学位論文要旨



No 123395
著者(漢字) 朴,哲敏
著者(英字)
著者(カナ) ボク,テツビン
標題(和) 柱梁接合部の弾塑性変形を取り入れた鉄筋コンクリート骨組の地震応答解析手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 123395
報告番号 甲23395
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6711号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 壁谷沢,寿海
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 野口,貴文
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,柱梁接合部の弾塑性変形を鉄筋コンクリート骨組の地震応答解析に取り込む手法に関する研究であり,柱梁接合部の弾塑性変形が卓越する鉄筋コンクリート骨組の地震応答特性を解明するのに,本論文で提案した手法が実用的に活用可能であることを示した研究である。そのために,本論文では柱梁接合部の周辺の弾塑性変形に注目したマクロエレメントを提案し,このマクロエレメントの適用性について検討し,さらにこのマクロエレメントを用いて部分架構レベルにおける柱梁接合部の破壊条件と,骨組レベルにおける柱梁接合部の破壊と崩壊機構の関係について検討した。以下では,本論文の要旨を各章ごとにまとめて示す。

第1章では,鉄筋コンクリート造柱梁接合部の弾塑性モデルと柱梁接合部の破壊が起こる建物の地震応答特性の把握が必要とされる経緯を説明した。その経緯には,鉄筋コンクリート造柱梁接合部の破壊によって建物が全体崩壊あるいは部分崩壊に至った地震被害事例から生まれた建物の耐震診断法の確立の必要性やこれからの設計で考慮せざる得ない柱梁接合部の変形の許容範囲を定める必要性などが挙げられた。次に,本研究の目的と論文の構成について述べた。

第2章では,柱梁接合部の弾塑性モデルに関する既往の研究についてまとめた。ここでは既往のまとめをもとに,扱う文献に対して選別を行った。つづいて,本研究で扱うマクロエレメントにおけるせん断変形角との対応関係を明確するために,既往の実験で定義した柱梁接合部のせん断変形角について紹介した。次に,柱梁接合部の力学性能に与える諸設計因子の影響に関する実験的・解析的な研究についてまとめ,その成果は以下のようであった。接合部のせん断強度はコンクリート強度と強い相関を示しているが,柱の軸力,柱の中段筋とは相関性が低いことを指摘した。また,付着指標が接合部のせん断強度に与える影響は研究ごとに異なり,同じ結論には至らなかったことを指摘し,横補強筋が梁降伏後の接合部せん断破壊を防止するのに効果があることを指摘した。最後に,建物の動的地震応答解析における柱梁接合部の変形の取り扱い方法について紹介し,既往の手法が接合部のせん断破壊あるいは梁主筋の付着破壊する建物以外には適応できないことを指摘した。

第3章では,鉄筋コンクリート造柱梁接合部の弾塑性モデルであるマクロエレメントの構成について説明した。本章では,柱梁接合部周辺の弾塑性変形に注目して、マクロエレメントの簡易化を試み,マクロエレメントの仮定条件,適合条件,釣合条件,構成方程式について説明した。さらに,柱梁接合部における不釣合い力の解除方法や動的地震応答解析法のNewmark- 法とPredictor-Correctorアルゴリズムについて説明した。また,マクロエレメントの構成要素である一軸ばねの荷重変形関係について説明した。

第4章では,マクロエレメントの適用性を検討するために,柱梁接合部の実験結果とマクロエレメントによる解析結果を比較して,以下のような結果が得られた。マクロエレメントは柱梁接合部の実験で得られる荷重変形関係をよく追跡することができるが,十字型柱梁接合部の降伏強度を小さく,ト型とL型接合部の降伏強度を大きく評価することがわかった。また,マクロエレメントはト型とL型の接合部に生じる正負変形割合の非対称現象を追跡できないが,十字型接合部の変形割合を精度よく評価するものの,十字型接合部における梁の回転変形角を大きく,そして接合部のせん断変形角を小さく評価することがわかった。つづいて,本章ではマクロエレメントの付着ばねの定着長さ,付着強度,横補強筋の初期剛性,梁主筋の初期剛性,柱・梁の塑性ヒンジ長さ,接合部のコンクリート強度をパラメータとし,解析精度に及ぼすパラメータの影響を検討し,以下のような結果が得られた。荷重変形関係に影響を与える因子としては,付着ばねの定着長さと接合部のコンクリート強度が挙げられ,これらの因子が柱梁接合部の耐力低下や履歴のループ形状に大きな影響を与えることがわかった。そして,変形割合のみに影響を与える因子としては,梁主筋の付着強度,鉄筋の初期剛性,柱・梁の塑性ヒンジ長さなどが挙げられ,これらの因子が接合部の応力分布と損傷分布の違いに大きな影響を与えることがわかった。

