学位論文要旨



No 123403
著者(漢字) 田中,麻理
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,マリ
標題(和) 物件間の類似度関数を用いた住宅価格推計手法構築とその応用
標題(洋)
報告番号 123403
報告番号 甲23403
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6719号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 高橋,孝明
 東京大学 准教授 羽藤,英二
 東京大学 准教授 貞広,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、物件間の類似度関数を用いた住宅価格推定手法を構築し、さらにその類似度に対する考察から、地域による住宅市場の相違点・共通点や物件の立地の重要性について分析することである。

不動産物件の評価は、不動産物件の売買、担保評価、事業シミュレーション、不動産証券化など不動産に関連する様々な局面で重要である。国民経済計算年報によれば、金融資産を除いた有形資産額の中で不動産が占める割合は75%に上り、不動産の不適切な評価は経済に多大な影響を与えるおそれがある。また近年、企業会計への固定資産の減損に係る会計基準の導入や不動産証券化の拡大、不動産市場への外国資本の活発な参入により、適正かつ理論的な不動産評価の重要性は益々高まっている。

不動産物件を専門的に評価する方法としては、個別物件を評価していく鑑定評価手法やヘドニック分析などを用いて統計的に評価するシステム評価法がある。鑑定評価手法には原価法、収益還元法、取引事例比較法の3種類がある。近年は収益還元法が頻繁に用いられる傾向にあるが、この方法において将来の賃料、空室率、割引率の設定は必ずしも正確ではなく、収益還元法を用いて推定された価値は不安定であると言える。一方、取引事例比較法は、既に経済的分析手法の一つとして確立されているヘドニック価格法と対比ができ、理論的に発展させる余地があると考えられる。

実際に既存研究によれば、適切な類似地(比較事例)を選定することで、取引事例比較法を用いて通常のヘドニックアプローチより高い精度で土地単価が推定できることが明らかになっている。すなわち、適切な市場細分化を行い、比較事例を同一サブマーケット内から選択すれば取引事例比較法による価格推定の精度が向上する。不動産物件評価の分野においては、住宅や近隣環境の類型による市場の分割が持つ重要性が明らかになってきており、住宅サブマーケットの認識や特徴づけが非常に重要な意味を持つようになってきており、その他の既存研究においても、適切な住宅市場細分化によってヘドニック価格予測の精度が向上するという結果が得られている。従来、住宅市場細分化に関する問題は主として、地区割を変えていかに適切に細分化するべきかを見出すことに研究の主力が向けられてきた。しかし諸外国ほど地域による住み分けが進んでいない日本においては、空間分割よりも住宅の諸特性に基づく細分化の方が市場構造を正確に捉えることができる。

日本の住宅市場を対象とした先行研究では、住宅価格推定のためには、従来の地域分割による市場細分化とともに、物件特性に基づく市場細分化が有効であることが明らか割による市場細分化とともに、物件特性に基づく市場細分化が有効であることが明らかになっている。具体的には、住宅価格推定のためには建物専有面積、土地面積、最寄り駅までの所要時間、前面道路幅員、築年数による細分化方法が重要であり、さらに複数の特性に基づく細分化方法を組み合わせることでより価格推定の精度がより向上する。しかしこの研究では市場細分化の基準が必ずしも最適化されていなかったことが一つの課題として指摘されており、この点を克服するために提案したのが、本論文で述べている物件間の類似度関数を用いた住宅価格推定手法である。

本論文は全6章から構成されている。第1章では研究の意義・目的および既存研究についてまとめている。第2章では本論文の分析で利用したデータを説明し、第3章では物件間の類似度関数を用いた住宅価格推定手法について述べている。続く第4章、第5章はともに物件間の類似度に対する考察を深めたものである。第4章では、異なる地域でそれぞれ推定された類似度の関数形から、住宅市場の比較を行っている。第5章では類似度の空間分布について分析を行い、物件間の特性空間での距離と実空間での距離の関係を明らかにしている。第6章では本論文の総括である。

第2章では、本論文の分析で利用しているデータについて説明している。このデータは1996年10月~1997年9月に「週刊住宅情報」(株式会社リクルート発行)に掲載され、取引された東京都世田谷区の戸建住宅のデータ674件と横浜市青葉区の戸建住宅のデータ1120件である。これらのデータに含まれている項目は、取引年月、物件所在地、取引価格、土地面積、住宅専有面積、最寄り駅までの所要時間(徒歩)、最寄り駅名、沿線名、築年数、用途地域、建蔽率、容積率、構造、前面道路幅員、道路付、私道の有無、敷地延長の有無、車庫スペースの有無、セットバックの必要性、建築条件の有無等である。

