学位論文要旨



No 123392
著者(漢字) 川本,陽一
著者(英字)
著者(カナ) カワモト,ヨウイチ
標題(和) メソスケール数値気象モデルを用いた都市気候予測モデルの構築とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 123392
報告番号 甲23392
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6708号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 准教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

都市化の進展に伴い問題視されている都市特有の気候である都市気候、取分け夏季のヒートアイランド現象は、熱帯夜日数の増加や冷房によるエネルギー消費・CO2排出量の増大と言った問題に限らず、熱中症患者の増加と言った人体の健康を脅かす問題として、更に、因果関係は未だ明確にはなっていないが降水量の増加や集中豪雨の発生等、様々に顕在化している。その様な現状に対し、本研究はヒートアイランド現象のメカニズム解明のため、そしてヒートアイランド緩和方策の検討のため、コンピュータを用いたシミュレーションによる都市気候予測モデルを構築する事を目的とする。シミュレーションによる検討は各種パラメータの変更が容易であるため、多種多様な要因が影響を及ぼしている都市の温熱環境について検討する場合には極めて有効な手法である。

本研究では、気象分野で開発され発展してきたメソスケール数値気象モデルを都市気候の解析に適用する。メソスケールとは、水平方向に数百km~数十kmの範囲を意味する。しかし元来、天気予報を目的とするメソスケールモデルでは、地表面の凹凸、即ち、都市に建ち並ぶ建物や山間部の森林等は、粗度長と言うパラメータにより表現されていた。粗度長を用いたメソスケールモデルによるシミュレーションによって再現される都市の温熱環境とは、都市キャノピー高さの上層のものであり、建物等の流体力学的抵抗が多く存在する都市では特に粗度長を高くするため鉛直方向の格子分割を数十m以下にすることが出来ず、地上数mの範囲である人体居住域に着目した解析を行う事は不可能である。また、土地利用データのみから都市域を再現するため、都市内部の詳細な構造、即ち、低層住宅が密集する住宅地や高層建物が建ち並ぶ商業地等の差異を反映する事は出来ず、都市の形状が大きく影響するヒートアイランド現象を解析するにはモデル化が不十分である。本論文では上記の問題を解決するため、前者に対しては、都市キャノピーモデルをメソスケールモデルの地表近傍の境界条件に組み込んだ。後者に対しては、3次元のGIS(Geographic Information System)データを用い、都市の再現を行った。また、従来の都市キャノピーモデルにおいては精度が不十分であった都市キャニオン空間内部の放射解析手法について改良を行い、高精度であるが計算負荷の高いモンテカルロ法と同程度の精度を持つ、高精度な簡易手法を提案し都市キャノピーモデルのサブモデルとして組み込んだ。

都市キャノピーモデルとは、都市部の建物群の存在により接地層底部に形成される特有な性質を持つ層である都市キャノピー層をモデル化するものであり、メソスケールモデルに組み込むに際し、以下の効果をモデル化している。1) 風速低減効果、2) 乱れの増大効果、3) 短波放射の伝達効果、4) 長波放射の伝達効果、5) 建物表面からの顕熱・潜熱放散。メソスケールモデルを用いて都市の建物を1棟1棟解像して解析することは計算コストの点から非現実的であるため、都市キャノピーモデルでは3D GISデータを用いて街区内の建物群を統計的にモデル化した。1メッシュ内には平均建物間隔、平均建物幅、平均建物高さの3つのパラメータで決定できる均等街区が存在すると仮定した。また、植生に対しても同様に以下の効果をモデル化している。1) 植生群による風速低減効果、2) 植生群による乱れの増大効果、3) 植生群による放射の吸収、4) 植生群による地表面日射吸収量の減少。メソスケールモデルSoftware Platformと都市キャノピーモデルの説明については、本論文第3章で述べた。

本論文の前半部、第4章では、筆者らが従来から用いてきたメソスケールモデルSoftware Platformに都市キャノピーモデルを組み込み、都市気候の解析を行った。都市気候の解析に適用する前段として、AMeDAS観測値との比較を行い、精度検証を行った。それにより、平均的な気象条件に対しては精度良く解析が可能である事を示した。モデル自体の精度を確認した後に、応用解析事例として、1) 東京都内の建物延床面積増加予測に基づく2020年の都市気候の予測、2) 都市内部に配されたコージェネレーションシステムからの排熱の影響の検討、3) 首都直下地震により発生した都市火災に起因する気流性状の予測、を行った。

モデル自体の有用性とその応用の可能性を示した都市キャノピーモデルを組み込んだメソスケールモデルSoftware Platformであるが、しかし、開発時期が古い事もあり、非静力学モデルでの解析が行えない、境界条件の設定方法が単純であり特定の条件を対象とした解析が困難、と言った問題を有しており、現在世界中で用いられているメソスケールモデルに比して性能的に見劣りすると言わざるを得ない。また、プログラム自体がクローズドソースであり、ユーザが限定される点も問題である。これらの問題を解決すべく、本論文の後半部ではNCAR(National Center for Atmospheric Research)とPennsylvania州立大学により提供されるパブリックドメインソフトウェアであるThe Fifth-Generation NCAR / Penn State Mesoscale Model(以下、MM5)を都市気候の解析に適用した。MM5の説明について、本論文第5章で述べた。

