学位論文要旨



No 123413
著者(漢字) 加藤,光章
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ミツアキ
標題(和) 集束超音波における非線形現象の解析
標題(洋)
報告番号 123413
報告番号 甲23413
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6729号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 姫野,龍太郎
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 准教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

集束超音波 (High Intensity Focused Ultrasound; HIFU) 治療法は,体外に配置された振動子から体内の患部に向けて強力な超音波を集束させ,焦点付近のみの体組織を加熱凝固させる治療法である.HIFU治療法は腫瘍治療などに真価を発揮するとともに,体表から患部までの経路を傷つけない非侵襲治療を実現する.体内の超音波伝播過程においては,非線形性による波形の歪みや吸収・減衰,反射・屈折などの複数の現象が存在する.また,超音波伝播と,その連続的な照射により発生する音響流・温度上昇は,時間スケールを大きく異とする.これらの複合的な要因により,現状での治療可能部位は前立腺や子宮などの体内浅部のみに制限される.

以上の問題を克服する上で,近似流体方程式に基づく数値解析が行われてきた [1-6].しかし,近似方程式には,非線形性の再現に制限がある.また,吸収・減衰に関わる各物理量の比率を考慮できないという問題がある.さらに,音場と温度上昇の時間スケールの分離において理論的な考察が施されていないという欠点も挙げられる.

そこで本研究では,非線形性の生成機構,音響流・温度上昇の発生機構を明らかにすることを目的として,流動の非線形を直接記述するNavier-Stokes (NS) 方程式を適用し,従来の近似手法においては困難であった「高次の非線形性」「吸収の多次元性」「時間平均化の妥当性」に注目した解析を行った.

2.音波の時間スケールの解析

本研究において,移流項にはWENO 法[7]を適用した. また,拡散項には二次精度中心差分法,時間発展には三次精度TVDルンゲクッタ法,流出境界にはPerfect Matched Layer (PML)法[8]を適用した.振動子の境界条件には,断熱条件,密度一定条件とともに,振動子表面の移動速度を課した.

まず,必要な格子解像度を定量化するため,粘性・熱伝導が0である媒質に照射される周波数200kHzの一次元超音波を数値解析し,解析手法に含まれる数値粘性の大きさを調査した.その結果,圧力の伝播を捉えるには,一波長あたり30点以上の格子点が必要であること,さらに,吸収・減衰過程を捉えるには,水の場合に90点,肝臓の場合に30点以上の格子点が必要であることを明らかにした.

次に,微小振幅波の軸対称二次元解析を行い,線形解と比較することで,本計算手法における回折波の再現性を検証した.媒質は水として,振動子は開口径4.0cm,焦点距離4.0cmの円形凹面形状とした.音波は周波数を1MHzとし,その焦点圧力が100kPa以下となるように照射した.解析結果は全計算領域で線形解とほぼ一致し,本計算手法を用いて精度良く回折波を捕捉できることを確認した.さらに,高圧力振幅の条件でも同様の解析を行い,実験結果と比較することで,非線形影響の検証を行った.音波は,周波数を2.2MHzとし,振動子表面の圧力振幅をパラメータ(123kPa~273kPa)として照射した.解析の結果,対称軸上,および,幾何学焦点と交差する半径方向の圧力の最大・最小値の分布が,実験結果によく一致すること確認した.また,焦点における時系列データ,及び,各駆動圧力振幅に対する正圧・負圧の比率についても,実験結果とよく一致した.以上の結果,本計算手法を用いて,非線形現象・回折現象を精度よく捉えられることを示した.

次に,圧縮性NS方程式と,速度微小近似方程式の結果を比較する事で,適切な近似手法に対する検討を行った.媒質は水,音波は周波数を600kHzとし,振動子表面の圧力振幅をパラメータ(125kPa~2MPa)として照射した.解析の結果, 強い非線形性が発生する2MPaの場合においても,圧力最大値のNS方程式との差異は0.4%以下であり,その他の温度上昇・密度等の値についても良い一致を得た.以上より,HIFUで用いられる照射条件で,単相静止流体中に照射された集束超音波に現れる非線形性は,NS方程式中の移流項ではなく,状態方程式で記述される圧力と密度の非線形相関によって支配されることを明らかにした.

