学位論文要旨



No 123358
著者(漢字) 御輿,真穂
著者(英字)
著者(カナ) オゴシ,マホ
標題(和) 硬骨魚真骨類における新規アドレノメデュリンファミリーの分子進化および生理学的研究
標題(洋) A novel adrenomedulhin family in teleost fish : Molecular evolution and physiological function
報告番号 123358
報告番号 甲23358
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5239号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹井,祥郎
 東京大学 教授 罔,良隆
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 准教授 朴,民根
 東京大学 准教授 兵藤,晋
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

硬骨魚真骨類は水中に生活するため、鯉や表皮を介して環境水と接しているが、その生息環境が淡水であるか海水であるかにかかわらず、常に体液浸透圧を海水の約3分の1に保っている。そのため真骨類はユニークな浸透圧調節を行っており、これまでに様々なホルモンが関わっていることが報告されているが、この調節に必須であるものはまだ見つかっていない。真骨類の浸透圧調節にはこれまで、プロラクチン、コルチゾル、成長ホルモン、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、グアニリンなどのホルモンの関与が報告されているものの、それらの作用は哺乳類におけるバゾプレシンのように、遺伝子が欠損すると水分の調節に深刻な異常をもたらすほどのものではない。そこで私は、真骨類の浸透圧調節に必須となる新しいホルモンを見つけたいと考えた。

アドレノメデュリン(AM)は、1993年にヒトの副腎髄質由来の褐色細胞腫から単離された新しいホルモンであり、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)ファミリーの一員であるとされていた。AMは哺乳類において実に多様な機能をもつことが明らかになっているが、中でも強力な血管拡張・降圧作用という循環調節作用、利尿・ナトリウム利尿作用という体液調節作用をもつホルモンである。このように重要な機能をもつにもかかわらず、これまで哺乳類以外の動物におけるAMの研究例はない。そこで本研究では、このホルモンが硬骨魚真骨類において体液調節に重要な役割を果たすのではないかと考え、AMの同定と機能の解析を試みた。修士課程においてトラフグを用いてAMを同定したところ、AMは真骨類において5種類に多様化したファミリーをつくっていることが明らかになった。また、この発見をもとに哺乳類で新しいホルモンであるAM2を同定し、哺乳類においてもAMが多様化していることを明らかにした。そこで博士課程では、CGRPファミリー全体の多様化の歴史を脊椎動物において解析するとともに、真骨類におけるAMファミリーの生理作用を、体液調節作用および血圧調節作用を中心に解明することを目的とした。

【結果】

1.カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)ファミリーの分子進化

様々な動物種のゲノム情報を比較するという比較ゲノム学的手法により、AMが属するCGRPファミリー全体の多様化の歴史を探った。哺乳類のCGRPファミリーにはAMのほか、CGRPとアミリンが属しているが、これらの遺伝子を真骨類で同定し、ゲノム上の位置を決定した。魚種は近年ゲノムデータベースが整備され、ゲノム上への遺伝子のマッピング技術が確立されたメダカを用いた。その結果、メダカにおいてAMを5種類(ヒトでは2種類)、CGRPを2種類(ヒトでは2種類)、アミリンを1種類(ヒトでは1種類)同定した。同定した各遺伝子をゲノム上にマッピングし、その周辺に存在する遺伝子をヒトと比較したところ、メダカAMl/CGRP1およびAM4/CGRP2の周辺遺伝子がともにヒトAM/CGRP-αの周辺で保存されていることがわかった。また、メダカAM2およびAM3はヒトAM2と、メダカアミリンはヒトアミリンと周辺遺伝子のシンテニーが一致した(図1)。すなわち、メダカAM1/AM4とヒトAM1、メダカAM2/AM3とヒトAM2とはそれぞれオーソログであり、AMl/AM4およびAM2/AM3は真骨類に特異的に起こったゲノム重複によって倍加したことがわかった。CGRPは真骨類・哺乳類(ヒトやラット)ともに2種類存在するが、真骨類のCGRP1、CGRP2が異なる染色体上に位置するのに対し、ヒトでは同一染色体上に近接して縦列に存在する。したがって、真骨類CGRPはゲノムの倍加によって増えたが、ヒトCGRPは遺伝子の縦列重複によって増えたものである。また、メダカAM5遺伝子の周辺遺伝子はヒトAM1、AM2のいずれとも一致せず、どちらのオーソログでもなかった。そのため、AM5遺伝子の起源は古く、硬骨魚類と哺乳類を含む四足類とが分岐する以前から存在していたと考え、哺乳類のゲノムデータベースで検索した結果、複数の種においてAM5遺伝子を発見することができた。これらのことから、AMファミリーは哺乳類では3種類、硬骨魚類では5種類からなることが明らかとなった。

