学位論文要旨



No 123371
著者(漢字) 岡崎,慎一郎
著者(英字)
著者(カナ) オカザキ,シンイチロウ
標題(和) 微小空隙中の微速透水現象の支配機構とコンクリートの遮蔽性能に関する研究
標題(洋) Mechanism of dead slow permeation in micro pores and evaluation of cover performance of concrete
報告番号 123371
報告番号 甲23371
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6687号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岸,利治
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 准教授 石田,哲也
 東京大学 准教授 鼎信,次郎
内容要旨 要旨を表示する

近年,高・低レベル放射性廃棄物処分場の建設が計画され,万年オーダーの耐久性,及びバリア機能を有する構造物の構築に関して技術的検討が行われている.

これまでの検討においては,コンクリートには構造体としての耐久性が求められる一方,止水性などのバリア機能は期待されていない.これは,コンクリートはひび割れを生じたり,溶脱により組織の溶解を生じる可能性があると考えられているためである.しかし,本来ひび割れを有しない,あるいはたとえひび割れを有したとしてもそれが微細ひび割れ程度のものであれば,コンクリートは極めて止水性が高い材料であると考えられ,その本来の性能が正当に評価されていないことは設計の合理性の観点から検討の余地があると思われる.

このような背景から,コンクリート中の透水現象に関して,超長期にわたる水分移動を評価するための検討が行われている.大型試験体における加圧浸透試験では,5.5年経過時において液状水の漏水が健全部ならびに打継部においても見られなかった.また試験終了後,側壁外側かぶり部からコアを採取,割裂したところ,外側かぶり部から採取したコアの浸潤線は表面からわずか5cm程度で停止していることが判明した.また,採取コアの浸潤部の境界は不鮮明になっていることから,液状水はその位置でほぼ停止し,浸潤フロントにおいては水蒸気拡散による影響が卓越していること示唆している.これに対し,現行の熱力学連成水分移動解析においては水分移動量を過大評価し,さらに液状水の停止現象の再現には至らなかった.

これらの知見は,コンクリート中の透水に対してダルシー則を適用し,見かけの透水係数を用いて評価を行う既往の一般的な透水モデルの限界,さらには始動動水勾配の存在を示唆していると考えられた.そこで,本研究ではコンクリート中の微速透水現象における動水勾配依存性(非ダルシー性),及び始動動水勾配の存在に着目し,その支配メカニズムを明らかにすることを目的として,アウトプット法での段階降圧・昇圧透水試験を行い,得られた知見をもとに,本現象のモデル化および不飽和透水現象の定式化,解析を行った.

本研究では,まず気相の影響を排除した飽和透水試験によって液状水がコンクリート中の透水パス壁面から受ける摩擦機構について検討を行い,コンクリート中の微速透水現象における動水勾配依存性,ならびに始動動水勾配の存在についての検証を行った.試験の結果,同じ動水勾配にもかかわらず降圧時の流量は,圧力を大気圧に戻した後の昇圧時の流量よりも常に透水量に大きい事が確認できた.これは,供試体中には透水性の高いものから低いものまで多くの透水パスが存在し,降圧時は透水性の低いパスの透水が止まると考えられ,降圧時,液状水は動摩擦に停止する停止動水勾配の存在が考えられる.これに対し,再加圧後もそれらパスの幾つかに透水が生じない理由としては,昇圧においては静止摩擦的に作用する始動動水勾配の存在を考えることができる.静止摩擦的に作用する始動動水勾配とは別に,動摩擦的な流動抵抗にも下限動水勾配ないし停止動水勾配とでも称すべき閾値が存在している可能性を示唆するものと捉えている.また,圧力の加減繰返し作用を行った試験では,同一動水勾配下において,昇圧過程における流量は直前の流量を常に下回るといった履歴依存性を確認することができる.これは,降圧過程では前述のとおり,圧力の段階的な降下によって透水性の異なる様々な透水パスのうち透水性の低いものから順次,動摩擦的に停止するのに対して,昇圧過程では,段階的な圧力の上昇によって透水性の高い透水パスから順次,静摩擦的に流動が開始するが,動摩擦力は最大静止摩擦力よりも小さいことから,任意の動水勾配においても降圧過程は常に昇圧過程を上回るといえる.

また透水試験において,時間の経過に伴う透水量の減少,すなわち透水の時間依存性が見られた.これは,液状水の供給によるセメントの未水和分の水和による組織の緻密化,ならびに水酸化カルシウムの溶脱の影響であることが確認された.また,未水和分が残存しない供試体に透水溶液として水酸化カルシウム飽和溶液を用いると,透水に液状水を用いたものに比較して透水量を多く呈し,降圧,昇圧過程で流量の乖離が見られなかったことから,液状水はセメント硬化体壁面の水酸化カルシウムならびにC-S-Hの吸着作用の影響を受けることが直接的に示された.本知見により,壁面の組成が透水量に及ぼす影響は極めて大きく,例えば用いたセメントの種類によって透水挙動が大きく変わりうることが本試験によって示唆された.

