学位論文要旨



No 123372
著者(漢字) 澁木,猛
著者(英字)
著者(カナ) シブキ,タケシ
標題(和) デジタル地図と電話帳データの時空間統合による立体的地域モニタリング
標題(洋) Three-Dimensional Regional Monitoring by Time Series Spatial Integration of Digital Map and Yellow Page
報告番号 123372
報告番号 甲23372
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6688号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 上田,孝行
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 高橋,孝明
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、我が国におけるモータリゼーションの発達、郊外部における大型複合商業施設の進出、もしくは高齢化社会の進展により、櫛の歯が欠けるように商店や一般住居が空き家になっていく現象が生じている課題に着目している。このような状態を放置すると、市街地が少しずつ空洞化していき、残された商店や住宅も周辺環境の悪化とともに急速に衰退していくことが懸念される。しかしながら、広域にわたる商業施設の立地規制や住居の集団移転などの措置は実行不可能であるため、結局のところ、商店や小規模事業所、住居などの変動を絶えずモニタリングしながら、空き店舗及び住宅の再開発、新規店舗及び居住者の立地誘導、そのための周辺環境の整備など、きめ細かな対策を行う必要がある。従来から地域の経済活動、居住活動のモニタリングは国勢調査、事業所統計及び商業統計等の地域統計を使うことが通常である。しかし、これらの地域統計は市町村ごとに集計されているため、上記のようなきめ細かな変化を捉えることができない。郊外に立地する大型商業施設も同じ市内であれば統計に加算され、中心市街地が空洞化しても市全体としては活性化しているかのように見える。

一方、立体的用途利用の観点では、建築関連法において地区における景観維持の観点等から、主に建物の高さを揃える目的で容積率の規制が図られてきた。住宅の日照に与える影響を考慮した斜線規制等についても法律が施行されている。しかし、これら建築関連の立体規制は、建物に対する規制であり、都市・地域での用途利用・活動状況を表現するものではない。また、都市計画の分野では、平面地図上に用途地域を設定しているなど平面的な用途利用を含めた地域管理が一般的である。本論文において開発したデータセットの情報を用いると、一つの建物が複数の用途に複合利用されている実情を明確に表現していることがわかり、地域管理の現状との大きなギャップを示している。こうしたことより、本論文は、立体的地域管理の必要性を示唆するものでもあり、地域の発展・衰退の視点として新たに立体利用の観点、地域の実情に応じた用途選定の必要性を首都圏全域の実データを用いて謳っている。

そこで、本研究は個々の事業所の業種分類、住所が記載された電話帳(タウンページ)と一軒一軒の表札情報を地図上に記した住宅地図を自然言語処理技術を駆使して自動的に名寄せし信頼性を向上させ、同時に時系列方向にも名寄せすることで個々の事業所、住居レベルでの変化(新規立地、入れ替え、消滅など)を自動抽出する手法を開発し、一都三県(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)を対象に適用し、さらに現地調査なども交えながら個別事業所・住居の変動データの信頼性を評価している。その結果、開発された手法は十分な信頼性を持ち、直ちに全国に適用できることが示された。これまでこうしたミクロなデータを利用した地域モニタリングの試みは皆無である。この手法は、同時にほぼすべての市町村を対象として毎年一軒一軒の変化を追うことを可能にしている。また空室などの状況を把握できる可能性もあり、地域モニタリングの手法として画期的である。

論文は、研究の枠組みを示す序章の他、第1章から第6章により構成される。

第1章は、本研究を遂行するきっかけとなる地域に関わる社会的背景を述べている。この中で、大型店舗の郊外進出、空き部屋の発生・活用実態及び再開発事業の活発化による建物の高層化などについて言及し、地域の利用現状を述べている。また、既存の空間用途に関する研究においては、地域の現状を把握するために詳細な現地調査等により分析を試みているが、調査範囲の限界、実データの不足が課題となっていることを明らかにした。こうした現状を踏まえ、本研究における目的を以下のように設定した。

