学位論文要旨



No 123361
著者(漢字) 寿崎,拓哉
著者(英字)
著者(カナ) スザキ,タクヤ
標題(和) イネのメリステムの維持制御に関する分子遺伝学的研究
標題(洋) Molecular genetic studies on meristem maintenance in Oryza sativa.
報告番号 123361
報告番号 甲23361
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5242号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 教授 加藤,雅啓
 東京大学 教授 塚谷,裕一
 東京大学 准教授 澤,進一郎
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

動物は成体におけるほとんどの器官が胚発生の過程で形成され,胚発生後にはおもに各器官の成長と成熟を行う.これとは対照的に,植物では,葉や花など成体のほぼすべての器官は,胚発生後にメリステム(分裂組織)から新たに形成される.したがって,メリステムの維持制御は,植物の発生・形態形成にとって極めて重要である.これまで,メリステムの制御機構については,真正双子葉類のモデル植物であるシロイヌナズナを中心にして分子遺伝学的な研究が進められ,CLAVATA (CLV) シグナル伝達経路が重要な機能を果たしていることが明らかにされてきた.しかし,他の植物に関しては,ほとんど未解明のままである.そこで本研究では,単子葉類のモデル植物であるイネを研究材料とし,メリステムの維持制御に重要な役割を果たしている FLORAL ORGAN NUMBER1 (FON1) および FON2 遺伝子の機能解析を行うことを目的として研究を進めてきた.さらに,それを発展させ,イネのメリステム維持制御の遺伝的機構を包括的に理解するための研究を進めた.

<結果と考察>

1. レセプター様カイネースをコードするFON1 遺伝子の機能解析

fon1 変異体では花器官数が増加している.fon1 変異体の花の初期発生を調べたところ,花分裂組織のサイズが増大していることが判明し,花器官が形成される場が増大することにより,花器官数が増加することが明らかとなった(図1B, E, F).ポジショナルクローニング法による遺伝子単離の結果,FON1 はleucine-richrepeat (LRR) 型のレセプター様カイネースをコードしていることが判明した (図2A).insitu ハイブリダイゼーションによる時間的・空間的発現パターンを解析した結果,FON1 は花分裂組織をはじめとして,シュート頂(茎頂)や花序分裂組織など,メリステムに特異的に発現していることが明らかとなった (図3A, B).また,遺伝子の系統解析の結果,FON1 はシロイヌナズナのメリステムの維持制御に関わるCLV1 のイネのオルソログに相当することが明らかになった.したがって,本研究により,メリステムの維持制御の遺伝的機構の基本骨格が被子植物一般に保存されている可能性が強く示された.

2. ペプチド性シグナル分子をコードするFON2 遺伝子の機能解析

fon2 変異体は fon1 変異体と類似した表現型を示し,花分裂組織のサイズが増大していた.fon2とfon1 の2 重変異体を作製したところ,相加的な表現型を示さなかったことから,FON2 とFON1は遺伝的に同一の経路で機能することが示唆された (図1D).次に,FON2 遺伝子を単離した結果,FON2 はCLE ドメインをもつペプチド性シグナル分子をコードしていることが明らかとなった(図2B).FON2 は地上部のすべてのメリステムにおいて,幹細胞と推定される領域で発現し,fon1変異体ではその発現領域が拡大していた (図3C-E).したがって,fon1 変異体では幹細胞の領域が増大していると考えられる.また,FON2 を過剰発現させた植物では,花器官数が極度に減少し,メリステムのサイズが著しく縮小していることが示唆された (図4A-C).このFON2過剰発現の効果はfon1 変異体では全く見られないため,FON2 の機能にはFON1 が必要であることが示され,2重変異体の結果とも一致した (図4D). FON2 とFON1がコードするタンパク質と,遺伝学的・逆遺伝学的な解析により得られた結果から,FON2 とFON1 が同一のシグナル伝達経路のリガンドとそのレセプターとして機能することが推定されるとともに,FON2-FON1 のシグナル伝達経路はメリステムの幹細胞の増殖を負に制御していることが示された.このFON2-FON1 の遺伝的関係はシロイヌナズナのメリステムの幹細胞の制御におけるCLV3-CLV1 の遺伝的関係と類似している.一方, fon1 およびfon2 変異体では,シュート頂や花序などのメリステムでは大きな異常が見られず,この点は,シロイヌナズナのメリステム制御とは大きく異なっている.以上の結果を総合して, FON の経路とは冗長的に機能する第2 のシグナル伝達経路 (X をリガンド,Y をレセプターと仮定した X-Y 経路) の存在を想定し,イネのメリステムを制御する遺伝的モデルを提唱した (図6).

