学位論文要旨



No 123411
著者(漢字) 井上,智弘
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,トシヒロ
標題(和) 風力発電技術ロードマッピングに関する研究
標題(洋)
報告番号 123411
報告番号 甲23411
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6727号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 浅野,浩志
 東京大学 准教授 鹿園,直毅
内容要旨 要旨を表示する

エネルギー戦略は,経済発展・エネルギー安定需給・環境保全の3つの要素が互いに対立し,交錯する状況にある.長期的視野における基本目標への道のりを多様な関係主体によって描くロードマップの手法がエネルギー戦略として活用されているが,利害関係の異なる関係主体が各々の考えを提示するに留まっている.長期的目標と各エネルギー技術における将来目標との相互関係が不明瞭な状態にある.ロードマッピング手法の明示が必要とされている.

本論文は,風力発電技術ロードマッピングを事例に,日本のエネルギー戦略において産業内外の関係主体が参画するためのロードマップ策定(ロードマッピング)のための技法を検討している.エネルギー技術ロードマッピングの支援ツールを検討するため,特徴となる,定性的・定量的データの利用特質を明らかにすることが研究目的である.研究手法として,シナリオ・プランニング,エネルギーシステムモデル,および多主体系モデルの3つの技法を合わせ,インタラクティブ性とフィードバックを担保する支援ツールを検討する.論文の構成は以下である.

第一に,分析の対象として,エネルギー戦略における関係主体のうち,政府・産業・大学・環境NGOを策定者とした技術ロードマップ,および日欧米の風力発電技術ロードマップを分析し,風力発電産業ロードマップをとりまく現状を明らかにした.その結果,風力発電産業が技術ロードマップを技術開発支援や産業界コミュニケーションのツールとして用いる一方で,政府指針や環境問題などの外部要因による影響が強いことが明らかとなった.また,従来の予測的データを提示する手法から,戦略的思考やバックキャスティング手法が用いられるようになっているが,技術ロードマッピングの論拠の解釈などに混乱が見られた.以上から,産業外も含む多様な関係主体の参画が課題として明らかになった.

第二に,エネルギー技術ロードマッピングの手法においては,策定者の視点と,技術要素からなる手順を明示し,支援する手法が必要とされる.そこで,ロードマップの技法に,シナリオ・プランニングの技法を支援ツールとして用いた.

ロードマップにおいて利用するデータおよびシナリオ提示までの手順は,対象の設定・項目の抽出・デルファイ予測・発展シナリオの4ステップで行った.そこでは,技術ロードマッピングの方法論として,英国政府支援のもとで実施されているPhaalらによって開発されたT-Plan,および市場ニーズと技術トレンドの相関をみて戦略にまで応用させるための手法であるデルファイ-シナリオ法の手順を分析し,日本の風力発電技術ロードマッピングに活用できる手法を検討した.また,文献に基づき,風力発電技術ロードマップに用いられるデータの科学的根拠と不確実性,シナリオ分岐点を明記し,日本における導入プロセスに対する関係主体の関わりを,IDEF0手法により可視化した.項目の抽出においては,基本的な風力発電システムにおける技術に加え,環境・安全・景観等に配慮した設置方法,系統連系,発電量予測,浮体式洋上風車,日本独自の設計スタイルなどの社会に適合する技術を取り上げている.要素抽出における因果関係,および定量的データの分析を行った.その結果,現在の制約条件として,経済性・立地条件・系統連系に関して特に不確実性が大きいことが明らかとなり,戦略的アプローチの必要性が示唆された.また,これの知見から,専門家へのデルファイ調査への発展性を提示した.

