学位論文要旨



No 123357
著者(漢字) 大西,隼
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,ハヤト
標題(和) RNA結合タンパク質MBNL1(Muscleblind-like1)の相互作用分子の生化学的・生理学的解析
標題(洋) Biochemical and physiological analysis of MBNL1-associating proteins
報告番号 123357
報告番号 甲23357
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5238号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 准教授 奥野,誠
 東京大学 准教授 松田,良一
 東京大学 准教授 越田,澄人
内容要旨 要旨を表示する

Muscleblindは、Drosophilaにおいて光受容体の分化に必須の遺伝子として同定された遺伝子であり、筋分化においても重要な役割を担うことが分かっている。また、近年pre-mRNAの選択的スプライシング調節因子としての機能が盛んに研究されている。Muscleblindの重要性を理解するための好例として、ヒトの遺伝病である筋強直性ジストロフィー (DM) が挙げられる。一般的な遺伝病のようにタンパク質のコード領域における変異ではなく、DMの原因となる変異は、非翻訳領域のリピート配列 (CUG)nの異常伸長である。ヒトMBNL1 (Muscleblind-like 1) は、(CUG)n RNAに結合するタンパク質として同定された。細胞の核内に形成される(CUG)nリピートfociに捕捉されることによるMBNL1の機能低下が、DM発症の主因の一つであると考えられている。これまでのところMBNL1の機能としては、スプライシング調節以外にはほとんど報告がなく、相互作用タンパク質の網羅的なスクリーニングの前例もない。

第1章では、MBNL1の機能に関して新たな知見を得ることを目的とし、GST-Pull down assayによる相互作用タンパク質のスクリーニングをおこなった。GST/Hisタグ融合型MBNL1をE.coli.に発現させ、2段階のアフィニティークロマトグラフィーで精製しBaitとした。これに、マウスの骨格筋、あるいは心筋のホモジネートを混合し反応させたところ、MBNL1の結合タンパク質候補として約20本の特異的なバンドが再現性よく検出された。これらのうち質量分析法(MALDI-TOF/TOF) によって同定されたのは、YB-1 (Y-box binding protein), DDX1 (DEAD-box RNA helicase), Phenylalaninyl-tRNA synthetase α and β subunits, Amylo-1,6-glucosidase, Ribosomal protein S3, Ribosomal protein L7aの7つのタンパク質であった。この中で、スプライシング調節に関わることや、翻訳調節における機能も知られているYB-1に着目し、以降の研究を進めた。

培養細胞にMBNL1とYB-1の両タンパク質を強制発現させ、免疫沈降法によって両者の相互作用を確認したところ、特異的な相互作用が確認された。この相互作用はRNaseAの添加によって消失したことから、両者の結合にはRNAが介在していることが明らかとなった。続いて、MBNL1とYB-1の機能的な相互作用を検討するため、選択的スプライシングアッセイを行った。スプライシングアッセイのレポーターminigeneとして、スプライシングのモデル系として頻用されているE1A (adenovirus early-region 1A) と、既知のMBNL1のターゲットであるalpha-actininとclcn1の三つを用いた。それぞれのminigeneとともに、MBNL1またはYB-1を培養細胞に共発現させたところ、E1Aとalpha-actininの選択的スプライシングが、MBNL1とYB-1によって協調的に制御されることが示唆された。

MBNL1とYB-1の発現プラスミドを培養細胞に形質導入し、局在を観察したところ、興味深いことに、核内よりもむしろ細胞質の「顆粒状構造体」においてMBNL1とYB-1の共局在が顕著であった。これをMBNL1の、スプライシング調節機能以外の細胞質における新規機能を示唆する局在であると考え、第2章ではMBNL1の局在をより詳細に解析することとした。

近年、真核細胞の細胞質におけるRNA代謝関連の顆粒状構造体として、Processing bodies (P-bodies) とStress granules (SGs) が研究の対象となっている。P-bodiesはmRNA分解の場であり、DCP (decapping enzyme)やXRN (exonuclease) など、RNA分解に関わるタンパク質が局在する。一方、Stress granules (SGs)は、酸化ストレス条件下などに形成される凝集体であり、主要構成タンパク質であるTIA1や、リボソームタンパク質などが局在する。SGsはmRNAの一時的な翻訳抑制、また再翻訳か分解かを決定するmRNAの選別の場であると考えられている。

私は、MBNL1のポリクローナル抗体を作成し、免疫染色法によって各種培養細胞におけるMBNL1の細胞内局在を解析した。MBNL1はストレスに応答して細胞質に顆粒状構造体を形成することがわかった。MBNL1が、SGsのマーカーであるTIA1と顆粒状構造体において顕著に共局在したことから、MBNL1がSGsに局在することが明らかとなったと言える。またYB-1も同様にSGsに局在した。これらに関しては、過剰発現系でも一貫した結果が得られた。

MBNL1の欠失変異体による局在解析を行ったところではZinc finger motifsが細胞質における顆粒形成においては必要充分であることが明らかとなった。また、各変異体のRNAへの結合性と顆粒形成性の間には、相関する傾向がみられた。これは、SGsにおいてMBNL1がRNAと相互作用することを支持する結果である。

