学位論文要旨



No 123359
著者(漢字) 近藤,久益子
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,クミコ
標題(和) シアノバクテリアSynechocystis sp.PCC 6803における二種類の集光超分子複合体フィコビリソームの機能解析
標題(洋) Function alanalysis of two types of phycobilisome in Synechoeystis sp.PCC 6803
報告番号 123359
報告番号 甲23359
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5240号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 准教授 野,久義
 東京大学 教授 佐藤,直樹
 東京大学 准教授 和田,元
 東京大学 准教授 園池,公毅
内容要旨 要旨を表示する

〈序〉

光合成生物は光合成を効率よく行うために様々な機構を備えている。集光装置はその代表的な例で、ラン藻(シアノバクテリア)や一部の真核藻類のフィコビリタンパク質(フィコビリソーム)、緑色植物や真核藻類のクロロフィル結合型集光装置(LHCI,LHCII)、紅色光合成細菌のバクテリオクロロフィル結合型集光装置(LH1,LH2)があげられる。集光装置は光エネルギーを光化学系反応中心へ伝えるという点で、光エネルギー利用効率の向上において最も重要な要素の一つであり、さらに近年、二つの光化学系のエネルギーバランスを保つ短時間の光環境応答(ステート遷移)においても重要な役割を果たしていることが分かってきた。

フィコビリソーム(PBS)はフィコビリタンパク質の集光超分子複合体で、紅藻、灰色植物、シアノバクテリアに存在している。PBSは5-10MDaと巨大な複合体を形成しているため、完全な会合状態での解析は困難であり、特に光化学系反応中心複合体との相互作用についてはほとんど分かっていない。また、PBSは主には光化学系II(PSII)へ光エネルギーを伝えるといわれている一方で、光化学系1(PSI)へのエネルギー伝達も物理化学的な解析から示唆されてはいるが生化学的な機構は未知のままである。

PBSの構造はフィコビリタンパク質フィコシアニンから構成されるロッドとアロフィコシアニンから構成されるコアに分けられ、ロッドとコアはCpcGタンパク質によって連結されているといわれている(Fig.1A)。私は修士課程において、シアノバクテリアSynechocystis sp.PCC 6803のゲノム中に2コピー存在するCpcG1とCpcG2が2種類の異なるPBSを形成することを見いだした。CpcG1が形成するPBS(CpcG1-PBS)はほぼ全ての構成タンパク質を含むが、CpcG2が形成するPBs(cpcG2-PBs)はコアを含まない(Fig.1B)。本研究ではPBSの不均一性に着目し、二種類のPBSの細胞内での機能を明らかにすることを目指した。

<結果と考察>

1.エネルギー伝達における機能

野生株および各cpcG遺伝子破壊株のクロロフィル励起時の低温蛍光スペクトルから、cpcG2破壊株では野生株と比べ、PSI/PSII比が上昇し、(cpcG1破壊株では減少していることが分かった(Fig.2B)。さらに、PBSからPSIへのエネルギー伝達効率を、フィコシアニン励起時(Fig.2A)のPSI蛍光のPSII蛍光に対する比として算出し(Table1,A)、PSI/PSII量比(Table1,B)で標準化したところ(Table1,C)、CpcG2-PBSからPSIへのエネルギー伝達効率はCpcG1-PBSと比べ、(0.630÷0.202=)約3倍高いことが分かった。これらの結果から、CpcG1-PBSが比較的PSIIの集光装置として機能する一方、CpcG2-PBSはPSIの集光装置として機能していることが示唆された。さらに、細胞の粗抽出液を遠心によって分画し、CpcG1およびCpcG2の局在を免疫プロット法で調べた(Fig.3B)。するとCpcG2は一部のフィコシアニンとともに20kxg沈殿の粗チラコイド膜画分(P1)に多く存在しているのに対し、CpcG1は100kxg沈殿の遊離PBSを含む高分子タンパク質画分(P2)と粗チラコイド膜画分(P1)にほぼ等量回収された。従って、CpcG2-PBSはCpcG1-PBSと比べ、チラコイド膜に強く相互作用していることが示唆された。CpcG1とCpcG2は共にN末端に保存性の高いリンカードメイン領域を有するが、CpcG2のみC末端に疎水性領域を持ち、この領域がCpcG2の特異な機能を決定していると考えられる(Fig.4)。また他の多くのシアノバクテリアにおいてもCpcG2と同様の疎水性領域を持つCpcGが広く存在していることが分かった(Fig.5)。

