学位論文要旨



No 123373
著者(漢字) 中島,進
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,ススム
標題(和) 支持地盤と背面盛土の変形特性を考慮した擁壁の地震時残留変位量計算手法の構築
標題(洋) Development of Procedures to Evaluate Residual Displacements of Retaining Walls under Seismic Loading Considering Deformation Properties of Subsoil and Backfill
報告番号 123373
報告番号 甲23373
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6689号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 准教授 桑野,玲子
 東京大学 准教授 内村,太郎
内容要旨 要旨を表示する

1995年に発生した兵庫県南部地震では当時の耐震設計での想定地震動を大きく上回る規模の地震動が作用したことにより、無補強の従来型擁壁(重力式擁壁、もたれ式擁壁、L型擁壁)が甚大な被害を受け、多くの擁壁が再建設を要した。一方で、剛な一体型壁面工を有するジオテキスタイル補強土擁壁では簡単な補修でその供用を再開できる程度の、軽微な変位が発生するにとどまった。兵庫県南地震以後は、高い耐震性を示した補強土擁壁の施工実績が増大すると共に、レベルII地震動が設定され重要な社会基盤構造物を支える擁壁などの抗土圧構造物に要求される耐震性が高まった。

設計地震動の増大に伴い、震度法と極限釣合い解析による従来の耐震設計では非経済的な設計となってしまう事に加えて、性能照査型設計法への移行が社会的なニーズとして高まっていることにより、地震後に生じる残留変位量を評価する事が重要となっている。擁壁の地震時残留変位量を評価する手法として、擁壁と支持・背面地盤を共に剛体と想定したNewmark法がある。Newmark法では閾値として用いる加速度、あるいはモーメントを設定すれば変位を評価できるが、地盤の変形を考慮していないために閾値以下では変位が発生しない。

しかし、締め固めた密な地盤材料を想定した支持・背面地盤条件で実施した擁壁の地震時挙動に関する模型実験では、閾値よりも十分に小さい加速度レベルにおいても変位量が生じる事が確認されており、地盤変形の影響を無視したNewmark法ではこの変位量増分を評価する事は出来ない。

また、前述した補強土擁壁の施工実績増大や設計地震動の見直しに伴い、新設の擁壁構造物は比較的高い耐震性を具備する様になったが、依然として無補強従来型擁壁の方が絶対数は多く、こうした無補強擁壁が重要な社会基盤構造物下部の盛土を支えている場合には、耐震補強を行う必要がある。

以上を背景として、(1) 支持地盤・背面盛土の変形を考慮した地震時残留変位量を評価する手法を構築すること、(2) 耐震補強工を有する擁壁に関する振動台実験を実施し、効果的な耐震補強工法を提案するとともに、その補強メカニズムを解明すること、(3) (1)と(2)を組み合わせることにより、耐震補強工を有する擁壁の地震時変位量計算手法を構築することの3点を主な目的として、研究を行った。研究の結果、得られた知見及び成果は以下の通りである。

(1)従来型擁壁の地震時変位量計算手法の構築・妥当性検証に関して

・変位量計算手法の構築

模型振動台実験の結果より従来型擁壁の地震時挙動として、(1)滑り面発生前の非線形な変位量の増大傾向、(2)擁壁の変位に伴う背面地盤の変形による滑り面の発生、(3)滑り面発生後の線形的な変位量の急増傾向、の三点が特徴的である事が分かった。

上記の知見を活かして提案手法は、滑り面発生前の変位量評価(Step1)、滑り面発生の判定(Step2)、滑り面発生後の変位量評価(Step3)に分かれている。

Step1では、(1)で述べたすべり面発生前の低加速度レベルで生じる非線形な変位量増分を評価するために擁壁支持地盤の変形による影響を考慮して、擁壁の滑動は支持地盤がせん断変形することによって、転倒は支持地盤がモーメント変形することによって発生すると想定した。前者に関しては、振動台実験の実測値と中空ねじりせん断試験によって、後者については振動台実験の結果とモーメント載荷試験の結果を用いてモデル化した。これらの地盤変形による変位量増分に加えてピーク強度を用いたNewmark法を用いて擁壁の剛体的な滑動、転倒量増分も併せて考慮した。

