学位論文要旨



No 123355
著者(漢字) 早川,英毅
著者(英字)
著者(カナ) ハヤカワ,ヒデキ
標題(和) 造礁サンゴの卵タンパク質の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular analysis of egg proteins in a reef-building coral
報告番号 123355
報告番号 甲23355
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5236号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 渡邊,俊樹
 東京大学 教授 西田,睦
 東京大学 教授 竹井,祥郎
 東京大学 准教授 朴,民根
 琉球大学 教授 日高,道雄
内容要旨 要旨を表示する

卵生動物は後期胚発生期の栄養物質として卵にタンパク質や脂質といった物質を蓄積する。卵黄タンパク質前駆体であるビテロジェニン (以下Vg)は、脊椎動物や一部の無脊椎動物ではホルモンの作用により卵以外の組織で合成され、循環系を通して卵巣に輸送され、卵母細胞に取り込まれることが知られている。一方、サンゴの卵形成に関するこれまでの研究は組織学的な観察がほとんどであった。近年、当研究室の先行研究により雌雄同体性サンゴにおいて卵黄タンパク質をコードするcDNA 断片がクローニングされ、その発現が卵成長と同調していることが明らかになった。しかし、卵黄タンパク質の前駆体構造、雌雄における発現の違い、サンゴ体内での合成部位や輸送経路、および卵黄形成の制御システムといった基礎的な分子機構については多くの不明な点が残っている。本研究では、雌雄異体性造礁サンゴの一種アザミサンゴを用いて、サンゴにおける卵黄形成の基礎的なメカニズムの解明を目的として研究を行った。卵黄タンパク質とその前駆体構造の同定、雌雄間における卵黄タンパク質の発現の比較、体内での合成や輸送に関する組織学的解析を行った。

アザミサンゴの卵黄タンパク質の同定

アザミサンゴは機能的に雌雄異体性のサンゴであり、雌と機能的な雄からなる。雌は卵のみを形成するのに対し、機能的な雄は精子とともに生殖能力を持たない卵 (偽卵, pseudo-egg)を形成する。

雌の卵には4つの主要なタンパク質 (Galaxea fascicularis Egg Protein, GfEP-1~GfEP-4 と命名)が含まれている (図1)。卵黄形成の分子生物学的研究の端緒として、まずそれらをコードするcDNAの同定を行った。4 つのタンパク質のN 末端アミノ酸配列解析を行い、全長cDNA をクローニングしたところ、GfEP-1, -2, -3 (各88, 74, 70 kDa)は一つの前駆体mRNA (GfVg と命名)に、GfEP-4 (32kDa)は別のmRNA にコードされていることが分かった。

相同性検索において、GfVg と脊椎動物、無脊椎動物のVg はアミノ酸配列に類似性が見られた。また特徴的なPfam モチーフの共通性や分子系統解析の結果からも、GfVg は高等動物のVg と共通の祖先遺伝子に由来していることが強く示唆された。しかし、脊椎動物や昆虫のVg に含まれるポリセリンドメインはGfVg には含まれておらず、同ドメインは刺胞動物と高等動物の分岐後に進化したと考えられる。一方、GfEP-4 は既知のタンパク質との相同性は見られず、特徴的なモチーフも含まれないことから、新奇の卵黄タンパク質であると考えられ、その機能に関する有意な手がかりは得られなかった。アザミサンゴの4つの卵黄タンパク質は2 種類の遺伝子に由来することが明らかになった。

次にGfEP-1~GfEP-3 の前駆体GfVg の切断について調べた。GfEP のN 末端アミノ酸配列解析およびGfVg のN末端、C 末端に対する抗体を用いたウエスタン解析の結果、前駆体GfVg はGfEP-1(N 末側)、GfEP-2 (C 末側)に切断されると考えられた (図2)。またGfEP-3 はGfEP-2 の一部が切断もしくは分解されたものであると考えられた。刺胞動物で卵黄タンパク質の前駆体構造が同定されたのは本研究が初である。