第三に,地球環境問題などの解決すべき問題を踏まえて,2100年を考慮した,長期ビジョンを検討する.風力エネルギーに関する技術ロードマップに対し,その他の技術ロードマップと,社会シナリオの検討を行い,トップダウン方式の長期モデルによるによる試算を行い,その検討を行った.風力エネルギー技術として,洋上風力の考慮を行った(図1).試算には,エネルギーシステムフローを設定し,コスト最適化型計算による簡易モデルを作成した.基準シナリオと,統合(風力技術促進・水素エネルギー技術等普及)シナリオの結果を図2に示す.その結果,2030年までは省エネルギーと新エネルギーのコスト削減が,2050年以降は系統連系問題解決がカギとなることが示された.また,2030年における技術詳細を検討するため,(独)日本原子力研究開発機構 がデータベース化を施した日本版MARKALを用いた分析を行った(図3).風力発電技術シナリオ設定を基に,NEDOロードマップで提示されている2030年20GWにおける導入時の最低助成額を検討した.この結果を図3に示す.比較のため,現在の環境付加価値として3.5円の線を図に付している.ここから,風力産業の継続的発展のためには,2015年までの助成金などの支援策の必要性と,2020年以降のさらなる普及拡大にむけた洋上への戦略的投資の必要性が示唆された.

第四に,多主体系モデルとして,ゲーミング・シミュレーションの技法を用いて,多様な関係主体におけるビジョンへの道のりに対する考え方を共有するためのツールへの応用を考え,バックキャスティングゲーム"Next RPS"の開発を行った.これは,新エネルギーのロードマップ理解促進のためのツールである.現実の課題をモデルに仮想空間を設定し,ゲームによる疑似体験を通して考え方を共有することを目的としている.対象者としては,今後,様々な役割を担っていく学生とした.

"Next RPS"は,(1)地域間交渉,(2)電力供給シミュレーション,(3)振り返りの3つのセッションからなる2~3時間のワークショップ形式で行う(図4).エネルギー戦略の実権を持つ地方自治体を仮定し,自治体間の利害関係の下で,共有ビジョンとして,国策を考える場を設定している.日本での国策は,現在RPS(Renewable Portfolio Standard)法により,排出源を持つ企業に対して2014年までの新エネルギー導入割合の目標が定められている.ゲームでは,2050年までの長期的な目標を設定し,その導入割合に対して,風力・太陽光・バイオマス・コジェネレーション,それぞれの新エネルギーをどのように導入するか異なる地域特性を設定している.

(1)の地域間交渉において,利害関係を調整しながらビジョンを打ち立てていく過程,および(2)の電力供給シミュレーションにおいて,共有ビジョンへ向けた地域間による利害関係の調整を体験する.(3)の振り返りでは,体験を通して考えたことを導入に議論する.

その結果,振り返りセッションでの発言やアンケートから,多様な関係主体間において,全体概念および不確実性に対する考え方の相違を共有するための技法としての役割が示唆されると共に,エネルギー技術ロードマッピングへの展開可能性が示された.

本論文では,シナリオ・プランニング,エネルギーシステムモデル,および多主体系モデルの3つの技法を組み合わせたことによる効用に関して考察を行った.技術開発に対して,学習モデルのプロセスから派生する,多様化・統合・経験という手順をロードマッピングに組み込むことで,多様な関係主体とのインタラクティブ性とフィードバックを担保している.シナリオ・プランニングにおいては,知見の発散と多様性を促し,エネルギーシステムモデルの検討においては,比較と集約の支援ツールとなる.また,集約させるプロセスにおける考え方を,多主体系モデルを用いて疑似体験し,専門家以外からのフィードバックを可能とした.

以上により,風力発電技術ロードマッピングのための技法を検討し,その結果として,ロードマッピングの新しい展開可能性が示唆された.本稿で検討された技法においては,エネルギー技術ロードマップの特徴となる,定性的・定量的データの利用特質を明らかにし,多様な関係主体を取り込む技法を取り入れた点が,新しい観点である.

る手法を検討し,エネルギー戦略と風力発電技術ロードマッピングにおける相互関係を明らかにした

図1. 風力発電と立地条件による関係

図2.統合シナリオにおける風力エネルギー技術導入による一次エネルギー供給量の推移の変化

図3 導入目標達成に必要な助成額(円/kWh) 注)2010年は洋上Bは技術開発途上のため導入なし

図4 バックキャスティングゲーム"Next RPS"の概念図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,風力発電技術ロードマッピングを事例に,日本のエネルギー戦略において産業内外の関係主体が参画するためのロードマップ策定(ロードマッピング)の技法について論じたものである.

