学位論文要旨



No 123381
著者(漢字) 副島,紀代
著者(英字)
著者(カナ) ソエジマ,ミチヨ
標題(和) 事業継続マネジメント(BCM)に資する効果的な地震対策決定支援システムに関する研究
標題(洋) A Decision Support System for Determining Effective Earthquake Countermeasures in Business Continuity Management(BCM)
報告番号 123381
報告番号 甲23381
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6697号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 上田,孝行
 東京大学 准教授 本田,利器
 東京大学 准教授 加藤,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,より効果的な地震時の事業継続マネジメント(BCM:Business Continuity Management)の実現を目的として,PERT(Program Evaluation and Review Technique)を用いた復旧時間の定量化手法を提案し,それに基づく事業影響度の評価と効果的な地震対策の意思決定を支援する手法を示した.

東海・東南海・南海地震など,今後巨大地震の発生が懸念されるわが国においては,地震リスクの高まりに対し,企業の事業継続マネジメントへの取り組みが期待されている.最近では国際取引上の要件という側面や,日本版SOX法などによる企業の内部統制強化という側面でも,地震時の事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)が最重要課題となりつつあり,各種ガイドラインによる国の後押しもあって,企業のBCMへの関心は高まっている.

しかしながら現状では,地震時の施設や設備の被害を適切に評価し,それに基づいた事業継続マネジメントが行われているとは言い難い.その大きな理由としては,(1)オーソライズされた被害予測・評価手法がない,(2)被害予測結果を事業継続への影響へリンクさせる手法がない,という点が挙げられる.そのため,実際に起こり得るであろう被害状況とかけ離れた状況を基にして事業継続計画が立案されている懸念がある.また,ガイドラインによってBCPの策定が容易になることは歓迎すべきことであるが,「形式どおりの事業継続計画を準備さえすればよい」という風潮が増長されてしまうと,せっかくの事業継続マネジメントが形骸化してしまう恐れもある.その計画が実効的でないことが懸念される.そのような傾向を是正し,事業継続マネジメントを通じて,真に事業継続に必要な「ヒト,モノ,カネ,情報」といった経営資源への有効な投資を実現させるためには,地震動評価や構造物の耐震性評価技術などの既往の要素技術を,積極的に事業継続マネジメントの中にとり込んでいく仕組みが必要である.

そこで本研究では,既往の地震被害予測関連技術を実社会での耐震性向上にさらに役立て,安全・安心な都市の実現に貢献するために,地震による企業の事業継続への影響を定量化し,効果的な地震対策の意思決定を支援する手法について,図-1に示すフローで検討を行った.以下に,本研究の成果を要約して示す.

第1章「序論」では,本研究の背景と目的を述べ,本研究の構成と内容を説明した.

第2章「日本における事業継続マネジメントの現状」では,国や業界団体から出されている事業継続ガイドライン等の文献をレビューし,事業継続マネジメントの概要とよく使用される用語の定義などを整理した.その結果,全体のマネジメントシステムは「BCMサイクル」と呼ばれるフローで行われるが,その中でも「事業影響度分析」のステップが実効的な事業継続計画を策定する上で重要であることがわかった.また,日本における現状と問題点を列挙し,課題を整理した.

第3章「事業継続に影響する因子の抽出と分析」では,文献調査により,国内外の企業の事業継続停止事例を収集し,地震をはじめとするさまざまなハザードの影響がどのように企業活動に波及していくのかを定性的に考察した.そして,業種やハザードの種類,ライフラインの供給形態などに応じた影響の特性について分析した.その結果,影響因子はさまざまであるものの,事業を再開するまでにかかる時間(復旧時間)が影響度の重要なパラメータになっていることがわかった.また,特にこの論文で取り上げる地震時の場合について,他のハザードと比べ特徴的な影響について整理した.

第4章「事業継続への影響度評価手法の提案」では,事業継続への影響度の評価手法について,現状の方法と問題点を明らかにし,それを踏まえた新しい影響度評価手法を提案した.新しい影響度評価手法とは,古典的なプロジェクト管理手法であるPERT(Program Evaluation and Review Technique)を用いた復旧時間の定量化手法であり,図-2に示すように通常時の作業と地震時の復旧作業とをアローダイヤグラムと呼ばれるネットワーク図で表現することで,その順序と各作業の所要時間から,全体の所要時間を計算するものである.従来の事業影響度分析の手法では,復旧の手順は重要視されても各作業の所要時間はあまり考慮されてこなかったが,各復旧作業の所要時間は被害予測からある程度見積もることができるため,被害程度に応じた復旧時間を予測することが可能である.すなわち,この手法により,被害予測結果と,復旧時間を指標とした事業影響度とをリンクさせることができることを示した.また,各々の復旧作業の所要時間の見積もりに幅がある場合でも,それぞれのケースを計算することで,全体の所要時間の最大・最小を求めることができることを示した.さらに,この手法を用いた場合の復旧率の考え方も示した.