属の異なる4種のサンゴの卵にGfVg、GfEP-4 に類似のタンパク質が含まれているかをウエスタン解析により調べた結果、全てのサンゴにおいて抗GfVg 抗体と交差反応するタンパク質が含まれ、GfVg に類似の卵黄タンパク質が含まれることが示唆された。それに対し、抗GfEP-4 抗体と交差反応するタンパク質は1 種のサンゴの卵のみに見られた。

卵、偽卵内のタンパク質濃度、および雌雄におけるmRNA 発現レベルの比較

多くの動物において卵黄タンパク質は本来雌で特異的に発現する。アザミサンゴにおける卵黄タンパク質発現の性特異性を確かめるために、GfVg およびGfEP-4 の発現をタンパク質レベル、mRNA レベルで比較した。雌の卵、雄の偽卵へのGfVg およびGfEP-4 の蓄積レベルをウエスタン解析により比較した結果、偽卵におけるGfVg の濃度は卵に比べて非常に低く、卵の1/5000 以下であった (図3A)。これに対し、GfEP-4 は偽卵にも含まれており、卵に比べ約1/100~1/20 程度の濃度で含まれていることが分かった (図3B)。

次に、産卵約1~2 ヶ月前の雌雄におけるGfEP-4 mRNA の発現レベルを半定量的RT-PCR にて比較した。内部軟組織 (体壁、隔膜、生殖巣, 図5 参照)を摘出してRNA を抽出し、解析に用いた。雌での発現レベルは雄に比べ有意に高く、約4.1 倍であったが、雄でも明瞭な発現が見られた (図4)。GfVg mRNA 発現レベルについても雌雄間において有意差があることが確かめられている(雌では雄に比べ17.5 倍, Hayakawa et al., 2005)ことから、GfVg、GfEP-4ともに、mRNA レベル、タンパク質レベルで性依存的な発現パターンを示すことが示された。特にGfVg は雌雄間の発現レベルの差が大きいことから雌特異的な分子マーカーとして利用が可能であると考えられる。

サンゴ体内における卵黄タンパク質の分布および予想される卵母細胞への輸送経路

過去の組織学的観察によりサンゴの配偶子は隔膜と呼ばれる内胚葉細胞層の中に形成されることが知られている (図5)。しかし卵黄タンパク質がサンゴ体内のどの組織で合成され、どのように輸送されているのかは不明であった。上記のRT-PCR の結果から、GfVg およびGfEP-4 は内部軟組織 (卵母細胞、隔膜内胚葉、体壁内胚葉のいずれか)において発現していると考えられた。そこでさらに卵黄タンパク質の局在部位を調べるために、GfVg、GfEP-4 に対する抗体を用いた免疫組織化学的解析を行った。その結果を図6 に示す。GfVg は腔腸の体壁を構成する内胚葉組織、および中膠 (外胚葉と内胚葉の間の繊維性結合組織)にシグナルが見られた。中膠は細胞をあまり含まないことから、GfVg は体壁において合成され、中膠を通って卵母細胞に輸送される可能性が示唆された。GfEP-4 は体壁および隔膜にシグナルが見られた。隔膜において合成されたGfEP-4 は中膠へ分泌され、直接卵母細胞に取り込まれる可能性が考えられる。このように、サンゴにおいても、卵黄タンパク質は卵母細胞外で合成され、卵母細胞に輸送され蓄積される可能性が示唆された。

本研究のまとめ

本研究によって、サンゴの卵黄形成に関するいくつかの基礎的な分子機構が明らかになった。2種類のmRNA に由来する卵黄タンパク質を同定し、雌雄における各遺伝子の発現パターンおよび卵・偽卵へのタンパク質の蓄積レベルの違いを示した。またサンゴ体内での卵黄タンパク質合成部位と輸送経路に関する知見が得られた。本研究はサンゴ類の卵形成機構の理解に貢献するものと考えられる。

今後は卵黄形成の制御機構や卵黄タンパク質の輸送のメカニズムについてさらに調べる必要がある。特に、近年GnRH 様物質やエストロゲンがサンゴの卵形成や産卵に関与している可能性が示唆されているため、これらの作用機序の解明はサンゴの内分泌制御機構の理解に寄与すると考えられる。

