学位論文要旨



No 123414
著者(漢字) 澤野,宏
著者(英字)
著者(カナ) サワノ,ヒロシ
標題(和) 多孔構造を利用した耐摩耗性摺動面の創成による人工関節の長寿命化に関する研究
標題(洋)
報告番号 123414
報告番号 甲23414
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6730号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 割澤,伸一
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 准教授 杉田,直彦
内容要旨 要旨を表示する

人工関節置換術は,損傷・破壊した生体関節のかわりの人工関節を入れる手術であり,人工関節置換術の適用例は,世界中で年間数十万件,国内でも年間数万件におよぶ.しかし,現在,人工関節の耐用年数は約20年と制限されている.人工関節の耐用年数が制限される主な要因は,人工関節のゆるみ(loosening)である.そして,人工関節の摺動面の摩擦で生じるUHMWPEの摩耗粉が,このlooseningの原因となっている.したがって,人工関節の耐用年数の向上のためには,UHMWPEコンポーネントの摩耗の低減が必要である.

本研究では,人工関節の長寿命化,具体的には人工関節の耐用年数を15年程度から30年程度へ向上させることを目的として,人工関節の摺動面における摩耗のメカニズムに検討を加え,メカモズムを元に多孔構造を利用した耐摩耗性摺動面を提案した.さらに,摺動面に多孔構造を付加するための実用的な加工法を提案し,実際に摺動実験をおこなってその有効性を検証した.

人工関節の長寿命化を図るために,まず,人工関節におけるUHMWPEの摩耗のメカニズムを検討し,人工関節の摺動面内に存在する異物や摩耗粉等の粒子が金属側摺動面にスクラッチ痕を発生させ,そのスクラッチ痕によってポリエチレンの摩耗が進行することを明らかにした.さらに,摺動実験を元にスクラッチ痕の原因となる粒子について検討を加え,金属側表面に存在する平均径4μm程度の析出物が摺動によって脱落し,スクラッチ痕を発生させる主要な原因となることを示した.

この摩耗のメカニズムをもとに,耐摩耗性を向上させるのに適した多孔構造を提案した.具体的には,金属コンポーネントにおいては微小ディンプル面が,UHMWPEコンポーネントにおいては親水性高分子膜を利用した水和摺動面が,それぞれ以下のようなメカニズムにより,人工関節において摩耗を低減させるのに有効な多孔構造であることを示した.

金属コンポーネントの摺動面を微小ディンプル面にすることで,摺動面に入り込んだ摩耗粉や異物などの粒子をトラップする効果により,金属コンポーネントへのスクラッチ痕の発生の抑制が期待できる.

UHMWPEコンポーネントの摺動面に親水性高分子の膜を形成することにより,親水性高分子の有する含水性が金属面とUHMWPE面の直接の接触を抑制し,スクラッチ痕の主要な原因となる金属粒子の発生を抑制する効果が期待できる.

金属側コンポーネントに微小ディンプル面を形成でき,かつ,要求される人工関節の形状精度を損ねない方法として,アプレシブウォータージェット加工技術を採用し,所望の製品形状精度を維持するための加工の物理モデルの構築,および新たな加工方法を提案した.アプレシブウォータージェットによる微小ディンプル加工実験をおこなった結果,以下のことが明らかになった.

・平均粒径03μm~4.0μmの砥粒を用いてウォータージェットによる加工を適用することにより,0.3~45μmの平均深さを持つ微小ディンプル面を得ることができた.

・自動加工による人工股関節骨頭の仕上げ加工を実現した.さらに,砥粒濃度と加工時間の関係を明らかにし,5分の加工時間で微小ディンプル仕上げが可能であることを明らかにした.これは従来の最終仕上げ工程である手仕上げの場合の加工時間30分を大幅に短縮するものであり,加工コストの低減が期待できる。

・仕上げ加工において形状精度向上手法を適用した結果,仕上げ加工後の人工股関節骨頭の真円度を0.14μmまで向上させることができた.

一方,UHMWPE側に関しては,親水性高分子による耐摩耗性のメカニズムについて検討を加え,親水性高分子の持つ「含水性」が耐摩耗性を向上させる上で重要な役割を果たすことを示した.そして,「含水性」を有する水和摺動面を形成するために,既報研究で良好な耐摩耗性が示されているMPC高分子の光グラフト重合手法の適用が有効であることを明らかにした.UHMWPE平板に対するMPC高分子の光グラフト重合実験の結果,以下のことが明らかになった.

・MPC膜は最表面に面粗さ1mmRa以下の平坦な面を持ち,その下に多孔構造を持つ.そして,その多孔構造が高い含水性を実現することを明らかにした.

