学位論文要旨



No 123350
著者(漢字) 皿井,直敬
著者(英字)
著者(カナ) サライ,ナオユキ
標題(和) ヒトDNA 組換えタンパク質Rad54B の機能解析
標題(洋) Functional Analysis of the Human DNA Recombination protein Rad54B
報告番号 123350
報告番号 甲23350
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5231号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 黒田,玲子
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 准教授 程,久美子
 早稲田大学 准教授 胡桃坂, 仁志
内容要旨 要旨を表示する

細胞は紫外線や細胞内代謝によって生じる活性酸素などにより、絶えず損傷を受けている。その結果、染色体の二重鎖切断が起きることが知られている。染色体の切断が正常に修復されなければ、ゲノム不安定化が引き起こされ、癌細胞へと変異してしまう危険がある。相同組換え修復は、染色体の二重鎖切断を修復する重要な機構の一つである。相同組換え修復は、損傷を受けていない姉妹染色分体を鋳型として用いることで遺伝情報を損なうことなく染色体の二重鎖切断を修復できるという特徴を持っている。そのため、染色体の安定維持に大変重要な役割を担っている。一方減数分裂細胞では、染色体の二重鎖切断が能動的に生じており、相同染色体間での相同組み換えによってそれらの修復が行われている。その結果、遺伝情報の交換が生じ、有性生殖を行う真核生物において遺伝的多様性の獲得に大きな役割を果たしている。

染色体の二重鎖切断が生じると、その末端は5'側からexonuclease によって消化され、3'側に突出した単鎖DNA 領域が作られる。この単鎖DNA に相同組換え修復に関わるタンパク質が結合することで、右巻きの螺旋構造を持つnucleoprotein filament と呼ばれるDNA-タンパク質複合体が形成される。このnucleoprotein filament が、鋳型となる染色体の相同領域の検索、対合を行うことで相同的対合反応及び鎖交換反応を触媒する。その後、3'末端からDNA ポリメラーゼによってDNA 合成反応が進行し、損傷を受けた染色体と鋳型となる染色体の、計4 本のDNA 鎖からなるHolliday junction と呼ばれる中間体が形成される。Holliday junction が移動し解離することで相同組換えは完了する(図1)。相同組換えにおいて、二重差切断が生じてからnucleoprotein filament が形成されるまでの過程をpre-synapsis、相同的対合反応及び鎖交換反応が行われる過程をsynapsis、そしてDNA 合成反応以降の過程をpost-synapsis と呼ばれている。

原核生物では、RecA タンパク質がDNA とnucleoproteinfilament を形成し、相同的対合反応及び鎖交換反応を触媒することが知られている。ヒトを含む高等真核生物では、RecA タンパク質の構造及び機能的なホモログであるRad51 タンパク質及びDmc1 タンパク質が存在する。Rad51 は体細胞分裂期及び減数分裂期で発現しているのに対し、Dmc1 は減数分裂期特異的に発現しているタンパク質である。Rad51 はDNA とnucleoproteinfilament を形成することが明らかにされており、相同組換え修復において中心的な役割を担っていると考えられている。Dmc1 は8 量体の環状構造をしたタンパク質であり、ATP 非存在下ではその環の中心を通る形でDNA が結合することが知られている。一方、ATP 存在下においては螺旋状nucleoprotein filament を形成することが示唆されており、この螺旋状のnucleoprotein filament の状態で相同的対合反応を触媒すると考えられている。しかし、これらのタンパク質のin vitro における相同的対合活性及び鎖交換活性は、RecA のそれと比較すると非常に弱いものであり、ヒトにおいて巨大なゲノムDNAを修復するためには不十分であると考えられる。このことは、Rad51 及びDmc1 が生体内で機能するうえで、活性化因子との相互作用が必要不可欠であることを示唆している。

