No | 123368 | |
著者(漢字) | 平木,まどか | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒラキ,マドカ | |
標題(和) | 中心子構築におけるBld10蛋白質の機能 | |
標題(洋) | Studies on the function of Bld10p in centriole assembly | |
報告番号 | 123368 | |
報告番号 | 甲23368 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5249号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 中心子は9本の3連微小管が回転対称に並んだ円筒形のオルガネラで、原生生物から哺乳類まで多くの生物に広く存在する。新しい中心子が細胞分裂に先立って形成される際には、既存の中心子の側面に直交する形で形成され、しかもこの「複製」は細胞周期に1度だけ起こるように調節されている。この不思議な性質から、中心子は古くから多くの研究者の注目を集めてきた。中心子は微小管重合活性をもつマトリックスとともに中心体を構成し、紡錘体の形成など働く。また、細胞膜直下に移動して鞭毛・繊毛の形成基部としても機能する。このとき、軸糸の2連微小管は中心子の3連微小管を鋳型として形成される。従って、真核生物の軸糸に普遍的な、9+2または9+0とよばれる構造は、中心子によって規定されている。中心子の9回対称性は繊毛・鞭毛をもつ真核生物のほとんどすべてに厳密に保存されているが、この特徴的な構造がどのようにして構築されるかについてはほとんど何もわかっていない。 クラミドモナスは2本の鞭毛をもつ単細胞緑藻で、遺伝学的解析に適したモデル生物である。その中心子は、間期には鞭毛の基部に存在するが、分裂期には紡錘体の極として機能するなど、動物細胞の中心子と相同な機能を持つ。また中心子の構造も哺乳動物など、一般的なものとほぼ同一である。そこで我々の研究室の松浦らは、中心子構築の分子メカニズムを遺伝学的に解明することを目指し、中心子に異常を持つクラミドモナス突然変異株の単離を試みた。その結果、鞭毛を欠失した突然変異株のなから、中心子を完全に欠失した変異株bld10を単離することに成功した。この変異株は中心子の欠失により分裂に異常を示すが、致死ではない。遺伝子解析の結果、bld10はほぼ全長にわたってコイルド・コイル構造をとると予想される、分子量170 kDaの蛋白質Bld10p のnull変異株であることがわかった。また、この蛋白質は哺乳類で同定された機能未知の中心体蛋白質、Cep135に相同なものであった。興味深いことに、Bld10pは中心子の内腔にあるcartwheelとよばれる放射状構造に局在する。Cartwheelは、中央のhubと放射状に並ぶ9本のspokeからなる構造で、中心子構築過程で最初に現れる9回対称性構造であることから、中心子微小管の形成の足場として働くのではないかと想像されている。しかしこれを否定する説もあって、実際の機能はわかっていない。 bld10変異株は中心子を完全に欠失するため、Bld10pは中心子形成に必須な蛋白質である。しかし中心子形成過程で、cartwheelにおいてどのように機能するかはわかっていない。そこで、本研究では、Bld10pの中心子構築における機能を解明するため、Bld10pの生化学的な性状とBld10p配列の部分的な欠失が中心子形成に及ぼす影響を検討した。それぞれの検討結果を第一部と第二部で述べる。 第一部 Bld10pのアミノ酸配列をPairCoilというプログラムで解析すると、全長にわたってコイルド・コイルを形成する可能性が高いと予測される。また、MultiCoilという別のプログラムを用いると、コイルド・コイルを介して二量体を形成する可能性が高いことがわかる。しかし、Bld10pが実際に二量体を形成するかどうか、また、形成するとすれば分子の向きはどのようになっているか、さらに、二量体が重合してより大きな複合体を形成するかどうかはわからない。そこで組み換えBld10pを用いた架橋実験と、中心子の架橋実験を行った。まず、解析に十分な量のBld10pを得るために、BLD10の全長cDNAをクローニングし、組換え蛋白質を大腸菌で発現させ、精製した。化学架橋剤BMHで組換えBld10pを処理したところ、見かけの分子量が二量体に相当する架橋産物が得られた。