Step2では、(2)で述べた背面地盤でのすべり面発生に関してStep1で求めた変位量から背面地盤の影響領域における平均的な最大せん断ひずみγmaxを評価して、γmaxが5%を超えるとすべり面が発生するとしてその挙動をモデル化した。

Step3では(3)で述べたすべり面発生後の変位量急増傾向を再現するために、Step2での滑り面発生と、ひずみ軟化挙動の影響を考慮して、残留強度を用いたNewmark法を用いて変位量を評価した。

・変位量計算手法の妥当性の検証

提案手法を支持地盤条件や加振条件、擁壁タイプが異なる既往の模型振動台実験に対して適用し、その妥当性を検証した結果、提案手法で評価した変位量は実測値の0.5から3倍程度の範囲に収まり、比較的良好に変位量を評価する事が出来た。

擁壁・背面地盤の応答の位相差やひずみ速度の影響、負の過剰間隙空気圧の影響など提案手法で考慮していない要因の影響が変位量の過大評価の原因として考えられる。

これらの影響を考慮して、提案手法での計算に用いる入力値を補正することによって計算値は実測値の0.5から2倍程度の範囲に収まり、その精度は向上した。

(2)補強土擁壁の地震時変位量計算手法の構築・妥当性検証に関して

・変位量計算手法の構築

補強土擁壁に関する模型実験では、従来型擁壁のように支持地盤にめり込みながら擁壁が転倒していく挙動(支持地盤のモーメント変形)は確認されなかったが、背面補強領域のせん断変形に伴い壁面が転倒していく挙動が見られた。

これを踏まえて、補強土擁壁の変位量を評価する提案手法では支持地盤のモーメント変形ではなく、補強領域のせん断変形に伴い擁壁が転倒すると想定した。補強土壁の支持地盤、背面補強領域のせん断変形特性に関しては、補強材を配置した中空ねじり試験やLumped mass modelによって変形特性のモデル化を試みた結果、Lumped mass modelによって得られた支持・背面補強領域の平均的なせん断変形特性の包絡線を多項式で近似することによって、その変形特性をモデル化した。

また、無補強領域まで延長されている補強材がある場合には、擁壁の変位に伴い補強材の周面で引き抜き抵抗が発揮されるので、補強材の土中引抜き試験の結果からバイリニアモデルを用いて、引き抜き変位と引抜き抵抗の関係を再現し、変位量計算手法に引き抜き抵抗の効果も導入した。

・変位量計算手法の妥当性の検証

提案手法を補強材の配置や加振条件の異なる模型実験に適用して検証解析を実施した結果、延長された補強材が無いタイプの補強土擁壁に関しては、滑り面発生後の滑動量を過大評価する傾向があったが、提案手法による計算値は実測値と比較的良好に一致した。滑り面発生後の滑動量を過大評価した理由としては、補強領域の変形性を無視して剛体の釣合いのみによって閾値を算出したためだと考えられる。

延長された補強材がある場合には引き抜き抵抗の影響を無視すると変位量を過大に評価する傾向があったが、バイリニアモデルで再現した引抜き抵抗の影響を考慮することによって、計算値は実測値と良好に整合した。

(3)耐震補強工を有する擁壁の地震時挙動に関して

・矢板補強に関して

もたれ式擁壁、補強土擁壁のつま先部に鋼矢板を根入れすることによって、擁壁の耐震性を向上させることを目的とした補強工法を考案し、その効果を確認するために振動台実験を実施した。

その結果、支持地盤が水平であれば矢板補強によって擁壁の転倒角度が減少する傾向が確認され、その効果は補強土擁壁においてより顕著だった。一方で、支持地盤が斜面の場合には矢板による補強効果は発揮されなかった。

