学位論文要旨



No 123360
著者(漢字) 篠田,淳郎
著者(英字)
著者(カナ) シノダ,ジュンロウ
標題(和) 出芽酵母アレスチン様タンパク質Rod1 の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular Analysis of Arrestin-like Protein, Rod1 in Saccharomyces cerevisiae
報告番号 123360
報告番号 甲23360
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5241号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 菊池,淑子
 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 東京大学 准教授 澤,進一郎
内容要旨 要旨を表示する

序論

出芽酵母のHECT 型ユビキチンリガーゼのひとつであるRsp5 はヒトのNedd4のホモログであり、細胞内輸送、エンドサイトーシス、ストレス応答など様々な局面において、基質タンパク質をユビキチン化することで中心的な働きをすることが知られている。Rsp5 は単独でユビキチンリガーゼ活性を持つが、いくつかの基質タンパク質のユビキチン化においては、補助タンパク質が必要になる。この補助タンパク質とRsp5 の関わり合いについては不明な点が多い。私はRsp5 制御機構についての知見を得る為に、Rsp5 の結合タンパク質であり、Rsp5と協調的に機能することが示唆され、進化的に保存されたドメインを持つRod1に着目し、その機能解析を行った。

ROD1 は過剰発現をした場合、野生型酵母に対し、グルタチオンにより解毒される薬剤であるo-dinitrobenzene 耐性を付与する遺伝子のスクリーニングにより単離された。その後の研究によりROD1 遺伝子産物はC 末端側に2カ所あるPY モチーフを通じてRsp5 のWWドメインと相互作用すること、さらにPYモチーフに変異を導入するとo-dinitrobenzene 耐性を付与しなくなることが明らかにされた。このことからRod1 はRsp5 と結合することにより何らかの役割を果たすことが示唆されるが、具体的な機能については全く未知であった。

結果

1)Rod1 はSnf1 キナーゼ複合体によりリン酸化を受ける私はRod1 がSnf1 キナーゼ複合体のγサブユニットであるSnf4 と免疫沈降実験において共沈すること、Rod1 がSnf1 キナーゼ活性依存的に翻訳後修飾を受けていることを見いだした。さらに、snf1 変異株もo-dinitrobenzene 感受性を示した。Snf1 は出芽酵母におけるAMP 活性型キナーゼであり、酵母細胞がグルコース飢餓状態に陥ると活性化され、転写因子などのリン酸化により、グルコース以外の炭素源を利用する為の遺伝子の転写を促す。

Rod1 の翻訳後修飾がリン酸化であるかを調べる為にCIP アッセイを行った。その結果、ウェスタンブロッティングにおいてRod1 のエクストラなバンドが消失したことからRod1 はリン酸化を受けていることが分かった。Rod1 のアミノ酸配列中には、Snf1 のターゲットになりうる配列が4カ所存在したので、それぞれに変異を導入し、ウェスタンブロッティングを行った。その結果、447 番目のセリン残基をアラニンに置換したRod1(S447A)のみ、エクストラバンドが消失した。さらに、これらの変異Rod1 のo-dinitrobenzene 耐性能を比較したところ、Rod1(S447A)のみが野生型のRod1 よりも強い耐性能を酵母に与えることが分かった。大腸菌で発現させ、アフィニティー精製したRod1 と、酵母から精製したSnf1 を用いてin vitro キナーゼアッセイを行ったところ、Rod1(1-459)はSnf1 によりリン酸化されたが447 番目のセリン残基を含まないRod1(1-444)はSnf1 によるリン酸化は見られなかった。従ってRod1 の447 番目のセリン残基はin vivo においてもin vitro においてもSnf1 キナーゼによりリン酸化を受けることが分かった。

2)Rod1 はG タンパク質共役型受容体Gpr1 のC末端と相互作用するRod1 はN 末側に高等生物のアレスチンと相同な領域arrestin-N、C domain を持つ。アレスチンは、主にG タンパク質共役型受容体などの7回膜貫通タンパク質受容体がホルモンなどそれぞれに固有のリガンドを受け取ると、その受容体の細胞質ドメインに結合し、エンドサイトーシスを引き起こすことで脱感作を引き起こす。また、経路によっては下流へシグナルを伝達する役割を果たす場合もある。アレスチンはvisual arrestin、β-arrestin1、2、cone-specificarrestin といったサブタイプが存在する。また、arrestin-N domain、arrestin-Cdomain の両方を持つ機能未知のタンパク質ファミリーarrestin domaincontaining (Arrdc) が1から5まであり、このうちArrdc1、2、3、4 はC 末端側にPY モチーフを2つ持っている。アレスチンは高等生物において広く保存されており詳細に研究されているが、単細胞生物では最近Aspergillus nidulansにおいてアレスチン様のタンパク質の報告がなされたのみである。

