学位論文要旨



No 123391
著者(漢字) 壁谷澤,寿一
著者(英字)
著者(カナ) カベヤサワ,トシカズ
標題(和) 鉄筋コンクリート建物の基礎すべり入力逸散に関する研究
標題(洋)
報告番号 123391
報告番号 甲23391
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6707号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 野口,貴文
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、鉄筋コンクリ-ト造建物を対象にして、基礎近傍の非線形現象をともなう大加速度域での地震動入力逸散効果を、実験、観測、解析によって検証することを目的にしている。そのために、実在建物を対象にした実験と観測、基礎底面での滑り現象に着目した実大振動実験によって入力逸散効果を実証するとともに、非線形地震応答解析および理論的な検討によって、入力逸散効果を一般化して理解することを試みる。

2章において既往の建物地盤相互作用に関する研究成果および課題から本研究に至る経緯について記した。極大地震時の地盤非線形応答を考慮した直接基礎の入力逸散効果については有限要素法を用いた解析手法も提案されているが、局所的な層厚や地盤非線形性状に応じて解析値が大きく変動するため一義的な評価は難しい。一方、地震応答解析に汎用性を有する質点ばねモデルでは直接基礎構造物においては連成周期における地盤ばねの等価剛性・減衰を定量化する線形入力逸散メカニズムを基本としている。これは大加速度域の地盤応答について自由地盤と建物基礎下入力動の差異が大きく、建物慣性力による基礎下地盤変形性状は非線形領域まで明確に定量化されていないためである。そこで、本研究では地盤非線形変形による逸散減衰とは異なるメカニズムで発生する非線形入力逸散現象、すなわち、基礎地盤間の摩擦滑り現象について、極大地震時の発生メカニズムを検証し、地盤構造物系の応答や自由地盤表層の地震動による応答との差異と独立して定量化することを目的として実大振動実験を行った。

3章では実在建物における入力逸散効果を実証するために行った実験および観測の結果をまとめた。小規模な杭基礎2層鉄筋コンクリート造の実在建物において、建物全体を中央で2つに切断し、双方を反力にして基礎梁レベルで押し開く形で水平載荷試験を行い、基礎底面での非線形水平抵抗力を実験的に検証した。基礎を含めた構造物重量の0.75倍程度で水平反力の剛性低下が顕著になりはじめることが確認され、極大地震時には低層で杭基礎の構造物であっても非線形相互作用による建物応答低減が十分想定されることがわかった。また、地盤剛性に標準貫入試験結果および地盤種別、周辺地盤の復元力モデルに地盤変形係数と極限地盤反力を用いた非線形Winklerばねモデルによる解析結果を実験結果と比較すると、水平耐力を過小評価する結果になり、側面土圧、底面摩擦の負担分がかなり大きいことが推定された。

新潟県中越地震ではK-net 小千谷において非常に大きな表層加速度記録が得られたが、観測点近傍に所在する直接基礎のRC3階建学校校舎の被害調査をした結果、柱に0.2mm以下のせん断ひび割れが見られる軽微な被災程度であった。基礎固定した骨組解析モデルにK-netの地震動を入力として非線形地震応答を推定した結果、1層短柱の応答変形角は1/100~1/50となり、解析による応答変形は明らかに実被害を過小評価する結果となった。さらに、近年に発生して大きな地震動が観測された3つの極大地震における建物の被害調査においても、基礎周辺地盤に滑り・ずれの痕跡がある例が多数見られた。

4章において実大振動実験の試験体概要および実験計画について報告した。試験体は2×3スパン、3層B型片廊下形式の学校校舎形状の構造物2体とし、1体は1970年代当時の一般的な構造設計手法により設計された鉄筋コンクリート建物、もう1体は同一の構造物に対してY方向を外付け鉄骨ブレースによって補強し、柱際腰壁に構造スリットを設けた。X1構面は耐震補強マニュアルに基づいた従来型、X3構面の鉄骨柱はRC柱の内側に入れ、鉄骨梁はプレストレス貫通ボルトによりRC梁に固定した新型の外付け枠組み補強法を採用した。基礎は直接基礎形状としコンクリート容器上に打ち継いで打設することで基礎滑り挙動を模擬した。補強前のRC試験体の耐震2次診断による構造耐震性能指標は、Y方向1階でIs値が0.51となり、短柱破壊時点では通常の判定基準値を満たさず、Y方向に耐震改修が必要であると判断される。

5章においては実大振動実験の結果に関して詳細に報告した。基礎非固定時の応答では両試験体とも加振4(JMA KOBE100%)において基礎下で浮き上がりを伴う滑り変形が生じて、構造物が小破程度の被害にとどまった。RC試験体では基礎固定後の同じ入力目標の加振6で極短柱が脆性破壊から構造物の進行性崩壊に至った。補強試験体では基礎固定後、実記録地震動では震動台で可能な最大出力レベルでも倒壊しなかった。最終加振で正弦波を入力し、共振させることで鉄骨ブレース座屈および一部柱のせん断破壊による最大強度と終局限界を確認した。既往の補強工法では座屈後に面外変形が生じて,基礎梁の接合部,1階柱の接合部が破壊した。一方,新工法による接合部はブレースの座屈破壊以降もずれ変形や破壊は生じず,安定した挙動を示した。

