学位論文要旨



No 123363
著者(漢字) 仲田,崇志
著者(英字)
著者(カナ) ナカダ,タカシ
標題(和) 分子系統と細胞形態に基づくヤリミドリ属(緑藻綱オオヒゲマワリ目)および近縁鞭毛藻類の属階級の分類学的再検討
標題(洋) Taxonomic re-evaluation of Chlorogonium (Volvocales, Chlorophyceae) and related phytoflagellates based on molecular phylogenetics and subcellular morphology.
報告番号 123363
報告番号 甲23363
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5244号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野崎,久義
 東京大学 教授 田嶋,文生
 東京大学 教授 加藤,雅啓
 東京大学 教授 邑田,仁
 東京大学 准教授 海部,陽介
内容要旨 要旨を表示する

緑藻綱オオヒゲマワリ目(Volvocales, Chlorophyceae)は主に淡水産の鞭毛藻からなり,少なくとも800 種以上を含む多様性の高い群で,研究者によって範囲や分類が大きく異なっている(例:Silva, 1982)。近年の分子系統解析の発展と培養株を用いた微細構造の研究によって種階級の自然分類研究は進展しているが(Nozaki et al., 1998; Nakazawa et al., 2001; Nakada et al., 2007),オオヒゲマワリ目の範囲や種より上位の分類群の多くで分子系統との矛盾が指摘されている(Buchheim et al., 1990, 1996, 1997;Nozaki et al., 2000; Proschold et al., 2001)。特に属は二名法の学名の一部を構成し,種間関係を表現する階級として重要である。しかし鞭毛性オオヒゲマワリ目の属階級の分類研究には,これまで培養株の不在,分子系統との矛盾,識別形質の欠如(微細構造が研究されていない),などの問題があった(例えば Proschold et al., 2001)。本研究ではこれらの問題点を踏まえ,オオヒゲマワリ目における属定義の標準を確立するため,ヤリミドリ属(Chlorogonium)の属階級の分類学的整理を目的とした。ヤリミドリ属は顕著な紡錘形の細胞と「真の横分裂」で定義され(Ettl, 1980, 1983; Nozaki et al., 1998),細胞形態の進化の面からも興味深い。しかしヤリミドリ属では種の分類学的整理が進んでいる一方で多系統性が指摘されており(Nozaki et al., 1998),近縁な紡錘形鞭毛藻類と併せて(以下「ヤリミドリ様藻類」と総称)属階級の分類学的整理が必要である。本研究では,網羅的な系統解析に基づいて,オオヒゲマワリ目内部に複数の系統群を定義し,研究対象であるヤリミドリ様藻類の属する系統群を示した。次に3遺伝子の結合解析に基づいてこの系統群内部の詳細な系統関係を調べ,電子顕微鏡および蛍光顕微鏡などを用いてヤリミドリ様藻類の細胞構造を比較し,系統を反映した識別形質に基づく属階級の分類学的再編を行った。

1. 18S rRNA 遺伝子に基づくオオヒゲマワリ目の網羅的系統解析

これまでオオヒゲマワリ目全体については妥当な系統分類体系が存在せず,研究を始めるに際して内部系統群の客観的定義が必要であった。そこで PhyloCode(Cantino & de Queiroz, 2007)に準拠し,Volvocales を「Volvox carteri を含み Sphaeroplea annulina を含まない最も包括的な単系統群」と再定義した上で(PhyloCode に従った属より高位の分類群名はイタリック表記とした),GenBank の網羅的な BLAST 検索(Altschul et al., 1990)により 1,400 塩基対以上の Volvocales の配列を 449 配列特定し,その系統関係を推定した。Volvocales には強く支持(事後確率 0.95 以上,最尤法ブーツストラップ確率 75% 以上)される 21 系統群と所属不明の 4 配列が認められた(図 1)。また事後確率でのみ支持された2 系統群(Xenovolvoxa,Caudivolvoxa)についても,他の複数遺伝子解析の結果(Buchheim et al., 2002; Nozaki et al., 2003)とよく一致したため,信頼できるものと見なした。これらの系統群は樹形に基づいて PhyloCode に準拠して定義・命名した(図1)。

