学位論文要旨



No 123399
著者(漢字) 早野,博幸
著者(英字)
著者(カナ) ハヤノ,ヒロユキ
標題(和) 水密性を考慮した高強度コンクリートのひび割れポテンシャル評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 123399
報告番号 甲23399
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6715号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 准教授 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

昨今における地球環境問題への意識が高まる中、解体後は莫大な量の廃コンクリートを発生するコンクリート構造物に関しては、LCAの観点からは、その原点ともいえる廃棄物を極力発生させない、すなわちコンクリート構造物を長寿命化する手法が有効な手段となる。長寿命化を図る上で、ひび割れの存在は劣化因子の進入を容易にし、急速な耐久性の低下を招いて耐用年数を大幅に短縮させるとともに、身近な問題である漏水にも繋がる。劣化因子の一つである水の進入を防ぎ、水密性を確保するようにひび割れを制御することは構造物の延命化に直結するものとなる。一方、コンクリートに関しては、材料や施工技術の進展に伴って年々高強度化が進んでおり、強度レベルに合わせて数ある材料の中から適切なものを選択することで、様々なグレードのコンクリートが世に送り出されている。これら多様化していくコンクリートの収縮特性を捉え、構造物としての価値を損なうひび割れを制御することは社会的な要請でもある。本研究では、高強度コンクリートの水密性の確保という観点から、ひび割れの制御ならびにひび割れが発生した場合の水密性評価方法を確立することを目的としたものである。

高強度コンクリートのひび割れに関しては、若材齢に生じる自己収縮の問題が顕在化しており、適切に考慮する必要があること、また、発生する応力はコンクリート自体の物性のみならず、拘束条件も大きく関与するものである。そこで、任意の拘束条件が再現できる可変拘束応力試験機(VRTM)を用い、自己収縮がひび割れ発生に対してどの程度寄与するのか、その過程における自己収縮ひずみ、応力、クリープ挙動について検討を行った。ひび割れの評価に際しては、擬似完全拘束下を再現し、応力履歴およびクリープの影響を受けたコンクリートの直接引張強度をその材齢における潜在的ひび割れ強度とし、これに対する収縮応力の割合(収縮応力/応力履歴を受けた直接引張強度)からひび割れポテンシャルを評価した。このように、本研究では実験的検討で収縮ひび割れが自然発生した場合だけでなく、ひび割れが発生しない場合には直接引張試験を行うことや、最も厳しい擬似完全拘束条件でひび割れ発生を促進していることから、ひび割れの潜在可能性という意味も含めて「ひび割れポテンシャル」を評価することとした。擬似完全拘束下においては、低発熱系セメントや膨脹材を使用したコンクリートの自己収縮応力は直接引張試験によるひび割れ発生強度までの余裕度が大きく、ひび割れポテンシャルが高いことを定量的に示した。応力履歴を受けた直接引張強度に関しては、若材齢時に膨張ひずみが拘束された膨張コンクリートにおいては割裂引張強度より高くなる一方で、材齢初期から極めて高い応力履歴を受けた高炉セメントや低W/Cとなる普通セメントを用いた場合は直接引張強度の低下が生じるか、あるいはひび割れが発生した。また、応力強度比が比較的低い範囲で応力履歴を受けた高W/Cのコンクリートの直接引張強度は割裂引張強度と同等以上となった。これらの理由として、引張クリープが微細ひび割れに起因するものと考えると、低い応力履歴を受けたコンクリートは活発な水和による修復作用が影響し、高い応力履歴を受けた場合はその修復作用を上回る微細ひび割れが生じたものと考えられる。本現象を、引張クリープひずみと拘束の有無の違いによる細孔組織の観点から説明可能かどうか検討を行った。その結果、応力履歴が比較的小さく、割裂引張強度と直接引張強度が同等で引張クリープによる損傷の影響が小さいと思われるW/C25%以上のコンクリートでは、無拘束と完全拘束において空隙量の差異はほとんど認められなかった。一方、引張クリープの影響を極めて受け、割裂引張強度に比べて拘束後の直接引張強度が低下したW/C20%のコンクリートは、完全拘束下の空隙量の方が増大していたことから、微細クラックによる引張クリープの影響の差が空隙量に表れ、強度低下に繋がったものと考えられる。

拘束条件に関しては、実構造物の拘束状態を再現可能とする制御方法の検討も行った。通常、コンクリートは何らかの外部拘束を受けており、打ち込まれたコンクリートは自身の剛性変化によってその拘束度は変化していく。これらを勘案した実部材の中間的な拘束状態を再現するべく、外部拘束をバネ定数で表し、対象とする硬化過程のコンクリート剛性も一定の変化に合わせて測定して同様にバネ定数に変換し、これらの比によって実構造物の拘束剛性を模擬する部分拘束制御を考案した。さらに、測定したコンクリートのバネ定数は妥当な値であること、本制御が実際にコンクリート挙動として再現できることを示した。

本研究ではコンクリートのひび割れ評価を行うに際し、調合や環境条件などをより現実に近いものとした。高強度コンクリートの調合設計では、構造体コンクリートは初期に高温履歴を受けることから、構造体補正強度を勘案した調合強度を算出する方法が採用され、設計基準強度が同じでも使用材料に応じてW/Cが異なるものとなる。本調合設計に基づき、設計基準強度40、60、80N/mm2クラスにおいて各種材料を用いたコンクリートを評価対象とした。養生は20℃と併せて温度履歴養生とし、自己収縮および乾燥収縮双方の影響を含んだ一軸拘束試験によりひび割れポテンシャル評価を行った。その結果、温度履歴下における自己収縮ひずみの発現性は、使用するセメントや混和材料で大きく異なり、ポルトランドセメント系を用いた場合には温度降下時において一時的に膨張現象を生じること、高炉スラグやシリカフュームが混入した場合には収縮が停滞、もしくは継続する特性を明らかにした。この現象は設計基準強度が高くなるほど顕著に表れ、ひび割れに繋がる収縮応力にも影響を及ぼすことがわかった。また、一軸拘束試験において収縮のみでひび割れが生じないコンクリートのひび割れポテンシャルを評価する方法として、材齢182日までのコンクリートのクリープ・リラクゼーションの影響を含んだ内部鉄筋ひずみの近似式と、材齢182日における鉄筋の引張り載荷によるコンクリートのひび割れ強度の関係から、ひび割れ発生までの余力度をひび割れ材齢に換算する手法を提案した。本手法により、ひび割れ抑制材料を用いたコンクリートのひび割れポテンシャルを、設計基準強度クラスごとに定量的に示した。このひび割れポテンシャルに影響を及ぼす要因として強度レベルの影響は小さいが、温度履歴を受けることでひび割れポテンシャルは高くなった。これは、収縮ひずみの結果を反映するものであり、温度履歴を受けた場合には20℃養生より収縮ひずみが低減され、その結果、ひび割れ発生材齢が長くなることに繋がっているものと考えられる。性能設計におけるひび割れ発生確率算出に重要な指標となる応力強度比は、20℃養生で0.54~0.96、温度履歴養生では0.48~0.76となり、本実験においても既往の研究と同様にその範囲は広く分布する結果となった。また、応力強度比がひび割れポテンシャルに及ぼす影響は小さく、養生条件の影響に関しては概ね20℃養生の方が応力強度比は高くなる傾向を示した。また、一軸拘束下と擬似完全拘束下のひび割れポテンシャルは明確な相関が認められないことから、拘束度の変化に応じてひび割れポテンシャルは一律に変化しないが、膨脹コンクリートのように極めてひび割れポテンシャルの高い場合は、その性能を擬似完全拘束下で早期に判定することができることがわかった。

ひび割れを有するコンクリートの水密性評価に関しては、これを精度よく行うためにはひび割れ面の粗さの影響を採り入れることが重要となる。その前段として、粗さを定量化できるパラメータを選定し、実際にひび割れ面の粗さが調合やひび割れ発生材齢によって異なるかを実験的に検証した。その結果、若材齢にひび割れが発生した場合は、マトリックス強度が低いためにひび割れが骨材を迂回するなどひび割れ面は粗く、長期材齢の場合では脆性的な破壊が生じることで平面的な破断面となり、粗さは小さくなることを明らかにした。中でもフラクタル次元は、他のパラメータと異なり測定間隔の影響を受けないもので、強度性状からその値が推定可能で、かつひび割れ面の粗さを評価できる有用なパラメータであることを示した。続いてひび割れを有するコンクリートの透水試験を実施した結果、ひび割れ部を通過する透水量は、ひび割れ幅が同一の場合においてもひび割れ面が粗いほど小さくなった。この粗さの影響の度合いは、拘束下を想定したひび割れが変動する状況下において最初にひび割れ幅の拡大を経験した後に幅が減少したひび割れと、地下構造物などを想定した一定の幅を保ち続けるひび割れとでは異なり、前者の方はひび割れ幅に関わらず粗さと透水量の関係は明確に表れるが、後者はひび割れ幅が小さい場合には粗さの影響は非常に小さくなることを明らかにした。また、ひび割れ部からの透水量は、水流の流路長、流路面積ならびに粗さの増大による摩擦抵抗が異なるために、平行平板を流れるPoiseuilleの流れで算出される理論透水量と大きく異なることを示した。

