学位論文要旨



No 123384
著者(漢字) 金,南佑
著者(英字)
著者(カナ) キム,ナム
標題(和) 斜めの壁が室空間の容積感および印象に与える影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 123384
報告番号 甲23384
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6700号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 講師 今井,公太郎
内容要旨 要旨を表示する

建築計画学や環境心理学では、人間が日常おこなっている行為や、その行為が展開されている室空間に対する関心が高く、人間の行為や人間が持つ領域感覚、または、天井高や床面積、容積といった室空間の寸法や規模の知覚特性、あるいは、室空間に対する印象や雰囲気の評価といった人間の空間認知特性に関する様々な研究が数多く行われてきている。しかし、これらの研究の多くは、長方形の平面で構成された空間を対象にしており、非長方形平面空間については、あまり対象とされることはなかった。この理由は、「空間=長方形・正方形」という認識が強い上に、空間に配置する家具・建具などの要素を考えた場合、最も有利な空間形であること、また、建物施工時の経済的側面でも長方形平面の空間が有利であることなどから、非長方形平面の空間よりは長方形平面空間の方がよく見られることから長方形空間での空間印象や容積感の認知実験などが優先されてきたと考えられる。

しかしながら、近頃の狭小敷地などの厳しい敷地条件に建てられている住宅、病室において各ベッドに窓を持った個室的多床室、また、デザイナのコンセプトなどによる多様な非長方形の平面を持つ空間もよく見られるようになっており、そのような空間がひとびとにどのような影響を与えているのかを検証する必要があるのではないかと考えた。

そこで本研究では、1面の壁が斜めになっている非長方形空間の容積感を基準とした空間認知特性について実験的に検証し、斜めの壁が空間印象に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。その結果を基にして、斜めになる壁の角度、方向、高さ、幅の影響について考察し、実際のデザインを行う際に、寸法の指標の提示と、考慮すべき要因について考察した。

本研究は、第1章-序論、第2章-基礎実験、第3章-実大モデル実験:容積感について考察、第4章-実大モデル実験:空間印象について考察、第5章-結論の5章構成である。

第1章の序論では、本研究の背景と目的を明らかにし、1面の壁を研究する意義を明らかにし、特徴および空間印象認知に関する研究を整理し、本研究を位置づけた。

第2章の基礎実験では、非長方形平面で構成された空間の容積感を明らかにすることを目的とする本実験(実大モデルでの実験)を行う前に、非長方形平面空間の容積感について大まかではあるがその傾向を把握し、本実験での変数や空間設定を行う際に指標になれるデータを求め、縮尺模型を利用して実験を行ったものである。実験を行う際に

「同じ容積の長方形空間と非長方形空間で、被験者が感じる容積感相違の検証」、「非長方形空間の変形されている壁の角度や長さといった変数による容積感変化の検証」を主な目的と仮定し、基準空間模型および比較空間模型の寸法を設定した。その結果、1)同じ容積である場合、長方形の空間より、壁の1面が変形されている非長方形空間の方の容積を同じか、最大14%大きく感じる傾向があること、2)同じ容積・同じ角度の変形壁でも、左の奥行きが深い場合が右の奥行きが深い場合より、最大8%大きく感じられること、3)同じ容積での非長方形空間において、天井が高く・室幅が狭くなるにつれて、被験者が感じる容積は小さくなる傾向があること、4)壁の角度の変化に従った傾向は見られておらず、特定の角度で容積を大きく感じること、といったことが明らかにされた。

第3章の実大モデル実験-「容積感に関する考察」では、2章での結果を基にして、実大スケールの空間模型を利用し、<長方形空間>と<非長方形平面空間>の容積感を比較する方法を用いて、「非長方形平面空間での変形壁の角度や幅・高さによる容積感変化の検証」、「非長方形平面空間で変形壁の方向(右・左)による容積感の相違の検証、及びその原因について考察」を主な目的と仮定して実験を行った。その結果、1)同じ容積でも、長方形空間と1面の壁が斜めになっている非長方形空間では、ひとびとが感じる容積感は異なること、2)非長方形平面空間で、斜めになる壁の角度が25°~35°になる際、ひとびとは非長方形平面空間を最も過大評価する傾向があること、3)同じ条件の非長方形平面空間でも、斜めになる壁の方向により被験者が感じる空間容積感は異なること、4)斜めになる壁の方向による容積感変化の傾向は被験者の利き目が影響を与えていること、5)男性の方が女性の方より非長方形平面空間を過大評価し、過小評価する偏差値が大きいこと、6)斜めになる壁の面積より角度が容積感に影響を与えていること、といった傾向を把握することができた。