2.異なる浸透圧環境への移行によるAMファミリー遺伝子の発現変化

真骨類AMファミリーの浸透圧調節への関与を調べるため、トラフグを異なる浸透圧環境に移行させ、その際のAM遺伝子の発現変化をみた。そのため、まず様々な塩分濃度(淡水、10%海水、150%海水)に対するトラフグの適応性を調べたところ、淡水移行群では血漿浸透圧が下がり続けたため適応できなかったが、10%海水(体液浸透圧の約3分の1)と150%海水(体液浸透圧の約5倍)には適応した。淡水移行群においてAM1遺伝子は発現の増加が、AM2遺伝子は発現の減少が認められた。AM1遺伝子のこの増加は淡水適応に関する作用というよりも、適応できない環境下でのストレス応答や生体防御反応によるものだと考えられる。実際、10%海水移行群では、AM遺伝子の発現変化はみられなかった。また、150%海水移行群においても、AM遺伝子の発現は変化しなかった。このように、遺伝子の発現レベルではAMファミリーが浸透圧調節作用に関与していることは明白ではなかった。また、環境浸透圧を変化させた際の血漿AM濃度の変化を調べるため抗体作成を試みたが、AM1、2ともに極めて免疫性が低く、測定に適した抗体が得られなかった。そこで、次にin vivoでのAMの投与による循環・体液調節への影響をみることにした。

3.硬骨魚真骨類におけるAMファミリーの生理作用

生体内にAMを投与し、循環・体液調節への作用を調べる実験を行った。分子進化の解析によって明らかとなった祖先型3タイプを代表するものとしてAM1、AM2、AM5を選び、投与を行った。トラフグは血管へのカニュレーションなど生理実験に必要な手術に適さなかったため、すでに当研究室において個体レベルでの生理作用を調べる手法が確立しているウナギを実験動物として用いた。ウナギで新たに同定したAM1、AM2、AM5のアミノ酸配列からペプチドを合成し、淡水に馴致したウナギに投与した。背側大動脈の血管、食道、膀胱にそれぞれカニューレを挿入し、血圧、飲水量、尿量を測定した。投与法は血管に挿入したカニューレからホルモンを投与する宋梢投与、および頭蓋骨に固定した脳室内カニューレから投与する中枢投与の2種類を行った。その結果、AM2とAM5が強力な血圧降下作用を示した(図2A)。これらのホルモンによる降圧作用は、最大用量においてこれまでに知られた降圧ホルモンであるANPよりも強かった。また、ヒトAM2を投与したところ、ウナギAM2と同程度に血圧を低下させた。哺乳類では最も強力な効果をもつヒトAM1は血圧を変化させなかった。こうした血圧の変化は心臓から鯉に向かう腹側大動脈、および鯉から全身の血管に向かう背側大動脈の両方で測定したが、AMサブファミリーによる降圧作用は背側大動脈の方が強力であった。さらに、中枢投与により、AM2は血圧を上昇させた。これは交感神経系の刺激によるものと思われる。中枢投与したAM5は血圧を低下させたが、その作用は末梢投与時よりも弱かった。これらのことから、AM2、AM5は哺乳類AMと同様に、血管を拡張させることによって血圧を下げていると考えられる。また、AM2、AM5は、ウナギの飲水を強力に促進させた(図2B)。少量ずつの投与により血圧を一定に保った条件においても、これらのホルモンは既知の飲水促進ホルモンであるアンジオテンシンIIよりも強力に飲水を促進させることが明らかとなった。AM1の投与によって飲水量は変化しなかった。中枢投与においては、どのホルモンも飲水を変化させなかったため、AM2、AM5の飲水促進作用は血液中から血液脳関門のない脳内の領域を介して働いていると考えられる。さらにAMファミリーの尿に対する調節を調べたところ、AM2が抗利尿作用を示した。これらのことから、AMファミリーは海水適応に関わっていることが示唆される。

【まとめ】

比較ゲノム学の手法を活用することにより、脊椎動物におけるCGRPファミリーの分子進化の歴史を解明した。真骨類における5種のAMの発見を起点として、条鰭類と肉鰭類の分岐以前にCGRP、AM1、AM2、AM5、アミリンが存在していたこと、および真骨類ではこれらが全ゲノム重複による倍加と淘汰を経て多様化したことを明らかにするとともに、哺乳類でAM2とAM5を発見した。

トラフグの異なる浸透圧環境への移行実験により、トラフグが適応できない淡水への移行によってAM1、AM2遺伝子の発現が変動することがわかったが、適応できる環境では変化がみられなかった。遺伝子レベルでの調節を検出できなかったため、ウナギを用いたin vivoでの生理実験を行い、真骨類においてAM1よりもAM2とAM5が既知のホルモン以上に強力な循環調節作用および体液調節作用を示すことを明らかにした。これまでに知られている真骨類のAM受容体への親和力はAM1が最も強いこと、哺乳類においてはAM1がAM2やAM5よりも強力な作用を示すことから、真骨類におけるAM2/AM5に特異的な新しい受容体の存在が示唆される。

