学位論文要旨



No 123349
著者(漢字) 川島,茂裕
著者(英字)
著者(カナ) カワシマ,シゲヒロ
標題(和) シュゴシンはAurora Bのセントロメア局在を促進することにより二極性動原体接着を可能にする
標題(洋) Shugoshin enables bi-polar attachment of kinetochores by loading Aurora B to centromeres
報告番号 123349
報告番号 甲23349
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5230号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
内容要旨 要旨を表示する

増殖分裂を行う細胞が遺伝情報を正確に継承するためには、DNA複製期において複製された染色体を娘細胞に均等に分配する必要がある.そのためには、分裂装置であるスピンドル(紡錘体)が染色体のペア(姉妹染色分体)を反対方向から捉え(二極性動原体接着)、姉妹染色分体を細胞の両極に分けることが必須である.この均等分配を保証するために、「姉妹染色分体間の接着」および「スピンドルチェックポイント(以下SAC:Spindle Asembly Checkpoint)」が重要な役割を果たしている.姉妹染色分体間の接着はコヒーシン複合体に依存して、DNA複製期に確立し、分裂中期まで維持される.分裂中期において二極性動原体接着が安定化されるには、スピンドルに十分な張力がかかる必要があり、この張力を生み出すためには姉妹染色分体間の接着が重要な役割を果たす.コヒーシンが染色体の接着を行う 分子機構としては、コヒーシン複合体がリング状の構造をとり、姉妹染色分体を抱えているモデルが提唱されている.分裂後期になると、APC/C(Anaphase Promoting Complex/Cyclosome)が活性化することにより、セキュリンが分解され、活性化したセパレースによってコヒーシンが切断され、姉妹染色分体間の接着が解除し、姉妹染色分体は微小管によって両極へ牽引される.一方で、細胞は、二極性動原体接着が確立するまで分裂後期への移行を防ぐためにSACという細胞周期のチェック機構をもつ.すなわち、スピンドルが形成される分裂前期から分裂前中期にかけて、動原体と微小管の間に間違った結合が頻繁に生じるが、このとき、Mad1,Mad2,Mad3,Bub1,Bub3,Mps1を含めた一連の保存されたタンパク質ネットワークがAPC/Cの機能を抑制することにより、分裂後期への移行を阻害する.このようなSACが活性化される条件としては、動原体と微小管の「結合」が存在しない状態(分裂前期)、および、「結合」は存在するが十分な「張力」が存在しない状態(syntelic結合やmerotelic結合、図1参照)、の二つに分類することができる.Mad2などのSAC因子は、微小管との「結合」のない動原体に集積し、活性化することが知られているため、「結合」がない状態を感知しているといえるだろう.「張力」がないときのSACの活性化機構については、次に述べるようにAurora B複合体の分子機能が密接に関わっている.

Aurora B複合体はAurora Bキナーゼおよびその結合分子であるINCENPとSurvivin(ヒトではさらにDasra/Borealinが加わる)から構成されており、その挙動からChromosome Passenger Complex(CPC)と呼ばれている.ヒトの分裂期の細胞では、CPCは染色体全体(分裂前期)、セントロメア(分裂前中期から中期)、セントラルスピンドル(分裂後期)、スピンドルミッドボディー(分裂終期)、と局在を変化させていき、各局在部位において特異的な分子機能を果たしていると考えられている.これまでに、Aurora Bキナーゼは、出芽酵母、分裂酵母、ヒト培養細胞において、syntelic結合やmerotelic結合のような間違った結合の修正、および「張力」が存在しないときのSACの活性化、という一見異なる二つの機構に必要であることが示されてきた.しかし最近、「張力」がないときSACが活性化される機構について、これらの知見を統合したモデルが提唱されている(図1).すなわち、「張力」が発生しないsyntelic結合やmerotelic結合の動原体にAurora Bが集積し、間違った「結合」を解除する結果、「結合」がなくなった動原体にMad2などのSAC因子が集積し、活性化されるというものである.一方、出芽酵母において、Aurora B複合体中のSurvivinおよびINCENPが動原体と微小管の橋渡しをしていることが示され、Aurora B複合体が「張力」がないことを直接感知している可能性も示唆されている.今後、Aurora Bによる複雑な制御機構を詳細に理解するためには、各ステップにおけるAurora Bのリン酸化の基質を同定することが必要であると考えられる.