2.光化学系複合体との同時精製

CpcG2タンパク質とPSIとの直接的な相互作用を示すために、界面活性剤で可溶化したチラコイド膜タンパク質を密度勾配遠心によって分画した。ところが以前に報告のあったPBSの結合したPSIIを精製する方法では、フィコビリソームは超複合体を維持していないことが分かった。また、PBSが安定であるとされる高濃度のリン酸緩衝液を用いるとPSIIやPSIの多量体構造が不安定になった。そこでグリシンベタインを加えた低塩溶液中で細胞を破砕しチラコイド膜タンパク質をβ-ドデシルマルトシドで可溶化した。これをコール酸を添加したグリセロール密度勾配で遠心したところ、一部のCpcG2タンパク質がPSI三量体と同じ画分に回収された。一方、CpcG1タンパク質はこの画分には全く回収されなかった(Fig.6,1ane10)。このような条件ではPBSは超複合体を維持していないが、CpcG2がアロフィコシアニンコアを介さずにPSIと相互作用することから、CpcG2-PBSからPSIへのエネルギー伝達が示唆された。

3.ステート遷移における機能

ステート遷移とはPSIIとPSIの励起状態のバランスを短時間で調節する現象で、二つの光化学系複合体を持つ酸素発生型光合成生物にとって重要な光環境応答である。PSIIを過剰に励起する光条件では集光装置からPSIへのエネルギー伝達が上昇し(ステート2)、PSIを過剰に励起する光条件では逆の現象が起こる(ステート1)(Fig.7)。シアノバクテリアではPBSからPSIIおよびPSIへのエネルギー伝達効率が変化し、これにはPBSの動きが必要であることが分かっているが、その生化学的な機構は全く不明である。そこで、CpcG2・PBSのステート遷移への関与をCpcG1-PBSと比較した。ステート2(暗順応)とステート1(DCMU+光)処理細胞の低温蛍光スペクトルを測定したところ、cpcG1破壊株、cpcG2破壊株は共にクロロフィルからPSI/PSIIへのエネルギー分配の変化は野生株と同様だったが、cpcG1破壊株ではPBSからPSI/PSIIへのエネルギー分配の変化が野生株や(cpcG2破壊株よりも小さかった(Fig.8)。さらに室温のクロロフィル蛍光を測定しステート遷移の経時変化を測定した。PSII光(PSIIを主に励起)でステート2を誘導後、PSI光(PSIを主に励起)を照射してステート1への遷移を調べたところ、cpcG1破壊株では野生株やρpoσ2破壊株で見られるような蛍光の経時変化がほとんど見られなかった(Fig.9)。これらの結果から、CpcG2-PBSはステート遷移を起こさないPBSであることが示唆された。また、CpcG1-PBSとCpcG2-PBSの動きを比較するために、共焦点顕微鏡を用いてFluorescence Recovery After Photobleaching(FRAP)解析を行った。FRAP解析では細胞の約半分の蛍光を退色させその後の回復の時間変化でチラコイド膜上の色素タンパク質の拡散を比較することができ、フィコビリソームの動きを見るのに有効な方法である(Fig.10)。その結果、ρpoσ1破壊株およびcpcG2破壊株でも野生株と同様に蛍光退色の回復が見られた(Fig.11)。一方、PBSの動きを止めるような条件下ではいずれの株においても蛍光退色の回復はほとんど見られなかった。従って、ステート遷移に必要であるフィコビリソームの動きに関してはCpcG2-PBSはCpcG1-PBSと違いがないと示唆された。

〈結論と今後の展望〉

ステート1では、PSIIの集光装置として主にCpcG1-PBSが、PSIの集光装置としてコア構造を欠くCpcG2-PBSが機能していると考えられる。またチラコイド膜上の動きには互いに違いは見られなかったが、ステート遷移を担っているのはCpcG1-PBSでありCpcG2-PBSは関与しないことから、ステート2では一部のCpcG1-PBSがPSIへ移動すると考えられる。今後は野生株においてCpcG1-PBSとCpcG2-PBSの機能分化の分子機構を明らかにする必要がある。電子顕微鏡等で構造や局在の違いを明らかにするとともに、CpcG2-PBSとPSIおよびCpcG1-PBSとPSIIとの超複合体精製を目指す。このようなPBSの一細胞内での不均一性はこれまでほとんど議論されたことがないが、他の集光装置でも生育環境に応じた様々な機能分化が存在すると推定される。本研究で見いだされたPBSの機能の多様性は、その概念を他の集光装置にまで広げることによって、光合成生物の集光システムにおける普遍原理の解明への突破口となると期待される。