続いて飽和透水試験を対象とした微小空隙中の液状水移動モデルの構築を行った.

微小空隙中の液状水の流動に必要な始動動水勾配,ならびに停止に十分な停止動水勾配を,非ニュートン流体で用いられる降伏値の概念を適用した.これにより単管の流路において始動動水勾配が存在する流れ場の再現に至った.また,レオメータによる液状水の粘性挙動の測定によって狭小空隙における粘性の速度依存性ならびに空隙径依存性を確認するに至り,本現象を数学的に記述することによって工学的定式化を行った.なお,本モデルの妥当性は,ひび割れ部における液状水挙動に本特性を適用することによって確認している.最後に,液状水の流路となる空隙構造は,水銀圧入法によって計測された連続空隙分布を採用した.水銀の圧入,減圧による水銀の量は,物質移動特性を支配する連続空隙部分を指していることに他ならないと考えられるからである.以上のモデルを組み合わせることにより,種々の養生を施したセメントペースト供試体ならびにコンクリート供試体の非ダルシー性と流量挙動を適切に表現するに至った.

なお,実験的にその存在が示唆された始動動水勾配,停止動水勾配はナノ-マイクロスケールの空隙における特性であり,実験的な再現は極めて困難である.そこで本研究では分子動力学法を用いて,微小空隙における液状水が有する液状水の降伏値,ならびに粘性の速度依存性の存在の検証を試みた.

分子動力学法とは,系を構成する粒子を質点と見なし,それぞれの位置と速度の時間発展をニュートンの運動方程式に基づいて算出する手法である.相互作用力は,古典的あるいは量子的に原子・分子間ポテンシャルを仮定し,これらの空間勾配によって決定される.水分子の分子ポテンシャルはSPC/Eモデルを適用し,C-S-H壁面はC-S-H自身の分子構造は一意的ではなく不明な点が多いことから,本研究ではシリカ,アルミニウムの化合物である白雲母のポテンシャル関数を用いることとして,コンクリート中の微小空隙を模擬した空間における液状水挙動の観察を行った.

始動動水勾配の静摩擦的挙動の検証は,外力が存在しない状態から段階的に外力を全原子に加えることによって行った.その結果,外力が存在しているにもかかわらず系に存在する分子の外力方向へ移動しないこと,ならびに,ある閾値以上の外力が作用すると方向の全分子平均移動量が,時刻に対して増加することが確認されたことから,その確認に至った.また,停止動水勾配の動摩擦的挙動については,全原子が外力方向への移動を行うに十分な外力を作用させ,その後外力を段階的に減少させることによって検証を行った.その結果,ある値まで外力を減少すると分子が移動しないことから,その確認に至った.

続いて不飽和コンクリートを対象とし,気相の影響を考慮した水分移動解析に着手した.

気相の影響を考慮するために,空間内における質量保存則を液状水と気相に適用した.本保存則に加え,気相と液相の飽和度の和が一定となる拘束条件を導入し,相互作用を考慮した.各相の運動方程式に,液相では本研究で提案する飽和透水モデルを,気相ではダルシー則を適用した.気相は水蒸気と乾燥空気からなり,圧縮性を考慮するために,ボイルの法則を適用した.また気相に含まれる水蒸気量は,空間の水蒸気の分圧勾配を駆動力とする水蒸気拡散ならびに気相の移動に伴う移流によって考慮した.以上の構成則のもと,原子力核廃棄物地下処分場を模擬した大型供試体による液状水の浸潤試験を再現した.その結果,コンクリート構造物の水分移動現象に対し,提案モデルによる不飽和透水モデルを用いて解析的評価を試みた結果,大型供試体に対する実験で得られた液状水の停止現象の再現に至った.ただし,停止状態の再現に至ったものの,浸潤位置は若干過大評価していることが確認された.これは,大型供試体に用いられたコンクリートと,提案する液状水挙動モデルパラメータの設定に用いたコンクリートでセメントの種類が相違しているためであると考えた.そこで,大型供試体に用いられた低熱ポルトランドセメントの透水特性を実験値に対する感度解析によって同定し,得られたパラメータを用いて再び不飽和水分移動解析計算を行ったところ,浸潤位置の精緻な再現に至った.なお,放射性廃棄物処分場の実際の供用状態では,円筒状のコンクリートの内部空間は廃棄物のパッケージならびに充填モルタルによって隙間の無い状態であり,コンクリートの排出側はおよそ封緘状態にあると考えられる.既往の水分移動解析においては乾燥空気の影響を考慮していないために,時間の経過によってコンクリート中の空間が液状水で満たされるといった現実とは異なる結果となるが,本解析においては内部に封入された空気の影響によって液状水が停止することが確認できたことから,コンクリートの有する極めて高い水分の遮蔽性能が計算においても確認することに至った.