シュゴシンは真核生物において広く保存された動原体タンパク質である.出芽酵母やハエは1種類のシュゴシンSgo1しか持たないのに対し、分裂酵母、マウス、ヒトは2種類のシュゴシンパラログSgo1とSgo2を持つ.進化の系統樹から考えると、これらの2つのシュゴシンは種の分岐が起きた後に遺伝子重複により生じたと考えるのが妥当であろう.実際にSgo1とSgo2は生物種間でその機能分担が保存されていない.分裂酵母のSgo1とSgo2はいずれも、コヒーシン複合体が濃縮し、姉妹染色分体間の接着に重要な領域であるセントロメアの外側領域(高度に凝縮した構造をとっていることからヘテロクロマチン領域とも呼ばれる)に局在するが、一方で、その発現時期において明確な相違がみられる.Sgo1は減数第一分裂特異的な発現であるのに対し、Sgo2は体細胞分裂、減数第一分裂および第二分裂いずれの時期においても発現している. また、両者はその分子機能においても、大きな違いがみられる.Sgo1は我々の研究室における分裂酵母を用いた遺伝学的スクリーニングによって、減数第一分裂時に姉妹セントロメア間の接着を保護する因子として同定された.その後の研究から、分裂酵母Sgo1はプロテインフォスファターゼPP2Aと協調して、コヒーシンRec8を脱リン酸化することにより、コヒーシン切断酵素であるセパレースからセントロメアの接着を保護しているというモデルが提唱されている(図2).一方、Sgo2は、Sgo1とは異なり、減数第一分裂期における姉妹セントロメア間の接着の保護には必要ない.また、体細胞分裂期、および減数分裂期、いずれの分裂過程においても、正確な染色体分配を保証するために重要な役割を果たしていることがあきらかになっている示唆されていたが、その分子機構については不明であった.

私は、Sgo2の分子機能を明らかにすることを目的として、sgo2破壊株を詳細に解析した.その結果、Sgo2は体細胞分裂期においても、姉妹セントロメア間の接着の保護に必要ではなく、その代わりに、間違った結合の修正、および「張力」がないときのSACの活性化において重要な働きをもつことを見出した.Sgo2のこれらの分子機能は、出芽酵母および動物細胞を用いた実験から示唆されているAurora B複合体の分子機能と酷似していた.そこで、Sgo2とAurora B複合体の機能的相関について解析した結果、Sgo2は分裂前期から中期にかけてセントロメア領域においてAurora B複合体と共局在することを見出した.さらに、Sgo2はAurora B複合体の構成因子の一つであるBir1/Survivinと直接相互作用することにより、Ark1/Aurora Bのセントロメア局在化を促進する機能をもつことを明らかにした. これらの分子機能は減数分裂期においても保存されていた.また一方では、Sgo2は分裂後期におけるAurora B複合体のスピンドルミッドゾーンへの局在化には全く必要ないこともわかった.さらに、Aurora B複合体のセントロメア局在化に関わる因子として、Sgo2とは独立に、体細胞分裂期ではコヒーシンおよびヘテロクロマチンタンパク質Swi6、減数第一分裂期ではカゼインキナーゼIが関与していることも見出した.最後に、Bir1を強制的にセントロメアへ局在化させることにより、sgo2破壊株の欠損を抑圧することを示した.以上の結果から、分裂酵母シュゴシンSgo2は、Aurora B複合体をセントロメアに局在化させ、「張力」がないときにSACを活性化し、さらに間違った結合の修正を促進することによって正しい染色体分配を保証する役割をもつと結論付けた(図1、2).

本研究とそれまでの研究の解析結果を合わせると、分裂酵母の二つのシュゴシンのパラログSgo1およびSgo2は、それぞれPP2AホスファターゼおよびAurora Bキナーゼをセントロメアに局在化することにより、独自の分子機能を果たしていることになる(図2). これは動物細胞で2つのシュゴシンがいずれも体細胞分裂期のセントロメアの接着の保護に作用していることと対照的な結果といえる.体細胞分裂が減数分裂の起源であることを考慮すると、シュゴシンの元来の分子機能は分裂酵母Sgo2が担っている「二極性動原体接着の確立」であり、高等生物への進化の過程、もしくは減数分裂機構の発達の際に、「姉妹動原体の接着の保護」という分子機能を獲得した可能性が考えられる.