さらに,ずり粘性・体積粘性の比率をパラメータとして集束超音波の解析を行い,吸収係数内の物理量の比率が及ぼす影響について調べた.媒質は肝臓,音波は周波数を200kHzとし,振動子表面の圧力振幅を146kPaとして,85マイクロ秒間照射した.圧力,温度上昇等の空間上の最大値と,最大値を取る位置の解析結果から,温度上昇のみが粘性比率に影響を受け,ずり粘性が増加するにつれて,最大値が58%程度にまで低下し,その位置が5mm遠方にずれる様子を確認した.また,温度上昇に寄与する,粘性発熱項中の各項の解析結果から,ずり粘性の比率を100%とした場合,吸収係数内の粘性比率を持つ項に対して,伸縮に関係する項の割合は56%にも達することを確認した.以上より,集束超音波場において,吸収係数内部の粘性比率に温度上昇のみが影響を受けること,及び,その要因が粘性発熱項内部の伸縮に関する項にあることを明らかにした.

3.音響流・温度上昇の時間スケールの解析

音響流・温度上昇の発生機構に関する知見を得るために,Rudenkoら[9]の手法に基づく時間平均操作を施した支配方程式中の,音場の時間平均値を解析し,エネルギ輸送の収支を調べ,それらに寄与する影響を評価した.媒質は肝臓,音波は,振動子表面上の圧力振幅を10kPa,周波数を200kHzとして照射した.

まず,全エネルギ輸送の収支分布と,線形解の分布との比較から,両者がおおむね一致していることを確認し,本計算手法を用いることによって,音響流の発生や温度上昇に対する機構を定量的に評価できることを示した.

次に,内部エネルギ輸送の収支分布から,温度上昇に支配的な項は,粘性発熱項であることを確認した.また,各項の総和の最大値を取る位置が,粘性発熱項が最大値を取る位置よりも5mm程度振動子寄りにあることから,圧縮・膨張項の影響が無視できないことを示した.加えて,音場計算中の流速は十分に小さいため,温度上昇に対する熱の移流の寄与は無視できることを確認した.

さらに,運動エネルギ輸送の収支分布を調査し,移流項の寄与はほぼ0であること,圧力による仕事項と粘性摩擦による仕事項は大きく,互いに正負を逆転した分布を示すことを確認した.音響流に対しては,これらの圧力項,粘性項が打ち消しあった微小な残余が駆動源として貢献する.その駆動源の最大位置は幾何学焦点よりも約15mm手前であることを示した.以上より,線形解との比較から,本計算手法を用いることで,時間平均値を評価できることを示し,エネルギ収支における各項の空間分布から,音響流・温度上昇の発生源に関する知見を得た.

4.結言

本研究では,圧縮性NS方程式を直接解析することにより,HIFUにおける集束超音波場を解析した.まず,HIFUにおける圧力の伝播や吸収を数値的に再現するために必要な格子解像度を定量化した.次に,本計算手法を用いて,低圧力振幅での回折波の解析を行い,線形解との整合性を確認した.次に,高圧力振幅・高周波での解析を行い,実験で観測された回折波と非線形性を精度よく捉えられることを確認した.次に,圧縮性NS方程式と,速度微小として導いた非線形近似式との比較を行い,HIFUにおける非線形性は,状態方程式の非線形性に支配される事を明らかにした.次に,集束超音波場において,吸収係数内部の粘性比率をパラメータとして解析を行い,温度上昇のみに大きな変化が生じる事を示し,その要因が粘性発熱項内部の伸縮に関する項にあることを明らかにした.さらに,全エネルギ,内部エネルギ,運動エネルギの時間平均値の解析を行い,線形解との比較から,本計算手法を用いることで,時間平均値を評価できることを確認した.また,エネルギ収支における各項の空間分布から,温度上昇・音響流速が最大値を取る位置の差異を説明できることを示し,これらの影響をモデル化するための知見を得た.