第5章では,柱梁接合部の破壊条件に与える柱・梁主筋量と諸設計因子の相互作用について検討した。柱の主筋量は柱梁曲げ耐力比,梁の主筋量は梁断面の力学的鉄筋比で表して,梁の主筋間距離,梁主筋の付着強度,柱軸力、そしてアスペクト比,柱梁幅比,スパン比,横補強筋比などの設計因子が変化したときの柱・梁主筋量が柱梁接合部の力学性能に与える影響について検討し,以下のような知見が得られた。柱梁曲げ耐力比が高いほど,接合部が壊れにくく,そして柱梁曲げ耐力比がどのような設計因子とからみあっても上述の傾向性は変わらなかった。梁断面の力学的鉄筋比が高いほど,接合部の入力せん断力が大きく,接合部が壊れやすいが,梁断面の力学的鉄筋比が柱の軸力とからみあうと梁断面の力学的鉄筋比が高いほど,接合部が壊れにくい場合もあった。そして,梁の多段配筋により主筋間距離が小さくなることが,接合部を破壊させる主な原因であることがわかった。また,柱の圧縮軸力比が0.2の場合とスパン比が大きい場合に接合部が壊れにくく,アスペクト比が1.0より大きい場合に接合部が壊れやすく,梁幅と柱幅の比の変化と横補強筋比が0.3%以上の場合に接合部の破壊状況に影響を与えないことがわかった。

第6章では,柱梁接合部の弾塑性変形を取り入れた鉄筋コンクリート骨組の静的漸増載荷解析や動的地震応答解析を通じて,接合部の破壊と骨組の崩壊の関係について,以下のような知見が得られた。まず,柱梁接合部の弾塑性モデルであるマクロエレメントを骨組の静的漸増載荷解析や動的地震応答解析に取り入れる手法によって,柱梁接合部の弾塑性変形が骨組の応答特性に与える影響を検討することができた。また,柱梁曲げ耐力比は骨組の崩壊機構と密接な関係があり,柱梁曲げ耐力比を大きくしても,柱主筋と接合部内主筋が降伏するようになり,完全に骨組の崩壊機構の梁降伏型にするのは難しいことがわかった。そして,柱梁曲げ耐力比が小さいと下層の接合部が破壊しやすく,柱梁曲げ耐力比が大きいと上層の接合部が破壊しやすく,柱梁曲げ耐力比をおおむね1.3以上にすると,骨組の接合部に損傷が入るものの,全体的に梁に損傷が集中することがわかった。さらに,梁断面のせいが低く,梁断面の幅を広くすることによって骨組の接合部に損傷が増え,骨組の層崩壊する可能性が高くなることがわかった。最後に,横補強筋比が骨組の応答特性に与える影響は小さいことがわかった。

第7章では,本論文で得られた成果と論文全体の結論を述べた。最後に,今後の課題と展望について述べた。

以上のように,本論文では柱梁接合部の弾塑性変形が卓越する骨組の静的力学特性と動的地震応答特性を検討するための手法を提案した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、以下の7章から構成される。

第1章「序論」においては,柱梁接合部で破壊が起こる建物の地震応答特性の把握が必要とされる背景として,鉄筋コンクリート造柱梁接合部の破壊によって建物が全体崩壊あるいは部分崩壊に至った地震被害事例を挙げ、柱梁接合部の性能を考慮した耐震診断法や性能評価型の耐震設計法が必要であるものとし、そのために本論文では、鉄筋コンクリート造骨組構造の地震応答解析に適用できる柱梁接合部の弾塑性解析モデルの開発を目的とすることとしている。

第2章「既往の研究」においては,柱梁接合部の弾塑性モデル、柱梁接合部のせん断変形角の定義、柱梁接合部の力学性能に与える諸設計因子の影響に関する実験的・解析的な研究、および、柱梁接合部を考慮した動的地震応答解析に関する既往の研究を概観している。既往の骨組解析に用いられる柱梁接合部の考慮の手法の多くが接合部のせん断破壊と梁主筋の付着すべりを独立したものとしており、田尻らが初めて開発した柱梁接合部のマクロエレメント以外では、それらの相関関係は考慮しておらず適応できないことを指摘して、本研究ではそのマクロエレメントの基本な考え方を採用することとしている。

