No | 123365 | |
著者(漢字) | 畑本,憲志 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハタモト,ケンジ | |
標題(和) | ゼブラフィッシュ黒色素胞の反応制御機構に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the mechanism regulating the responses of zebrafish melanophores | |
報告番号 | 123365 | |
報告番号 | 甲23365 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5246号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 魚類における体色変化は重要な生理学的反応の1つである.体色変化は,視覚情報が中枢神経系により処理された後,ホルモン・神経系を介して色素胞の挙動を調節する結果起こる反応である(Fujii,2000).色素顆粒を持つ色素胞の反応において,顆粒の凝集は,色素顆粒がダイニンの働きにより放射状に伸びた微小管上を移動して細胞の中心に集められる反応で,この結果色素顆粒の分布面積が小さくなり体色が明るくなる.一方拡散は,微小管上を移動するキネシン,微小管間に存在するアクチンフィラメント上を移動するミオシンVにより色素顆粒が細胞内に一様に分布する反応で,この時体色は暗くなる(Fuji,1975;Rodionov et al.,2003).凝集・拡散時におけるモータータンパク質の活性の切り替えは,主にcAMP濃度により制御されている(Rodionov et al,2003).近年,ゼブラフィッシュにおいて学習や記憶に関する報告に加え,視覚認識に関する報告がなされている(Engeszer et al,2004).視覚情報を介した体色変化において,背景からの外部刺激に対して常に一定の反応が誘導されるのではなく,学習や情報の統合と関連した複雑な制御が組み込まれ反応が制御されている可能性が考えられる.従って,体色変化の統合的制御を明らかにするには生体レベルの制御と細胞レベルの色素胞の反応との関係に着目することが重要である. 本研究では魚類体色変化における黒色素胞の反応制御機構を明らかにすることを目指した.第1部では,生体での体色変化の制御における背景色という外部刺激の役割について,新しい実験系を用いて検討した.この結果,生体における周期的背景変化訓練により誘起された体色変化は視覚情報を介した,凝集と拡散反応の時間と空間の2要素が変化する現象であることを見出した.第2部では拡散と凝集における細胞内の制御について特にこの2要素に着目し,細胞における反応の特性について検討を行った. 材料と方法 1.生体における体色変化の解析. ゼブラフィッシュの突然変異体1leopardを用いた.この突然変異体では,野生型の縞模様がスポットにより構成されている.虹色素胞のスポット上には野生型に比べ密度の低い黒色素胞がスポットあたり10-30個載っている.実験群は,2日周期で白と黒の背景色の水槽を入れ替えて飼育した.体表の黒色素胞の記録は,実体顕微鏡下で水槽と同じ色のシート上でデジタルカメラを用いて行った.その後反対の色のシート上で黒色素胞の記録を行い,魚を最後に撮影したシートと同色の水槽に戻した. 2.黒色素胞の反応の解析. ウロコを摘出し,この上に存在する黒色素胞を微分干渉顕微鏡を用いて観察した.凝集の誘導には10-5Mノルエピネフリン(NE,cAMP濃度を下げる),拡散の誘導には10-5M yohimbine(cAMP濃度を上げる)を用いた.微小管の脱重合には,10μg/mlnocodazole(4℃,1時間処理),アクチンフィラメントの脱重合には5μM latrunculin B(室温,1時間処理),アクチンフィラメントの安定化には0.5 μM jasplakinohde(1時間処理),ダイニンのATPase活性の阻害にはerythro-9-(2-hydroxy-3-nonyl)adenhle(EHNA,45分処理)を用いた. 結果と考察 第1部.周期的背景変化訓練による黒色素胞の背景色に対する反応性の増強 1-A.白・黒背景変化訓練回数の影響 白または黒背景色水槽で2日間飼育した魚の黒色素胞は図laに示すような反応を示した.虹色素胞からなるスポットの面積は飼育中変化しなかったのでこの面積に占める黒色素胞の黒くなった面積の割合をMelanophore index(MI,図1b)として求め,反応の指標とした. 背景訓練前の背側黒色素胞のMIは0.1-0.28であったが,5-6周期の訓練後に,黒背景適応後0.5-0.9程度(最大に近い拡散状態)にまで増加した.白背景適応後のMIは,1回目の訓練で0.05程度を示し,以後の訓練による変化は小さかった.5匹の皿の変化をそれぞれの魚の実験開始時のMI値(dayO)に対する比としてノーマライズしたところ(図2a),黒背景訓練を重ねるにつれてMIは増大し,5周期目(20日頃)に最も変化が大きくなり,実験開始時の2-6倍の拡散が確認された.