学位論文要旨



No 123387
著者(漢字) 金,螢来
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヒョンレ
標題(和) 鉄筋コンクリート構造物の鉄筋腐食による構造耐力低下の高度化・精緻化
標題(洋)
報告番号 123387
報告番号 甲23387
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6703号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 准教授 加藤,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

鉄筋コンクリート構造物は、建設後、自然と人為的に様々な環境要因の影響を受け、時間の経過とともに、その構成材料の劣化が進行され、構造物として要求される安全性・使用性・機能性などが失われ、寿命まで至る。日本において、一般的な鉄筋コンクリート建築物の法的耐用年数は60年くらいで、これまでは鉄筋コンクリート構造物の寿命は1990年代までは大部機能性や経済的な観点から決定されるケースが多かったが、ますます鉄筋コンクリート構造物のストックが増え、その維持管理のための補修・補強などが非常に重要となった。

鉄筋コンクリート構造物が耐用期間中にその機能と安全などの目的を確実に達成するためには、構造物の設計・施工・供用の全段階における注意が要求される。すなわち、設計段階で時間の経過による構造物の劣化を考慮し、施工時コンクリートの良い品質が得られる施工方法を使い、供用中には合理的な維持保全計画によって良好な維持管理行為が必要となる。その一環として、近年、鉄筋コンクリート構造物の設計において、従来の仕様規定型の設計体系から性能設計体系への移行が世界的な流れとなっている。その設計方式では出来上がる構造物の供用予定期間中の性能が設計時点で定量的に評価され、要求性能を満足していることを照査によって確認することが求められる。また、供用中においても構造物の劣化状態を正確に診断し、安全性および使用性などを考慮して残存寿命を精度よく判定することが合理的な維持保全計画を立案するために非常に重要である。

一方、現在状況でこのような設計方式および維持保全計画に対する思想を広め、有効な活用を実現するためには、何よりも建設後の時間経過による鉄筋コンクリート構造物の劣化状況および構造耐力を評価するためのデータおよびツールが必須である。このような観点で多くの研究が行われてきたが、大部の研究が構造物中の物質の移動や材料の劣化などに集中され、構造レベルでの検討は少ない。しかし、実際の鉄筋コンクリート構造物に材料劣化が不都合をもたらすのは耐力や変形性など構造物の構造性能を損なうことによってである。従って、鉄筋コンクリート構造物において、構成材料の劣化、特にもっとも重要な問題となる鉄筋腐食による構造耐力の評価は非常に重要な課題となっているといえる。

鉄筋コンクリート構造体の鉄筋腐食及びそれに伴う構造耐力低下の評価と関連して今まで行われて来た研究は、主に鉄筋コンクリート構造体が置かれている環境条件を分析し、鉄筋の腐食に影響を与える有害物質のコンクリート中においての移動及び材料劣化に関するものが多い。それに対して鉄筋腐食による鉄筋の性能低下とかぶりコンクリートのひび割れ発生、さらに構造体の耐力低下に関する研究はまだ十分に行われていないことが現実である。特に,鉄筋腐食による構造体の耐力低下は最近活発に議論されている構造設計と耐久設計との境界問題を扱う性能指向型設計と関連して重要であるが、構造物の設計段階において材料劣化と鉄筋腐食に起因する耐力低下をどのように反映し、解析するかまだ課題となっている。

2004年度に報告された日本コンクリート工学協会の「コンクリート構造物の長期性能照査支援モデルに関するシンポジウム」によると、構造レベルではいくつか適用可能な性能評価法を利用して解析することが可能であるが、実際にある性能評価法を用いて解析する時、その性能評価法で用いる構成則に材料劣化に関する情報をどのように入力するかということとモデルにより予測した結果が実際の構造体の挙動をどのくらい説明できるかということはまだ宿題である。例えば、有限要素法を使用する場合には、鉄筋コンクリートを構成する材料要素としてコンクリート要素、鉄筋要素、コンクリートと鉄筋との付着要素の三つの要素を用いた方が多い。ところで、今まで使われてきった鉄筋が腐食した鉄筋コンクリート構造体の有限要素解析のための材料要素の構成則は、主に健全な鉄筋コンクリートの材料要素の構成則において、鉄筋腐食により生じる力学的性能の低下を平均腐食率の関数で定式化することに焦点を合わせて行われて来た。

しかし、最近には既往の研究を通じて、鉄筋が腐食した鉄筋コンクリート構造部材の耐力劣化を評価するために、構築されてきた解析手法を鑑み、解析の精度を高めるための研究が進行されている。例えば、鉄筋コンクリート構造部材における局所的な鉄筋腐食および不均一な 腐食率分布などが鉄筋コンクリートの挙動にどのような影響を与えるかを把握し、定量化するための研究が行われている。また、構造レベルの実験を行って解析結果が実験結果とよく合うか把握し、検証する研究も行われている。