1層応答せん断力係数の最大値はRC試験体では1.3、補強試験体では2.0であった。RC試験体の耐力は耐震診断指標CT値の約2倍の耐力を有しており、補強試験体では1層柱曲げせん断耐力と計算される鉄骨ブレース強度の累加よりさらに大きな耐力を有していた。最大耐力時の1層間変形角はRC試験体で1/100、補強試験体で1/50であった。補強試験体では中央構面基礎浮き上がりが徐々に大きくなるが、梁降伏メカニズム形成には至らなかった。耐震ブレースの負担せん断割合は全水平力の40%程度であり、これを除いた復元力特性は剛性、耐力ともに腰壁付梁および柱を仮定した水平復元力性状に近いものであった。

基礎滑り変形と応答せん断力の関係は非定常な弾塑性形状を示した。基礎は初滑り時に摩擦耐力に加えてコンクリート付着力が作用し、非常に高い水平せん断力で滑り始めるが、繰返し振動時には低い耐力で基礎滑りが発生していた。摩擦係数に換算すると前者は0.75、後者は0.45であった。時刻歴に対する摩擦耐力の変化は振動するような変動性状を示し、徐々に一定値に収束していた。震動実験後に基礎の静的漸増載荷試験を行った結果、静的滑り摩擦耐力は前者に対応する値であった。

6章においては実大振動実験結果の解析的検討に関して報告した。柱梁は材端ばねモデル、耐震壁はTVLEモデルでモデル化し、骨組応答解析を行った。基礎滑り挙動に関しては弾塑性またはbilinear モデルでモデル化した。耐震補強ブレースは弾性トラス材でモデル化した。静的載荷解析プログラムから1層柱の耐力低下開始変形を計算し考慮した。

基礎滑り始めの摩擦耐力の変動を考慮した基礎復元力モデルでは解析と実験における上部構造の応答が非常に近似した。基礎滑り中の摩擦耐力変動は上部構造の応答に大きな変化はもたらさなかった。摩擦耐力を常に一定とした解析モデルでは振動前半における応答変形およびせん断力を過小評価する結果となった。耐力劣化を考慮したRC試験体の骨組解析では概ね実験結果と同様の履歴形状を示すものの、変形が一方向に集中する傾向は再現されなかった。逆方向に耐力劣化した後の再載荷時の剛性については部材断面要素モデルによって評価する必要があることを指摘した。

7章においては、2自由度系応答問題から基礎滑りが生じる場合の建物最大応答を簡便な形で表現して入力逸散効果を定量化し、上部構造が極大地震に対しても弾性範囲に留まるために必要な建物の強度を定式化する方法を示した。基礎地盤ばねが急激に剛性低下するような2自由度系を等価1自由度に縮約し、既往の限界耐力計算における等価線形応答と非線形応答を比較した。基礎最大応答は減衰の低減係数を低下させることで概ね推定可能であるが、静的解漸増載荷解析では基礎ばねに変形が集中するため、既往の方法では建物の最大応答は推定できないことを示した。

基礎滑り中に建物最大応答せん断力が最大値に至る場合、外力が作用しないため基礎滑り開始時の建物速度および変形歪みエネルギー、基礎滑り時間の逸散減衰エネルギーの和が保存される。そこで逆方向基礎滑り停止(または建物速度0)時~基礎滑り間の入力加速度を最大値と仮定して基礎滑り時の建物保有エネルギーを計算すると、建物最大応答層せん断力は最大入力加速度と減衰定数の関数となり、建物固有周期に依存しない上限値として計算されることを示した。6つの加速度波形について基礎弾塑性・建物弾性時の非線形応答スペクトルと提案した建物必要耐力係数を比較した。非線形応答スペクトルは摩擦係数μが小さく基礎建物質量比αが小さい時ほど、共振周波数領域での応答は周期に対してフラットとなった。この範囲での非線形応答最大値は建物必要耐力係数を0~20%程度下回った値であり、推定値の0.9倍値と比較すると非常に良好な対応関係となることを示した。

また、本提案手法は減衰係数項を等価粘性減衰と地盤逸散減衰を用いることで建物非線形・地盤減衰逸散時の建物必要耐力を算定可能となる。発展的課題としては共振周波数領域以外での応答特性評価が挙げられ、これは入力地震波のスペクトル成分などの値から定性的低減傾向を評価する必要がある。

第8章では、本研究で得られた成果を整理し、今後の研究課題を示した。実験および解析、理論的検討により、基礎滑り逸散現象による入力逸散効果を明らかにし、さらに想定外の極大入力に対しても建物がほぼ弾性に留まるために必要な耐力を特定しうることを示した。また、このような現象および構造形式を極大地震動に対する設計として積極的に利用する可能性、弾性範囲の相互作用との合成評価など実構造物での入力逸散の検証など今後の課題をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,次の8章より構成される。

