学位論文要旨



No 123353
著者(漢字) 郷,達明
著者(英字)
著者(カナ) ゴウ,タツアキ
標題(和) シロイヌナズナRab5 GTPases のVps9 ドメインを有する活性化制御因子の研究
標題(洋) Studies on Two Vps9 Domain-Containing Proteins, Activators for Rab5 GTPases in Arabidopsis thaliana
報告番号 123353
報告番号 甲23353
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5234号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,明彦
 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 東京大学 准教授 上田,貴志
 東京大学 准教授 澤,進一郎
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

植物の細胞膜タンパク質や細胞壁の構成成分は,エンドサイトーシス経路によってその局在や量が制御されている.このエンドサイトーシス経路を介した物質輸送は,細胞極性の確立や維持,細胞板の形成,植物ホルモンであるオーキシンの極性輸送,環境応答などの植物の多様な機能に深く関与することが近年明らかになりつつある.しかしながら,植物のエンドサイトーシス経路の分子機構には未解明な点が多く,どのように植物の高次機能に関わっているかはほとんど明らかになっていない.

低分子量GTPase であるRab ファミリーは,細胞内のオルガネラに特異的に局在し,不活性型であるGDP 型と活性型であるGTP 型をサイクルすることにより,小胞の繋留,オルガネラの動態,膜の脂質組成,シグナル伝達などを制御する分子スイッチとして機能している.シロイヌナズナには,57 のRab GTPase が存在し,これらは動物や酵母との相同性から8 つのサブファミリーに分類することができる.このうちRab5, Rab7, Rab11, Rab18の4 つのサブファミリーは植物のエンドサイトーシス経路に関わると推測されており,特にエンドソームに局在するRab5 メンバーは,エンドサイトーシスの制御で中心的な役割を担っていると考えられる.シロイヌナズナには,ARA7, RHA1, ARA6 の3つのRab5 メンバーが存在する.このうちARA7 とRHA1 は,動物のRab5 のオルソログであると考えられるが,ARA6 はその構造,脂質修飾,活性制御などが異なる植物に特異的なRab5 メンバーである.

Rab5 の機能にとって,GDP 型からGTP 型への活性化が非常に重要であり,この過程はGDP とGTP の交換反応を促進するグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)によって厳密に制御されている.そこで,本研究では,シロイヌナズナRab5 メンバーのGEF を単離し,生化学的な解析を行うとともに,その変異体の解析により,Rab5 が関与する植物のエンドサイトーシス経路の分子機構と機能の解明を目指した.

<結果と考察>

第1 章 VPS9a はシロイヌナズナのRab5 メンバーすべてを制御するGEF であり,植物の発生に重要である

これまでに動物や酵母から単離されたRab5 GEF には,Vps9 ドメインが保存されており,このVps9 ドメイン単独でRab5 に対する GEF 活性を示すことが知られている.そこで,シロイヌナズナゲノム中においてVps9 ドメインを有するタンパク質をコードする遺伝子を検索したところ,VPS9a, VPS9bの2 つの遺伝子が見出された (Fig. 1A).第1 章ではVPS9aについて解析を行った.

VPS9a は,N 末側にVps9 ドメインを持つ約62 kDa のタンパク質をコードしていた.VPS9a とシロイヌナズナのRab GTPaseとの相互作用を調べたところ,VPS9aは3つのRab5メンバー (ARA6,ARA7, RHA1) のGDP 型とnucleotide free 型に対して,特異的に相互作用することが明らかとなった.

次に,Rab GTPase がGDP 型からGTP 型へと構造変換するのに伴って,トリプトファンの自家蛍光が変化することを指標とし,VPS9aのGEF活性の測定を行った (Fig. 1B).その結果,VPS9aは,ARA7, RHA1, ARA6 のすべてのRab5 メンバーに対してGEF活性を有することが明らかとなった.このことから,ARA7/RHA1とARA6 は,その構造的差異にかかわらず,同一のGEF により制御されていることが明らかとなった.一方,Rab5 以外のサブファミリーに対して,VPS9a はGEF 活性を示さなかったことから,VPS9a はRab5 メンバー特異的なGEF であることが結論された.

VPS9a が制御するエンドサイトーシス経路の機能を明らかにするために,VPS9a 遺伝子のそれぞれ異なる位置にT-DNA が挿入された2つのvps9a 変異体 (vps9a-1, vps9a-2) の解析を行った (Fig. 1A).vps9a-1変異体では,Vps9ドメインにT-DNAが挿入され,Rab5 GEF の機能を完全に失っていると推測される.このvps9a-1 変異体のホモ個体は,魚雷型胚で胚発生が停止し,胚致死となった(Fig.2).胚の微細構造を観察すると,胚発生の早い時期から,細胞分裂の方向や細胞板形成に異常がみられ,細胞の肥大や細胞膜と近接する多胞化した異常なオルガネラが多数観察された.Rab5 メンバーの活性化が細胞板の形成や細胞膜上の多胞化したオルガネラの形成に重要であることが示唆された.魚雷型胚ではゴルジ体由来と思われる小胞やオートファゴソーム様構造の蓄積も観察されたことから,エンドサイトーシス経路の異常が,ゴルジ体からのタンパク質の輸送や胚の栄養状態などにも影響を及ぼしていることが示唆された.

vps9a-1 変異体の胚におけるGFP-ARA7 とARA6-GFP の局在を観察したところ,野生型ではともにエンドソームに局在するのに対し,vps9a-1 変異体では細胞質に拡散していた (Fig. 3A-D).GTP 固定型のRab5 はエンドソームに局在し,GDP 固定型のRab5 は細胞質へと拡散することが報告されていることから,vps9a-1 変異体ではARA7, ARA6 ともに活性化されず,GDP型の状態で存在していることが示唆された.このことから,VPS9aがin vivoでもARA7, RHA1, ARA6 のすべてを制御していることが示された.

続いて,VPS9a が細胞極性の維持において果たす役割の検証を行った.オーキシン排出キャリアであるPIN1 は細胞膜に極性をもって局在する膜タンパク質であり,Arf GEF であるGNOM に依存してARA7/RHA1 が局在するエンドソームと細胞膜との間をリサイクリングしている.このPIN1 の局在を観察したところ,野生型では極性をもって細胞膜に局在したのに対し,vps9a-1 変異体では,極性を失い細胞膜全体に局在していた(Fig. 3E, F).また,細胞内のエンドソームにも局在が観察された.このことから,PIN1 の極性をもった局在の維持には,VPS9a によるRab5 メンバーの活性化が重要であることが示唆された.

一方,Vps9 ドメインよりもC 末側にT-DNA が挿入されたvps9a-2 変異体では,胚発生は終了するが,発芽後に根の形態異常と伸長阻害が見られた (Fig. 4).このvps9a-2 変異体では,約30 kDa の変異タンパク質が少量発現しており,この変異タンパク質によってRab5 メンバーが不完全に制御されるために,vps9a-2 の表現型が現れると考えられた.そこで,アミノ酸変異を導入してGTP 型に固定したARA7 とARA6 をそれぞれvps9a-2 変異体に過剰発現して表現型への影響を観察したところ,ARA7 のGTP 固定型を発現させた時のみ,根の伸長阻害が抑圧され,野生型と同等の伸長を示した.このことから,vps9a-2 変異体の根の伸長阻害は,主にARA7/RHA1 がGTP 型へと活性化されないことに起因することが示唆された.一方,ARA6 のGTP 型の過剰発現ではvps9a-2 を抑圧できず,逆に,ARA6 の欠損変異体によって抑圧された.このことから,植物特異的なARA6 は,ARA7/RHA1 とは拮抗的な機能をもつことが示唆された.

第2 章 VPS9a とVPS9b によるRab5 メンバーの活性化は花粉の機能に重要である

VPS9b はアミノ酸配列レベルでVPS9a と非常によく似ているにもかかわらず,VPS9a に比べてRab5 に対するGEF活性は弱かった.また,VPS9aは植物体全体で発現しているのに対して,VPS9bは花粉と胚嚢特異的に発現していた (Fig. 5).vps9b 単独変異体は顕著な表現型を示さなかったため,vps9a-1(+/-)vps9b-1(-/-)を作成し,そのさやを開いて観察した.その結果,vps9a-1 (+/-)では褐色に変色し胚致死となる種子が約25%の割合で観察されたが,vps9a-1(+/-)vps9b-1(-/-)では,約12%しか観察されなかった.このことから,vps9a-1 とvps9b-1 の両方の変異をもつ花粉では,vps9b-1 のみの変異をもつ花粉よりも受精する確率が低下していることが示唆された.以上の結果より,VPS9aとVPS9b の2 つのRab5 GEF により制御されるRab5 メンバーの活性化が花粉の機能に重要であることが示唆された.

<まとめ>

VPS9a とVPS9b は,シロイヌナズナのすべてのRab5 メンバーを制御するGEF であり,Rab5 メンバーの活性制御を通して,植物の発生や分化に関与していることが示唆された.また,ARA7/RHA1 と植物特異的なARA6 の間には,明らかな構造と機能の分化が存在しているにもかかわらず,それらが同一の活性化因子の制御を受けていることは非常に興味深い.さらに,動物では,複数のRab5 GEF が機能分担してエンドサイトーシス経路を制御するのに対して,植物では1 種類のRab5 GEF が2 つのタイプのRab5 を制御するという異なる仕組みによってエンドサイトーシス経路が制御されていることが明らかになった.

