学位論文要旨



No 123401
著者(漢字) 岡村,祐
著者(英字)
著者(カナ) オカムラ,ユウ
標題(和) 我が国における眺望景観の保全計画に関する研究
標題(洋)
報告番号 123401
報告番号 甲23401
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6717号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 堀,繁
 東京大学 准教授 中井,祐
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 北沢,猛
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、風景・景観のなかでも、とりわけ「眺める」という視覚行為、眺望主体としての人間の存在を重視した眺望景観に着目し、これを含む風景・景観を如何にして保全するのか、その保全計画の理論的枠組みの構築を目指すものであり、具体的に以下の3点を研究の目的として設定する。

1)眺望景観の保全に関わる近代以降の制度ついて、通史的、横断的な整理を試みる。

2)都市部を主とした景観条例・景観計画等に基づく眺望景観保全の内容を整理・分析し、その計画の理論的枠組みを明らかにする。

3)上記を踏まえ、これからの都市における眺望景観保全のあり方を展望する。

本研究は、全7章から構成され、第1章では研究の枠組みの整理を行う。第2章~第3章では、第1部として「眺望景観保全思潮・制度の歴史的変遷」をテーマに、眺望景観保全に関する制度等の歴史的変遷及び各制度の内容を明らかにしている。第4章~第6章では、第2部として「都市景観行政における眺望景観の保全計画理論」をテーマに、景観条例・景観計画等による取り組みに関して、制度的側面及び空間的側面からその実際を整理・分析し、そこから帰納的に理論的枠組みを考究している。最後に、第7章では結論として眺望景観保全の歴史的パースペクティブのなかにおける景観条例・景観計画等の位置づけを明らかにし、今後の展望を述べる。

以下、各章の概要である。

第2章及び第3章「眺望景観保全思潮・制度の歴史的変遷I及びII」

・「眺望景観保全の揺籃期」(1894年~1945年)

志賀重昂による『日本風景論』が出版された1894年から終戦までの時代であり、我が国における「風景保全の揺籃期」そのものであり、文化財保護、都市計画、自然環境保全といった様々な政策分野から法制度が整備されていく。特に、眺望景観の保全に関連するものとして、1)史蹟名勝天然紀念物保存法が1919年に制定され、それに基づき「著名ナル風景ヲ眺メ得ル特殊ノ地点」や「著名ナル公園及庭園」が保存要目となったこと、2)都市計画法(1919年)に基づき風致地区が規定され、決定標準(1933年)の一つに「眺望地」が挙げられたこと、3)国立公園法が制定され、公園区域の設定に眺望景観が大きな影響を与えたことが挙げられる。これらの制度においては、自然風景地、あるいは都市においても自然を核とした「よい風景」の評価軸として、眺望景観が位置づけられ、「眺める」という行為が重要な存在であったことを示唆している。

・「眺望景観保全の停滞期」(1945年~1950年代)

終戦後から高度成長期に入る大凡1960年頃までの時代であり、戦前期に風景保全のために整備された各法律が新憲法の下で発展的に改正されていくものの、そこで捉えられている風景・景観や眺望景観の概念やその保全手法などに関しては、戦前期のそれを踏襲したものであった。

・「眺望景観保全の躍進期」(1960年代~1980年代)

大凡1960年代から1980年代までの時代であり、国土の開発により風景に大きなインパクトが加わる中で、風景・景観論が再び活性化される。そのなかで、風景を操作(コントロール)するという発想のもと、眺望点(視点場)と眺望対象(視対象)の関係性から風景・景観を分析する景観工学という新たな学問領域が確立された。これは、まさに眺望景観そのものの空間概念であり、その後の景観施策における技術的な側面において、眺望景観が重要な役割を担うようになった。

翻って実際の法制度としては、70年代以降横浜市や神戸市を筆頭にアーバンデザインの導入によって、都市景観行政が起こり、そのなかで眺望景観保全施策が横浜市や盛岡市等ではじめられた。一方、都市周辺部の緑地を保全するため、古都保存法(1966年)、首都圏近郊緑地保全法(1966年)等が創設され、眺望対象としての緑の保全という景観的側面もみられた。

また、景観アセスメントの学術的研究の蓄積、そして実践が行われるようになり、そのなかでも「眺望景観」が、調査、予測、評価等の対象として捉えられた。

このように、眺望点と眺望対象との関係性が明確に捉えられ、眺望対象に対する適切な保護措置が執られるようになってきた。

・「眺望景観保全の成熟期」(1990年代~現在)