一方,白背景訓練時は最初の白背景訓練直後に最大に近い凝集が確認された. 1-B.背景変化直後の速い反応 2日周期背景変化訓練では,訓練に応じた拡散反応の増大が観察されたが,凝集では変化が見られなかった.そこで,顕微鏡下で背景変化直後の300秒以内に起こる反応に注目した.その結果,黒背景適応後に白色へ背景を変化させると,2つの変化が起こることがわかった. 1)MIの減少量の変化:訓練開始から30日目までMIの減少量(凝集面積)は訓練回数に応じて増加した. 2)MIの減少速度の変化:訓練開始初期段階(0-6日目)ではMIの減少(凝集)は遅かったが,訓練開始から20日目までMIの減少速度は上がっていった.8-32日目ではMIの減少は2相性になり背景変化直後に速いMIの減少が起きた(図2b,c)。40日以降ではMIの減少は再びゆっくりとなった(図2c).この結果から,ゼブラフィッシュは背景色に応じた黒色素胞の変化を示すこと,背景変化訓練により黒色素胞は凝集・拡散において異なる反応を示すことが明らかとなった. 1-C.視覚情報による色素胞の制御 訓練によるMIの速い減少(凝集)には,MIが高いレベルにあること(より拡散していること)が重要なのではなく,背景変化訓練が必要であった.このことから,上記の反応は中枢神経系を介した学習効果を伴う反応であると考えられる。そこで,視覚情報による背景認識を伴っていることを確認する実験を行ったところ,速い凝集には視覚情報が必須であることを支持する結果が得られた. 背景変化訓練により,凝集では面積変化速度の上昇(時間的変化),拡散では拡散面積の広がり(空間的変化)が確認された.面積変化から試算した顆粒の移動速度はダイニンやキネシンの速度範囲(0.5-1.5μmls)にほぼ当てはまり,凝集と拡散の顆粒移動速度に大きな差は見られなかった.面積変化時におこる停止状態の頻度が凝集・拡散の空間的・時間的差異に影響している可能性が高い.以上の結果は,凝集・拡散は,学習により調節される神経系の制御を強く受けた反応であることを示す.この制御をより深く理解するため,第2部では個々の黒色素胞における凝集と拡散のより詳しい特性の解析を行った. 第2部.黒色素胞における両方向性の顆粒輸送の制御 生体で体表の色素胞の挙動を精確に調べることは技術的に困難であったため,ウロコ上に存在する黒色素胞における反応を,特に時間的変化と空間的変化に注目して解析した.凝集には平均35.6秒,拡散には平均435.1秒が必要であった.また,凝集では面積が徐々に減少するが(AlrA4),拡散では顆粒が中心に集まったまま一部が周囲に分布し(D4),中心部分の顆粒が減少(D5)した後,周辺から戻ってきて一様となる(D6)という変化が見られた(図3). 細胞骨格の役割を阻害剤を用いて検討したところ,nocodazole処理は凝集をほぼ完全に阻害し,拡散は誘導されたが遅く一様な変化となった(図4).Laもruncuhn処理後,凝集ではA1で観察された一様な顆粒分布が阻害されたが,凝集は完了した.拡散はD1-D4の段階に見られる細胞辺縁への顆粒輸送で終わり,D4-D6の一様な顆粒分布は阻害された.D4とD5に相当する反応はlatruncuhn処理後の拡散において観察されなくなった.Jasplakmohdeによりアクチンフィラメントを安定化したところ,細胞の中心部に黒色素顆粒が残る様子が観察された. 凝集と拡散において,微小管に依存した動きと考えられるA1盛4とD1-D4の細胞辺縁へ顆粒が輸送された時間には有意差があった.しかし,1atrunculin処理後のAL1-AL4,DL1-DL4との間に有意差は認められなかった.したがって,微小管依存性が高いと考えられる運動においてもアクチンフィラメント上を移動するミオシンとの協調的な制御の存在が考えられる.また,D1-D4の区間において顆粒が凝集よりも頻繁にプラス端,マイナス端方向への往復運動を行っていた.そこで,唯一のマイナス端モーターであるダイニンの働きを,EHNAを用いて阻害することでモータータンパク質の協調性の可能性と役割を検討した.2.0血MEHNA処理後,顆粒移動は起こらなかったが,拡散状態の細胞では中心の顆粒が周辺部へと移動した.また1.0mMEHNAでは顆粒が一様な分布のまま拡散が進行しただけでなく,速度は凝集時も拡散時も低下した(図4).以上の結果は,凝集・拡散時の主な輸送は微小管に依存し,細胞中心部の顆粒保持にはアクチン依存性の制御とダイニンによる制御か関わっていること,拡散においてもダイニンが効率的な顆粒輸送に関与していること,3種類のモータータンパク質は協調的に働いていることを示唆する. [結論] 黒色素胞の反応は,生体において視覚情報からの中枢神経を介した学習効果により,凝集時は速度,拡散時は空間的分布の調節を介した制御を受けていることが示された.細胞レベルでは3種類のモータータンパク質の機能の連携により,多様な凝集・拡散の時間的・空間的パターンを作り出すように制御されていることが示された.第1部で観察された生体での反応の特徴は,第2部で観察されたモータータンパク質の協調性とも深く関わると考えられる. 図1体色変化の例と定量的測定方法. 図2.2日周期背景変化訓練の影響. 図3黒色素胞における凝集パターン(a)と拡散パターン(b). 図4阻害剤を用いたときの(a)凝集に要した時間,(b)拡散に要した時間. | |