3. シュート頂メリステムと根端分裂組織の維持制御に関わるFCP1 遺伝子の機能解析

第2 の経路のシグナル分子を明らかにすることを目的とし,CLE ドメインをもつペプチド性シグナル分子をコードし,FON2 に類似性の高い FON2-LIKE CLE PROTEIN1(FCP1) に関する機能解析を行った.まず,FCP1 を過剰発現させると,シュート頂分裂組織の維持を正常に行うことができなかった (図5A-E).この結果は,FCP1 が第2の経路のリガンド(X)に相当し,シュート頂分裂組織の維持制御に関わっていることを示唆している.さらにFCP1 のCLE ペプチド添加実験の結果から,FCP1 が根端分裂組織の維持制御にも関わることが示唆された (図5F-I).シュート頂および根端分裂組織に対する FCP1の作用には,FON1 が必要ないことも判明し, FCP1 は独自のレセプターを必要とすることが示唆された.さらに,FCP1 とFON2 の作用の違いを決定する重要なアミノ酸を同定することに成功した.

4. fon2 変異のサプレッサーの単離とその機能解析

ポジショナルクローニング法により,FON2 を単離する過程で,インディカの遺伝的背景がジャポニカのfon2 変異を抑圧している可能性が示唆された.そこで遺伝学的・分子生物学的な解析を進めた結果,fon2 サプレッサーとして,FON2 SPARE (FOS2) と名付けたペプチド性シグナル分子を同定した.インディカのFOS2 はfon2 と fon1 両方の変異を抑圧した.この結果は,FOS2 がFON2-FON1 のシグナル伝達経路とは異なる経路のシグナル分子としてメリステムの制御に関わることを示唆している.また,ジャポニカの栽培種では FOS2 の機能が喪失あるいは低下していることを示唆しており,イネにおけるメリステム制御の多様性と複雑性が示唆された. さらに,FOS2の構成的発現体の解析とFOS2 のCLE ペプチドの添加実験の結果から,FOS2 が花分裂組織だけではなく,シュート頂分裂組織と根端分裂組織の維持制御にも関わることが示唆された.

<結論と展望>

本研究では,遺伝学・分子生物学的手法を用いて,イネのメリステムの制御に関わる遺伝子の単離とその機能解析を行った.その結果,イネにおいては,シロイヌナズナと基本的には同じ遺伝的制御により,メリステムの維持制御が行われていることが明らかになった.その一方で,ジャポニカを除くイネでは,少なくとも3つの並列なシグナル伝達経路の組み合わせによりメリステムが維持制御されていることが明らかとなった.これらの各シグナル伝達経路はシュート頂,花序,花の地上部の各メリステムに対して,それぞれ貢献度が異なっていると考えられる(図6).このイネのメリステムの複雑な遺伝的制御機構は,CLVの単一なシグナル伝達経路により地上部のすべてのメリステムが制御されているシロイヌナズナとは大きく異なっている.今後は,FCP1の花および花序のメリステムにおける機能を明らかにするとともに,FCP1やFOS2のレセプターを単離し,イネのメリステムの遺伝的制御機構をより詳細に明らかにすることにより,高等植物のメリステムの制御の共通性・多様性がより明確になっていくことが期待される.

図1 fon1 および fon2 変異体の表現型.(A-D) 花の表現型.(E-F) 花の初期発生. fon1, fon2 変異体では花分裂組織のサイズが増大した結果,花器官数が増加する. FM, 花分裂組織.

図2 FON1 および FON2 遺伝子がコードするタンパク質.(A) FON1. (B) FON2. FON1 はLRR 型のレセプターカイネースをコードし,FON2 は CLE ドメインをもつペプチド性のシグナル分子をコードしている.

図3 FON1 および FON2 遺伝子の発現パターン.(A-D) WT. (E)fon1. FON1 は地上部のメリステム全体で,またFON2 は幹細胞に相当する領域で発現がみられる.また,fon1 変異体では FON2 の発現領域が拡大している. SAM, シュート頂分裂組織. FM, 花分裂組織.

図4 FON2 遺伝子構成的発現体の表現型.(A-C)ACTIN:FON2/WT の花. (D) ACTIN:FON2/fon1の花.FON2 を構成的に発現させると花器官数が減少する.しかし,fon1 変異存在下ではこの影響はみられない.

図5 FCP1 遺伝子構成的発現体の表現型とFCP1 CLE ペプチド投与の影響.(A-C) イネ幼苗の表現型.A-B, ACTIN:FCP1; C, Vectorcontrol. (D, E) シュート頂. (F-I) 根.FCP1を構成的に発現させると SAM のサイズが減少し,SAM の維持を正常に行うことができず,幼苗致死 となる.また,FCP1 の CLE ペプチドを与えた植物では根端分裂組織のサイズが減少する. SAM, シュート頂分裂組織.