第4章の実大モデル実験-「空間印象に関する考察」では、3章と同じ実験方法を用いて、「非長方形平面空間において斜めになる壁の角度や幅・高さ、また方向による空間印象変化の検証」、「非長方形平面空間の容積感が空間印象に与える影響の検証」を主な実験の目的と仮定して実験を行った。その結果、「圧迫感」に関しては、1)1面の壁角度が変形されている非長方形平面空間の場合、同じ容積の長方形空間より圧迫感を感じやすい傾向があり、非長方形平面空間の設定でも、床面積が小さく、天井が高い空間の方が圧迫感を感じやすい傾向があること、2)基準空間と同じ床面積と天井高である非長方形平面空間では、空間容積を大きく感じた角度が容積を小さく感じた角度より、圧迫感も感じにくくなり、その角度は30°~35°であること、天井高が室幅より大きい非長方形空間では、空間容積感認知構造とは関わらず、壁の角度が大きくなることに従って圧迫感を感じやすくなる傾向があることがわかった。また、「落ち着く」の項目に関しては、1)長方形と同じ寸法の非長方形平面空間の場合は、30°と35°の角度に対しては非長方形平面空間が長方形平面空間より落ち着くと評価され、他の角度では長方形空間が落ち着くと評価され、つまり、容積を大きいと感じた角度に対しては落ち着くと評価される傾向があること、2)天井高が室幅より大きい非長方形平面空間では、空間容積感の傾向とは関係なく、変形壁の角度が大きくなることに従って落ち着かないと評価される傾向があることがわかった。斜めになっている壁が「気になる」の項目でも、「圧迫感」「落ち着き」の結果をそのまま反映しており、1)室幅が天井高より大きい非長方形平面空間では、空間容積感の傾向が関わっており、容積を大きいと感じた角度では壁が気にならないと評価されていること、2)天井高が室幅より大きい非長方形平面空間では、空間容積感の傾向とは関係なく、壁の角度の変化に従って、角度が大きくなると気になると評価されていることがわかった。また、空間印象に関する結果を被験者の属性で分類して考察した結果からは、斜めになる壁の方向との関係性は見られておらず、性別による分類の中から、1)女性の方が男性より、長方形空間・非長方形平面空間に関わらず、圧迫感を感じやすい・傾向があること、2)男性の方が印象評価において偏差値が高いことなどの傾向を把握することができた。

第5章の結論では、以上のすべての実験結果をまとめて考察をおこなった。1面の壁が斜めになっている日長方形平面空間の容積感の傾向と「圧迫感」「落ち着き」「変形壁が気になる」といった空間印象を比較して考察し、非長方形平面空間の空間容積感の傾向としては、25°~35°の角度が最も過大評価されており、その角度を基点として小さくなるか大きくなる壁の角度では、実際の容積に近く評価されることが明らかになれた。また、室幅が天井高より大きい設定の非長方形平面空間の場合は、空間容積を大きいと感じた角度に対しては「圧迫感を感じない」「落ち着く」「変形されている壁が気にならない」と評価される傾向あり、天井高が室幅より大きい非長方形平面空間については、空間容積感の傾向とは関係なく、壁の角度が大きくなることに従って「圧迫感を感じる」「落ち着かない」「変形されている壁が気になる」と感じる傾向があると考えられる。

以上の結果を指標にして、1面の壁が斜めになっている非長方形平面空間をデザインする際の適応方法や、今後の課題などについて論じた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、1面の壁が斜めになっている非長方形空間の容積感を基準とした空間認知特性について実験的に検証し、斜めの壁が空間印象に及ぼす影響を明らかにすることを目的としている。

建築計画学では、室空間の寸法や規模の知覚特性・認知特性に関する様々な研究が行われているが、非長方形平面空間については、あまり対象とされることはなかった。

しかし、狭小敷地などの厳しい敷地条件に建てられている住宅、病室において各ベッドに窓を持った個室的多床室、また、デザイナーのコンセプトによる多様な非長方形の平面を持つ空間もよく見られるようになっており、そのような空間が人々にどのような影響を与えているのかを検証する必要があると考えた。