近年、Rad51 及びDmc1 の相互作用因子が数多く同定されている。Rad51 と相互作用する因子としてRad54 が存在する。Rad54 はクロマチンの再編成を行うSWI2/ SNF2 ファミリーと高い相同性を示すタンパク質である。Rad54 はDNA にsupercoil を導入する活性や、Holliday junction を動かすbranch migration 活性を有することが知られている。また、Rad54はRad51 と直接相互作用することで相同的対合反応を活性化することが明らかとなっており、相同組換え修復に深く関わっていると考えられている。一方、Dmc1 はヒトにおいて、Rad54 のホモログであるRad54B タンパク質と相互作用することが示唆されている。しかしRad54B タンパク質は、その精製が困難なことから、in vitro での研究はほとんど行われておらず、詳細は明らかになっていなかった。そこで、本研究では生化学的手法を用いて、ヒトRad54B タンパク質の相同組換え修復における役割を明らかにすることを目指した。

Rad54B を昆虫細胞において大量発現させ、5 種類のクロマトグラフィーを用いて単一のタンパク質として高純度に精製する系を確立した。そのタンパク質を用いて、Rad54B のRad51 及びDmc1 に対する結合活性を検討した。その結果、Rad54B はRad51 及びDmc1 の両方と結合することが明らかになった。また、Rad54B はDmc1 の活性中心を含んだ領域との結合も確認された。これらの相互作用が相同組換えにおいて、どのように作用しているかを調べるために、Rad54B 存在下でのDmc1 の鎖交換反応を検討した。その結果、Dmc1はRad54B 存在下では非存在下と比較して高い活性を示すことが明らかになった(図2)。これらの活性は、Rad54B の濃度がDmc1 のそれに対して20 分の1 程度で充分に観察することができた。

さらにRad54B は、DNA 鎖交換反応の要であるDmc1 と単鎖DNA からなる複合体を安定化させることが明らかとなった。この安定化は、Rad54B がDmc1 と単鎖DNA からなる複合体のコンフォメーションの変化を促進していることに寄与している可能性が考えられる。Rad54B による安定化のメカニズムをさらに解明するため、単鎖DNA 存在下におけるRad54B とDmc1 の結合の様子を電子顕微鏡を用いて観察した。その結果、Dmc1 と単鎖DNAによって形成されたnucleoprotein filament の末端にRad54B が結合している様子が観察された。これらの結果より、Rad54B はDmc1 と単鎖DNA からなる複合体の末端に結合することでDmc1 の環状構造を解離させ、nucleoprotein filament の形成を促進しており、このことがDmc1 と単鎖DNA からなる複合体の安定化に寄与している可能性が推測された。

次にRad54B のさらなる機能を解明するために、Rad54B のbranch migration 活性を検討した結果、Rad54B の濃度依存的に反応生成物である5'末端突出DNA の増加が確認され、Rad54B はRad54 と同様にbranch migration 活性を持つことが分かった(図3)。

次に、Rad54 と相同性が少ない領域であるRad54B のN 末端領域の生化学的解析を行った。Rad54B のN 末端領域において、安定である26 番目から225 番目までの200 アミノ酸(Rad54B(26-225))を大腸菌において大量発現させ、4 種類のクロマトグラフィーを用いて単一のタンパク質として高純度に精製する系を確立した。Rad54B(26-225) のRad51 及びDmc1 に対する結合活性を検討した結果、Rad54B(26-225) は両者とも結合することが分かった。このことから、Rad54BのN末端領域がRad51 及びDmc1 との結合領域であることが明らかになった。また、Rad54B(26-225) 存在下及び非存在下における、Dmc1 が結合した状態のDNA の様子をゲルシフトアッセイを用いて検討した。その結果、Rad54B(26-225) 存在下では非存在下と比較して単鎖及び二重鎖DNA の移動度が減少することが観察された。このことから、Rad54B(26-225)はDNA と結合した状態のDmc1 と結合することが分かった。

以上の結果から、相同組換えにおいてpre-synapsis では、Rad54B のN 末端領域がDmc1と単鎖DNA からなる複合体の末端に結合することでnucleoprotein filament の形成を促進させ、synapsis におけるDmc1 の鎖交換反応を活性化していると考えられる。さらにRad54Bはbranch migration 活性を有していることから、post-synapsis においてRad54B はHollidayjunction のプロッセッシングに関与していると推測できる。従って、本研究においてRad54Bはpre-synapsis からpost-synapsis まで、相同組換え全般おいて様々な機能を果たしている可能性が示唆された。