図6 イネとシロイヌナズナのメリステムの維持制御モデル.ジャポニカを除くイネでは,少なくとも3 つの並列なシグナル伝達経路の組み合わせによりメリステムが維持制御されている.これらの各シグナル伝達経路はシュート頂,花序,花の地上部の各メリステムに対して,それぞれ貢献度が異なっていると考えられる.このイネのメリステムの複雑な遺伝的制御機構は,CLV の単一なシグナル伝達経路により地上部のすべてのメリステムが制御されているシロイヌナズナとは大きく異なっている.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は 7 章からなる.第 1 章は,イントロダクションであり,本研究の学問的背景とその目的について述べられている.第 2 章から第 5 章までは,イネのメリステムの維持を制御する4つの遺伝子 - FLORAL ORGAN NUMBER1 (FON1),FON2,FON2-LIKE CLE PROTEIN1 (FCP1) および FON2 SPARE (FOS2) - について,遺伝子の単離・同定やその機能に関する研究結果とその考察について述べられている.第 6 章では本研究で使われた材料と方法について述べられている.最後の第 7 章では,得られたすべての結果を受けて,イネのメリステムの維持制御機構について,包括的な考察を行っている.

植物では,葉や花など成体のほぼすべての器官形成は,メリステムに依存している.したがって,メリステムの維持制御機構の解明は,植物の発生・形態形成を理解するために極めて重要な課題である.本論文において,論文提出者は,単子葉類のモデル植物であるイネを研究材料とし,そのメリステムの維持の遺伝的制御機構を明らかにすることを目的に研究を行った.

第 2 章は,FON1遺伝子の単離と機能解析について述べられている.fon1変異体は当初,花の器官数が増加する変異体として見いだされていたが,本研究により,FON1遺伝子は花メリステムの維持制御に負の因子として重要な働きをしていることが明らかになった.遺伝子を単離した結果, FON1 はレセプター様カイネースをコードしており,シロイヌナズナの CLAVATA 1 (CLV1) 遺伝子のオーソログであることが判明した.

第 3 章では,FON2 遺伝子の単離とその機能解析について述べられ,FON1との関連性を含めイネにおけるメリステム維持の総合的考察を行っている.まず,表現型,発現パターン,過剰発現などの解析により,FON2が,FON1と同様,メリステムの維持を制御していることを示すとともに,FON1と同一の遺伝的経路で機能していることを明らかにした.FON2 は CLE ドメインをもつペプチド性シグナル分子をコードし,シロイヌナズナのCLV3と機能ドメインが類似していた.

これまで,真正双子葉類のモデル植物であるシロイヌナズナにおいて,メリステムの制御に CLV シグナル伝達経路が重要な機能を果たしていることが明らかにされている.しかし,他の植物に関しては,1例を除いてほとんど未解明であった.本論文の,この2つの章で行われた研究により,シロイヌナズナと相同性の高い因子が単子葉植物のイネおいても同じような機能を果たしていることが示され,メリステムの維持制御の遺伝的機構が,被子植物一般に広く保存されていることが示された.しかし,その一方で,CLV/FON系とは独立なシグナル伝達系がイネには存在することを考察し,イネのメリステムの維持を制御する遺伝的モデルを提案している.

第 4 章では,そのモデルを構成する独立な伝達系の因子を明らかにすることを目的とした研究について述べられている.まず, FON2 に類似した FCP1 遺伝子 に着目し,その機能を解析し,FCP1 がシュート頂と根端のメリステムの維持制御に関わることを明らかにした.また,FON2とFCP1ペプチドの機能分化の原因となる重要なアミノ酸を同定した.

第 5 章では,fon2 変異を抑圧する遺伝子 FOS2 の単離と,その機能の解明の結果について述べられている.FOS2 は花メリステムだけでなく,シュート頂と根端のメリステムも制御していること,FOS2 はジャポニカでは機能を失った変異型であり,栽培イネの中でもメリステムの遺伝的制御は多様化していること,などを明らかにした.

以上,第4章と第5章の研究により,イネのメリステムの維持機構には,FON系に加え,2つの異なるシグナル伝達系が存在することが明らかになった.このように,イネでは複雑な遺伝的機構によりメリステムが維持制御されており,CLV系という単一なシグナル伝達系により地上部のすべてのメリステムが制御されているシロイヌナズナとは対照的である.

以上の4つの各章は,それぞれ,論文提出者が第一著者として印刷公表する,独立した4報の論文(既報2報)に相当している.本研究により得られた知見は,単にイネのみならず,高等植物のメリステム制御の保存性と多様性の解明に貢献するものであり,学術上,極めて高い価値をもつものと考えられる.

なお,本論文第 2 章は,佐藤真琴,芦苅基行,三好正浩,長戸康郎,平野博之氏と,第 3 章は,鳥羽大陽,藤本優,堤伸浩,北野英己,平野博之氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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