図1. 卵、偽卵に含まれるタンパク質の分離1: GfEP-1 (88 kDa) 2: GfEP-2 (74 kDa)3: GfEP-3 (70 kDa)4: GfEP-4 (32 kDa)♀: 卵抽出タンパク質♂: 偽卵抽出タンパク質

図2.GfVg の一次構造と切断部位 (数字はアミノ酸番号) GfVg が(1)の位置で切断されることによってGfEP-1、GfEP-2 が生じ、さらに(2)の位置での切断 (もしくは分解)によりGfEP-3 が生じる。

図3. ウエスタン解析による卵・偽卵内のGfVg (GfEP-2/3, A)およびGfEP-4 (B) の濃度の比較.シグナル強度により濃度を比較した (本文参照)。

図4. 雌雄におけるGfEP-4mRNA 発現レベルの比較.雄での発現レベルを1 とした。* p < 0.001

図5. サンゴの体の構造の模式図(A) ポリプを縦に割った様子生殖巣はポリプ下部、隔膜内に形成される。(B) ポリプ横断面図腔腸の体壁内胚葉は一部が突出して隔膜を形成する。生殖細胞は隔膜内の中膠で成長する。

図6. 卵黄タンパク質の局在部位および予想される輸送経路GfVg、GfEP-4 のシグナルが見られた組織を緑色、予想される卵母細胞への輸送経路を矢印で示す。O: 卵母細胞GfVg: 体壁内胚葉および中膠に分布。体壁で合成され、中膠を通って卵母細胞へ輸送される可能性が考えられる。GfEP-4: 体壁および隔膜に分布。隔膜からは直接卵母細胞へ取り込まれると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、造礁サンゴの一種アザミサンゴの卵に蓄積される卵黄タンパク質の構造および発現の研究に関して述べたものである。本論文は3章からなり、それに先だっGeneral Introductionでは関連分野の従来の研究の状況および本研究の目的について述べられている。第1章では主要卵黄タンパク質GfEP-1~4の一次構造の決定、第2章ではそれらのタンパク質およびmRNAの発現解析に関して述べられている。最後の第3章では、第1,2章で述べられた諸結果に関する総合的な考察と今後の研究に関する展望が論じられている。

造礁サンゴは熱帯および亜熱帯の浅海域においてサンゴ礁形成を基盤となる重要な生物であるが、その生殖に関する分子レベルでの研究は従来少なかった。とりわけ、卵黄形成の分子機構に関する研究は少なく、卵黄タンパク質の構造および発現に関する研究は殆ど無かった。

論文提出者は、造礁サンゴの一種アザミサンゴを対象に、卵黄タンパク質のcDNAクローニングおよび発現の解析を行った。まず、主要卵黄タンパク質GfEP-1~4のcDNAクローニングを行い、GfEP-1~3が高等動物のビテロジェニンと相同な前駆体GfVgの切断により生ずることを示した。GfEP-4は別のmRNAにコードされる新規な卵黄タンパク質であった(以上第1章)。GfVgおよびGfEP-4の発現には雌雄差が見られた。またGfVgに対する抗体を作成し、GfVgが卵巣外で合成され中膠と呼ばれる結合組織を通って卵母細胞に輸送されることを強く示唆する結果を得た(以上第2章)。

上に述べたように、サンゴを含む刺胞動物において卵黄形成の分子機構に関する研究は従来非常に少なかった。本論文で述べられている、卵黄タンパク質の前駆体構造の決定、および発現組織と輸送経路の同定は、刺胞動物で初となる成果である。また、骨格を持つサンゴを対象とした免疫組織化学解析には従来技術的な困難があったが、それを克服して卵黄タンパク質を発現する組織の同定を行うことができた。以上のことから、本論文に述べられている内容は、研究結果の点でも用いた研究手法の点でも、学位論文として十分なオリジナリティーを有するものと考えられる。

なお、本論文第1章は、渡邉俊樹、安藤忠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるとみとめる。

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