私はRod1 がこのアレスチンと同様の働きをしているのではないかと考え、出芽酵母のG タンパク質共役型受容体である性ホルモン受容体Ste2、グルコースセンサーであり、cAMP やカルシウムイオンの上昇に関与するGpr1 の細胞質ドメインとRod1 の相互作用を調べた。その結果、Gpr1 の細胞質ドメインであるテイル部分とRod1 が結合することが分かった。また、Rsp5 もRod1 と同様にGpr1のC 末端のテイル部分と相互作用した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなる。第1章は、出芽酵母のHECT 型ユビキチンリガーゼRsp5 の結合タンパク質Rod1 がSnf1 キナーゼ複合体によりリン酸化を受けることを分子生物学的手法を用いて立証したものである。Rsp5 はヒトのNedd4 のホモログであり、細胞内輸送、エンドサイトーシス、ストレス応答など様々な局面において、基質タンパク質をユビキチン化することで中心的な働きをする。ユビキチン化は基質タンパク質を分解に導く不可逆反応であることから、その制御機構を明らかにすることは重要である。出芽酵母ROD1 はグルタチオンにより解毒される薬剤であるo-dinitrobenzene 耐性を付与する遺伝子として単離され、その遺伝子産物はC 末端側に2カ所あるPY モチーフを通じてRsp5 のWW ドメインと相互作用すること、さらにPY モチーフに変異を導入するとo-dinitrobenzene 耐性を付与しなくなることが明らかにされていた。

Rod1 がSnf1 キナーゼ複合体のγサブユニットであるSnf4 と免疫沈降実験において共沈すること、Rod1 がSnf1 キナーゼ活性依存的に翻訳後修飾を受けていることを見いだした。さらに、snf1 変異株もo-dinitrobenzene 感受性を示した。Snf1 は出芽酵母におけるAMP 活性型キナーゼであり、酵母細胞がグルコース飢餓状態に陥ると活性化され、転写因子などのリン酸化により、グルコース以外の炭素源を利用する為の遺伝子の転写を促す。Rod1 の翻訳後修飾がリン酸化であるかを調べる為にCIP アッセイを行い、ウェスタンブロッティングにおいてRod1 のエクストラなバンドが消失したことからRod1 はリン酸化を受けていることが分かった。Rod1 のアミノ酸配列中には、Snf1 のターゲットになりうる配列が4カ所存在したので、それぞれに変異を導入し、ウェスタンブロッティングを行った。その結果、447 番目のセリン残基をアラニンに置換したRod1(S447A)のみ、エクストラバンドが消失した。さらに、これらの変異Rod1 のo-dinitrobenzene 耐性能を比較したところ、Rod1(S447A)のみが野生型のRod1よりも強い耐性能を酵母に与えることが分かった。大腸菌で発現させ、アフィニティー精製したRod1 と、酵母から精製したSnf1 を用いてin vitro キナーゼアッセイを行ったところ、Rod1(1-459)はSnf1 によりリン酸化されたが447 番目のセリン残基を含まないRod1(1-444)はSnf1 によるリン酸化は見られなかった。従ってRod1 の447 番目のセリン残基はin vivo においてもin vitro においてもSnf1 キナーゼによりリン酸化を受けることが分かった。

第2章では、Rod1 はG タンパク質共役型受容体Gpr1 のC末端と相互作用することを明らかにした。Rod1 はN 末側に高等生物のアレスチンと相同な領域arrestin-N、C domains を持つ。アレスチンは、主にG タンパク質共役型受容体などの7回膜貫通タンパク質受容体がホルモンなどそれぞれに固有のリガンドを受け取ると、その受容体の細胞質ドメインに結合し、エンドサイトーシスを引き起こすことで脱感作することが知られている。また、経路によっては下流へシグナルを伝達する役割を果たす場合もある。

出芽酵母のG タンパク質共役型受容体である性ホルモン受容体Ste2、グルコースセンサーであり、cAMP やカルシウムイオンの上昇に関与するGpr1 の細胞質ドメインとRod1 の相互作用を調べた。その結果、Gpr1 の細胞質ドメインであるテイル部分とRod1 が結合することが分かった。また、Rsp5 もRod1 と同様にGpr1のC 末端のテイル部分と複合体を形成することが判明した。さらに、gpr1 欠損株もo-dinitrobenzene 感受性を示した。これらの結果から、Rod1 はGpr1 のシグナル伝達経路に働くアレスチンであり、ユビキチンリガーゼRsp5 との結合を橋渡しする因子であることが示唆された。最も重要な栄養源であるグルコースを細胞膜上で感知するGpr1 の細胞質側の結合因子としてRod1 が同定されたことは大変重要な発見であると評価できる。

なお、本論文第1章は、菊池淑子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク