学位論文要旨



No 123374
著者(漢字) 若井,淳
著者(英字)
著者(カナ) ワカイ,アツシ
標題(和) 粒子離散化手法を用いた数値解析手法の開発と固体の破壊現象の数値シミュレーション
標題(洋) Development of Numerical Analysis Method Based on Particle Discretization Scheme for Simulation of Fracture Phenomena of Solid
報告番号 123374
報告番号 甲23374
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6690号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 准教授 小国,健二
 東京大学 准教授 岸,利治
 東京大学 准教授 本田,利器
内容要旨 要旨を表示する

固体の破壊現象では,亀裂進展等の破壊過程の際に,さまざまなばらつきが発生することが知られている.現在,社会基盤施設や大型構造物の耐震性を分析するため,実大実験が実施されるが,巨大な構造物では実験そのものができず,また,実験ができる場合でも実験供試体の数が限定されてしまい,破壊過程のばらつきに起因する耐震性を正確に評価することは難しい.このため,破壊過程のばらつきを評価する数値解析手法が必要とされている.亀裂進展が引き起こす脆性破壊現象では,破壊過程のばらつきは材料の局所的不均一性に起因する.したがって,ばらつきの評価には,不均一性の分布が異なる多数のモデルを解析するモンテカルロシミュレーションが必要となる.本論文で開発する数値解析手法は,特異性を持つ亀裂先端の応力を高精度に計算するとともに,モンテカルロシミュレーションが実施できる計算コストの安さを兼ね備えている.計算精度の高さと計算コストの安さという背反する課題は,進展する亀裂や材料不均一性の表現を工夫することで解決されているのである.

本論文ではまず,粒子離散化手法(PDS)を使い,数値解析の観点から亀裂や材料不均一性を簡易に表現する方法を工夫した.具体的には,対象とする固体をボロノイ分割し,その境界を進展する亀裂面の候補と限定することである.さらに,亀裂面の境界条件を満たすため,例えば,トラクションフリーの亀裂に対しては,亀裂を厚さ0の空隙として扱うことを試みている.この工夫により, 2次元の線状に進展する亀裂は勿論,3次元の平面・曲面を作りながら進展する亀裂を簡単に計算することが可能となる.また,計算負荷をさほどかけずに,モンテカルロシミュレーションを使った破壊現象の数値シミュレーションが実行可能となる.

PDSを組み込んだ有限要素法(PDS-FEM)を開発し,破壊現象の数値シミュレーションを行った.この数値シミュレーションによって,亀裂進展経路のばらつきが評価できるか否かを検討することを目的とする.なお,進展経路がばらつく原因は局所的な材料不均一性であるが,数理的には,進展経路が不安定であることとして理解できる.進展経路の不安定性とは,不均一性を無視した理想的な均一体で計算される進展経路が,若干の乱れがあった時に,大きく変わる場合を意味する.数値シミュレーションにより,単一亀裂の場合,亀裂進展経路は安定であるが,平行亀裂の場合は不安定であることが示された.平行亀裂は相互作用が働くため,進展経路が不安定となることは十分理解できるが,数値シミュレーションの結果,不安定性は単純ではないことが示された.実際,不均一体モデルの亀裂進展経路には3つのパターンがあり,複雑な解の分岐が起こる結果,このパターンが形成されているのである.数値シミュレーションで計算された亀裂進展経路に対して,確率密度関数を求め,経路のばらつきを定量的に評価した.確率密度関数はモンテカルロシミュレーションの結果を集約するものである.この確率密度関数を使って,上述の3つのパターンが発生する確率を評価した.さらに,確率密度関数から経路の分散を計算することで,進展経路の幅としてばらつきの度合いが評価できることも示した.

さらに,脆性破壊の高速実験の光弾性データを対象に,PDS-FEMを使った数値シミュレーションによって得られた亀裂の進展経路の正しさを検証した.開発された数値解析手法は,準静的過程と強度の破壊基準を仮定しているため,実験結果を正確に再現することはできない.しかし,光弾性のフリンジパターンから推定される応力分布の再現には成功している.また,限定付きではあるが,実験で得られた亀裂進展経路のばらつきを再現することにも成功した.完全に実験結果が再現されてはいないが,工学的に十分と思われる精度で,応力分布を計算し,亀裂進展経路のばらつきを評価できることは示された.これは,PDS-FEMを使った破壊現象の数値シミュレーションに対し,有用性を示唆する結果である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文の題目は「粒子離散化手法を用いた数値解析手法の開発と固体の破壊現象の数値シミュレーション」であり,近年,提案された関数の一般的な離散化手法である,粒子離散化手法を使って,新しい数値解析手法を開発するとともに,この数値解析手法の妥当性・有用性を検証するため,モンテカルロシミュレーションを使った破壊現象の数値シミュレーションを実施した.