水平地盤上のもたれ式擁壁に対して、矢板の諸元を変化させて振動台実験を実施した。その結果、剛性が高い矢板を用いると無補強の場合と比較して滑動量は減少したが、転倒量は逆に増大した。一方で、根入れ長を長くすることによって、特に大震度レベルにおいて滑動量、転倒量が減少した。

・ネイリング補強に関して

斜面上の擁壁を補強するための工法として、大口径ネイリングの補強効果を確認するためにもたれ式擁壁の壁面、底版にネイリングを設置して振動台実験を実施した。その結果、底版に設置したネイリングにより効果的に支持力破壊が抑制され、無補強の場合と比較して、滑動量、転倒角度共に効果的に減少した。

・補強効果のモデル化について

矢板模型、ネイリング模型に貼り付けたひずみゲージや擁壁との接合部に設置した二方向ロードセルでの計測値により矢板、ネイリングによる補強メカニズムについて考察した。

矢板に関しては水平抵抗と鉛直抵抗が発揮されることによって、ネイリングに関しては周面摩擦により発揮される引抜き抵抗によって擁壁が補強されていた事が分かった。耐震補強効果の変位量計算手法への導入を行うために、実測値に基づいてこれらの抵抗力-変位量の関係をバイリニアモデルによって再現した。

(4)耐震補強工の効果を導入した擁壁の地震時変位量計算手法に関して

・矢板による補強効果の変位量計算手法への導入について

矢板による補強効果として、矢板に作用する水平抵抗と鉛直抵抗を考慮できる変位量計算手法を構築した。水平抵抗は作用方向に応じてそれぞれ擁壁の滑動、転倒に抵抗すると想定すると共に、鉛直抵抗は擁壁の転倒に抵抗すると想定して、変位量計算手法に矢板の補強効果を導入した。矢板による補強効果を導入した変位量計算の結果、矢板の剛性の変化に伴う補強効果の変化を定性的には再現する事が出来た。定量的にも、計算値は若干変位量を過少評価する傾向があるものの、実測値に対して0.5から2倍程度の精度で変位量を評価できた。

・ネイリングによる補強効果の変位量計算手法への導入について

ネイリングによる補強効果として、引抜き抵抗を考慮できる変位量計算手法を構築した。ネイリングによる引抜き抵抗が滑動、転倒の両方に抵抗すると想定して、変位量計算手法にネイリングの補強効果を導入した。ネイリングによる補強効果を導入した変位量計算の結果、滑り面発生後の転倒量を若干過大評価する傾向があったものの、計算値は実測値と良好に整合した。

(5)提案手法の実構造物に対する適用性の検証に関して

兵庫県南部地震において被災した重力式、もたれ式、L型擁壁及び剛壁面を有するジオテキスタイル補強土擁壁に対して、提案手法を適用して検証解析を実施した。地盤の物性値は被災擁壁に対する既往の逆解析を参照し、本研究でモデル化した地盤の変形特性を用いた。計算結果と擁壁の被災の程度は一致し、実物大構造物に適用した場合でも少なくとも変位のオーダーはあう事が確認され、提案手法が実物大の構造物に対しても適用可能である事が分かった。

以上述べてきたような知見・研究成果が得られた。これらのうちで、前述した目的(1) 支持地盤・背面盛土の変形を考慮した地震時残留変位量を評価する手法を構築することに対応した研究成果は、擁壁の性能照査型設計法の確立に寄与できると考えられる。

また、(2) 耐震補強工を有する擁壁に関する振動台実験を実施し、効果的な耐震補強工法を提案するとともに、その補強メカニズムを解明することに関する研究成果は、効果的な耐震補強を行うことに貢献できると思われる。

それに加えて、(3) (1)と(2)を組み合わせることにより耐震補強工を有する擁壁の地震時変位量計算手法を構築することに関する研究成果により、既存擁壁に対して耐震補強を行った場合のコストと補強効果との関係を、変位量という指標で評価することが可能になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