Fig.1 CpcG1-フィコビリソーム(PBS)(A)とCpcG2-PBS(B)の模式図

Fig.2 77kにおける細胞の低温蛍光スペクトル。励起波長はそれぞれ600nm(フィコシアニン)(A)および435nm(クロロフィル)(B)。ピークは650-660nmがフィコビリソーム680-690nmが光化学系II(PSII)、720nmが光化学系I(PSI)に由来する。

Fig.3 細胞内におけるCpcG1-PBSとCpcG2-PBSの局在。粗抽出液を低速の沈殿(P2)およびその上清(S1)に分画した。フィコビリタンパク質を蛍光で(A)、CpcGタンパク質を坑ペプチド抗体で検出した(B)。CpcG2-PBSはCpcG1-PBSに比ベチラコイド膜に強く相互作用していることが示唆された。

Fig.4 CpcG1とCpcG2のアミノ酸配列の比較。CpcG2のC末にのみ疎水性領域が存在する(灰色でしめした。)黒線は坑ペプチド抗体の作製に用いた部位。

Fig.5 NJ法人によるCpcGアミノ酸配列の無根系統樹。SynechocystisのCpcG2と同様にC末に疎水性領域を有するCpcGが多くのシアノバクテリアに存在していた(赤点線)。

Fig.6 グリセロール密度勾配遠心によるチラコイド膜タンパク質の分画(A)。各画分についてCpcGタンパク質の局在を免疫ブロット法で調べた(B)。PSI三量体画分には一部のCpcG2が存在するが、CpcG1は全く存在しなかった(lane 10)。

Fig.7 光合成電子伝達系の模式図(A)とステート遷移の概略(B)。

Fig.8 ステート遷移処理時の細胞の低温蛍光スペクトル。暗順応でステート2(S2)を、20μM DCMU添加後3分間の白色三つ照射でステート1(S1)を導いた。720nmのPSIのピークで標準化して示した。692nmのPSIIピークの変化がステート遷移の度合いを表す。cpcG1破壊株およびcpcG2/cpcG1二重破壊株では600nm励起時の変化が減少していた。

Fig.9 ステート遷移処理時の室温クロロフィル蛍光の経時変化。測定前にPSIIを励起する光でステート2を誘導し、PSIを励起する光(PSI light)を照射してステート1を誘導した。野生株およびcpcG2破壊株で見られるPSI light ON後の穏やかな蛍光の上昇がステートト2から1への遷移を反映する。それに対し、cpcG1破壊株ではそのような変化がほとんど見られなかった。

Fig.10 野生株のFRAP測定例。フィコシアニンを励起し(633nm)、主にフィコビリソームの蛍光を検出することで、フィコビリソームの動きを調べた。

Fig.11 蛍光回復の株間の比較。退色領域の周辺の蛍光強度の変化をピクセル数として数値化しプロットした。cpcG2破壊株でも野生株と同様、退色の回復が観察された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文「Functional analysis of two types of phycobilisome in Synechocystis sp.PCC6803」(シアノバクテリアSynechocysits sp.PCC6803における二種類の集光超分子複合体フィコビリソームの機能解析)は、4章構成である。第1章では、2つ目のcpcG遺伝子(cpcG2)のフィコビリソーム形成における役割を解析、第2章では、CpcG2タンパク質の膜結合性と光化学系1の集光装置としての役割の解析、第3章では、CpcG2タンパク質ど光化学系1複合体相互作用の解析、第4章では、CpcG1フィコビリソームとCpcG2フィコビリソームのステート遷移における役割の解析を行ない、研究成果をまとめて報告している。

フィコビリソームはシアノバクテリアや紅藻、灰色藻の光合成における光捕集の役割を果たすタンパク質の巨大複合体であり、アロフィコシアニンが会合したシリンダー複合体を積み重ねた中心のコア領域に、フィコシアニンが会合した周辺のロッドが6~8本つながって形成されている。このフィコビリソームは種によって基本構造や構成成分が異なる多様な構造体で、しかも栄養飢餓や光環境の変化に応じてその構成を変化させるダイナミックな側面ももっている。このときCpcGタンパク質はロッドの近位末端に結合するリンカータンパク質であり、フィコビリソームの構造形成の多様化にかかわる因子であるが、これまで環境応答という観点では研究されていない。本研究では、シアノバクテリアのモデル生物であるSynechocysits sp.PCC6803を用いてゲノム解析で新規に見つかったcpcG2遺伝子の機能解析を通してフィコビリソームの新たな機能を明らかにしている。