本論文の構成に沿って審査を行った.第1章は論文の背景と目的を述べている.社会基盤施設や大型構造物を対象とした大型震動台が作られたが,この実験設備をもってしても巨大な構造物を揺らすことができず,また,実験ができる場合でも実験供試体の数が限定されてしまう.破壊過程のばらつきに起因する構造物の耐震性を正確に評価することは難しく,このため,破壊過程のばらつきを評価する数値解析手法が必要とされている.破壊過程のばらつきは材料の局所的不均一性に起因するため,ばらつきの評価には,多数の不均一体モデルを解析するモンテカルロシミュレーションが必要となる.文献調査によって,このようなモンテカルロシミュレーションを実行できる数値解析手法がなく,開発の必要性があることを明らかにした.

第2章は,本論文で開発する数値解析手法の根幹となる,関数の離散化手法である粒子離散化手法(Particle Discretization Scheme, PDS)を整理し,3次元問題への拡張を行っている.第3章において,進展する亀裂のモデル化に関して,PDSを使った工夫を述べている.粒子離散化手法は,対象とする固体をボロノイ分割し,その境界を進展する亀裂面の候補と限定する.この結果,計算精度を維持しつつ計算コストを下げることが可能となる.さらに,亀裂面の境界条件を満たすための工夫も行っている.この二つの工夫は,物理的な仮定に基づくものであるが,数理的には厳密に定式化されており,仮定の限界は明示されている.また,将来の改良すべき点も明確である.

第4章と第5章では,PDSを有限要素法に組み込んだPDS-FEMを開発し,これを2次元の亀裂進展問題に適用し,破壊の数値シミュレーションを行った.第4章は単一亀裂,第5章は平行な二つの亀裂である.PDS-FEMを使ったモンテカルロシミュレーションが実行可能であることを示し,この結果を用いて亀裂進展経路には,安定な進展経路と不安定な進展経路があることを実証した.進展経路の不安定性とは,不均一性を無視した理想的な均一体モデルで計算される進展経路が,若干の乱れがあった時に,大きく変わる場合を意味する.単一亀裂の場合,不均一体モデルの進展経路は理想的均一体モデルの進展経路とさほど変わらない.数理的な意味で理想的均一体モデルの進展経路は安定である.しかし,平行亀裂の場合,不均一体モデルの進展経路は理想的均一体モデルの進展経路と大きく異なり,進展経路は不安定である.二つの平行亀裂の間には相互作用が働くため,進展経路が不安定となることは十分理解できるが,数値シミュレーションからは,進展経路の不安定性は決して単純ではないことが示されている.不均一体モデルの亀裂進展経路には3つのパターンがあり,この3つのパターンは複雑な解の分岐の結果,形成されているのである.また,亀裂進展経路はクラスタを作り,明確に分類できるものではない.計算された亀裂進展経路に対して,確率密度関数や分散を計算し,定量的にそのばらつきを評価できることを示している.

第6章と第7章では,3次元に拡張したPDS-FEMを使って破壊現象の数値シミュレーションを行い,脆性破壊の高速実験と比較することで,数値シミュレーションの妥当性と有効性を議論している.限定付きであるが,実験で観測された光弾性のフリンジパターンから推定される応力分布が,数値シミュレーションで再現できることを示している.同様に,実験で得られた亀裂進展経路のばらつきも,数値シミュレーションで再現できることも示している.実験結果と数値シミュレーションの比較は定量的に行われ,限界を明示しつつも,実験の予測が期待できること議論している.この結果は,PDS-FEMを使った破壊現象の数値シミュレーションが,工学的に十分と思われる精度で亀裂進展経路を計算するという意味で妥当であり,さらに,亀裂進展経路のばらつきが評価できるという意味で有用であることを示唆するものである.

第8章では,開発されたPDS-FEMとそれを使った破壊現象の数値シミュレーションに関して,妥当性と有用性に関する結論を述べている.

審査では,上記の論文内容を審議するとともに,「開発されたPDS-FEMを使った破壊現象の数値シミュレーションが,構造物の崩壊過程のような複雑な破壊現象への適用できるか否か」という可能性に関して議論が行われた.論文内容は地震工学と計算力学の境界において高い新規性・独創性を持っていることは確認され,将来の発展性も期待できることが了解された.また,学位申請者が学位に値する専門的な学識を有していることも了解された.この結果,学位にふさわしい論文であると判断された.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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