図1.相同組換え修復

図2.Rad54BによるDmc1の鎖交換反応の活性化

図3.Rad54Bによるbranch migration 活性

審査要旨 要旨を表示する

Rad54B は、相同組換えによるDNA 修復機構において重要な役割を果たすタンパク質である。ヒトを含む高等真核生物ではRad51 タンパク質及びDmc1 タンパク質が相同組換えの要の反応である鎖交換反応を触媒し、相同組換えにおいて中心的な役割を担っていると考えられている。一方で、Rad51 及びDmc1が生体内で機能するうえでは、活性化因子との相互作用が必要不可欠であり、Rad54B はそのような因子の一つであると示唆されている。本論文では、ヒトRad54B の生化学的解析を行い、Rad54B の相同組換えにおける分子機構の研究を行っている。

"Result One" 及び"Result Two"ではRad54B の生化学的解析について述べている。Rad54B をリコンビナントタンパク質として昆虫細胞を用いた系で大量精製を行っている。そして、Rad54B がRad51 及びDmc1 と直接結合することを明らかにしている。また、電子顕微鏡を用いた解析により、Dmc1 が単鎖DNAとnucleoprotein filament と呼ばれる複合体を形成している際には、Rad54Bはその複合体の末端に結合していることを示している。次に、試験管内組換え反応系(strand exchange assay)を用いて, Rad54B は,Dmc1 の鎖交換反応を活性化することを明らかにしている。さらに、様々な条件下でstrandexchange assay を行うことで、Rad54B は、Dmc1 とDNA からなる複合体を安定化することでDmc1 の鎖交換反応を活性化している可能性を見いだしている。論文提出者は、DNA から解離するDmc1 の量を検討することによって、実際にRad54B がDmc1 とDNA からなる複合体を安定化するということを明らかにしている。また、Rad54B がHolliday junction を動かすbranch migration 活性を有していることを見いだしている。

また、"Result Three"においてはRad54B の26 番目から225 番目のアミノ酸領域からなるフラグメントをデザインし(Rad54B(26-2255))、それの生化学的解析について述べている。Rad54B(26-2255) を、大腸菌を用いた系で大量精製を行い、Rad54B(26-2255) がRad51 及びDmc1 と結合することを明らかにしており、Rad54BのN末端領域がRad51 及びDmc1 との結合領域であるということを示している。次に、Dmc1 のRad54B との結合領域を同定するために、Dmc1 を10 個のアミノ酸領域に分割し、それらとRad54B(26-2255) との結合活性に有無を調べている。その結果、Dmc1 は8 量体の環状構造をしたタンパク質であるが、Rad54B は、Dmc1 の環状構造の外周部分と相互作用していることを明らかにしている。また、Rad54B(26-2255) が単鎖DNA 及び二重鎖DNA と結合することも見いだしている。

Dmc1 は8 量体の環状構造をしたタンパク質であり、ATP 非存在下ではその環の中心を通る形で単鎖DNA が結合する。その一方で、ATP 存在下では単鎖DNAと螺旋状のnucleoprotein filament を形成して、相同的対合反応を触媒することが知られている。今回の結果から、論文提出者は"Discussion"において、Rad54BはDmc1 と単鎖DNA からなる複合体のコンフォメーションの変化を促進しており、このことがDmc1 と単鎖DNA からなる複合体の安定化及びDmc1 の鎖交換反応の活性化に寄与していると考察している。

なお、本論文は、東京大学大学院理学系研究科の横山茂之教授、医学系研究科の宮川清教授、早稲田大学の胡桃坂仁志准教授、東北大学の田中耕三准教授、及び理化学研究所の柴田武彦上席研究員、香川亘研究員、杵渕隆研究員、井川粛子研究員、香川亜子さんとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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