂せず、雲状に局在していた。さらに、染色体整列にも著しい阻害がみられた。間期の中心体と同様、紡錘体極からもCG-NAPの局在が消えていた。分裂期のCep72発現抑制細胞においても、中心体の微小管重合活性が阻害されていることを見出した(図5)。分裂期では中心体と染色体の両方から微小管重合が起こる。染色体由来の微小管は、NuMA-dynein複合体を介して中心体で重合された星状微小管と結合し、中心体へ輸送されると考えられている。しかしCep72発現抑制細胞では、NuMAの局在が紡錘体極から離れており、微小管のマイナス端に結合した・-tubulin ring complex (・TuRC)が、中心体周辺に雲状に存在していることが示唆された(図4)。以上より、Cep72とCG-NAPが介する中心体の微小管重合活性は、染色体由来の微小管を中心体に結合させるために必要であり、その制御は赤道面への染色体整列を可能にする機能的な紡錘体形成に必須であると考えられた(図6)。 Cep72は・TuRC、CG-NAP、Kiz等の中心体蛋白質を中心体にリクルートする働きをしていると考えられる。一方、CG-NAPに類似したPCM構造蛋白質pericentrinの局在はPCM-1という他のリクルート蛋白質に依存することが知られている。したがって、第一章の結果と合わせると、Cep72依存的な蛋白質群とPCM-1依存的な蛋白質群は、Plk1によって制御されるKiz-pericentrinの会合によって結びつくことが想定される。さらにCep72はCG-NAPのリクルートを介して分裂期中心体に微小管重合活性を与えており、一方、pericentrinはPCMの肥大化に必須であることが示されている。このように、機能の異なる2つの蛋白質群が別々の経路によって同時期に中心体へ輸送されているが、Cep72によって運ばれるもう一つの重要な蛋白質KizがPlk1によって活性化されると、両蛋白質群を橋渡しし、安定した構造と機能を兼ね備えた分裂期中心体を構築できると考えられた。 本研究では、KizとCep72という新しい中心体蛋白質の同定と機能解析を通して、紡錘体極として機能するために必要な中心体制御の一端を明らかにできたものと考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は2章からなる。第1章は、Polo-like kinase 1標的中心体蛋白質KizunaによるM期中心体構造の安定化機構の解析について、第2章はKizuna結合蛋白質Cep72による機能的な中心体構築と紡錘体極制御について述べられている。 第1章は、細胞周期分裂期の進行を多段階に制御するリン酸化酵素Polo-like kinase 1 (Plk1)の新規基質の同定から始まっている。Plk1は分裂期のさまざまな現象を制御していることが示唆されているが、それらを全て説明するだけの基質はまだ同定されていない。固相リン酸化法によりPlk1基質をスクリーニングした結果、既知の基質に加え機能未知の分子を多数同定した。そのうち、中心体に局在する新規蛋白質をKizuna (Kiz)と名付け、解析を行った。分裂期の中心体は、中心小体周辺物質(pericentriolar material, PCM)を増加させ、紡錘体形成に必要な微小管重合活性を獲得することで成熟する。ところが、Kiz発現抑制の場合、成熟によって肥大化したPCMが断片化し多極紡錘体が生じることを見出した。この中心体構造の崩壊は、染色体が赤道面に整列する際に派生する力が引き起こすことを実験的に説明することによって、新たな中心体制御機構の提案とKizの分子機能の理解を可能にしたと考えられる。一方、Plk1は分裂期特異的にKizアミノ酸配列の379番目のThr残基をリン酸化することを見出し、このリン酸化がKizの中心体安定化機能に必要であることを明らかにした。また、中心体構造を安定化する分子機構としてPCMの構造蛋白質であるpericentrinとKizが分裂期において強固に会合していること、さらにPlk1はKizのリン酸化を介して両者の結合を調節するという分子機序が明らかとなった。以上の解析から、これまで不明であったPlk1による双極紡錘体制御の重要な基質としてKizが同定され、Kizの解析を通して分裂期中心体制御の新たな側面を明らかにした研究であると考えられる。 第2章では、新たな紡錘体極の制御機構を明らかにする目的で、Kiz結合蛋白質を酵母Two-hybridスクリーニングによって探索した。その結果、機能未知の中心体蛋白質Cep72の解析を同定した。Cep72は中心体のプロテオミクスによって同定されていたが、機能については未解析であった。Cep72とKizの細胞内局在が酷似していたため、両者の局在の依存性を検討した結果、Cep72はKizの中心体局在に必須であることが明らかとなった。Cep72発現抑制細胞においても多極紡錘体は観察された。しかし、最も頻繁に見られた表現型は、紡錘体極のγ-tubulinの収斂不全であった。γ-tubulinは微小管重合核を構成する蛋白質であり、主にpericentrinやCG-NAPという巨大な中心体構造蛋白質と会合する形でPCMに局在していると考えられている。これらのうち、Cep72発現抑制細胞ではCG-NAPが特異的に紡錘体極から減少していることを見出した。さらに分裂期中心体の微小管重合活性が、Cep72発現抑制、CG-NAP発現抑制の両方で著しく低下していた。注目すべき点は、微小管重合活性に著しい低下が見られたCG-NAP発現抑制では、γ-tubulinの中心体局在量にほとんど影響が見られなかった。このことから、微小管重合は中心体にγ-tubulin複合体が結合するだけでは不十分であり、CG-NAPを介した制御によってその活性が発揮されるという新たな制御の存在が示唆された。最後に、中心体の微小管重合は、染色体周辺で重合された微小管の紡錘体極への適切な輸送と結合に必要であり、Cep72発現抑制細胞で見られたγ-tubulinの収斂不全は、紡錘体極に結合していない微小管のマイナス端を表していること考えられた。以上の解析から、Cep72はγ-tubulinとCG-NAPの局在制御を介して中心体の微小管重合活性を制御し、さらに紡錘体極にKizをリクルートすることで中心体構造の維持にも関与することが明らかとなり、紡錘体極としての中心体制御の解明に大きく寄与した研究であると考えられる。 なお、本論文は、大杉美穂博士、山本雅教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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