MM5は気象予報を目的として開発が進められ、惑星境界層スキーム(乱流モデル)や積雲パラメタリゼーション、降水スキーム、大気放射スキーム、地表面スキーム等、様々なパラメタリゼーションを選択して利用可能である。第6章では、MM5を都市気候解析に適用すべく、様々なモデル及びスキームを比較し検証を行った。従来、メソスケールモデルは水平方向に対して鉛直方向の運動はスケールが小さいため無視出来るとする静力学モデルが主流であったが、計算機資源の増加に伴い、また水平方向のメッシュ解像度が高精度化するにつれ、鉛直方向の運動方程式も解く非静力学モデルが増加している。しかし両モデルを比較した研究事例は少ないため、まず始めに静力学モデルと非静力学モデルの比較を行った。続いて、各種物理過程のパラメタリゼーションを比較するため、積雲パラメタリゼーション・惑星境界層スキーム・水蒸気スキーム・大気放射スキーム・4次元同化の相互比較を行った。最後に、MM5ではメッシュ内で最も面積が大きい土地利用で代表させパラメータを設定し、都心部はその殆どが「都市」と分類され都市内部の河川や緑地の効果を解析結果に反映させる事が出来ないため、プログラムに修正を施し土地利用の割合を反映させて地表面パラメータを設定する方法へと変更した。併せて、地表面被覆の改変と共にヒートアイランド現象の原因とされる人工排熱の影響についてもプログラムに組み込んだ。

都市気候解析を行うために適したモデル・スキーム等を選定したが、しかしMM5は粗度長により都市や植生を表現する従来型のモデルであり、都市キャニオン空間内部の解析が出来ない以上、都市気候の解析に有用とは言い得ない。そこで第7章において、Software Platformに組み込んだものと同一の都市キャノピーモデルをMM5に組み込んだ。

都市キャノピーモデルを組み込んだMM5の性能検証を、第8章において行った。都市キャノピーモデルを組み込んでいないモデルとの比較を行い、オリジナルのMM5では不可能な都市キャニオン空間内部の温度場・流れ場の解析が可能となった事を示した。しかし、AMeDAS観測値との比較においては、各種パラメータの設定の見直し等、解析精度向上のためには今後更なる調整が必要である事も示唆された。

第9章において本論文の総括を示し、併せて今後の研究課題を示して結論とした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「メソスケール数値気象モデルを用いた都市気候予測モデルの構築とその応用に関する研究」と題して、ヒートアイランド現象のメカニズムを解明すべく、メソスケール数値気象モデルを用いてコンピュータシミュレーションにより都市の屋外温熱環境を予測する、都市気候予測モデルを構築する事を目的としている。また併せて、都市気候予測モデルを用いた応用解析事例を示し、その有用性についても提示している。

本論文の構成は以下の通りである。

第1章では、急速に進行している都市温暖化の問題を挙げ、研究背景及び目的としている。

第2章では、都市気候の概念について、特に都市の環境問題として顕在化しているヒートアイランド現象についてまとめ、各機関による既往の研究や都市温暖化緩和方策の提案を示している。

第3章では、本研究で用いるメソスケール数値気象モデルについて示している。また、メソスケール数値気象モデルの地表面境界条件の地表面境界条件として組み込まれている都市キャノピーモデルについても併せて示している。気象の分野ではメソスケールとは水平方向に数百km~数十kmの範囲を意味し、メソスケールモデルは広域の天気予報を目的として開発が行われてきたシミュレーションモデルである。しかしながら、気象分野が天気予報を目的とするのに対し、建築分野では都市の人間の居住域での温熱環境の予測を目的としており、メソスケールモデルで従来用いられている地表面境界条件では後者に対しては精緻に予測する事は困難である。そこで本論文においては、地表面境界条件として、建物や植生の形態とそれによる影響を統計的に組み込む、都市キャノピーモデルを組み込んだメソスケールモデルを用いている。

第4章では、メソスケールモデルを用いた都市温熱環境の解析事例として、1) 東京都内の建物延床面積増加予測に基づく2020年の都市気候の予測、2) 都市内部に配されたコージェネレーションシステムからの排熱の影響の検討、3) 首都直下地震により発生した都市火災に起因する気流性状の予測、を行っている。

第5章では、これまで用いてきたメソスケールモデルからより高精度なモデルへと移行するため、NCAR(National Center for Atmospheric Research)とPennsylvania州立大学により提供されるパブリックドメインソフトウェアであるMM5を都市気候の予測に適用すべく、そのモデルに関して説明している。

第6章では、MM5で利用可能な各種モデル・スキームの比較を行い、都市気候予測に適合する様、選定を行っている。また、様々な土地利用が混在する都市を対象とした解析を目的として地表面パラメータの設定方法を変更するため、MM5の改良を行っている。併せて、地表面被覆の改変と共にヒートアイランド現象の原因とされる人工排熱の影響についてもモデルを改良し組み込んでいる。

第7章では、MM5に第3章で説明した都市キャノピーモデルを組み込む事により、更に都市気候の予測に適したモデルの構築を行っている。

第8章では、都市キャノピーモデルを組み込んだMM5の解析結果を示し、都市キャノピーモデルを組み込んでいないモデルとの比較を行い、オリジナルのMM5では不可能な都市キャニオン空間内部の温度場・流れ場の解析が可能となった事を示している。しかし、AMeDAS観測値との比較においては、各種パラメータの設定の見直し等、解析精度向上のためには今後更なる調整が必要である事も示唆されている。

最後に第9章では、本論文の結論をまとめ、今後の課題を示している。

以上を総括するに、本論文では都市化の進展により深刻化する都市環境の悪化に対して、第一に都市気候予測モデルを構築し、第二に解析事例を多数示す事によりその有用性・適用可能性を示している。ヒートアイランド現象を始めとした都市気候の問題は建築環境工学の見地から避け得る事が出来ない問題であり、その対策立案に際して適用可能なシミュレーションモデルを構築した点が評価に値する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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