第3章の「物件間の類似度関数を用いた住宅価格推定」では、新たな住宅価格推定手法を提案している。価格推定についての基本的な概念は次のとおりである。ある物件を比較事例とした場合の評価対象物件の比準価格を求め、その比準価格を比較事例との類似度で重み付けし、価格を推定する。類似度の低い物件については類似度関数の値をほぼゼロにすることで、実質的な市場細分化が実現する。そこでまず、物件間の類似度を表す関数を導出した。物件のある一特性についての類似度が満たすべき条件を「対称性」、「均質性」、「連続性」、「単調性」と仮定し、これらの4条件を満たす関数を求めた。さらに住宅の比較を行う際には、物件の有する複数の特性を総合的に考慮するのが適当と考えられるため、この関数を複数の特性について統合した統合類似度を考案した。

不動産物件の特性に着目した住宅市場細分化に関する先行研究としては、物件特性に対して因子分析やクラスタリング手法を用いて、類似物件を同一サブマーケットに分類することで市場細分化を行う研究が挙げられる。ここではこれら先行研究の手法と比較し、本研究の手法を用いるほうが住宅価格推定の精度は高まることを示した。さらに本 研究の手法では、分析に投入する特性を予め少数に限定しておかなくてよい点、物件間の距離に関する項を統合類似度に投入することにより物件の立地と特性の両方を考慮することができる点でも従来の手法と比べて優位性があると結論付けた。また統合類似度に含まれる変数の値に対する考察から、当該住宅市場において比較事例を選択する際に考慮すべき点について知見を得られる可能性を示した。

第4章の「都心および近郊における住宅市場構造の比較」では、第3章で提案した物件間の統合類似度をもとに東京都世田谷区、横浜市青葉区の住宅市場構造の相違点・共通点について分析している。物件特性が一定程度変化したとき、その変化が統合類似度に対して与える影響の大きさから、物件を比較する際にどの特性がより重要かを明らかにしようと試みた。統合類似度に含まれる変数から、異なる地域間の比較を可能にする指標を考案し、分析した。類似度の性質上、連続値で表される物件特性(例:土地面積)とダミー変数で表される物件特性(例:用途地域)に分類して分析している。

その結果、東京都世田谷区では最寄駅までの所要時間や車庫の有無等、物件自体の実用性・利便性に関する項目が重要であるのに対し、横浜市青葉区では築年数や用途地域といった周辺住環境に関連する項目が重要であるとの結論が得られた。また、物件の規模や敷地形状等の基本的な特性については両地域の差異は見られなかった。

第5章の「物件間の類似度と空間的距離の関係」では、第4章に引き続き統合類似度に対する考察を行い、統合類似度の空間的相関の有無と統合類似度と物件間の空間的距離の関連について分析した。統合類似度の空間的相関については、空間統計学で用いられる指標の一つである「・インデックスを用いて検証した。その結果、二つの対象地域双方において、統合類似度には空間的相関があることが明らかとなった。すなわち、特性空間上での距離が近い物件は、実空間上でも近くに立地している。

また統合類似度と物件間の空間的距離の関連を分析するために、統合類似度が高い物件同士の物件間距離を算出した。類似の物件が近接して立地しているなら、統合類似度がより高い物件との距離は、そうでない物件との距離に比べて短いと予想される。分析の結果、東京都世田谷区では、類似度が高い物件の地域的な集約度合いは小さいと言え、各物件について統合類似度が上位5件までの物件との平均距離でも3,500メートルを超えていることがわかった。一方、横浜市青葉区では統合類似度の高い物件ほど物件間距離が短い傾向が強く、距離が類似度に与える影響が犬きいと考えられる。しかしそれでも各物件について統合類似度が上位5件までめ物件との平均距離は約1,000メートルであった。比較事例は評価対象物件から数百メートルの範囲にある類似物件から選択するのが一般的であることを考えると、類似度の高い物件は、実際には従来考えられていたよりも広い範囲に分布していると推察できる。

最後に第6章では結びとして論文全体の内容を総括し、さらに今後研究を行う上での課題や方向性について述べている。

審査要旨 要旨を表示する

「物件間の類似度関数を用いた住宅価格推計手法構築とその応用」と題した本論文は、物件間の類似度関数を用いた住宅価格推定手法を構築し、さらにその類似度に対する考察から、地域による住宅市場の相違点・共通点や物件の立地の重要性について分析した論文である。

