学位論文要旨



No 123375
著者(漢字)
著者(英字) PhamVan,Phuc
著者(カナ) ファムバン,フック
標題(和) 暴風時における浮体式洋上風力発電設備の動的応答に関する研究
標題(洋) Dynamic Response Analysis of Floating offshore Wind Turbine Syetems in the Parked Conditions
報告番号 123375
報告番号 甲23375
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6691号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 石原,孟
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 准教授 本田,利器
 東京大学 准教授 田島,芳満
 東京大学教授 教授 鈴木,英之
内容要旨 要旨を表示する

浮体式洋上風力発電システムの開発においては浮体・風車の動的応答を精度よく求めることは不可欠である。しかし、現状の浮体の応答予測手法は海洋石油開発分野で開発された技術に基づいており、浮体式洋上風力発電システムの応答予測に適用することは困難である。石油開発用の浮体は、安全性の観点から大きい部材で構成されているため、流体の粘性効果と部材の弾性挙動を無視でき、また深海域を対象に開発されたため、波力の算定には線形理論を採用することができる。一方、風車用の浮体は、経済性の観点から細い部材により構成されており、弾性挙動及び部材に作用する流体の粘性効果が顕著であり、また風車用の浮体は浅海域にも設置されるため、非線形波による影響を無視することができない。更に、陸上の風力発電設備と異なり、浮体に設置される風車は、浮体の動揺に起因する慣性力を受け、暴風時における風車の動的応答が大きくなるため、浮体と風車との相互作用を考慮した耐力の評価が重要である。

本研究は、まず風車と浮体の相互作用を考慮した非線形FEMプログラムを開発し、非線形流体力、浮体共振時の動揺、浮体の弾性挙動と非線形波を考慮した浮体の波浪応答予測を可能にし、水槽実験との比較によりその予測精度を検証する。次に、実風車の現地観測を実施し、変動風を再現することにより風車に作用する風荷重を精度よく予測するとともに、風車の規模と風の乱れ強度が風車の応答特性に与える影響を明らかにする。最後に、風水洞実験との比較により浮体と風車との相互作用を明らかにする。

第1章は序論であり、本研究の背景並びに浮体式洋上風力発電設備及び浮体・風車の動的応答の予測の現状について述べるとともに、本論文の構成を記述している。

第2章では、浮体と風車の動的応答予測手法に関する既往研究のレビュー、問題点の抽出及び本研究の目的を述べている。本研究は、暴風時における浮体式洋上風力発電設備の動的応答を明らかにするための風車・浮体・係留の構造連成モデルと非線形数値予測手法の構築、浮体部材に作用する流体力のモデルと構造モデルが浮体共振時の動揺予測精度に及ぼす影響及び非線形波中の浮体の弾性挙動の評価、風車の規模と風の乱れ強度が風車に与える空力減衰効果と風荷重の非正規性の評価、風車からの空気減衰効果と浮体の動揺に起因する慣性力が浮体と風車との相互作用に及ぼす影響の定量的な評価を目的とする。

第3章では、風車・浮体・係留の幾何学非線形と風車・浮体に作用する非線形流体力を考慮するため、時間領域において浮体式洋上風力発電設備の応答予測モデルを構築した。風車及び浮体を梁要素で、係留をトラス要素で離散化することにより浮体式洋上風力発電設備を完全連成系としてモデル化した。また、風車ロータの回転・係留の大変形に伴う幾何学非線形性の効果をニュートンラプソン法の反復計算で厳密に求めることにより、風車・浮体・係留の非線形応答予測モデルを確立した。

第4章では、水槽実験との比較により構築した流体力モデルの有効性の検証、細い水平部材と鉛直部材の運動に起因する減衰効果、共振時における浮体の動揺量及び弾性変形による応答特性と、浮体に与える非線形波による影響について述べている。本研究が対象とする軽量セミサブ浮体においては、非共振領域では流体の粘性による減衰効果が少ないが、共振領域ではその効果が顕著である。また、モリソン式は水平方向の動揺を精度よく予測できるが、浮体の鉛直動揺量を過大に評価することを明らかにした。これは、モリソン式が完全剥離型の流れによる流体力を評価する式であり、鉛直部材の運動に起因する再付着型の流体力を評価できないことによるものである。本研究では、スリニバサンの実験から求められた鉛直減衰モデルを採用することにより、共振時における鉛直動揺及び動的荷重を精度よく予測することを可能にした。また、浮体構造を剛体とした二段階解法は非共振領域での動的荷重を評価できるが、弾性変形による共振領域ではその値を過小に評価することが分かった。更に、波の非線形性が顕著になる水深では、浮体の弾性モードと非線形波の高次成分との共振による浮体の動的荷重は、浮体構造を剛体と仮定した時の荷重や、線形波を用いる時の荷重より大きいことを明らかにした。