以上の結果から、コンクリートのひび割れに関する外観からの諸条件、およびひび割れポテンシャル評価によって推定されたひび割れ発生材齢や調合条件から粗さのパラメータの一つであるフラクタル次元を推定し、ひび割れを有するコンクリートの水密性を精度よく推定することが可能であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

早野博幸氏から提出された「水密性を考慮した高強度コンクリートのひび割れポテンシャル評価に関する研究」は、高強度コンクリートの水密性を確保するための方策について検討したものであり、高強度コンクリートのひび割れ抵抗性が評価されるとともに、ひび割れが発生した場合の水密性を評価する方法が提案されており、コンクリート構造物の価値・耐久性の低下につながるひび割れを制御することにより、コンクリート構造物の長寿命化を図り、地球温暖化問題・廃棄物問題に資することを意図したものである。

本研究は8つの章で構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的、範囲などが的確に述べられている。

第2章では、コンクリートの収縮、クリープ特性、ひび割れ発生基準など、ひび割れポテンシャルに関連する様々な要因とコンクリートの水密性評価に関する既往の研究が要領よく纏められており、取り組むべき課題が適切に示されている。

第3章では、様々な材料を用いて作製された高強度コンクリートの自己収縮に対するひび割れ抵抗性について、任意の拘束条件を再現できる可変拘束応力試験機を用いて実験的に検討がなされており、低発熱系セメントおよび膨脹材を使用したコンクリートでは、ひび割れ抵抗性が大きいことが示されるとともに、実構造物中における部材の実際の拘束状態を実現できる部分拘束制御を可変拘束応力試験機にて実現する方法が示されている。

第4章では、コンクリート使用材料および水セメントなどの調合条件ならびに養生温度履歴を要因として、高強度コンクリートの自己収縮および乾燥収縮に対するひび割れ抵抗性について実験的な検討がなされており、ポルトランドセメント系を用いた場合には温度降下時において一時的に膨張現象を生じること、スラグおよびシリカフュームを用いた場合には収縮が停滞または継続することを明らかにするとともに、ひび割れ発生までの余力度を材齢に換算する手法が提案され、ひび割れ抑制材料の効果が定量的に評価されている。また、コンクリートの強度および調合に関わらず、高温履歴を受ける場合には乾燥収縮ひずみが低下するためにひび割れ抵抗性が大きくなることを明らかにするとともに、ひび割れ抵抗性が高いコンクリートでは、その高いひび割れ抵抗性を擬似完全拘束下で早期に判定できることを明らかにしている。

第5章では、コンクリートが硬化過程において拘束条件下で応力履歴を受ける場合のひび割れ抵抗性に関して、微視的な観点からの検討が行われており、若材齢時から高い応力を受け続けた場合、セメントの水和反応を上回る引張クリープの影響によって、硬化体組織が損傷を受けて空隙量が増大するため、ひび割れ抵抗性が減少することを実験により明らかにするとともに、擬似完全拘束下における膨張コンクリートの実験結果より、膨張ひずみが拘束された場合には、硬化体組織の緻密化が図られ、ひび割れ抵抗性が増大することを明らかにしている。

第6章では、ひび割れを有するコンクリートの水密性を精度よく評価するためには、ひび割れ面の粗さの影響を定量的に評価し、評価指標と水密性との関係を明らかにしておく必要があることを指摘し、様々な評価指標とコンクリートのひび割れ面の粗さとの関係について検討した結果、フラクタル次元は、測定間隔の影響を受けず、コンクリートの強度からその値を推定可能で、ひび割れ面の粗さを評価できる有用な評価指標であることを明らかにしている。

第7章では、コンクリートのひび割れ面の粗さが透水量に及ぼす影響を明らかにするための実験が行われ、Poiseuilleの理論に基づく透水量と実測値との差異についての考察がなされており、ひび割れ部の透水量は、流路長、流路面積および摩擦抵抗が異なるために、Poiseuilleの理論透水量とは大きく異なることを明らかにするとともに、ひび割れ幅や水圧などを考慮した上で、ひび割れを有するコンクリートの水密性が精度よく推定できる手法の提案がなされている。

第8章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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