・既存の実データを結合・補完し、自動的に解析・処理する手法を開発する。

・この手法を適用することで、継続的な地域モニタリングに資する個別店舗・事業所の時系列変動情報を備える大規模データセットを一都三県について実際に整備する。

第2章は、本研究で使用する空間データの詳細を述べている。都市及び地域の特性を捉えるために必要なデータの特性とその適用手法に触れている。また、データの信頼性について、独自の現地調査による結果を示し、本研究で使用する空間データが実空間を忠実に再現しうるものかについて検証している。

第3章は、地域に分布する店舗・事業所に関して、デジタル地図及び電話帳データ、それぞれのソースデータを用いた時系列化の手法、デジタル地図と電話帳データの時空間統合の手法について述べている。また、デジタル地図に格納される住居情報を付加することにより店舗・事業所と住居間での用途変更、空室推定の可能性について述べている。時系列化手法の過程で開発した「建物レベルのジオコーディング」技術では、同住所表記に複数の建物が存在するときにおいても、建物名情報が存在すれば建物上の座標を付加できるように改善したこと及び地方部において住所から適切な座標が付加されない地域おける不具合を改善したことを述べている。デジタル地図と電話帳データの時空間統合を行うための技術として、名称類似度の定量化による名寄せ、住所・座標による位置寄せ及び占有階、占有部屋番号の抽出技術等について述べている。

第4章は、第3章において述べた手法について、その解析結果と精度検証を行っている。デジタル地図及び電話帳データにおける各ソースデータにおける時系列化では、それぞれ93%及び96%の正確な判定精度が確認されたことを示している。また、デジタル地図と電話帳データの統合においても、電話帳データ総件数の62%に相当する店舗・事業所と正確に結合することができ、結合不可能であった主な要因として、名称表記の類似度が設定した閾値未満であること及びソースデータにおける住所表記のずれが存在することを確認した。

第5章は、第3章及び第4章の「理論」部分により導出された解析後データの適用例を表現している。本研究において開発した手法が、将来整備されることが見込まれる時系列ソースデータに対しても適用可能であることを示している。また、個々の店舗・事業所及び住居を含めた大規模詳細データセットを用いて、様々な形式で地域モニタリングが可能であることを示している。

第6章は、本論の結論と展望を総括している。本研究において明らかとなった事柄を整理している。また、提案された手法の改善策、解析結果の精度向上及び多分野にわたる適用可能性について今後の課題と展望を述べている。この研究成果が、将来にわたり継続的な都市・地域の管理に資するものでもあり、今後建設・都市計画関連分野にとどまらず、経済、行政にわたる方面で活用されていくことを展望として述べている。

本論文において、首都圏(一都三県)全域における個々の店舗・事業所を対象とした詳細空間データセットを作成することができた。このことで、今までにない建物レベルのジオコーディング、個々の店舗・事業所の時系列変動を表現することができ、業種情報とのリンクも可能とした。これらの処理は自動化されており、都市・地域の変化を低コストかつ継続的にモニタリングすることが可能となった。また、建物情報を取得することにより階数などの立体的な情報も得ることができ、それらの情報を用いた立体的な変動モニタリングも可能とした。本論文で提案した手法は、既に商用化されているデータを利用することにより現地調査を必要とせず、日本全国など広域にわたる長期的なモニタリングに際しても実用性のあるものであることを述べている。

審査要旨 要旨を表示する

モータリゼーションの進展に伴い、郊外部における大型複合商業施設の進出が現在でも続いており、地方都市を中心として中心市街地の空洞化が著しい。また、高齢化社会の到来により、大都市においてさえ住宅やマンションの空き家、空き室が集中的に発生したり、地方部においては限界集落などコミュニティすら存続しなくなる地域が現れている。その一方で、大都市のビジネス・商業地域においては大型施設やオフィスビルの再開発が進み、バブル時代の再来に近い現象が散見される。こうした地域の変化を迅速、的確に捉えて地域の発展や保全に関わる様々な対策、政策を企画、実施していく必要がある。