1990年代以降、歴史的環境や都市景観の保全に対する関心がますます高まりをみせる。景観条例制定等の地方公共団体による積極的な取り組みや市民による保全活動が盛んになる。国民的な関心の高まりは、環境影響評価法(1997年)や景観法(2004年)等の新たな法律の制定を促し、そのなかで眺望景観の保全も置づけられてきた。特に景観法は、それまでの景観条例等による自治体の取り組みを後押しするものであり、今後益々活用事例は増えるものと想定される。

さらに近年、都市計画法に規定される高度地区を活用した眺望景観保全の取り組みや保存管理計画に基づく名勝「展望地点」の保護等、実効性の伴った眺望景観の取り組みが見られるようになっている。

第4章 「景観行政における眺望景観保全制度の制度的枠組み」

都市景観行政として、景観条例や要綱、あるいは景観計画等に基づく基礎自治体の眺望景観保全のための施策を概観し、制度的側面における特性を明らかにした。

まず、施策の目的、政策手段を異にする以下の3つのタイプがあることを明らかにした。

・「眺望点指定型」(ニセコ町、青森県、静岡市等)

・「眺望点・眺望領域指定型」(塩竃市、東京都、岡山県等)

・「眺望領域指定型」(富士宮市、池田市等)

このなかで、面的な景観誘導を行う後二者に関して、景観行政上の何に依拠したものか整理をすると

・ 景観条例に位置づけた上で、景観法に基づく景観計画のなかで、景観誘導するもの

・ 景観条例における位置づけはないが、眺望景観保全を主目的とした法定の景観計画区域のなかで景観誘導するもの

・ 景観条例における位置づけはないが、景観資源として眺望点をリストアップし、そこからの眺望景観を法定の景観計画区域のなかで間接的に景観誘導するもの

・ 景観条例に基づき定められた眺望景観保全地区等のなかで景観誘導するもの

・ 要綱に基づき景観誘導するもの

という多様な選択肢の存在が確認でき、また具体的な景観誘導プロセスにおいても景観シミュレーションや事前協議の仕組み等、地方公共団体の創意工夫による制度設計が求められている。

5章 「都市における保全対象眺望景観の抽出に関する実際と理論」

眺望景観保全の計画立案の第一段階として、都市・地域に潜在する眺望景観から如何にして保全対象を抽出するのかというプロセスに着目した。まず、都市・地域において、眺望景観へのアプローチとしては、「全体からの発想」と「個からの発想」がある。前者は、都市・地域全体の自然・社会・文化的特性等を視覚的に把握することが可能な眺望景観を保全の対象と捉えるものである。後者は、建造物や庭園等の文化財等の周辺領域の空間形成を図る一つの視点として眺望景観の保全を位置づけるというものである。

「個からの発想」においては、保全対象となる眺望景観は明確であるが、「全体からの発想」によって抽出する場合、説得力のあるプロセスが必要とされる。この抽出のプロセスは、「収集の段階」と「選択の段階」に分けることができ、特に後者においては、住民投票や点数化等の透明性の高い方法が採用されている。

6章 「眺望景観保全計画の立案に関する理論と実際」

上記で抽出した保全対象眺望景観に関して、保全を前提とした眺望景観の空間構造を明らかにし、それに応じた景観誘導範囲の画定、景観像の設定、景観形成基準の策定に関して理論的枠組みを明らかにした。

まず眺望景観の空間構造としては、保全対象となる領域によって「前景型」と「後景型」に分かれる。また、眺望の視野角に応じて「ヴィスタ型」、「パノラマ型」、「全方向型」に分かれる。景観誘導を行う範囲は、この空間構造に基づき基本的には定まるが、地理的・社会的条件によって、その範囲は調整される。

次に、当該眺望の目指すべき景観像として、「構図型」と「調和型」があり、前者は、眺望主対象への見通しが確保されていること、あるいは通念的な景観の構図(例えば、庭園の背景は無蓋であることが相応しい)が維持されることを目標とするものである。後者は、新たな建築物等の既存の眺望対象との同化、眺望主対象との調和を目指すものである。このような景観像を実現するためのルールが景観形成基準であり、「構図型」は建築物等の高さの誘導の問題に集約され、「調和型」は形態意匠・色彩の誘導の問題に集約される。

高さに関しては、許容される最高高さを明示しているのは盛岡市、横浜市、横須賀市、広島市、熊本市の5自治体にとどまる。その他の自治体では、高さに関しては、「山の稜線を超えない」、「水面を隠さない」といった定性的基準を示すに留まっている。