審査要旨 要旨を表示する

近年、高・低レベル放射性廃棄物処分場の建設が計画され、万年オーダーの耐久性、及びバリア機能を有する構造物の構築に関して技術的検討が行われている。コンクリートは、ベントナイトと共に、放射性廃棄物処分場の建設に必要不可欠なものであるが、コンクリートには構造体としての耐久性を求めるものの、止水性などのバリア機能は期待されていない。これは、コンクリートにはひび割れが生じたり、溶脱により組織の溶解が生じたりする可能性があると考えられているためである。しかし、コンクリートにひび割れが生じたとしても、それが微細ひび割れ程度のものであれば、コンクリートは極めて止水性が高い材料であると考えられ、その本来の性能が正当に評価されていないことは設計の合理性の観点から検討の余地があると思われる。また、ひび割れを有しないコンクリート中の透水現象は、現状では透水係数とダルシー則により評価されるが、放射性廃棄物処分施設を模擬した大型試験体により確認された実験結果は、そのような一般的な解析方法が過度に保守的であることを示唆している。また、微小空隙中における液状水の粘性増加を再現しうる最先端の熱力学連成水分移動解析でさえも、大型供試体出確認された液状水の停止現象を再現するには至っていない。このような背景のもと、本論文では、コンクリート中の透水に対してダルシー則を適用し、見かけの透水係数を用いて評価を行う既往の一般的な透水モデルの限界と始動動水勾配の存在を指摘し、その支配メカニズムを明らかにすることを第一の目的とした。そして、アウトプット法での段階降圧・昇圧透水試験を行い、得られた知見をもとに、本現象のモデル化および不飽和透水現象の定式化を行い、大型供試体で確認された液状水の停止現象を解析的に再現することを目指したものである。

本研究では、まず気相の影響を排除した飽和透水試験によって液状水がコンクリート中の透水パス壁面から受ける摩擦機構について検討を行い、コンクリート中の微速透水現象における動水勾配依存性、ならびに始動動水勾配の存在についての検証を行った。その結果、静止摩擦的に作用する始動動水勾配ならびに動摩擦的に作用する停止動水勾配が存在している可能性を確認した。また、液体として、水と水酸化カルシウム溶液を用いた飽和透水実験の比較により、液状水はセメント硬化体壁面の水酸化カルシウムならびにC-S-Hの吸着作用の影響を受ける可能性があることを示唆した。

続いて飽和透水試験を対象とした微小空隙中の液状水移動モデルの構築を行った。微小空隙中の液状水の流動に必要な始動動水勾配、ならびに停止に十分な停止動水勾配を、非ニュートン流体で用いられる降伏値の概念を適用した。これにより単管の流路において始動動水勾配が存在する流れ場の再現に成功した。また、レオメータによる液状水の粘性挙動の測定によって狭小空隙における粘性の速度依存性ならびに空隙径依存性を確認するに至り、本現象を数学的に記述することによって工学的な定式化を行った。さらに、液状水の流路となる空隙構造は、水銀圧入法によって計測された連続空隙分布を採用し、これらのモデルを組み合わせることで、種々の養生を施したセメントペースト供試体ならびにコンクリート供試体の非ダルシー性と流量挙動を適切に表現した。

しかし、実験的にその存在が示唆された始動動水勾配、停止動水勾配はナノ-マイクロスケールの空隙における特性であり、実験的な再現は極めて困難であることから、分子動力学法を用いて、微小空隙における液状水が有する液状水の降伏値、ならびに粘性の速度依存性の存在の検証を試みている。C-S-H壁面の代わりに、シリカとアルミニウムの化合物である白雲母のポテンシャル関数を用い、コンクリート中の微小空隙を模擬した空間における液状水挙動の観察を行い、始動動水勾配ならびに停止動水勾配の存在の確認を補完している。

続いて不飽和コンクリートを対象とし、気相の影響を考慮した水分移動解析を行い、原子力核廃棄物地下処分場を模擬した大型供試体による液状水の浸潤試験を再現した。大型供試体から採取したコンクリートコアを用いて透水実験を行い、感度解析によってパラメータを同定した上で不飽和水分移動解析計算を行ったところ、浸潤位置の精緻な再現に成功した。なお、放射性廃棄物処分場の実際の供用状態では、円筒状のコンクリート容器の内部空間は隙間の無い状態であることから、コンクリート中の乾燥空気の存在を考慮すれば、水蒸気の移動さえも抑制されることを明らかにし、コンクリートの高い遮蔽性能を検証した。

以上、本研究は、基礎研究の観点から種々の支配機構を定量的に明らかにした意義が大きく、実務における工学的な適用性も高く、かつ有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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