第1章「研究の目的」では,本研究が鉄筋コンクリ-ト造建物を対象にして,基礎近傍の非線形現象をともなう大加速度域での地震動入力逸散効果を,実験,観測,解析によって検証したものであり,基礎底面での滑り現象に着目した実大振動実験によって入力逸散効果を実証するとともに,非線形地震応答解析および理論的な検討によって,基礎すべり入力逸散効果を一般化して理解する方法を示すことを目的とするものとしている。

第2章「地盤-建物連成応答に関する既往の研究」では,基礎入力逸散効果に関する既往の研究を概観し,極大地震時の地盤非線形応答を考慮した有限要素法による評価法や,汎用性のある質点ばねモデルによる入力逸散効果についての解析法を検討し,大加速度域の非線形領域での相互連成作用はいまだ十分には定量化されていないことを指摘した。そして,本研究では,地盤の非線形入力逸散現象の一つである基礎地盤間の摩擦滑り現象について取り上げ,極大地震時の基礎地盤間の摩擦滑り現象の発生メカニズムを検証し定量化することを目的として実大振動実験および解析を行うことの意義について述べている。

第3章「実在建物の基礎における入力逸散効果」では,新潟県中越地震で被災した実在する鉄筋コンクリート建物の静的加力実験や余震観測記録に基づいて地盤建物の相互作用の検討を行っている。

第4章「鉄筋コンクリート造3層建物の実大3次元震動実験の計画」では,学校校舎を模擬して1970年代当時の一般的な構造設計手法により設計された,鉄筋コンクリート建物試験体の実大振動実験の実験計画と実験結果について述べている。試験体の基礎は震動台上に固定せず,基礎コンクリート下面を支持面のコンクリートと分離して設置することで基礎滑り挙動を模擬した実験が行われ,基礎を固定しない時の応答は大加速度入力において基礎下で浮上りを伴う滑り変形が生じて,小破程度の被害にとどまったのに対して,その後基礎を震動台上に固定した後の同じ加振では,構造物は進行性崩壊に至ることが示され,基礎すべりによる入力逸散効果を実験により実証している。

第5章「実大3層震動実験の結果」では, 実験結果における基礎滑り変形現象と応答せん断力の非定常な関係を詳細に分析し,基礎は初滑り時に摩擦耐力に加えて付着力が作用し,非常に高い水平せん断力で滑り始めるが,繰返し振動時には低い耐力で基礎滑りが発生していることを実験的に明らかにしている。摩擦係数に換算すると前者は0.75,後者は0.45程度で,その時刻歴変化は振動するような変動性状を示し,徐々に一定値に収束している。震動実験後に基礎の静的漸増載荷試験により得られた静的滑り摩擦係数とも比較検討し良い対応を得ている。

第6章「実大3層震動実験の解析」では, 試験体を部材レベルでモデル化して,滑り復元力に関しては弾塑性またはバイリニアモデルとして,実大振動実験結果の解析的検討を行っている。基礎の滑り始めの摩擦耐力の変動を考慮した基礎復元力モデルによった解析は実験と良く対応することを示している。摩擦耐力を常に一定とした解析モデルでは振動前半における応答変形およびせん断力を過小評価するが,基礎滑り中の摩擦耐力変動は上部構造の応答には大きな影響は与えないとしている。

第7章「基礎下に弾塑性ばねを有する建物の応答」においては, 基礎下に摩擦すべりを模擬した弾塑性ばねをもつ2自由度系を等価1自由度に縮約し,既往の限界耐力計算における等価線形応答と非線形応答を比較し,静的漸増載荷解析では基礎ばねに変形が集中するため,既往の方法では建物の最大応答は本質的に推定が困難であることを指摘している。さらに,基礎滑り開始時の建物速度,変形,逸散減衰エネルギーの和が保存されることに着目し,逆方向基礎滑り停止時から基礎滑り開始時までの入力加速度を最大値と仮定することにより,建物最大応答層せん断力は最大入力加速度と減衰定数の関数となり,建物固有周期に依存しない上限値として理論的に推定が可能であることを示している。本推定法を,さまざまな地震記録に対しての時刻歴解析結果と比較して妥当性を確認し,その計算値は上限値を0~20%程度下回った値であり,上限の0.9倍を推定値とすれば非常に良好な対応関係となる,としている。

第8章「結論および今後の展望」においては,本論文のまとめを行い,今後の研究の展望について論じている。

以上のように,本論文は,基礎滑り現象による入力逸散効果を実大振動実験によって実証するとともに,実験結果を再現しうるモデルを提示し,さらに理論的な検討によって極大地震動入力に対しては,建物のせん断力応答には上限が存在して,この上限が推定可能であることを理論的に示している。これらの現象の解明および検討結果は,従来の既存建物の地震被害解析あるいは新築建物の耐震設計の適用範囲を,設計時の設定レベルを上回る極大地震動も対象としたものに拡大し新たに展開させたものであり,耐震工学の進歩に大きく貢献している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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