Fig. 1 VPS9a とVPS9b の遺伝子構造(A) とVPS9a のARA7 に対するGEF活性(B)

Fig. 2 vps9a-1 変異体は魚雷型胚で胚発生が停止する

Fig. 3 vps9a-1 変異体におけるGFPARA7,ARA6-GFP, PIN1-GFP の局在Scale bar = 5 μm

Fig. 4 vps9a-2 変異体の表現型とそれに対するGTP 固定型Rab5 メンバーの過剰発現の影

Fig. 5 VPS9b の発現パターン

審査要旨 要旨を表示する

本論文はシロイヌナズナのRab5 GTPaseの活性化制御因子(グァニンヌクレオチド交換因子,GEF)であるVPS9aとVPS9bについて研究されたものであり,2章から構成されている。

第1章は,VPS9aについて述べられている。低分子量GTPaseであるRabGTPaseは,活性型であるGTP型と不活性型であるGDP型をサイクルしながら,小胞輸送過程における小胞の繋留,オルガネラの動態,シグナル伝達などを制御する分子スイッチとして機能している。シロイヌナズナには57種類のRabGTPaseが存在しており,このうちエンドソームに局在するRab5は,エンドサイトーシス経路において重要な役割を担っていると考えられている。シロイヌナズナには,ARA7,RHA1,ARA6の3つのRab5メンバーが存在する。ARA7とRHAlは動物のRab5と構造的に類似しており,オルソログと考えられる。一方,ARA6は構造的に特徴のある植物特異的なRab5メンバーである。Rab5の機能にとって,GDP型からGTP型への活性化が非常に重要であり,この過程はGDPとGTPの交換反応を促進するGEFによって厳密に制御されている。本論文において,VPS9aが2つのタイプのRab5メンバーを両方ともに制御するGEFであることが明らかにされた。これが植物のRabGTPaseに対するGEFについての初めての報告である。VPS9aの機能が完全に欠損した7ps9a-1のホモ変異体は,魚雷型胚で胚発生が停止し,胚致死であった。このことから,VPS9aによるRab5メンバーの活性化は植物において重要な役割を担うことが示唆された。vps9a-1変異体では,細胞分裂の方向や細胞板形成に異常がみられ,細胞の肥大や細胞膜と近接する多胞化した異常なオルガネラが多数観察された。このことから,Rab5メンバーの活性化が細胞板の形成や細胞膜上の多胞化したオルガネラの形成に重要であることが示唆された。また,弱いアリルであるvps9a-2では,主根の伸長に異常を示した。vps9a-2の主根の伸長異常は,ARA7のGTP固定型の過剰発現によって抑圧されたが,植物特異的なARA6のGTP固定型の過剰発現は顕著な影響を示さなかった。逆にARA6の欠損変異によって抑圧された。このことから,2つのタイプのRab5メンバー間には機能的な分化が存在していることが明らかとなり,むしろ,拮抗的に機能していることが明らかになった。さらに,拮抗的に機能する2つのタイプのRab5メンバーが同一のGEFによって制御されることは非常に興味深い。これまでシロイヌナズナのRab5 GTPaseのそれぞれの単独変異体は顕著な表現型を示さないことから,植物体におけるRab5メンバーの機能は不明なままであった。本研究から,VPS9aによって制御される2つのタイプのRab5メンバーが拮抗的に機能することが,植物の発生分化に重要であることが明らかになった。

第2章は,VPS9bについて述べられている。VPS9bはVPS9aとアミノ酸配列は非常によく似ているにもかかわらず,VPS9aに比べてRab5に対するGEF活性は弱い。VPS9aは植物体全体で発現しているのに対して,VPS9bは花粉と胚のう特異的に発現していた。vps9b単独変異体は顕著な表現型を示さなかったことから,VPS9bは花粉や胚嚢で限られた機能を担っていることが示唆された。そこで,vps9a-1(+/-)VPS9b-1(+/-)を作成し,そのさやを開いて観察した。その結果,褐色に変色し胚致死となる種子の割合が,vps9a-1(+/-)では約25%観察されたが,vps9a-1(+/-)vps9b-1(-/-)では,約12%しか観察されなかった。このことは,vps9a-1とvps9b-1の両方の変異をもつ花粉では,受精する確率がvp59か1のみの変異をもつ花粉よりも低下していることが示唆された。以上の結果より,VPS9aとVPS9bの2つのRab5 GEFにより制御されるRab5メンバーの活性化が花粉の機能に重要であることが示唆された。

なお,本論文第1章は,内田和歌奈博士,荒川聡子助教,伊藤瑛海氏,壷信友子氏,海老根一生氏,竹内雅宜助教,佐藤健准教授,上田貴志准教授,中野明彦教授との共同研究であり,また,第2章は,砂田麻里子氏,上田貴志准教授,中野明彦教授との共同研究であるが,どちらも論文提出者が主体となって分析及び検証をおこなったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

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