2. Caudivolvoxa 内部の系統解析とヤリミドリ様藻類の多系統性の検証

ヤリミドリ様藻類は新規株も含めていずれも Caudivolvoxa に属し,多系統群となる可能性が示唆されたため,Caudivolvoxa 内部の系統推定を行った。Caudivolvoxa 全属を含めた解析として 18S rRNA遺伝子の系統解析を行い,さらにヤリミドリ様藻類の多系統性を高い信頼性で示すため,18S rRNA,rbcLおよび psaB 遺伝子の結合系統解析を行った。その結果ヤリミドリ様藻類は高い信頼度で 6 群(A-F 群)に分かれ,A 群は着生性の藻類と,B, C, D 群はいずれも顕著に細胞形態が異なる藻類と,E 群は様々な形態の属(D 群も含む)を含む単系統群と,それぞれ姉妹群となり,F 群は A-E 群のいずれとも姉妹群とならないことが示された(図 2)。

3. Caudivolvoxa に含まれる紡錘形鞭毛藻類系統群の形態的識別

ヤリミドリ様藻類の A-F 群を形態的に識別するため,光学・電子顕微鏡による比較観察を行った。これまでヤリミドリ属の種分類には眼点顆粒の層の数とピレノイドへのチラコイド膜の陥入の有無が重視されていた(図 3-4;Nozaki et al., 1998)。A-F の各系統群内部ではこれらの微細構造は保存的で,A-F群それぞれの間で差が見られた(表 1)。加えて新しい分類形質として,ピレノイドに陥入するチラコイド膜の形態(図 4),ピレノイドのデンプン鞘の形態(図 5),ミトコンドリアの配置(図 6)にも群の間で差が示され,A-F 群が細胞構造において明確に異なることが示された(表 1)。これらの細胞構造はCaudivolvoxa の内部系統をある程度反映していると推測された。一方で従来ヤリミドリ属の特徴とされた「真の横分裂」(Ettl, 1980, 1983; Nozaki et al., 1998)には形質状態が曖昧なものが存在し,属階級の識別形質には不適当であることが示された。ヤリミドリ様藻類 E 群については形態的に 3 型が区別されたが(表 1),2 型は各 1 種よりなり,残りは単系統群に対応していた。

4. 分類学的見直し

本研究の結果,ヤリミドリ様藻類は Caudivolvoxa の中で 6つの系統群(A-F 群)に分かれ(図 2),細胞構造からはいずれも単系統群となる 8 型が認められた(表 1)。各型は互いに区別されるだけでなく,ヤリミドリ様藻類以外の Caudivolvoxa の藻類とも形態的に明らかに区別された。これらの結果を踏まえると,分類群の単系統性を満足させ,同時に各分類群が形態的に明瞭に定義されるためには,これらの 8 型をそれぞれ独立した属に分類する必要があると考えられる。そこで本研究では,ヤリミドリ様藻類をヤリミドリ属(Chlorogonium;新定義)および 7 新属(Tabris,Gungnir,Hamakko,Rusalka,Leucogonium,Niesia,Fusichlamys)へと再整理し,必要な分類学的変更を提唱した(図 2,表 1)

考察

Caudivolvoxa には複数の多系統分類群が含まれていたが,本研究においてヤリミドリ様藻類の整理がなされたことにより,Caudivolvoxa のほとんどの遊泳性藻類が単系統の属へと整理された。18S rRNA遺伝子の系統樹上で単系統群とならなかったシオヒゲムシ属(Dunaliella),アカヒゲムシ属(Haematococcus),コナミドリムシ属(Chlamydomonas),Chloromonas のうち,シオヒゲムシ属については系統群の間の形態的差異(ピレノイドの配置)が指摘されており(Melkonian & Preisig, 1984),アカヒゲムシ属については本研究でヤリミドリ様藻類の識別形質に用いたピレノイドのデンプン鞘の形質によって各系統群が区別される可能性が示唆されている(仲田, 未発表)。従ってヤリミドリ様藻類以外の Volvocales 藻類においても,細胞構造の差異に着目し,その組み合わせによって属を再定義することで分子系統によって多系統であることが示されている伝統的な属を再整理できるものと期待される。Volvocales にはヤリミドリ様藻類以外にも,多数の多系統属が含まれており,特に伝統的にコナミドリムシ属に分類されてきた種は 10 を超える系統群に分かれている。今後はこのような鞭毛藻や,着生性,不動性の藻類についても微細構造の研究を含んだ詳細な形態学的研究を進めていくことにより,Volvocales 全体を自然な分類群へと再整理していくことが必要である。