第3章「柱梁接合部のマクロエレメント」では,鉄筋コンクリート造柱梁接合部の弾塑性モデルであるマクロエレメントの定式化について説明し,本研究で行う数値解析手法の実装における仮定条件,適合条件,釣合条件,構成方程式,柱梁接合部における不釣合い力の解除方法、動的地震応答解析法の Newmark-β法とPredictor-Correctorアルゴリズムなどについて述べている。さらに,マクロエレメントの構成要素であるコンクリート,鉄筋,付着バネを表す一軸ばねの応力歪の荷重変形関係および履歴モデルの設定について説明している。

第4章「マクロエレメントの適用性」においては,梁と柱の反曲点から取り出した同一形状・同一材料で製作された3体の十字形柱接合部を、十字型・ト字型・L字型接合部の境界条件で加力した平面柱梁接合部の部分架構実験を、本マクロエレメントを適用した変位制御の繰り返し漸増振幅解析によって模擬し、解析結果を実験結果と比較して,いずれの境界条件についても、柱梁接合部の実験で得られる荷重変形関係や履歴ループ形状をよく追跡することができることを確かめている。その上で、付着ばねの支配領域の設定,付着強度,横補強筋および梁主筋のテンションスティフニング,柱・梁の塑性ヒンジ長さ,接合部のコンクリート強度等をパラメータとして,感度解析を行っている。

第5章「柱梁接合部の破壊条件に関するパラメトリックスタディ」では,本マクロエレメントを用いた一方向漸増載荷解析によって、十字型の柱梁接合部の強度や破壊モードに及ぼす柱・梁主筋量等の諸設計因子の相互作用について検討している。設計因子としては、柱梁曲げ耐力比,梁断面の力学的鉄筋比,梁の主筋間距離,梁主筋の付着強度,柱軸力、接合部パネルのアスペクト比,柱梁幅比,スパン比,接合部横補強筋比について、柱梁接合部の力学性能に与える影響について検討し,柱梁曲げ耐力比が高いほど接合部の破壊が抑制され,梁断面の力学的鉄筋比が高いほど,接合部の破壊が起こりやすいこと、梁の多段配筋により主筋間距離が小さくなり、接合部が破壊しやすくなるとしている。

第6章「柱梁接合部の変形が骨組の地震応答特性に与える影響」では,本マクロエレメントを用いたキ字型骨組の静的漸増載荷解析と動的地震応答解析を行い、 柱梁接合部の弾塑性変形が骨組の応答特性に与える影響を検討する数値解析が実施できることを示した。 また、柱梁接合部の破壊と骨組の崩壊の関係について検討して、柱梁曲げ耐力比は骨組の崩壊機構と密接な関係があり,柱梁曲げ耐力比を大きくしても,柱主筋と接合部内主筋が降伏するようになり, 柱梁曲げ耐力比をおおむね 1.3以上にすると,骨組の接合部に損傷が入るものの,全体的に梁に損傷が集中することが示された。 また,柱梁曲げ耐力比が小さい場合や,梁断面のせいが低く,梁断面の幅を広くした場合にも、柱梁接合部の損傷が増大し骨組の層崩壊する可能性が高くなり、横補強筋比が骨組の応答特性に与える影響はそれらと比較して小さいことが示された。

第7章「結論」では,本論文で得られた成果と論文全体の結論を述べ、今後の課題と展望について述べている。

このように、本論文は,鉄筋コンクリート骨組の弾塑性地震応答解析に柱梁接合部の弾塑性挙動を考慮するための解析モデルとしてマクロエレメントを採用し、その適用性について詳細に検討し, モデルの信頼性についての多角的な検討を行うとともに、部分架構レベルにおける柱梁接合部の破壊条件と骨組レベルにおける柱梁接合部の破壊と崩壊機構の関係について検討して、架構の性能に及ぼす影響を明らかにしている。これらの解析モデルの開発と、架構性能に及ぼす多角的でパラメトリックな検討は、柱梁接合部の性能を考慮した耐震診断法や性能評価型の耐震設計法の確立に欠かせないものであり、耐震工学の進歩に大きく貢献している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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