第5章「施設・設備の構造被害予測」では,既往の構造被害の予測手法について整理した.まず,被害予測の前提となる想定地震動の考え方と設定手法について,既往の方法を列挙し,各々の特徴と適用の際の問題点を示した.次に地盤応答の評価手法について,同様に既往の手法を整理した.さらに,それらに基づいて行う構造被害予測手法についても整理し,最後に被害予測の効率化を目的とした簡易被害予測手法を提案した.

第6章「施設・設備の機能被害予測」では,地震による機能被害の原因を分析し,予測手法を検討した.機能被害には第5章で述べたような構造被害に起因するものと,そうではないものがあるため,原因に応じた被害予測手法が必要なことがわかった.また,施設・設備間の被害波及についても既往の研究成果を整理した.

第7章「交通・ライフライン被害予測」では,企業の外部の被害が事業継続に与える影響を考慮するため,交通(道路・鉄道網)ならびに各種ライフラインの被害予測手法を検討した.既往の手法では,第三者が交通やライフラインの被害予測を行うことには限界があるが,自治体のハザードマップや過去の被災事例からある程度の幅を持った復旧時間の予測を行うことは可能であり,そのためのポイントとなる事項を整理した.

第8章「サプライチェーンにおける影響度予測」では,事業継続に必要な資材調達ならびに製品出荷といったサプライチェーンについて,その影響の評価手法について考察した.さらに,第7章で検討した交通の影響も考慮し,調達・出荷への影響を分析した.PERTの手法でサプライチェーンを表現することで,その影響をある程度予測することが可能であることが示された.

第9章「効果的な事前・事後対策の検討」では,費用対効果を考慮した効果的な事前・事後対策の選定手法について延べた.前章までの被害予測に基づく予測復旧時間と,企業が目標とする復旧時間との間に差異がある場合,目標を実現するためには何らかの対策が必要である.そこで,考えられる対策案の所要時間短縮効果と,そのために増大する費用とを考慮して,各対策案を比較することで,効果的な対策案への意思決定に役立てることができることを示した.同時に,個々の対策が全体の復旧時間短縮にどの程度寄与するかも明らかにできることを示した.また,効果的な事前・事後の対策が行えるよう,代表的な対策手法を整理した.

第10章「地震時の望ましい事業継続のあり方」では,前章までの成果を実際に事業継続マネジメントシステムに反映し活用するために,望ましい地震時の事業継続マネジメントのフローを示した.また,ケーススタディを通じて,想定地震の大きさ,発生時刻による復旧時間の違いについても考察を行った.さらに,事前のマネジメントで作成したアローダイヤグラムが,地震後の復旧対応の迅速化・効率化にも役立つことが示された.その結果,これらの成果を活用することで,事業継続を重視した効率的な経営投資に役立つことがわかった.

第11章「結論」では,本研究全体を通じて得られた成果を総括し,今後の課題と展望を示した.

図-1 本論文の研究フロー

図-2 PERTを用いた復旧時間の定量化(地震時のアローダイヤグラムの例)

審査要旨 要旨を表示する

第11章「結論」では,本研究全体を通じて得られた成果を総括し,今後の課題と展望を示した.

しかし現状ではBCMの定性的な効果は謳われていても、その効果を定量的に評価する環境が整備されていない問題や、ガイドラインによってBCPの策定が容易になる一方で、「形ばかりの事業継続計画の準備」が目的化する問題などから、BCMが形骸化してしまう恐れがある。このような状況を正し、真に事業継続能力を向上させる「ヒト、モノ、カネ、情報」の有効な投資を実現させるBCM策定法が求められている。

そこで研究では、以下で説明する11章から構成される研究論文として、事業の継続に必要な施設や構造物、サプライチェーンなどの地震による影響の評価と、これらの影響を事業継続の影響へ定量的にリンクさせる手法を開発し、BCMの効果を定量的に評価する手法を提案する。そしてその手法を用いた効果的な地震対策の意思決定支援システムを検討した。

第1章では、本研究の背景と目的を述べ、本研究の構成と内容を説明している。

第2章では、国や業界団体から出されている事業継続ガイドライン等の文献をレビューし、BCMの概要とよく使用される用語の定義などを整理した。その結果、全体のマネジメントシステムは「BCMサイクル」と呼ばれるフローで行われるが、その中でも「事業影響度分析」のステップが実効的な事業継続計画を策定する上で重要であることがわかった。また日本におけるBCMの現状と問題点を列挙し、課題を整理した。