一方、細胞から単離した鞭毛・中心子の複合体(Nucleoflagellar apparatus, NFAp)に対してもBMHで処理し、抗Bld10p抗体を用いたイムノブロットで架橋産物を検出した結果、二量体に相当する架橋産物が得られた。これを質量分析で解析したところ、Bld10pだけが検出されたことから、Bld10pは中心子内でも二量体を形成すると考えられる。 次に、二量体において、ペプチド鎖がN末端とC末端がそろったparallelな対合をするのか、そろわないanti-parallelな対合をするのかを検討した。Bld10pのN末端またはC末端を欠失したものを発現した株からNFApを単離して架橋剤で処理した結果から、Bld10pの二量体は両端をそろえたparallelな構造をとっていることが示唆された。 最後に、二量体を形成したBld10pがさらに重合して多量体を形成する可能性を検討するため、組み換えBld10pをゲルろ過クロマトグラフィーで分析したところ、分子量およそ2,300 kDa(14量体)に相当する位置に溶出された。また、Blue native polyacrylamide electrophoresis (BN-PAGE)で非変性状態での分子量を検討した結果、四量体から六量体に相当する1本のバンドが検出された。以上の結果から、Bld10pはparallelな二量体を形成した後に、多量体へと重合する可能性が示唆された。 中心子には多くのコイルド・コイル蛋白質が含まれるが、それらがどのように集合して中心子構造を構築するかは不明である。本研究は、Bld10pがどのようにcartwheelを構成し、機能するかを知る上で興味深い知見となった。 第二部 松浦らが単離したbld10変異株は、null alleleで、中心子を完全に欠失する。中心子形成におけるBld10pの機能を探るには、異常を持った中心子が形成されるような新しいalleleを得る必要がある。そこで、Bld10pの配列をさまざまに欠失させた10種類の配列をbld10(BLD10のnull変異株)に発現させた。全長cDNAを発現させると鞭毛形成能はほぼ野生型と同程度に回復するが、部分配列を発現させた場合は、様々な程度の回復を示す。意外なことに、N末44%またはC末23%を欠失させても、高率で鞭毛が形成され、電子顕微鏡で観察した中心子構造も正常であった。このことから、Bld10pのこれらの部分はその機能にとって必要ではないことが明らかになった。ところが、それらより少しだけ欠失範囲を拡大して、N末54%またはC末35%を欠失させると、ごく一部の細胞しか鞭毛を形成できなくなった。そこでこれらの株の中心子を電子顕微鏡で詳細に観察した結果、主に以下の4つの異常が観察された。1) 中心子微小管が本来の位置からずれて存在するか、一部の微小管が消失する 2) 中心子のトリプレット微小管とcartwheel spokeの先端の結合が離れやすくなる 3) Cartwheel spoke長が野生型にくらべて短くなる 4) Cartwheel spoke先端部が野生型に比べて細くなる。 特に注目すべき点は、C末を35%欠失した細胞では、8本の3連微小管が環状に配置した、直径の小さな異常な中心子がしばしば観察されることであるが、この細胞のcartwheel spokeの長さは、野生型の約76%にまで短くなっていた。従って、この株で8回対称性の中心子が多く形成されるのは、cartwheel の円周が小さくなったため、そこに3連微小管が9本配置することができないためであると推察される。また、cartwheel spoke先端部の形態異常から、Bld10pがspoke先端部のふくらみ(pinhead)を構成する蛋白質ではないかと考え、Bld10p配列の異なる部分を認識する2種類の抗体を用いた免疫電子顕微鏡法を行ったところ、いずれの抗体を用いてもspokeの先端側に偏って局在するという結果が得られた。以上の結果から、Bld10pはcartwheel spokeの先端を構成し、cartwheelの直径を適正に維持するとともに、3連微小管をcartwheelに結合させる働きがある結論される。また、cartwheel spokeが短くなると8回対称性の中心子が形成されるのは、cartwheelが中心子微小管の配列のための足場となっているためだと考えられる。本研究は、中心子の9回対称性構築にcartwheelが重要な働きをしていることをはじめて実験的に示したものである。 以上の結果から、Bld10pはそれ自身で複合体を形成してcartwheel spokeの先端を構成し、cartwheelと3連微小管の結合に関与することが明らかになった。これまでも線虫などで、中心子の構築に関与する蛋白質はいくつか同定されている。しかし、それらの研究はいずれも蛋白質の発現を抑制すると中心子が形成されなくなる、というだけで、どのように機能するかについては明らかにしていない。本研究は、Bld10pの中心子形成における機能を解明し、中心子の9回対称性構造構築のメカニズムの一端を初めて明らかにしたと言える。 | |