審査要旨 | 本論文は、目次(Contents)、謝辞(Acknowledgements)、概括序章(General Introduction)、第1部:「要旨(Abstract)、序章(Introduction)、方法(Materials and Methods)、結果と考察(Results and Discussion)、図の説明と図(Legends and Figures)」、第2部:「要旨(Abstract)、序章(Introduction)、方法(Materials and Methods)、結果(Results)、考察(Discussion)、図の説明と図(Legends and Figures)」、及び全体の考察(General Discussion)、参考文献(References)から構成されている。 色素胞は、魚類や両生類に見られる体色変化をになう独特の細胞であり、この細胞のうち細胞内に色素顆粒を持つ種類では、顆粒の凝集と拡散により体色の明暗が変化することが知られている。これは短時間に起こる反応で、生理的体色変化と呼ばれ、視覚情報が脳内で処理された後、神経やホルモン系による制御を介して、色素胞内の顆粒移動を制御すると考えられている。しかし、その制御機構の全容は明らかにされていない 本論文は、魚類体色変化を担う黒色素胞の反応の制御機構を明らかにすることを目指し、生体における体色変化の制御における背景色訓練による学習効果の検討、および細胞における顆粒の拡散と凝集の時空間制御の特性の検討、という2つの側面から実験を行った。生体における体色変化の特性についてはこれまでに盛んに研究が行われているが、定量的解析は容易ではない。本論文では手法上の困難を克服し成果を得ている。第1部では、ゼブラフィッシュ生体を用い、1-2ヶ月にわたって同一個体で反応の連続解析を行った。黒白背景色を入れ替えながら飼育するという独創的な手法により、背景色を用いて色素胞の拡散状態と凝集状態を安定して誘導することが可能となった。さらに、背景色訓練が色素胞の反応を強める条件を見いだしたことにより、拡散と凝集を制御する要因を明らかにすることができた。その結果、拡散においては顆粒分布面積をより拡大するという空間的反応の増強、凝集においては凝集速度の増大という時間変化が誘導されることが明らかにされた。さらに、これらの反応が視覚を介して起こることを独創的な手法で定量的に示したことも高く評価できる。 第2部では、いくつかの膜透過性で効果を持つ細胞骨格等の阻害剤を用いて、ゼブラフィッシュの鱗の黒色素胞における拡散と凝集の変化を解析し、顆粒移動の機構について考察した。第2部の特徴の一つは、解析の際、第1部で得られた空間的変化と時間的変化に着目した点である。ゼブラフィッシュでは、顆粒移動はcAMP に依存した制御が主であることを確認したので、それぞれcAMP濃度の減少と増大を誘導するnorepinephrineとyohimbineにより凝集と拡散を誘導し、その特性を解析した。その結果、凝集は顆粒分布域が円形を保ったまま徐々にその面積が減少する速い反応であるのに対し、拡散では、一様な円形拡散から一部の顆粒の周辺部への拡散、という速い反応の後、中心に残された顆粒の周辺部への拡散、周辺部から中心方向への顆粒の逆方向移動、を経て細胞全体の一様な拡散に至る、という複雑な過程を経たゆっくりした顆粒移動が起こることが明らかとなった。拡散初期の過程で見られた速い反応は、第1部で背景変化訓練後の生体の細胞でも白から黒への背景変化により誘導されることが確認できたので、これは生理的反応と対応していると推測される。Latrunculin, jasplakinolide, nocodazoleを用いて、アクチンフィラメントの重合阻害や安定化、微小管の阻害を行った。その結果、凝集・拡散ともに速い移動は微小管に依存し、中心部分での顆粒保持や一様な顆粒分布にアクチン系が重要であることがわかった。また、ダイニンの活性阻害剤としても効果のあるEHNA処理により、微小管上のキネシンによる周辺への速い顆粒移動が見られなくなる等の変化が誘導された。EHNAがアクチンに影響を与える可能性を考慮する必要はあるが、実験結果は、ダイニンが凝集のみならず、拡散においても重要である可能性を示唆するものであり、複数のモータータンパク質の寄与について重要な情報を提供している。生体における反応と今回観察した細胞レベルの特性との関連は、今後の課題であるが、本研究により追求すべき方向が明確となった。 以上のように、本論文の成果は、黒色素胞の反応制御機構解明に向けて多くの示唆に富む知見を示したものである。 なお、本論文の一部については、真行寺千佳子と共同で行ったものであるが、論文提出者が主体となって実験・解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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