Altschul, S. F. et al., J. Mol. Biol. 215, 403 (1990).Buchheim, M. A. et al., J. Phycol. 26, 689 (1990).Buchheim, M. A. et al., Mol. Phylogenet. Evol. 5, 391 (1996).Buchheim, M. A. et al., J. Phycol. 33, 1024 (1997).Buchheim, M. A. et al., J. Phycol. 38, 376 (2002).Cantino, P. D. & de Queiroz, K., PhyloCoed: InternationalCode of Phylogenetic Nomenclature, Version 4b. (2007).Ettl, H., Nova Hedwigia 33, 709 (1980).Ettl, H., in Subwasserflora von Mitteleuropa, H. Ettl et al.,Eds. (Gustav Fischer, Stuttgart, 1983), vol. 9, pp. 1-807.Melkonian, M. & Preisig, H. R., Pl. Syst. Evol. 146, 31 (1984).Nakada, T. et al., J. Phycol. 43, 397 (2007).Nakazawa, A. et al., Eur. J. Phycol. 36, 113 (2001).Nozaki, H. et al., J. Phycol. 34, 1024 (1998).Nozaki, H. et al., Mol. Phylogenet. Evol. 17, 256 (2000).Nozaki, H. et al., Mol. Phylogenet. Evol. 29, 58 (2003).Proschold, T. et al., Protist 152, 265 (2001).Silva, P. C. in Synopsis and Classification of LivingOrganisms, S. P. Parker, Ed. (McGraw-Hill, New York,1982), vol. 1, pp. 133-161.

図 1:18S rRNA 遺伝子(1,856 塩基対)に基づくVolvocales の網羅的系統樹。449 配列を代表する 317OTU の系統樹を基に作成。ベイズ法 100 万世代。事後確率 0.95 以上かつ最尤法のブーツストラップ確率(1,000 回)75% 以上で支持された系統群を三角形で表示。本研究で主に扱う Caudivolvoxa は赤字で強調。

図 2:18S rRNA, rbcL,psaB 遺伝子の結合解析に基づく Caudivolvoxa の系統樹。rbcL,psaB 遺伝子の第 3 コドンを除く3,392 塩基対を使用。ベイズ法 100 万世代。外群は固定。事後確率(左上),最尤法(右上),最節約法(左下),近隣結合法(右下)のブーツストラップ確率(最尤法のみ100 回,ほか1000 回)を各枝に示した。ヤリミドリ様藻類の各系統群(A-F 群)を示している。

図 3:眼点の微細構造。a:顆粒1 層(Chlorogonium elongatum:E群)。b:3 層(Chlorogonium-likestrain NIES-1849:B 群)。スケールは 0.5 μm。

図 4:ピレノイドの微細構造。a:管状チラコイド膜(矢印は断面)の陥入(Chlorogonium elongatum:E 群)。b:扁平チラコイド膜(矢印)の陥入(Chlorogonium-like strainKzCl-4-1:C 群)。円形の断面が見られないことに注意。c:チラコイド膜の陥入なし(C. kasakii:B 群)。スケールは 1μm。

図 5:ピレノイドのデンプン鞘の構造(上:表面観。下:模式図)。a:一体型(Chlorogonium fusiforme:D 群)。b:分割型(C. elongatum:E 群)。スケールは 3 μm。

図 6:ミトコンドリアの 2 型。上段:微分干渉顕微鏡像。下段:MitoTracker Green 蛍光像。A, C, E, G:表面観。B, D, F, H:断面観。A-D:表層網目型。細胞質表層に局在し,網目状に原形質を覆う(Chlorogonium heimii:A 群)。E-H:細胞質内部陥入型。細胞表層を覆うことはあまりなく,しばしば細胞質内部の色素体と核の間を通る(矢印;C. kasakii:B 群)。スケールは 10 μm。

表 1:ヤリミドリ様藻類の各系統群(図 2 における A-F)の識別形質と属階級の新分類体系。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は、イントロダクションであり、第2章は18S rRNA遺伝子に基づくオオヒゲマワリ目の網羅的系統解析、第3章は前章で系統的に定義した系統群Caudivolvoxa内部の系統解析とヤリミドリ様藻類の多系統性の検証、第4章はCaudivolvoxaに含まれるヤリミドリ様藻類各系統群の形態的識別、第5章は分類学的見直し、第6章は総合的な議論について、またAppendixとしてヤリミドリ属(Chlorogonium)の種階級の分類学的再検討について述べられている。