第3章では、文献調査により、国内外の企業の事業継続停止事例を収集し、事業継続に影響を及ぼす因子の抽出と分析を行った。すなわち業種やハザードの種類、ライフラインの供給形態などが事業継続に与える影響の特性について分析した。その結果、影響因子はさまざまであるものの、事業を再開するまでにかかる時間が影響度の重要なパラメータになっていることがわかった。またこの論文で取り上げる地震時の特徴的な影響を、他のハザードと比較して整理した。

第4章では、事業継続への影響度の評価手法について、現状の方法と問題点を明らかにし、それを踏まえた新しい影響度評価手法を提案した。新しい影響度評価手法とは、古典的なプロジェクト管理手法であるPERT(Program Evaluation and Review Technique)を用いた復旧時間の定量化手法である。通常時の作業と地震時の復旧作業とをアローダイヤグラムと呼ばれるネットワーク図で表現することで、その順序と各作業の所要時間から全体の所要時間を計算する。従来の事業影響度分析の手法では、復旧の手順は重要視されても各作業の所要時間はあまり考慮されてこなかったが、各復旧作業の所要時間は被害予測からある程度見積もることができるため、被害程度に応じた復旧時間を予測することが可能である。すなわち、この手法により、被害予測結果と、復旧時間を指標とした事業影響度とをリンクさせることができることを示した。また、各々の復旧作業の所要時間の見積もりに幅がある場合でも、それぞれのケースを計算することで、全体の所要時間の最大・最小を求めることができることを示した。さらに、この手法を用いた場合の復旧率の考え方も示した。

第5章では、既往の構造被害の予測手法について整理した。まず被害予測の前提となる想定地震動の考え方と設定手法について、既往の方法を列挙し、各々の特徴と適用の際の問題点を示した。次に地盤応答の評価手法について同様に既往の手法を整理した。さらに、それらに基づいた構造被害予測手法についても整理し、最後に被害予測の効率化を目的とした簡易被害予測手法を提案した。

第6章では、地震による機能被害の原因を分析し予測手法を検討した。機能被害には第5章で述べたような構造被害に起因するものと、そうではないものがあるため、原因に応じた被害予測手法が必要なことがわかった。また施設・設備間の被害波及についても既往の研究成果を整理した。

第7章では、企業の外部の被害が事業継続に与える影響を考慮するため、交通(道路・鉄道網)ならびに各種ライフラインの被害予測手法を検討した。既往の手法では、第三者が交通やライフラインの被害予測を行うことには限界があるが、自治体のハザードマップや過去の被災事例からある程度の幅を持った復旧時間の予測は可能であり、そのためのポイントとなる事項を整理した。

第8章では、事業継続に必要な資材調達ならびに製品出荷といったサプライチェーンの影響評価手法について考察した。さらに7章で検討した交通の影響も考慮し、調達・出荷への影響を分析した。PERTの手法でサプライチェーンを表現することで、その影響をある程度予測することが可能なことが示された。

第9章では、費用対効果を考慮した効果的な事前・事後対策の選定手法についてまとめた。前章までの被害予測に基づく予測復旧時間と企業が目標とする復旧時間との間に差異がある場合、目標を実現するためには何らかの対策が必要になる。そこで、考えられる対策案の所要時間短縮効果とそれに必要な費用を比較することで、効果的な対策案への意思決定に役立てることができることを示した。また個々の対策が全体の復旧時間短縮にどの程度寄与するかも明らかにできることを示した。さらに効果的な事前・事後の対策が行えるよう、代表的な対策手法を整理した。

第10章では、前章までの成果を実際にBCMシステムに反映して活用するために、地震時のBCMのあるべきフローを示すとともにケーススタディを通じて、想定地震動の強さや発生時刻の違いによる復旧時間の差についても考察した。また事前のマネジメントで作成したアローダイヤグラムが、地震後の復旧対応の迅速化・効率化にも役立つことを示した。以上の成果の活用が事業継続を重視した効率的な経営投資に役立つことを示した。

第11章「結論」では、本研究全体を通じて得られた成果を総括し今後の課題と展望を示した。

以上のように本研究では、巨大地震の頻発が予想される中、真に事業継続能力を向上させる「ヒト、モノ、カネ、情報」の有効な投資を実現させる環境整備を目的として、BCM能力の定量的に評価する手法を提案するとともに、その手法を用いた効果的な地震対策の意思決定支援システムを検討した。事業の継続に必要な施設や構造物、サプライチェーンなどの地震による影響の評価と、これらの影響を事業継続の影響へ定量的にリンクさせる手法の開発によって、「形ばかりのBCPの準備」が目的化する問題やBCMが形骸化する問題は改善され、わが国の将来の地震時被害の軽減に貢献すると期待される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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