材料劣化に伴う長期構造耐力低下の解析による評価の精度を高めるためには、どのような解析法を用い、材料要素の構成モデルで鉄筋腐食による材料劣化の情報をどのように考慮するかが一番重要である。即ち、鉄筋コンクリート構造体中の鉄筋腐食に起因する構造耐力低下を評価するためには、何よりも鉄筋腐食による材料劣化を考慮した構成モデルの導きとともにそのモデルを用いた解析方法により構造レベルの挙動を予測した結果を検証するための実験が必修である。

既存の各解析法において鉄筋腐食による鉄筋コンクリートの劣化に対して使用する構成則、入力データおよび出力データの種類とともにどのような材料劣化がどの程度細かく考慮できるかを把握する必要がある。また、解析の出力結果として構造物のどのような力学性状がどのくらい細かく評価されるのかを明確にするために材料の実際の劣化データを確保するのが大切である。

そこで、本研究ではコンクリート中での鉄筋の様々な腐食パターンを考慮したパラメータを導き、有限要素の構成モデルを設定し、構造レベルの鉄筋コンクリートの挙動を有限要素解析で予測することとともに、実構造体を想定した鉄筋コンクリート梁試験体を対象とした実験を通じて、鉄筋腐食に応じた構造的な性能変化を評価するためのシステム構築を目的とし、特に以下の項目を明らかにすることを目指した。

[1] 局所での集中腐食を含む腐食鉄筋の腐食形態および腐食程度の定量化

[2] 腐食形態に応じた腐食鉄筋の降伏特性およびひずみ硬化特性を考慮した腐食鉄筋要素の構成側を導き

[3] 一軸引張試験(両引き試験)による腐食した鉄筋とコンクリートとの付着特性を把握し、腐食鉄筋とコンクリートとの付着要素の構成則を導き

[4] 導いた腐食鉄筋要素の構成則および腐食鉄筋とコンクリートとの付着要素の構成則を用いた鉄筋コンクリート梁試験体の曲げ破壊実験の有限要素解析および実験結果との比較を通じた検証

[5] 持続荷重下での鉄筋コンクリート梁試験体の鉄筋腐食およびたわみの増加を把握し、鉄筋腐食による鉄筋コンクリート構造部材の時間依存的変形を検討

本論文は、全8章で構成され、各章の概要および主な内容を下記のようにまとめる。

第1章では、鉄筋が腐食した鉄筋コンクリートの構造耐力の評価の重要性、その評価技術の現状、研究の背景および目的、位置づけおよび範囲、構成を論じた。

第2章では、本研究と関連する既往の研究について、主に鉄筋コンクリート部材を有限要素法で解析する際、必要となる腐食鉄筋要素の構成モデルおよび腐食鉄筋とコンクリートとの付着要素の構成モデルの導きおよびそのモデルを用いた解析評価の高度化・精緻化を目指す観点に沿い、腐食鉄筋の腐食形状および形態の定量化、鉄筋腐食による鉄筋とコンクリートとの付着特性およびその時間依存性などを本研究との関連を中心にまとめた。

第3章では、鉄筋の腐食程度および腐食形態の定量化について、腐食鉄筋の降伏点およびひずみ硬化率などの力学的性能および鉄筋とコンクリートとの付着特性における影響を与える鉄筋の腐食パターンを定量的に把握するための実験を行い、平均腐食率、局部最大腐食率、孔食係数および腐食形態のパワースペクトル密度を求め、腐食形態を定量化した。

第4章では、腐食鉄筋の力学的性能の評価と題して、コンクリート中での鉄筋の腐食形態を考慮した腐食鉄筋の力学的性能を有限要素解析で評価するための構成モデルを提案した。まず、コンクリート中での鉄筋腐食による力学的性能の低下を把握し、その力学的性能を評価するために鉄筋腐食のパラメータとして局部的に腐食程度がもっとも大きい鉄筋断面の最大断面減少率を選び、腐食程度と腐食鉄筋の力学的性能との関係を定式化した。また、既往の健全な鉄筋の応力ひずみ曲線とは異なる腐食鉄筋のひずみ硬化特性が表現できる改良指数関数モデルを導いた。

第5章では、腐食した鉄筋とコンクリートとの付着特性の評価について、鉄筋の腐食程度分布および腐食発生部位などが鉄筋とコンクリートとの付着特性に与える影響を一軸引張試験(両引き試験)を通じて把握し、鉄筋が腐食した鉄筋コンクリート引張部材の有限要素解析における付着要素である腐食応力および付着せん断剛性の構成則を提案した。

第6章では、鉄筋が腐食したRC梁部材の力学性能低下の評価について、梁試験体を対象として引張側の鉄筋について全面腐食、曲げ区間局部腐食、せん断区間局部腐食をさせて曲げ破壊試験を行い、鉄筋が腐食したRC梁の構造耐力低下を評価した。また、鉄筋腐食した梁部材に対して正方向の繰返し荷重による力学性能を評価した。それから、第4章および第5章で提案した鉄筋の腐食形態を考慮した腐食鉄筋要素の構成則および付着要素の構成則を用いた有限要素解析を行うことによって鉄筋が腐食した鉄筋コンクリートの構造耐力低下の評価システムを構築し、実験結果との比較を通じて検証を行った。