第5章では、現地観測との比較により構築した風応答予測モデルの精度の検証、風車の規模効果と空力減衰の効果、風の乱れ強度による影響について述べている。実測風を組み込んだことにより三成分変動風を再現でき、風車に作用する風荷重の予測精度を向上させた。また、風応答解析により、風車の規模を拡大すると、空力減衰が増加するとともに、ガスト影響係数が減少することが分かった。更に、風の乱れ強度が大きくなると、風車に作用する風荷重の非正規性が顕著になり、従来の風荷重の評価式の予測誤差が大きくなる。その誤差を低減させるためには風車の構造減衰と風の乱れ強度との歪度を用いる非正規確率過程のピークファクターの採用が必要であることを明らかにした。

第6章では、浮体と風車との相互作用について述べている。風・波を同時に発生できる風水洞実験との比較により、風車の回転による空力減衰効果は発電時の浮体の動揺を低減するが、暴風時には流体力による減衰が支配的であるため、空力減衰による低減効果が小さい。また、浮体の動揺に起因する水平及び回転の加速度が、暴風時における風車の荷重をそれぞれ2割増大させ、浮体の動揺に起因する慣性力の影響が大きいことを明らかにした。

第7章は結論であり、第6章までに得られた結論をまとめるとともに、今後の課題に言及している。

以上のように、本論文は風車・浮体・係留の幾何学非線形性、浮体の弾性挙動、部材の運動に起因する減衰効果及び波の非線形性を考慮した非線形応答予測プログラムを開発し、水槽実験・現地観測及び風水洞実験によりその精度を検証するとともに、浮体共振時における動揺特性、浮体の弾性挙動への非線形波による影響、風車の規模による空力減衰効果と風の乱れ強度による風荷重の非正規性、及び風車の空力減衰効果から浮体への影響と浮体の動揺に起因する慣性力から風車への影響を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

浮体式洋上風力発電システムの開発においては浮体・風車の動的応答を精度よく求めることは不可欠である。しかし、現状の浮体の応答予測手法は海洋石油開発分野で開発された技術に基づいており、浮体式洋上風力発電システムの応答予測にそのまま適用することは困難である。石油開発用の浮体は、安全性の観点から大きい部材が用いられているため、流体の粘性効果と部材の弾性挙動を無視でき、また開発の対象海域が深いため、波力の算定には線形理論を採用することができる。一方、風車用の浮体は、経済性の観点から細い部材により構成されており、部材に作用する流体の粘性効果及び浮体の弾性挙動が顕著であり、また風車用の浮体は浅い海域にも設置されるため、非線形波による浮体の共振を無視することができないため、非線形波浪理論を採用する必要がある。更に、陸上の風力発電設備と異なり、浮体に設置される風車は、浮体の動揺に起因する慣性力により動的応答が大きくなることや、風車ロータの回転に起因する空力減衰が浮体の動揺に影響を与えるため、風車と浮体との相互作用を考慮した応答評価が重要である。

本研究は、まず風車と浮体との相互作用を考慮した非線形FEMプログラムを開発し、非線形流体力、浮体の弾性挙動、波と浮体との共振を考慮した浮体の波浪応答予測を可能にすると共に、水槽実験との比較によりその予測精度を検証する。次に、実風車の現地観測を実施し、変動風を再現することにより風車に作用する風荷重を精度よく予測するとともに、風車の規模と風の乱れ強度が風車の風応答特性に与える影響を明らかにする。最後に、風水洞実験により浮体と風車との相互作用を明らかにすると共に、風車ロータの回転に起因する空力減衰が浮体の動揺に与える影響や浮体の動揺に起因する慣性力が風車の動的応答に及ぼす影響を定量的に評価する。