審査要旨 | 本論文は、特徴的な構造のオルガネラ、中心子の構築におけるBld10蛋白質の機能を解析した結果をまとめたものである。全2部からなり、第1部ではBldl(蛋白質の生化学的な解析の結果について、第2部では、蛋白質配列の部分欠損が中心子構造に及ぼす影響を調べた結果について述べている。 中心子は真核生物に広く存在するオルガネラで、9本の3連微小管が回転対称に配置した特徴的な構造をもつ。この9回対称性はほとんどすべての中心子に共通するものだが、これがどのようにして構築されるかはわかっていなかった。2004年に松浦らは、中心子を完全に欠失したクラミドモナス変異株わ1410を単離し、その変異遺伝子産物(Bld10蛋白質)が中心子の内腔にあるカートホイールという、中心子構築過程で最初に現れる9回対称性構造に局在することを明らかにした。 論文著者は、BldlO蛋白質の中心子構築における機能を解明することを目的に研究を行った。 第1部では、生化学的な手法を用いてBld10蛋白質の自己会合性について解析した結果が示されている。この蛋白質は分子量約170kで、全長がコイルドコイルをとると予測される新規の蛋白質である。論文著者は、組換えBld10蛋白質や単離した中心子に対する化学架橋処理を行い、得られた架橋産物の分子量からBldlO蛋白質は試験管内で2量体を形成する性質があり、中心子内においても実際に2量体として存在することを明らかにした。さらに、その2量体におけるモノマーの対合様式がparallelなのかantiparallelなのかを検討するため、N末端またはC末端を欠損したBld10蛋白質を発現した細胞から中心子を単離し、それを化学架橋した。架橋可能なアミノ酸残基はN末端またはC末端に偏って存在するが、いずれを欠失しても架橋産物が得られたことから、この蛋白質は中心子内にparallel dimerとして存在すると結論した。さらに、組換えBld10蛋白質のゲルろ過クロマト グラフィーおよび非変性条件下の電気泳動解析を行い、2量体がざらに会合した多量体を形成する可能性も示した。BldlO蛋白質のもつこれらの性質はこれまで全く知られていなかったものであり、この蛋白質の中心子構築における機能を探る上で基礎的なデーターとなるものである。 第2部では、遺伝子改変技術を用いてBld10蛋白質の中心子構築における機能解析を行った結果が述べられている。論文著者は、N末端またはC末端を欠損した様々な長さのBLD10cDNAを作製し、それらを変異株わZ410に導入して発現させた。N末44%またはC末23%を欠失させても中心子構造は正常であったため、これらの末端部位はBld10蛋白質の機能には必要ないことが明らかとなった。しかしそれ以上欠失させるとカートホイールのスポーク先端部が細くなって、スポーク長が短くなるといった異常が生じることがわかった。このような直径が小さいカートホイールができると、その円周上に微小管が9本配置することができなくなって、8本の3連微小管からなる中心子がしばしば観察されるようになった。 この結果は、カートホイールが中心子微小管の形成の足場として働くことを示している。BldlO蛋白質がスポーク先端に局在するという免疫電子顕微鏡観察の結果とあわせ、論文著者はBld10蛋白質がスポーク先端部を構成し、カートホイールの直径を適正に維持するとともに、3連微小管をカートホイールに結合させる機能をもっと結論した。この結果は、BldlO蛋白質の機能を明らかにするとともに、中心子の9回対称性構築にカートホイールを基盤とする機構が存在することを初めて示した重要なものである。 なお本論文の第2章は中澤友紀・神谷律・廣野雅文との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を遂行したもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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