第7章では、持続荷重下でのRC梁部材の鉄筋腐食およびたわみ増加の評価について、供用中の実際の荷重条件を考慮して持続荷重下での鉄筋腐食およびそれによる梁部材のたわみの増加を把握することによって時間依存的変形に対して検討した。

第8章では、本論文における総括の結論として論文の全般的なまとめについて述べた。

審査要旨 要旨を表示する

金螢来氏から提出された「鉄筋コンクリート構造物の鉄筋腐食による構造耐力低下の高度化・精緻化」は、鉄筋コンクリート構造物の主要な劣化現象である鉄筋腐食によって、構造物の物理的寿命を決定する耐荷性能がどの程度変化するのかを解析によって評価する手法の高度化・精緻化を図ったものであり、地球温暖化物質の排出抑制および資源循環型社会の構築にとって重要な一方策である鉄筋コンクリート構造物の長寿命化の達成に資する研究である。昨今、新規建設投資が減少する中で、過去に建設された鉄筋コンクリート構造物のストックが増加してきており、それに伴って構造耐力の低下に結びつく劣化現象も顕在化し始めてきている。したがって、今後、鉄筋コンクリート構造物を適正な状態に維持していく上で、劣化した鉄筋コンクリート構造物の耐力評価技術は重要性を帯びてくると考えられる。金氏の博士論文は、材料実験によってコンクリート中での鉄筋の様々な腐食パターンを考慮した材料構成則を導くとともに、鉄筋コンクリート模擬部材の載荷実験を通じて、鉄筋腐食に応じた構造耐力の変化を有限要素法で評価するためのシステム構築を行ったものである。

本研究は8つの章で構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的、範囲などが的確に述べられている。

第2章では、本研究と関連する既往の研究に関する調査がなされており、鉄筋が腐食した鉄筋コンクリート部材の耐荷性能を有限要素解析によって評価する場合に必要となる情報の収集が行われ、鉄筋の腐食状態・形態の定量化、腐食した鉄筋とコンクリートとの付着特性、鉄筋が腐食した鉄筋コンクリート部材の耐荷性能の時間依存挙動について、要領よく纏められ、現状の課題と本研究の方向性を明確にしている。

第3章では、鉄筋の腐食程度および腐食形態が、鉄筋の降伏点・ひずみ硬化率などの力学特性ならびに鉄筋とコンクリートとの付着特性に及ぼす影響を定量的に表現できるパラメータを見出すことを目的として、異なる方法で腐食させた鉄筋のテクスチャ解析が実施され、腐食程度・形態を定量的に表す適切な指標として、平均腐食率、局部最大腐食率、孔食係数および腐食形態のパワースペクトル密度が提案されている。

第4章では、第3章で腐食程度・腐食形態が評価された鉄筋の力学特性が実験により求められており、腐食程度・形態を表す定量指標値と鉄筋の応力ひずみ曲線の特性値との関係について分析がなされ、その結果、鉄筋の腐食程度・形態と力学特性とを結びつける最適な定量指標値は、鉄筋の最大断面減少率であることを明らかにしており、鉄筋が腐食した鉄筋コンクリート部材の耐荷性能を有限要素解析によって評価する際に必要となる腐食鉄筋の構成則が導き出されている。

第5章では、鉄筋の腐食程度・分布および腐食発生部位などが鉄筋とコンクリートとの付着特性に与える影響を明らかにするために、鉄筋コンクリートの両引き実験がなされており、実験結果に基づき、鉄筋が腐食した鉄筋コンクリート部材の耐荷性能を有限要素解析によって評価する場合に必要となる、腐食鉄筋とコンクリートとの付着要素のせん断挙動を表す構成則が提案されている。

第6章では、腐食の程度・位置を様々に変化させた鉄筋コンクリート梁試験体が作製され、正方向繰返し載荷を行ってその力学特性の低下が評価されている。また、第4章および第5章で提案された、鉄筋の腐食形態を考慮した鉄筋要素の構成則および付着要素の構成則が有限要素解析に導入され、鉄筋が腐食した鉄筋コンクリート梁の耐荷性能の予測がなされており、予測結果と実験結果との比較を通じて、提案した各構成則の妥当性が検証されている。

第7章では、載荷状態で鉄筋の腐食が進行するという鉄筋コンクリート構造物の実際の供用状況が想定され、鉄筋コンクリート部材の持続荷重下における鉄筋の腐食の進行とそれに伴うたわみの増加現象が実験によって評価されるとともに、有限要素解析による予測がなされており、鉄筋が腐食した鉄筋コンクリート部材の時間依存的変形について有益な議論がなされている。

第8章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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