擁壁構造物は鉄道・道路施設および宅地造成等において、山岳地帯や斜面、あるいは平地における用地縮減などの目的で多用されている。一方で、1995年の兵庫県南部地震と2004年の新潟県中越地震では、重力式擁壁などの従来型擁壁構造物が多大な被害を受けた。今後、重要構造物として擁壁を新設する場合、あるいは既存の擁壁の耐震補強を行う場合に、大きな地震荷重、すなわち大震度下での擁壁の挙動を合理的に評価できる手法を確立することが求められている。

レベルII設計地震動の導入や、補強土擁壁の施工実績増大によって新設の擁壁構造物の耐震性が向上した一方で、絶対数としては依然として従来型擁壁の方が多く、特に重要な上部構造物を有する盛土を支える擁壁への耐震補強は急務である。しかしながら、既存の擁壁構造物に対しての耐震補強では、背面盛土や供用中の上部構造物への影響が懸念され、適用可能な工法が限られているため、既存の擁壁に対して効率的に耐震補強を行うための新しい補強工法の開発が必要となっている。

一方で、レベルII設計地震動を用いて従来の極限釣合安定解析による擁壁の設計を行うと、非現実的で非経済な設計となることが多く、変位・変形量照査に基づく性能照査型設計法への移行が社会的なニーズとして高まっている。しかしながら、擁壁の地震時挙動やその抵抗メカニズムを合理的に考慮しながら擁壁の変位量照査を行う手法は未だ構築されていない。また、前述した効率的な耐震補強を促進するためには、提案した補強工法により、どの程度擁壁の変位量が低減できるのかについても評価する必要がある。

以上のような背景のもとで、本研究では、擁壁の合理的な地震時残留変位量計算手法を構築するとともに、効果的な耐震補強工法を提案し、耐震補強後の擁壁変位量も評価できるように変位量計算手法を拡張することを目的とした検討を実施している。

第一章は序論であり、研究の背景と目的を説明し、最後に論文の構成を記述している。

第二章では、研究に用いた模型実験装置と試験材料の詳細、および実験方法と実験条件を記述している。

第三章では、従来型擁壁の地震時残留変位量計算手法を構築するために実施した中空ねじり試験とモーメント載荷試験の結果を分析し、支持地盤変形特性のモデル化に関する検討の詳細と、最終的に構築した計算手法の概要について記述している。

第四章では、補強材の特性を変えた模型実験の結果と、背面補強領域の変形特性をモデル化するために実施した中空ねじり試験の結果を分析している。また、これらの結果に基づいて構築した補強土擁壁の地震時残留変位量計算手法の概要について記述している。

第五章では、構築した変位量計算手法を各種擁壁の模型振動実験に対して適用し、その妥当性を明らかにするとともに、地盤や擁壁底版・擁壁背面などの摩擦角を変化させた場合に変位量の計算値がどの程度変化するのかについての感度分析を実施した結果を記述している。

第六章では、擁壁の効果的な耐震補強工法を提案することを目的として実施した模型振動実験結果について記述し、矢板根入れ工法とネイリング補強工法の効果を明らかにするととともに、これらの工法による補強メカニズムの定量的な分析を行っている。

第七章では、擁壁の地震時変位量計算に耐震補強工の効果を導入し、耐震補強工を有する擁壁の変位量計算手法を構築している。また、提案手法による計算値と実験値を比較して、提案手法の妥当性を検証している。

第八章では、本研究で構築した各種擁壁の地震時変位量計算手法を1995年兵庫県南部地震で被災した擁壁構造物に適用し、残留変位量の実測値とおおむね整合した結果が得られることを明らかにしている。

第九章では、結論と今後の課題を記述している。

以上を要約すると、本研究は、擁壁構造物の支持地盤と背面盛土の変形を考慮して地震時残留変位量を評価する手法を構築し、模型振動実験と既往の被災事例に基づいてその妥当性を検証している。また、擁壁構造物の効果的な耐震補強工法を提案し、模型振動実験を実施して補強メカニズムを解明するとともに、補強後にも対応できるように地震時残留変位量の評価手法を拡張している。これらの研究成果は、地盤工学の発展に貢献するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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