図1 張力が存在しない動原体を感知する機構

「張力」が発生しないsyntelic(片側の極から延びたスピンドル微小管に姉妹動原体が捉えられる)結合やmerotelic(一つの動原体が両極からのスピンドル微小管によって捉えられる)結合の動原体にAurora Bが集積し、間違った「結合」を解除する.そして、「結合」がなくなった動原体にMad2などのSAC因子が集積することによって、SACが活性化されるという可能性(モデル1)と、Aurora Bが直接、「張力」が発生しない動原体を感知して、SACを活性化するという可能性(モデル2)が考えられる.どちらのモデルにおいてもシュゴシンはAurora Bをセントロメアに局在化するのに必要であると考えられる.

図2 分裂酵母Sgo1およびSgo2の分子機能

Sgo1はホスファターゼであるPP2Aと、Sgo2はキナーゼであるAurora Bと協調することにより、それぞれ独自の分子機能を果たしている.PP2Aのターゲットは減数分裂型コヒーシンRec8であることが示唆されている.一方、Aurora Bのターゲットは現在のところ不明である

審査要旨 要旨を表示する

本論文は要旨(和文および英文)、序、材料と方法、結果と考察(1-9)、まとめと展望、参考文献および謝辞から構成される。

「序」では体細胞分裂における姉妹染色分体の均等分配を保証するための重要なメカニズムである、「姉妹染色分体間の接着」および「スピンドルチェックポイント」について、これまでの知見が述べられている。さらに、真核生物において広く保存されているタンパク質シュゴシンについてのこれまでの知見が述べられ、本研究の目的が、機能未知の分裂酵母シュゴシンSgo2の分子機能の解明にあることを記述している。

「材料と方法」では、本研究に使用した大腸菌および分裂酵母の菌株と培地、および実験手法について詳細に述べられている。

「結果と考察」は1-9から構成されている。1および2では、分裂酵母シュゴシンSgo2の詳細な分子遺伝学的な機能解析の結果が述べられている。Sgo2は、もう一つのシュゴシンパラログSgo1とは異なり、姉妹セントロメア間の接着の保護には必要なく、その代わりに、間違った結合の修正機構、および姉妹動原体間に十分な張力が存在しないときのスピンドルチェックポイントの活性化において重要な働きをもつことが示された。3および4では、Sgo2とAurora Bキナーゼ複合体の分子機能の類似性に注目し、両者の関係性について、分子遺伝学的手法に加え、細胞生物学的手法を用いた解析結果が述べられている。Sgo2は分裂前期から中期にかけてセントロメア領域においてAurora B複合体と共局在し、キナーゼであるArk1/Aurora Bのセントロメア局在化を促進することが明らかにされている。続く5ではAurora B複合体のセントロメア局在化にヘテロクロマチンタンパク質Swi6が関与していることを見出している。6では、Aurora B複合体の構成因子であるBir1を強制的にセントロメアへ局在化する系を構築し用いることにより、セントロメアに局在化したAurora B複合体は、間違った結合の修正を促すのに必要十分であることを示している。7および8では、Sgo2の減数分裂期における機能解析の結果を述べている。Sgo2は減数第一分裂時においてもAurora B複合体のセントロメア局在化を促進すること、およびカゼインキナーゼIがAurora B複合体のセントロメア局在化に関与していることが示された。最後に、9では、Sgo2とAurora B複合体の間の相互作用について、生化学的手法を用いた解析結果が示されている。Sgo2がAurora B複合体の構成因子であるBir1/Survivinと直接の相互作用を介して、両者が複合体を形成していることが明らかにされた。

「まとめと展望」では、本研究およびこれまでの研究によって明らかになった分裂酵母シュゴシンSgo1およびSgo2の役割について述べられている。さらに、出芽酵母やヒトのシュゴシンについての最新の研究結果と照らし合わせることにより、シュゴシンの保存された分子機能について言及している。

以上、本論文提出者は、機能未知であった分裂酵母シュゴシンSgo2の分子機能を明らかにしたとともに、進化的に保存されたキナーゼであるAurora B複合体のセントロメア局在化機構において、Sgo2が重要な役割を果たしていることを報告した。この発見は、分裂期におけて正確な染色体分配を制御するメカニズムという基礎生物学における非常に重要な議題の理解を深めることに貢献したといえる。なお、本論文の研究は、渡邊嘉典、北島智也、塚原達也、Silke Hauf、Maria Langeggerとの共同研究であるが、本論文提出者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本論文提出者の寄与が極めて大きいと判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク