学位論文要旨



No 123351
著者(漢字) 森田,斉弘
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,マサヒロ
標題(和) mRNAポリ(A)分解酵素複合体の構成因子であるCNOT3の機能解析:エネルギー恒常性維持への関与
標題(洋) CNOT3, the component of the mRNA deadenylase complex, maintains the energy homeostasis
報告番号 123351
報告番号 甲23351
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5232号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,雅
内容要旨 要旨を表示する

mRNA分解は、mRNAの発現量や翻訳効率を決定する重要な制御機構の一つである。mRNA分解は200merほどの長さのある3'ポリ(A)鎖の分解(デアデニレーション)によって引き起こされ、その後のmRNAの完全な分解には2つの経路があると考えられている。一方の経路では、ポリ(A)鎖が分解されたmRNAは、Dcp1とDcp2を含むデキャッピング複合体によって5'Capが分解され、その後Xrn1を含む5'-to-3'エクソヌクレアーゼ複合体によって完全に分解される。もう一方の経路では、ポリ(A)鎖が分解されたmRNAは、3'-to-5'エクソヌクレアーゼを含むエクソソーム複合体によって完全に分解される。どちらの経路においても、デアデニレーションは決定的な段階であり、mRNAの発現量を規定していると考えられる。

デアデニレーションの解析は、主に出芽酵母を用いた系で進んでおり、これまでに2つのデアデニレースコンプレックスが同定されている。1つは、活性サブユニットであるPan2と補助ユニットであるPan3からなる、Pan2-Pan3複合体である。酵母Pan2はデアデニレーションの初期段階に関与しているとされ、約200merからなるポリ(A)鎖を75merまで分解している。もう1つは、活性サブユニットであるCcr4と、補助ユニットであるNot1, Not2, Not3, Not4, Not5, Caf1, Caf40, Caf130からなる、CCR4-NOT複合体である。酵母Ccr4は、非発酵性の代謝遺伝子の発現を制御している遺伝子として同定され、いくつかの転写因子と相互作用することから、転写に関与していると考えられていた。しかしながら、近年の生化学的解析により、酵母Ccr4はエクソヌクレアーゼIIIファミリーに属しており、デアデニレース活性を持つことが明らかとなった。酵母Ccr4の欠失変異体において、mRNAのポリ(A)鎖が長くなっていることが観察された。さらにショウジョウバエの研究によっても、Ccr4は特定のmRNAのデアデニレーションを制御しており、その結果としてCcr4欠失変異体では胎生致死やメスの不妊が引き起こされることが解った。これらのことから、CCR4-NOT複合体は、デアデニレース活性を介して、様々な生命現象に関与していると考えられる。しかしながら、高等生物におけるCCR4-NOTデアデニレース複合体の機能については、ほとんど知られていない。

そこで本研究では、高等生物におけるCCR4-NOTデアデニレース複合体の機能を明らかにすることを目的とした。まず、活性中心であるCcr4のヒトホモログを同定し、相互作用因子としてCCR4-NOT複合体構成因子を同定した。さらに、遺伝子欠損マウスを作製することにより、個体における機能を解明することにした。本研究では、特にエネルギー恒常性維持に関わる因子としてCNOT3を同定し、CNOT3遺伝子欠損マウスの解析について述べる。

CNOT6とCNOT6Lは、ヒトにおける酵母Ccr4のホモログであり、N末端のロイシンリッチリピート(LRR)とC末端のデアデニレースドメインから構成されている。CNOT6とCNOT6Lは酵母から高度に保存されていた。CNOT6Lに結合するタンパク質を同定するために、タグを付加したCNOT6LをHEK293T細胞に過剰発現させ、タグにより免疫沈降後、質量分析器により同定した。その免疫沈降したタンパク質を質量分析器によって同定した結果、CNOT1, CNOT2, CNOT3, CNOT8, CNOT9, KIAA1741, AAH02928を同定した(図1A)。CNOT6を過剰発現させたHEK293T細胞からも、同様の結果が得られた。さらに細胞内における内在性のCNOT6LとCNOT1, CNOT3, CNOT7, CNOT9との相互作用を調べたところ、すべてのタンパク質が相互作用していた。これらの結果より、哺乳類細胞においてもCCR4-NOT複合体の存在が示唆された。次に、細胞内におけるCCR4-NOT複合体の局在を調べた。過去の報告では、CCR4-NOT複合体は、核における転写制御と、細胞質におけるデアデニレーションとの2つの機能が示されていた。NIH3T3細胞にGFPタグを付加したCNOT6Lを過剰発現させたところ、CNOT6Lは細胞質中に強く発現した。またNIH3T3細胞の溶解物を回収し、核画分と細胞質画分に分画したところ、CNOT3, CNOT6L, CNOT7は細胞質画分での発現が確認された。さらに、酵母Ccr4の活性に重要なアミノ酸が、CNOT6とCNOT6Lに保存されていることから、CNOT6とCNOT6Lのデアデニレース活性を確認した。In vitroデアデニレースアッセイを行った結果、CNOT6とCNOT6Lはデアデニレース活性を保持していることを明らかにした。以上の結果より、哺乳類においてもCCR4-NOTデアデニレース複合体が高度に保存されていることが明らかとなった。

このことは、高等生物においてもCCR4-NOT複合体は、デアデニレース活性を介して、様々な生命現象に関与していることが推測される。以上のことを明らかとするために、CCR4-NOT複合体の構成因子の遺伝子欠損マウスを作製した。

生物は、摂食により獲得したエネルギーを基礎代謝・運動・体温調節によって消費しており、このエネルギー恒常性は厳密に維持されている。近年、エネルギー恒常性の維持に関わる因子として、eIF4E-BPやS6K等の翻訳制御因子が見出された。mRNAは、5'cap構造と3'ポリ(A)鎖が相互作用しており、その環状化はmRNAの翻訳効率と安定性に重要であると考えられている。よってポリ(A)鎖の調節因子によるエネルギー恒常性維持への関与が示唆されるが、これまでにそのような報告はない。

我々は、CCR4-NOTデアデニレース複合体の構成因子であるCNOT3の遺伝子欠損マウスを作製し、CNOT3+/-マウスが痩せの表現型を示すことを明らかにした。野生型に比べて、ヘテロ型は体重が減少し、脂肪組織が縮小していた。それに伴い、CNOT3+/-マウスはインスリン感受性が亢進していた。これらの結果は、CNOT3+/-マウスにおいてエネルギー消費がエネルギー摂取を上回っていると考えられ、実際にCNOT3+/-マウスでは基礎代謝が亢進していた。

一方で、酵母での機能解析によりCNOT3はポリ(A)分解酵素複合体の一因子であることが知られている。マウス脂肪組織においてもCNOT3はその他の複合体構成因子と結合しており、CNOT3が個体のエネルギー状態により発現変動していることをつきとめた。また、CNOT3の発現量がCCR4-NOT複合体のデアデニレース活性を調節していることを明らかにした。これらのことから、CNOT3は栄養状態により発現を変動させ、ポリ(A)分解活性を制御していると考えられる。この制御機構が減弱したCNO T3+/-マウスにおいて高脂肪食負荷による肥満を誘発したところ、野生型は顕著な肥満を呈したが、ヘテロ型は肥満を呈さなかった。我々は、mRNA分解制御因子が栄養状態によって発現量を変化させ、エネルギー恒常性を制御しているという、新たな機構を提唱する。

図1A.CCR4-NOT複合体の精製 B.CCR4-NOT複合体のデアデニレース活性

図2 A. CNOT3の発現変化 B.CNOT3+/-マウスの体重変化

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなる。第1章は、哺乳動物細胞におけるmRNAポリ(A)分解酵素複合体であるCCR4-NOT複合体の機能解析について述べられている。既存のCCR4-NOT複合体に関する研究は、出芽酵母やショウジョウバエを用いた解析が中心であり、高等生物における機能はほとんど明らかとなっていなかった。出芽酵母において、CCR4-NOT複合体は、ポリ(A)分解活性を持つ1つの触媒サブユニットと、9つの補助サブユニットから構成されている。ヒトゲノム解析が進んだことにより、ヒトにおいても出芽酵母CCR4-NOT複合体のオーソログが存在しており、10のサブユニット(CNOT1~CNOT10)すべてが酵母から高度に保存されていることが知られていた。しかしながら、構成因子間の相互作用や、ポリ(A)分解活性などの解析は行われていなかった。論文提出者は、質量分析機を用いた実験により、HEK293T細胞よりヒトCCR4-NOT複合体を精製することに成功し、構成因子間の相互作用を確認した。さらに、HEK293T細胞から精製した複合体がポリ(A)分解活性を有することを明らかにした。論文提出者は、マウスNIH3T3細胞において、CCR4-NOT複合体のポリ(A)分解活性中心であるCNOT6、および、そのホモログであるCNOT6Lを、RNAiにより遺伝子ノックダウンした。その結果、CNOT6Lが、NIH3T3細胞の増殖に必須であることを明らかにした。更に、野生型、活性変異型のCNOT6Lをノックダウン細胞に戻すことにより、CNOT6Lのポリ(A)分解活性が、細胞増殖に重要であることを明らかにした。

第2章は、CCR4-NOT複合体の構成因子であるCNOT3がエネルギー恒常性の維持に関与していることについて述べられており、遺伝子欠損マウスを用いた機能解析について主に述べられている。既存の研究によって、高等生物におけるCCR4-NOT複合体の構成因子の生理機能は徐々に明らかとなっており、現在までに、CNOT6Lが細胞増殖に、CNOT7がマウスの精子形成において重要であることが明らかとなっている。CNOT3はポリ(A)分解活性に重要であることは知られているが、触媒ドメインなどは保持しておらず、遺伝子欠損マウスも作製されていなかった。論文提出者は、CNOT3がマウス脂肪組織において絶食により発現が上昇していることを見出し、CNOT3遺伝子欠損マウスの作製を進めた。CNOT3遺伝子欠損マウスのホモ型は、初期発生の異常により、胎生致死となることが明らかとなった。また、ヘテロ型(CNOT3+/-)マウスは、体が小さく痩せており、特に脂肪組織が縮小していることを明らかにした。脂肪組織は、個体における余剰なエネルギーを蓄えておく器官であることから、論文提出者はエネルギーバランスに注目して解析を進めた。エネルギーバランスに着目することは、適正な判断であると考えられる。個体においてエネルギーバランスとは、摂食によるエネルギー摂取と、基礎代謝・運動・体温調節によるエネルギー消費によって構成されている。エネルギー摂取が消費を上回った際には、余剰なエネルギーは脂肪として蓄積される。CNOT3+/-マウスは、脂肪組織が縮小していることから、エネルギー摂取と消費について解析を進めた。その結果、CNOT3+/-マウスは、野生型に比べ、摂餌量・運動量・体温調節による発熱量には差がなく、基礎代謝量が亢進していることを確認した。よって、CNOT3遺伝子ヘテロ型欠損マウスは、基礎代謝の亢進により痩せの表現型を示しており、CNOT3の発現量がエネルギーバランスの制御に重要であることが明らかとなった。mRNAポリ(A)分解酵素といった生物にとって基本的な因子が、ポリ(A)分解を介したmRNAの代謝制御により、エネルギー恒常性の維持ために機能しているということは、大変興味深く、新しい知見である。さらに、エネルギー恒常性は、現代病であるメタボリックシンドロームとも密接に関与しており、本研究を契機に、今後、メタボリックシンドロームにおける、mRNAのポリ(A)分解や翻訳調節の重要性が明らかにされ、メタボリックシンドロームの病態をより深く理解するための手助けとなる可能性があると考えられる。よって、ここで得られた知見は、大変新しくかつ意義のあるものである。

なお、 本論文第1章は、鈴木 亨 博士・中村 能久 博士・横山 一剛 博士・宮坂 隆 博士・山本 雅 博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の計画及び実験の遂行を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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