図1脊椎動物CGRPファミリーの分子進化モデル

図2ウナギの血中にAMファミリーを投与した際の変化。(A)血圧変化、(B)飲水量の変化*P<0.05,**P<0.01

審査要旨 要旨を表示する

本論文の基本構成は、Abstract,General Introduction、Chapter1,Chapter2、Chapter3、およびGeneral Discussionの6部からなる。本論文の特色は、(1)修士課程において真骨魚類で初めて同定したアドレノメデュリン(AM)ファミリーの多様化の歴史を明らかにするとともに、それにより哺乳類で新しいAMを発見したこと、および(2)魚類で発見したAM2とAM5が、これまで哺乳類で見つかっていたAM1よりも魚類ではるかに強力な循環調節作用や体液調節作用をもつことを初めて明らかにしたことである。哺乳類では、本研究により新たに発見されたAM2やAM5の作用はAM1よりも弱いため、魚類には新規AM受容体が存在することが示唆され、多くの注目を集めている。このように、本研究によりAMを含むホルモンファミリーの分子進化や生理作用に関して新しい扉が開かれたことは明白で、比較内分泌学の重要性を広く一般内分泌学の研究者にも認識させたといえる。

Chapter 1では、哺乳類ではカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)やアミリンと共にCGRPファミリーの一員であると考えられていたAMが、どのような過程で5種のパラログからなる真骨類のAMファミリーへと多様化してきた歴史を、比較ゲノム学的手法を用いて明らかにした。その結果、硬骨魚類の条鰭類と、哺乳類を含む四肢動物へつながる肉鰭類が分岐した際には、AM1/AM4,AM2/AM3およびAM5の3種のAMが存在していたことがわかった。そこで、哺乳類でAM2とAM5をゲノムデータベースを用いて探したところ、数種の哺乳類でAM2とAM5を発見した。このように、血圧が低くイオン代謝が重要である魚類では、AMなどの降圧ホルモンおよびナトリウム排出ホルモンが多様化しており、それを基に哺乳類で新しいホルモンを探す道筋を作ったといえる。

Chapter 2では、真骨類におけるAMファミリーの生理作用、とりわけ海水適応作用を明らかにする目的で、最初にAMファミリーを発見したフグを用いて、環境浸透圧の変化に対するAM遺伝子の発現変化を調べた。フグは全ゲノム情報が知られているため、この種を実験動物として確立することにより研究のスピードアップを図るという考えもあった。しかし、フグを2倍海水に移行させても、10分の1海水に移行させても主要なAM発現組織において発現量に変化が見られなかった。また、血液中のAM濃度の変化を測定するために抗体の作成を試みたが、抗原性が極めて低くラジオイムノアッセイに使える抗体を作ることができなかった。この結果は、哺乳類においてAM遺伝子をノックアウトすると致死になることと関連すると思われる。

Chapter3では、AM1,AM2,AM3を血圧調節や体液調節の実験系が確立しているウナギで合成して、その作用を調べた。その結果、AM2とAM5がこれまでに調べられたどの降圧ホルモンよりも強力に血圧を下げることがわかった。また、ウナギの飲水を強力に惹起することがわかった。この作用は、これまでに明らかにされている最も強力な飲水惹起ホルモンであるアンジオテンシンIIよりも強力であった。いっぽう、哺乳類ではもっとも強力な降圧ホルモンであるAM1の活性は、AM2やAM5の100分の1に過ぎなかった。この結果より、AM2とAM5は低い血圧を保っている魚類における重要な降圧ホルモンであることが明らかになった。いっぽう、魚類ではこれまでに知られているAM受容体との親和性がAM1>AM2=AM5であることから、AM2やAM5に特異的な新しい受容体が存在することが明らかである。したがって、哺乳類でAM2やAM5が発見されたようにAM21AM5の新規受容体が哺乳類でも発見される可能性が高く、注目を集めている。このように、本研究はCGRPファミリーの分子進化やその作用に関して新しい知見を与えるものである。

なお、本論文のChapter1において、比較ゲノム学的な手法を海洋研究所の井上広滋博士と理学系研究科生物科学専攻の成瀬清博士からご指導をいただいた。また、Chapter2のトラフグを用いた実験では、日本水産株式会社大分海洋研究センターの皆様のお世話になった。また、Chapter3の実験のうち、血圧調節に関する部分は海洋研究所の野畑重教博士の寄与が大きい。しかし、実験はほとんど全て論文提出者本人が行ったものである.そのため、本論文の全ての研究において論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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