本研究は、5章からなる。

第1章の序論では、本研究の背景と目的を明らかにし、本研究を位置づけた。

第2章では、縮尺模型を利用して「同じ容積の長方形空間と非長方形空間で、被験者が感じる容積感相違」、「非長方形空間の変形されている壁の角度や長さといった変数による容積感変化の検証」を目的として実験を行った。その結果、1)同じ容積である場合、長方形の空間より、壁の1面が変形されている非長方形空間の方の容積を同じか、最大14%大きく感じられること、2)同じ容積・同じ角度の変形壁でも、左の奥行きが深い場合が右の奥行きが深い場合より、最大8%大きく感じられること、3)同じ容積での非長方形空間において、天井が高く・室幅が狭くなるにつれて、被験者が感じる容積は小さくなること、4)壁の角度の変化に従った傾向は見られておらず、特定の角度で容積を大きく感じること、を明らかにした。

第3章では、実大スケールの空間模型を利用し、長方形空間と非長方形平面空間の容積感を比較する方法を用いて、「非長方形平面空間での変形壁の角度や幅・高さによる容積感変化」、「非長方形平面空間で変形壁の方向(右・左)による容積感の相違、及びその原因について考察」を目的として実験を行った。その結果、1)同じ容積でも、長方形空間と1面の壁が斜めになっている非長方形空間では、人々が感じる容積感は異なること、2)非長方形平面空間で、斜めになる壁の角度が25°~35°になる際、ひとびとは非長方形平面空間を最も過大評価する傾向があること、3)同じ条件の非長方形平面空間でも、斜めになる壁の方向により被験者が感じる空間容積感は異なること、4)斜めになる壁の方向による容積感変化の傾向は被験者の利き目が影響を与えていること、5)男性の方が女性の方より非長方形平面空間を過大評価し、過小評価する偏差値が大きいこと、6)斜めになる壁の面積より角度が容積感に影響を与えていることを明らかにした。

第4章では、「非長方形平面空間において斜めになる壁の角度や幅・高さ、また方向による空間印象変化」、「非長方形平面空間の容積感が空間印象に与える影響」を主な目的として実験を行った。その結果、「圧迫感」に関しては、1)1面の壁角度が変形されている非長方形平面空間の場合、同じ容積の長方形空間より圧迫感を感じやすく、非長方形平面空間の設定でも、床面積が小さく、天井が高い空間の方が圧迫感を感じやすいこと、2)基準空間と同じ床面積と天井高である非長方形平面空間では、空間容積を大きく感じた角度が容積を小さく感じた角度より、圧迫感も感じにくくなり、その角度は30°~35°であること、天井高が室幅より大きい非長方形空間では、空間容積感認知構造とは関わらず、壁の角度が大きくなることに従って圧迫感を感じやすくなる傾向があることがわかった。また、「落ち着く」の項目に関しては、1)長方形と同じ寸法の非長方形平面空間の場合は、30°と35°の角度に対しては非長方形平面空間が長方形平面空間より落ち着くと評価され、他の角度では長方形空間が落ち着くと評価され、容積を大きいと感じた角度に対しては落ち着くと評価されること、2)天井高が室幅より大きい非長方形平面空間では、空間容積感の傾向とは関係なく、変形壁の角度が大きくなることに従って落ち着かないと評価されることがわかった。斜めになっている壁が「気になる」の項目でも、1)室幅が天井高より大きい非長方形平面空間では、容積を大きいと感じた角度では壁が気にならないと評価されていること、2)天井高が室幅より大きい非長方形平面空間では、空間容積感の傾向とは関係なく、壁の角度の変化に従って、角度が大きくなると気になると評価されていることを明らかにした。

第5章では、以上のすべての実験結果をまとめて考察を行った。1面の壁が斜めになっている非長方形平面空間の空間容積感の傾向としては、25°~35°の角度が最も過大評価され、その角度を基点として小さくなるか大きくなる壁の角度では、実際の容積に近く評価されることを明らかにした。また、室幅が天井高より大きい設定の非長方形平面空間の場合は、空間容積を大きいと感じた角度に対しては「圧迫感を感じない」「落ち着く」「変形されている壁が気にならない」と評価し、天井高が室幅より大きい非長方形平面空間については、空間容積感の傾向とは関係なく、壁の角度が大きくなることに従って「圧迫感を感じる」「落ち着かない」「変形されている壁が気になる」と感じる傾向があることを明らかにした。

以上のように本論文は、縮尺模型および実際に体験できる実物大の空間模型を用いた実験により、1面の壁が斜めになっている非長方形空間の容積感、印象など空間認知特性を明らかにした。従来あまり検討されていなかった非長方形空間についての空間認知特性から、それを単なる変形空間ととらえるだけでなく、容積感を増す可能性もあることなどを明らかにすることで、その意義と可能性を提示ものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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