風力発電技術ロードマッピングを事例に,エネルギー技術ロードマッピングの特徴となる,定性的・定量的データの利用特質を明らかにすることを目的としている.研究手法として,シナリオ・プランニング,エネルギーシステムモデル,および多主体系モデルの3つの技法を合わせて用いることにより,エネルギー戦略と対策技術としての風力発電産業との相互関係を保つための,技術ロードマッピングの技法を検討した.

第1章では,エネルギー戦略においてこれらの関係主体の十分な連携が行われていないことを指摘し,問題解決のための視点と,研究目的およびその手法を述べている.各産業内における企業,政府,国民,大学および研究機構などの関係主体に対し,相互関係を深めるためのコミュニケーションツールとしてのロードマッピングに着目し,その支援ツールの必要性をあげた.

第2章では,エネルギー戦略におけるロードマッピングの技法の特徴を,エネルギー戦略および,日欧米の風力発電技術ロードマップに関する,文献・資料を基に分析している.その結果,風力発電産業が,技術ロードマップを技術開発支援や産業界コミュニケーションのツールとして用いる一方で,その実効力においては,政府指針や環境問題などの外部要因による影響が強いことが明らかとなった.また,従来の予測的データを提示する手法から,戦略的思考やバックキャスティング手法が用いられるようになっているが,論拠の解釈などに混乱が見られた.以上から,より実効力のある技術ロードマップのためには,産業界以外の多様な関係主体の参画が課題として明らかになった.

第3章では,多様な関係主体が関わる際に生じるコミュニケーションギャップに着目し,ロードマップを提示するために,シナリオ・プランニングの概念を応用した手法を,技術ロードマッピングの支援ツールとして検討している.文献に基づき,風力発電技術ロードマップに用いられるデータの科学的根拠と不確実性,シナリオ分岐点を明記し,日本における導入プロセスに対する関係主体の関わりを,IDEF0手法により可視化した.その結果,現在の制約条件として,経済性・立地条件・系統連系に関して特に不確実性が大きいことが明らかとなり,戦略的アプローチの必要性が示唆された.

第4章では,風力発電技術の経済的評価において,重要課題となる要素,およびそれらが制約となる時期に関して,エネルギーシステムを用いて検討している.風力発電技術シナリオとしては,3章で課題としてあげられた,経済性・立地条件に関して条件を設定し,系統連系に関しては制約をかけず,出力結果に対して考察した.その結果,2030年までに,省エネルギーの導入とコスト削減が,2050年に対して系統連系が不確実性要因としてあげられた.また,技術詳細を検討できるMARKALモデルを用いて,NEDOロードマップに提示されている戦略達成に対して,最低助成額を検討した.その結果,陸上に関しては2015年まで,洋上に関しては2030年以上までの支援策の必要性が示唆された.

第5章では,多主体系モデルの一つ,ゲーミング・シミュレーションを用いて開発した,バックキャスティングゲーム"Next RPS"に関して述べている.これは,新エネルギーに関する導入目標の設定,目標達成までの課題,技術的課題の不確実性を要素として組み込んだ,仮想空間の体験から,議論の場を構成したツールである.これにより,多様な関係主体間において,全体概念および不確実性といった特定の要素に関する考え方を共有する支援ツールを開発すると共に,エネルギー技術ロードマッピングの展開可能性を提案した.

第6章では,本論文の結論を述べている.シナリオ・プランニング,エネルギーシステムモデル,および多主体系モデルの3つの技法を組み合わせたことによる効用に関して考察を行った.技術ロードマッピングの支援ツールとして,多様化・統合・経験という手順を補うことで,多様な関係主体とのインタラクティブ性とフィードバックを担保している.シナリオ・プランニングにおいては,思考の枠組みの検討も行うことによる多様化を促し,エネルギーシステムモデルにおいては,それらのシナリオの比較と集約の支援ツールとなる.また,シナリオ検討で抽出されたキーファクターに対し,多主体系モデルを用いて疑似体験するツールを通して,多主体からの限定的フィードバックを可能とした.

以上により,風力発電技術ロードマッピングのための技法を検討し,その結果として,ロードマッピングの新しい展開可能性が示唆された.本論文において開発された技法には,エネルギー技術ロードマップの特徴となる,定性的・定量的データの利用特質を明らかにし,多様な関係主体を取り込む技法を取り入れる,新しい観点が認められる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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