緑藻綱オオヒゲマワリ目(Volvocales,Chlorophyceae)は主に淡水産の鞭毛藻からなり、少なくとも800種以上を含む多様性の高い群で、研究者によって範囲や分類が大きく異なっている。近年の分子系統解析の発展と培養株を用いた微細構造の研究によって種階級の自然分類研究は進展しているが(Nozaki et al.,1998;Nakazawa et al.,2001;Nakada et al.,2007)、オオヒゲマワリ目の範囲や種より上位の分類群の多くで分子系統との矛盾が指摘されている(Buchheim et al.,1990,1996,1997;Nozaki et al.,2000;Proschold et al.,2001)。特に属は二名法の学名の一部を構成し、種間関係を表現する階級として重要である。しかし鞭毛性オオヒゲマワリ目の属階級の分類研究には、これまで培養株の不在、分子系統との矛盾、微細構造が研究されていない、などの問題があり、多系統の可能性のある多くの属が再分類されないまま残されていた。本研究ではこれらの問題点を踏まえ、オオヒゲマワリ目における属定義の標準を確立するため、ヤリミドリ属の属階級の分類学的整理を目的として実施された。ヤリミドリ属は顕著な紡錘形の細胞と「真の横分裂」で定義され(Ettl,1980,1983;Nozaki et al.,1998)、細胞形態の進化の面からも興味深い。しかしヤリミドリ属では種の分類学的整理が進んでいる一方で多系統性が指摘されており(Nozaki et a1.,1998)、近縁な紡錘形鞭毛藻類と併せて(以下「ヤリミドリ様藻類」と総称)属階級の分類学的整理が必要であった。本研究では、網羅的に集めた塩基配列情報の系統解析に基づいて、オオヒゲマワリ目内部に複数の系統群を定義し、研究対象であるヤリミドリ様藻類の属する系統群を示した。次に3遺伝子の結合解析に基づいてこの系統群内部の詳細な系統関係を調べ、電子顕微鏡および蛍光顕微鏡などを用いてヤリミドリ様藻類の細胞構造を比較し、系統を反映した識別形質に基づく属階級の分類学的再編を行った。

第2章ではGenBankの網羅的なBLAST検索により1,400塩基対以上のオオヒゲマワリ目の18S rRNA配列を449配列特定し、系統解析から23系統群を明らかにした。これらの系統群は樹形に基づいてPhyloCodeに準拠して定義・命名した。第3章では、前章で定義し、ヤリミドリ様藻類がすべて含まれるCaudivolvoxa雌系統群内部の系統推定を行った。安定した分類群の確立のための信頼度の高い系統推定を行うために18S rRNA、rbcLおよびpsaB遺伝子の結合系統解析を行った。その結果ヤリミドリ様藻類は高い信頼度で支持された6群(A-F群)に分割された。第4章ではヤリミドリ様藻類のA-F群を形態的に識別するため、光学・電子顕微鏡による比較観察を行い、ピレノイドに陥入するチラコイド膜の形態、ピレノイドのデンプン鞘の形態、ミトコンドリアの配置に群間で基本的な差が示され、新しい属階級の分類形質となる可能性が示唆された。第5章では、以上の結果を踏まえた分類学的な属階級の再編成で、ヤリミドリ様藻類をヤリミドリ属(Chlorogonium;新定義)および7新属(Tabris、Gungnir、Hamakko、Rusalka、Leucogonium、Niesia、Fusichlamys)へと再分類した。

以上のように論文提出者は本論文において、これまで植物分類学では用いられていなかった系統解析結果の樹形に基づくオオヒゲマワリ目の客観的な分割を実施し、研究対象を定めた上で細胞内の微細形態と分子系統を組み合わせ、新規分類形質と単系統性で属を再編成した極めてオリジナリティーの高い分類学的研究を実施した。

なお、本論文第3章の一部は野崎久義・Thomas Proschold、第4章と5章の一部は野崎久義・中沢敦、Appendixは野崎久義との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観察及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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