第1章では}cpcG1破壊株、cpcG2破壊株と二重破壊株からフィコビリソームを単離した。その結果、CpcG1のみを含むフィコビリソーム(CpcG1フィコビリソームと略)は野生株の主要なフィコビリソームと同一であること・CpcG2のみを含むフィコビリソーム(CpcG2フィコビリソームと略)はアロフィコシアニンからなる中心コア領域を含まないロッドだけの会合体であることが明らかになった。また、二重破壊株ではロッドなどの会合体は単離されず、解体したと考えられる。また、CpcG2フィコビリソームはフィコシアニンのみを含むにもかかわらず、低温で668nmの蛍光を出す特異な複合体であった。これらの結果からコアとロッドからなる従来型フィコビリソームはCpcG1フィコビリソームに相当し、これとは全く別の特異な複合体としてCpcG2フィコビリソームが存在することが強く示唆された。

第2章では、各破壊株の細胞での低温蛍光スペクトルから、フィコシアニンから光化学系2、光化学系1へのエネルギー転移率を推定した。この転移率と破壊株での異なる光化学系1/光化学系2による補正を行った。こうして得たフィコシアニンから光化学系1への転移率と光化学系2への転移効率の比率はcpcG7破壊株ではcpcG2破壊株と比べて約3倍高かった。また、cpcG7破壊では光化学系1/光化学系2の比が野生株より減少(約0.5倍)、cpcG2破壊株では約1.5倍に増大していた。これらはCpcG1フィコビリソームが光化学系2へ、CpcG2フィコビリソームが光化学系1ヘエネルギーを転移しているという仮定と一致している。また、フィコビリソームの構造を安定に保つ0.7Mリン酸緩衝液中でチラコイド膜を単離すると、CpcG1フィコビリソームの約半分は遊離するにもかかわらず、CpcG2フィコビリソームのほとんどは膜結合性であった。これらの特徴はCpcG2フィコビリソームがチラコイド膜もしくは光化学系1などと直接の相互作用する可能性を示している。

第3章では、これに対応して、フィコビリソームのタンパク質と光化学系の相互作用の生化学的検出を試みた。フィコビリソームの構造が安定な高イオン強度緩衝液に界面活性剤を添加して光化学系複合体を可溶化すると、両方の光化学系は単量体になってしまった。一方、低イオン強度溶液ではフィコビリソームの構造は解体したが、光化学系複合体は本来の構造を保っていた。

この条件で、CpcG2の大半は軽い画分に回収されたが、一部は光化学系1の三量体画分に回収された。一方、CpcG1はこれよりも軽い画分に回収されていた6以上の結果は、CpcG2が特異的に光化学系1複合体に結合していることを示唆している。

第4章では、ステート遷移における役割を各破壊株を用いて解析した。

ステート遷移は2つの光化学系間の励起バランスを短時間で調整する現象で、遺伝子発現を伴わず、集光装置の再配置によって起こる。シアノバクテリアではフィコビリソームがステート遷移の主要な集光装置なので、2つのフィコビリソームに違いがあるかどうか変異株を用いて検証した。生細胞の光化学系2の蛍光をパルス励起光でモニターする測定条件で、光化学系1を励起する光(光化学系1光)をしばらく照射してステート1への遷移を完了させ、その後、光化学系1光を消すと、野生株やoρoG2破壊株からは環状電子伝達の詰まりに対応する一時的な蛍光の増大がみられた。一方、cpoG7破壊株や二重変異株ではみられなかった。また、生細胞にDCMUを添加してプラストキノンの光還元を阻害した条件で、光照射して光化学系1によるプラストキノンの酸化に対応するステート遷移をモニターしたところ、半減期20秒以上の遅い遷移成分がcpcG7破壊株および二重破壊株で大きく減少していた。これらの結果は光または光+阻害剤で引き起こされるステート遷移の主要な部分にCpcG1フィコビリソームが関与しており、CpcG2はかかわっていないことを示唆している。また、FRAP(Fluorescence recovery after photobleaching)解析は、どちらの破壊株も野生株同様にフィコビリソームの移動が起こることを示唆している。これはフィコビリソームの移動性だけでなく、CpcG1フィコビリソームのコア領域などがステート遷移に必要であることを示唆している。

なお、本論文の第1章は、耿暁星、片山光徳、池内昌彦との共同研究、第2章は落合有里子、片山光徳、池内昌彦との共同研究である。しかし、どちらの場合も論文提出者が主体となって研究の立案、遂行を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、本審査委員会は博士(理学)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。

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