7章 結論

以上を踏まえ、景観条例・景観計画等による眺望景観保全制度の特質として、1)自治体のローカルルールとして運用され、指定等のプロセスが簡易であり柔軟性・機動性に富むということ、2)必要に応じて「背景」や「周辺」などの新たな空間概念を生み出し、核となる領域を保護する制度を補完するということ、3)都市の自然・歴史的環境を実際の空間から視覚的に把握する空間説明性が強く求められているということが挙げられる。

また、景観法の登場で成熟期を迎えつつある景観条例・景観計画等による眺望景観保全制度ではあるが、さらなるステップアップを求めたい。眺望景観は「眺める」という視覚行為があってはじめて成り立つものであり、改めてその行為に着目する必要がある。風景・景観を眺める場としての眺望点、あるいはシークエンス景観等人間の行動を中心に据えた景観計画の立案が求められ、それにより眺望景観を核とした重層的な都市景観を生み出すものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は眺望景観の保全に関して、日本における近代以降の制度について通史的にまとめ、次いで、都市部を対象とした景観条例等において眺望景観保全の手法や論理を概観し、最後にこれからの都市における眺望景観保全のあり方を展望することを目的とした論文である。

論文は研究の枠組みを述べた第1章に続いて、日本における眺望景観保全の計画と制度の歴史的変遷を行う第1部と近年の景観条例等による眺望景観保全の計画手法をひろく検討する第2部、そして結論を述べる第7章から成っている。

第1部はさらに1950年代までを通史的に扱う第2章と、1960年代以降を対象とする第3章とから成っている。また、第2部は景観条例等による眺望景観保全の制度的枠組みを扱う第4章、保全対象眺望景観の抽出プロセスを論じる第5章、眺望景観保全のための景観誘導に関する計画手法を考察する第6章から成っている。

巻末に、各自治体の眺望景観保全計画の各種基準が資料編として集約されている。

第1章は、序説であり、研究の背景と目的、既往研究の整理、用語の定義等をおこなっている。

第2章は、眺望景観保全の通史を揺籃期(1894年~1945年)及び停滞期(1945年~1950年代)に分け、その概要を述べた章である。揺籃期においては、史蹟名勝天然紀念物保存法(1919年)における風景眺望点の保全や都市計画法(1919年)における風致地区の設定、国立公園制度の導入による自然風景地の風景保護施策の登場などが整理されている。続く停滞期においては、新規の施策導入がなされなかった点を明らかにしている。

第3章は、同じく眺望景観保全の通史のうち、躍進期(1960年代~1980年代)及び成熟期(1990年代以降)について論じている。躍進期においては、景観研究の進捗、眺望対象としての近郊緑地の保全、先進都市における眺望景観維持のための建築物の高さ規制の導入などが登場してくる事情をまとめている。成熟期においては、環境影響評価法(1997年)、景観法(2004年)などの成立による都市景観保全施策の法的根拠の強化、施策自体の多様化などが進みつつある点が要約されている。

第4章では、眺望景観保全のための計画として、眺望点指定型、眺望点・眺望領域指定型、眺望領域指定型の3つのタイプがあることを明らかにし、さらに面的規制を行うことになる後二者についてさらに詳細な分類を試みている。

第5章では、眺望景観保全計画の第一段階として、保全対象眺望景観の抽出過程に着目し、その計画理論を整理している。その結果、眺望景観保全の契機としては眺望阻害問題の発生が大きいこと、抽出にあたっては都市全体を捉えることから出発する全体アプローチと個別の景観を評価するところからはじまる単体アプローチで計画論が大きく異なることが示されている。

第6章では、眺望保全計画の立案にあたって、保全を前提とした眺望景観の空間構造を明らかにし、それに応じた景観誘導範囲の画定、景観像の設定、景観形成基準の策定等に関する理論的な枠組みを明らかにしている。とりわけ、眺望対象の領域によって前景型と後景型に分類されること、眺望の視野角によってヴィスタ型、パノラマ型、全方向型に分類されること、目指す景観像によって構図型と調和型に分類されることなどを新たに示している。

第7章の結論において、眺望景観保全制度の現状を総体的に評価し、柔軟性機動性に富む制度として成熟しつつあること、背景や周辺などの概念を導きつつあり、核を保存することを保管する意味をも持ち得ることを示している。加えて、眺望景観保全計画の将来展望として、眺望行為という人間の活動自体を景観計画立案の際の考慮事項として配慮すべきことを主張している。

以上、本論文はこれまでまとまった論じられることのなかった新しい分野である眺望景観の保全に関して正面から論じた初めての論文として貴重である。とりわけ眺望景観保全のための景観誘導に関する計画手法の分類と今後の見通しは、この分野の施策の新しい可能性を示唆するものとして高く評価することができる。

よって本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

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