本論文は全6章から構成されている。第1章では研究の意義・目的および既存研究についてまとめている。第2章では本論文の分析で利用したデータを説明し、第3章では物件間の類似度関数を用いた住宅価格推定手法について述べている。続く第4章、第5章はともに物件間の類似度に対する考察を深めたものである。第4章では、異なる地域でそれぞれ推定された類似度の関数形から、住宅市場の比較を行っている。第5章では類似度の空間分布について分析を行い、物件間の特性空間での距離と実空間での距離の関係を明らかにしている。第6章では本論文の総括である。以下では、本論文の主な内容である第3章から第5章の内容を要約する。

第3章の「物件間の類似度関数を用いた住宅価格推定」では、新たな住宅価格推定手法を提案している。価格推定についての基本的な概念は次のとおりである。ある物件を比較事例とした場合の評価対象物件の比準価格を求め、その比準価格を比較事例との類似度で重み付けし、価格を推定する。類似度の低い物件については類似度関数の値をほぼゼロにすることで、実質的な市場細分化が実現する。そこでまず、物件間の類似度を表す関数を導出した。物件のある一特性についての類似度が満たすべき条件を「対称性」、「均質性」、「連続性」、「単調性」と仮定し、これらの4条件を満たす関数を求めた。さらに住宅の比較を行う際には、物件の有する複数の特性を総合的に考慮するのが適当と考えられるため、この関数を複数の特性について統合した統合類似度を考案した。

不動産物件の特性に着目した住宅市場細分化に関する先行研究としては、物件特性に対して因子分析やクラスタリング手法を用いて、類似物件を同一サブマーケットに分類することで市場細分化を行う研究が挙げられる。ここではこれら先行研究の手法と比較し、本研究の手法を用いるほうが住宅価格推定の精度が高く、かつモデルのパラメータ数が少なくて済むことを示した。さらに本研究の手法では、分析に投入する特性を予め少数に限定しておかなくてよい点、物件間の距離に関する項を統合類似度に投入することにより物件の立地と特性の両方を考慮することができる点でも従来の手法と比べて優位性があると結論付けた。また統合類似度に含まれる変数の値に対する考察から、当該住宅市場において比較事例を選択する際に考慮すべき点について知見を得られる可能性を示した。

第4章の「都心および近郊における住宅市場構造の比較」では、第3章で提案した物件間の統合類似度をもとに東京都世田谷区、横浜市青葉区の住宅市場構造の相違点・共通点について分析している。物件特性が一定程度変化したとき、その変化が統合類似度に対して与える影響の大きさから、物件を比較する際にどの特性がより重要かを明らかにしようと試みた。統合類似度に含まれる変数から、異なる地域間の比較を可能にする指標を考案し、分析した。類似度の性質上、連続値で表される物件特性(例:土地面積)とダミー変数で表される物件特性(例:用途地域)に分類して分析している。

その結果、東京都世田谷区では最寄駅までの所要時間や車庫の有無等、物件自体の実用性・利便性に関する項目が重要であるのに対し、横浜市青葉区では築年数や用途地域といった周辺住環境に関連する項目が重要であるとの結論が得られた。また、物件の規模や敷地形状等の基本的な特性については両地域の差異は見られなかった。

第5章の「物件間の類似度と空間的距離の関係」では、第4章に引き続き統合類似度に対する考察を行い、統合類似度と物件間の空間的距離の関連について分析している。

統合類似度と物件間の空間的距離の関連を分析するために、統合類似度が高い物件同士の物件間距離を算出した。類似の物件が近接して立地しているなら、統合類似度がより高い物件との距離は、そうでない物件との距離に比べて短いと予想される。分析の結果、東京都世田谷区では、類似度が高い物件の地域的な集約度合いは小さいと言え、各物件について統合類似度が上位5件までの物件との平均距離でも3,500メートルを超えていることがわかった。一方、横浜市青葉区では統合類似度の高い物件ほど物件間距離が短い傾向が強く、距離が類似度に与える影響が大きいと考えられる。しかしそれでも各物件について統合類似度が上位5件までの物件との平均距離は約1,000メートルであった。比較事例は評価対象物件から数百メートルの範囲にある類似物件から選択するのが一般的であるとの認識を踏まえると、類似度の高い物件は、実際には従来考えられていたよりも広い範囲に分布しているとの推察を示した。

以上のように、住宅価格推計にかかわる重要な学術的成果をあげている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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