次にP-bodiesとの共通点と差異点を明らかにしようと試みた。P-bodiesのマーカータンパク質のひとつであるDCP2を過剰発現させ、ストレス条件下でMBNL1と共染色したところ、MBNL1が形成するgranulesはP-bodiesとは区別されることが判明した。さらに、COS-7において通常時に観察されるMBNL1の細かい顆粒の局在を詳細に観察したところ、その一部はP-bodiesと共局在するが、その他は共局在しなかった。これらのことから、通常時にMBNL1のいずれかのisoformがmRNA分解に関与をする可能性と、またP-bodiesとは異なる機能をもつ顆粒を形成している可能性が考えられた。

さらにSGsの形成過程と、ストレス解除後にSGsが消失していく過程を、MBNL1とTIA1を共染色し経時的に観察した。その結果、MBNL1はTIA1よりもSGsに局在すること、ストレス解除後の回復期にはMBNL1はTIA1よりも早くSGsから離散し、核内に戻ることが示唆された。このようなSGs局在タンパク質間における移行速度の差異の発見は新規のものであり、SGsの動態そのものの理解にとっても重要な知見を与えうると考えられる。

本研究では、MBNL1のスプライシング機能にYB-1が協調的に作用することが明らかとなった。さらに、MBNL1のストレス応答に関して新たな知見を得ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

Muscleblindは、Drosophilaにおいて光受容体や筋肉の分化に必須の遺伝子として同定された遺伝子であり、近年ではpre-mRNAの選択的スプライシング調節因子として盛んに研究されている。Muscleblindの重要性を理解するための好例として、ヒトの遺伝病である筋強直性ジストロフィー (DM) が挙げられる。一般的な遺伝病のようにタンパク質のコード領域における変異ではなく、DMの原因となる変異は、非翻訳領域のリピート配列 (CUG)nの異常伸長である。ヒトMBNL1 (Muscleblind-like 1) は、(CUG)n RNAに結合するタンパク質として同定された。DMでは、細胞の核内に形成される(CUG)nリピート凝集体に捕捉されることによるMBNL1の機能低下が、発症の主因であると考えられている。これまでのところMBNL1の機能としては、スプライシング調節以外にはほとんど報告がなく、相互作用タンパク質の網羅的なスクリーニングの前例もない。

はじめに、MBNL1の機能に関して新たな知見を得る目的で、GST-Pull down assayによる相互作用タンパク質のスクリーニングがおこなわれた。質量分析法(MALDI-TOF/TOF) によって同定されたのは、YB-1 (Y-box binding protein), DDX1 (DEAD-box RNA helicase)など、計7タンパク質であった。この中で、スプライシング調節に関わることや、翻訳調節における機能も知られているYB-1に着目し、以降の研究が進められた。免疫沈降法によってMBNL1とYB-1の相互作用はRNA依存的であることが明らかとなった。続いて、選択的スプライシングアッセイを行ったところ、MBNL1とYB-1によって協調的に制御されることが示唆された。

培養細胞における各発現コンストラクトの局在解析では、細胞質の「顆粒状構造体」においてMBNL1とYB-1の顕著な共局在がみられた。近年、細胞質におけるRNA代謝関連の顆粒状構造体として、Processing bodies (P-bodies) とStress granules (SGs) が研究の対象となっている。P-bodiesはmRNA分解の場であり、一方Stress granules (SGs)は、酸化ストレス条件下に形成される凝集体であり、主要構成タンパク質であるTIA1などが局在する。

MBNL1のポリクローナル抗体を作成し、免疫染色法によって各種培養細胞におけるMBNL1の細胞内局在を解析したところ、MBNL1はストレスに応答してSGsのマーカーであるTIA1と顕著に共局在した。すなわちMBNL1がSGsに局在することが明らかとなった。またYB-1も同様にSGsに局在した。MBNL1の欠失変異体による局在解析を行ったところではZinc finger motifsが細胞質における顆粒形成においては必要充分であることが明らかとなった。各変異体のRNAへの結合性と顆粒形成性の間には、相関する傾向がみられた。これは、SGsにおいてMBNL1がRNAと相互作用することを支持する結果である。またP-bodiesのマーカータンパク質のひとつであるDCP2を過剰発現させ、ストレス条件下でMBNL1と共染色したところ、MBNL1が形成するgranulesはP-bodiesとは区別されることが判明した。

さらにSGsの形成過程と、ストレス解除後にSGsが消失していく過程を、MBNL1とTIA1を共染色し経時的に観察した結果、両タンパク質の移行速度において、顕著な差異が観察された。このような発見は新規のものであり、SGs自体の機能的意義の理解に役立つものだと考えうる。最後に、DMのモデル筋芽細胞におけるMBNL1のストレス応答性を調べたところ、コントロールの細胞に比べて、SGs形成過程とSGsから核への回復過程が著しく阻害されていることが観察された。

本研究によって、MBNL1のスプライシング機能以外の、細胞質における新規機能が示唆された。さらに、本研究はDM発症メカニズム解明においても意義深いと考えられる。

したがって、博士 (理学)の学位を授与できると認める。

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