参考文献(1)D. N. White et al., J. Acoust. Soc. Am. 44, (1968) 1339-1345.(2)J.-F. Aubry et al., J. Acoust. Soc. Am. 113, (2003), 85-93.(3)E. A. Zabolotskaya et al., Soviet Physics Acoustics 15, (1969), 35-39.(4)Paul M. Meaney et al., Ultrasound in Med. Biol., (2000), 411-450.(5)S. Ginter et al., J. Acoust. Soc. Am. 111 (2002), 2049-2059(6)M. Liebler et al., J. Acoust. Soc. Am., 116 (2004), 2742-2750.(7)G. S. Jiang et al., Journal of Computational Physics, 126 (1996), 202-228.(8)F. Q, Hu, Journal of Computational Physics, 129 (1996) 201-219.(9)O. V. Rudenko et al., Studies in Soviet Science, (1973).
審査要旨 要旨を表示する

本論文では,強力集束超音波(High Intensity Focused Ultrasound; HIFU)に対して,圧縮性ナビエ・ストークス(Navier Stokes; NS)方程式を適用し,「高次の非線形性」「吸収の多次元性」「時間平均化の妥当性」に注目した解析を行い,非線形性,吸収・減衰,音響流・温度上昇の発生機構を明らかにすることを目的としている.

HIFU治療法中の,体内の超音波伝播過程においては,非線形性による波形の歪みや吸収・減衰などの複数の現象が存在する.また,超音波伝播と,その連続的な照射により発生する音響流・温度上昇は,時間スケールを大きく異とする.これまでに,以上の問題を克服する上で,多くの数値解析法が開発されている.しかし,従来手法では近似流体方程式を用いるため,非線形性,吸収・減衰や幾何的条件等に制限を持つ.そこで本研究では,近似を用いない圧縮性NS方程式を支配方程式に適用し,非線形性,吸収・減衰,音響流・温度上昇に着目した解析を行い,その発生機構を明らかにする.本論文は「集束超音波における非線形現象の解析」と題し,全5章からなる.

第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,また過去に行われたHIFU治療法の数値解析に関する研究を挙げ,これらに対する本論文の位置づけを述べている.

第2章は「計算手法」であり,音場の時間スケールの現象,音響流・温度上昇の時間スケールの現象それぞれについて,支配方程式,及び,数値解析手法を述べている.まず,本研究で用いた支配方程式である,圧縮性NS方程式を示し,移流項に適用したWeighted-ENO法,拡散項に適用した二次精度中心差分,時間発展に適用した三次精度TVDルンゲクッタ法,流出境界に適用したPML法,及び,振動子に適用した境界条件について述べている.次に,音響流・温度上昇の解析のために用いた時間平均化手法について述べ,圧縮性NS方程式から導出した時間平均化式・及び時間平均化値を示している.

第3章は「音波の時間スケールの現象」であり,超音波伝播過程の現象について述べている.まず,集束超音波場のメカニズムとして,音場形成に深く関わる非線形性・回折波の性質について述べ,次に,一次元平面波の解析結果から,本解析手法を用いた場合の,音波伝播,及び吸収・減衰を捕獲するために必要な格子解像度について述べている.次に,低圧力振幅における線形方程式との比較から,本解析手法が回折波について,高い再現性を有することを示している.次に,高圧力振幅における本解析手法と実験との比較から,HIFUで表れる強い非線形性に関しても,非常に良く再現できることを示している.次に,高圧力振幅における圧縮性NS方程式と,速度微小として導いた非線形近似式との比較から,HIFUにおいて発生する非線形性は,状態方程式の非線形性のみに支配される事を明らかにしている.さらに,集束超音波場において,吸収係数内部のずり粘性・体積粘性を変更した場合に,温度上昇の分布に大きな変化が生じる事を示し,その要因が粘性発熱項内部の伸縮に関する項にあることを明らかにしている.

第4章は「音響流・温度上昇の時間スケールの現象」であり,長時間の超音波照射によって表れる音響流・温度上昇の発生要因を調べるため,第2章で示した全エネルギ,内部エネルギ,運動エネルギの時間平均値について議論している.まず,時間平均した計算結果と,線形解との比較を行い,本計算手法を用いることで,音響流の発生や温度の上昇に対する,粘性摩擦仕事や圧力勾配による仕事の影響を評価できることを確認している.また,エネルギ収支における各項の空間分布から,温度上昇・音響流速が最大値を取る位置の差異を説明できることを示している.

第5章は「結論」であり,本研究で得られた結果を総括している.

先に述べたような背景から,HIFU治療における集束超音波場について,圧縮性NS方程式を用いた解析によって,「高次の非線形性」「吸収の多次元性」「時間平均化の妥当性」に関する知見を明らかにしたことの意義は大きい.特に,非近似の支配方程式を用いて,音場の高い再現性を示し,高次の非線形性,吸収・減衰の発生機構に関する知見を得たという点で非常に優れた論文である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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