しかし、こうした変化は、個別にみると非常にミクロな変化でありながら、全体としては大きなトレンドとなっており、ミクロな視点からの観測・観察を非常に広い地域にわたって積み上げていく必要がある。こうした地域モニタリングは従来、国勢調査や事業所統計、商業統計などの地域統計データの解析により行われてきた。地域統計は経済活動などに関する詳細な情報を質問票などにより調査したものであり、活動量に関する網羅的な情報としてはほぼ唯一のものであるが、一般的には個人や個別企業の情報保護のために行政区域ごとに集計されている。そのため、郊外に立地する大型商業施設も同じ市内であれば販売額等が加算され、中心市街地が空洞化しているのもかかわらず、市全体としては活性化しているかのように見えてしまうこと、また調査が3年から5年おきであり、時間的な分解能が必ずしも十分でないなどの課題が指摘されている。

本研究は個々の事業所の業種分類、住所が記載された電話帳(タウンページ)と1件1件の表札情報を地図上に記した住宅地図を自然言語処理技術を駆使して自動的に名寄せし信頼性を向上させ、同時に時系列方向にも名寄せすることで個々の事業所、住居レベルでの変化(新規立地、入れ替え、消滅など)を自動抽出する手法を開発しようとするものである。これが可能になれば、もっとも詳細なレベルでの地域の変化を捕まえることが可能になる。また、電話帳データは最短で2ヶ月に一回更新されており、時系列的にも非常に細かい情報を得ることが可能になる。しかし、電話帳は自己申告による情報であり、また住宅地図も、現地調査には依るものの表札情報のみと言う限られた情報である。そのため、こうした情報がどの程度の信頼性を実際に保有しているのかという点からも調査・分析を行う必要がある。電話帳、住宅地図データを利用した地域モニタリング手法の開発とそれを実際に大規模なデータに適用し、実行可能性を具体的に示すこと、そしてソースデータの信頼性やできあがったデータセットの精度を確認することが本論文の目的である。

本論文は全部で7章からなっている。序章は論文の構成を述べている。第1章は具体的な研究の背景、既存研究の問題点と限界を整理し、研究目的を述べている。第2章は空間データの評価であり、分析の元データとなる電話帳データや住宅地図データがどの程度の信頼性を有しているのか、現地調査により明らかにしている。第3章は時空間統合モデルの考え方を提案しているのと同時に、統合のために過年度の住所も含んだアドレスマッチングの方法を開発している。また、「名寄せ」のために建物名称や店舗・事業所名称などのマッチング方法を提案しており、局地的な頻出語の抽出・除去などの有効性などを述べている。同時に建物変化の抽出方法に関する試みについても述べている。第4章は解析精度の確認であり、アドレスマッチング手法、建物名称、店舗・事業所名称などによる自動名寄せ(電話帳データと住宅地図の突き合わせや、店舗などの変化検出)の精度を検証している。またその評価のために現地調査なども併用している。第5章は地域モニタリングへの適用であり、ここまでに開発されたシステムを用いて一都三県を対象に適用し、建物内の3次元的な店舗・事業所の広がりまで含んだ店舗・事業所の変化データセット、さらに住居の変化データセット(表札情報の変化による)を作成している。さらに、部屋番号に着目することにより空き室の変化も抽出できる可能性を実データに基づき定量的に検討している。第6章は結論と展望である。

以上をまとめると、本研究は既存のミクロなデータを時空間統合することにより新しい地域モニタリングの手法を実現しており、さらにその手法を一都三県を対象に適用することで、その手法が十分な信頼性を持ち、直ちに全国に適用できる可能性を実証的に示している。また空室などの状況まで把握できる可能性を示しており、地域モニタリングの手法として画期的である。本研究の空間情報学に対する貢献は非常に大きく、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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