第1章は序論であり、本研究の背景並びに浮体式洋上風力発電設備及び浮体・風車の動的応答の予測の現状について述べるとともに、本論文の構成を記述している。

第2章では、浮体と風車の動的応答予測手法に関する既往研究のレビュー、問題点の抽出及び本研究の目的を述べている。本研究は、暴風時における浮体式洋上風力発電設備の動的応答を明らかにするための風車・浮体・係留の連成モデルの構築、浮体部材に作用する非線形流体力が浮体共振時の動揺に及ぼす影響、及び非線形波中の浮体の弾性挙動の評価、風車の規模と風の乱れ強度が風車の動的応答に与える影響の評価、風車の回転に起因する空力減衰が浮体の動揺に与える影響及び浮体の動揺に起因する慣性力が風車の応答に及ぼす影響の評価を目的とする。

第3章では、風車・係留の幾何学非線形及び風車・浮体に作用する非線形流体力を考慮するため、時間領域において浮体式洋上風力発電設備の応答予測モデルを構築した。風車及び浮体を梁要素で、係留をトラス要素で離散化することにより浮体式洋上風力発電設備を完全連成系としてモデル化した。また、風車ロータの回転・係留の大変形に伴う幾何学非線形性の効果をニュートンラプソン法の反復計算で厳密に求めることにより、風車・浮体・係留の非線形応答予測モデルを確立した。

第4章では、水槽実験との比較により構築した流体力モデルの有効性の検証、細い水平部材と鉛直部材の運動に起因する減衰効果、共振時における浮体の動揺量及び弾性変形による応答特性と、浮体に与える非線形波による影響について述べている。本研究が対象とする軽量セミサブ浮体においては、非共振領域では流体の粘性による減衰効果が小さいが、共振領域ではその効果が顕著である。また、モリソン式は水平方向の動揺を精度よく予測できるが、浮体の鉛直動揺量を過大に評価することを明らかにした。これは、モリソン式が完全剥離型の流れによる流体力を評価する式であり、鉛直部材の運動に起因する再付着型の流体力を評価できないことによるものである。本研究では、スリニバサンの実験から求められた鉛直減衰モデルを採用することにより、共振時における鉛直動揺及び動的荷重を精度よく予測することを可能にした。また浮体構造を剛体とした二段階解法は非共振領域での動的荷重を評価できるが、弾性変形による共振領域ではその値を過小に評価することが分かった。更に、波の非線形性が顕著になる水深では、浮体の弾性モードと非線形波の高次成分との共振による浮体の動的荷重は、浮体構造を剛体と仮定した時の荷重や線形波を用いる時の荷重より大きいことを明らかにした。

第5章では、現地観測との比較により構築した風応答予測モデルの精度検証、風車の規模効果と風の乱れ強度が与える風車の動的応答への影響について述べている。実測された変動風速のデータを考慮した変動風を再現することにより、風車に作用する風荷重の予測精度を向上させた。また、風車規模の拡大により空力減衰が増加し、風車の動的応答が減少することが分かった。更に、風の乱れ強度が大きくなると、風車に作用する風荷重の非正規性が顕著になり、従来の風荷重の評価式が風車の動的応答を過小に評価することや、変動風の歪度を考慮した非正規型ピークファクターの採用が必要であることを明らかにした。

第6章では、浮体と風車との相互作用について述べている。浮体式洋上風力発電システムに風・波が同時に作用する場合には、風車ロータの回転による空力減衰により発電時の浮体動揺を低減するが、暴風時には流体力による水力減衰が支配的であるため、風車からの空力減衰による浮体動揺の低減効果が小さいことを風水洞実験及び数値解析により明らかにした。また、浮体の動揺に起因する水平及び回転の加速度により暴風時における風車の動的荷重はそれぞれ2割程が増大し、浮体の動揺に起因する慣性力の影響が大きいことを明らかにした。

第7章は結論であり、第6章までに得られた結論をまとめるとともに、今後の課題に言及している。

以上のように、本論文は風車と係留の幾何学非線形性、部材の運動に起因する非線形流体力及び非線形波浪と浮体との共振を考慮した非線形応答予測手法を開発し、水槽実験、現地観測及び風水洞実験によりその精度を検証するとともに、浮体共振時における動揺特性、浮体の弾性挙動への非線形波による影響、風車の規模と風の乱れ強度による風荷重への影響、風車の空力減衰効果の浮体動揺への影響と、浮体の動揺に起因する慣性力が風車に作用する荷重への影響を明らかにした。これらの研究成果は、浮体式洋上風力発電システムの耐波・耐風設計の理論的な基盤を与え、浮体式洋上風力発電の実現に貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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