・成膜温度により,多孔構造の有無が変化した.特に,室温での成膜では,含水性を付与するための多孔構造をもたないMPC膜が得られることを明らかにした.

提案した多孔構造が人工関節の長寿命化を実現する上で有効であることを検証するため,摺動実験をおこなった.人工関節の耐用年数を評価するための実験方法について検討を加え,2軸のピンオンプレート摺動実験が有効であることを明らかにした.また,人工股関節シミュレータにおける試験方法の国際規格であるISO14242-1をもとに,ピンオンプレート摺動実験における実験手法を提案し,2軸を有するピンオンプレート摺動実験装置を試作した.

試作した摺動実験装置を用いて,金属をプレート,UHMWPEをピンとした摺動実験をおこなった結果,以下のことが明らかになった.

・微小ディンプル面を用いた摺動実験の結果,ディンプルの平均深さを1μm程度とすることにより,微小ディンプル面を構成するディンプル構造がスクラッチ痕を形成する粒子をトラップする効果により,摩耗量を従来の場合の1/2以下のおよそ0.2mgに低減できることが明らかとなった.摩耗量から耐用年数の換算をおこなった結果,35年程度の耐用年数の実現が見込めることが明らかになった.

・水和摺動面を用いた摺動実験の結果,摩耗量を従来の場合の1/10以下に低減できた.また,含水性を変化させて摺動実験をおこなった結果から,MPC膜の有する多孔構造による含水性が,耐摩耗性・向上において重要な役割を果たしていることを明らかにした,

・微小ディンプル面と水和摺動面の組合せでは,鏡面と水和摺動面の組合せの場合と比較して摩耗量が大きくなることを摺動実験により明らかにした.この原因が,水和摺動面における潤滑機構にあることを明らかにし,水和摺動面を適用する場合には,相手側摺動面が平滑であることが重要であることを明らかにした.

以上の結果より,金属側あるいはポリエチレン側のどちらか一方に適切な多孔構造を創成することにより,耐用年数を従来の15年程度から30年以上に向上でき,人工関節の長寿命化を実現できることを明らかにした.'

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,人工関節の長寿命化,具体的には人工関節の耐用年数を現状の15年程度から30年程度へ向上させることを目的として,人工関節の摺動面における摩耗のメカニズムに検討を加え,耐摩耗性の向上に適した多孔構造のサイズ,形状,および機械的特性について検討を加えている.さらに,摺動面に多孔構造を付加するための実用的な加工法を提案し,実際に摺動実験をおこなってその有効性を検証している.

人工関節の長寿命化を図るために,人工関節におけるポリエチレンの摩耗のメカニズムを検討し,人工関節の摺動面内に存在する異物や摩耗粉等の粒子が金属側摺動面にスクラッチ痕を発生させ,そのスクラッチ痕によってポリエチレンの摩耗が進行する機構の仮説を立てている.これに対して,金属側表面に創成した多孔構造によって異物や摩耗粉等の粒子をトラップすることにより,スクラッチ痕の抑制およびポリエチレンの摩耗の低減が可能であることを提案している.耐摩耗性の向上に適した多孔構造のサイズを決定するために,摺動実験を元にスクラッチ痕の原因となる粒子について検討を加え,金属側表面に存在する平均径4・m程度の析出物が摺動によって脱落し,スクラッチ痕を発生させる主要な原因となることを示している.この結果を元に,摺動面内に存在する平均径4・m程度の粒子によるスクラッチ痕の発生を抑制でき,その結果として摩耗量を最も少なくできる多孔構造として,平均深さ1・m程度の微小ディンプル構造が良いことを明らかにしている.この金属側表面の多孔構造を効率よく創成でき,かつ,要求される人工関節の形状精度を損ねない方法として,アブレシブウォータージェット加工技術を採用し,所望の製品形状精度を維持するための加工の物理モデルの構築,および新たな加工方法を提案し,加工実験により,効率よく上記多孔構造の創成が可能であることを示している.さらに,摺動実験におけるポリエチレンの摩耗量の比較により,金属側表面を平均深さ1・m程度の微小ディンプル構造とすることにより,ポリエチレンの摩耗量を従来の場合の1/2以下に低減でき,35年程度の耐用年数の実現が見込めることを示している.

一方,ポリエチレン側に関しては,既報研究で良好な耐摩耗性が示されているMPC膜を取り上げ,その耐摩耗性のメカニズムについて検討を加えている.その結果,MPC膜の有する多孔構造による含水性が,耐摩耗性向上において重要な役割を果たしていることを,MPC膜の構造分析および摺動実験における含水性有無による摩耗量の相違から実証している.

さらに,金属側表面の多孔構造とポリエチレン側MPC膜の多孔構造との相互作用についても検討を加え,金属側あるいはポリエチレン側のどちらか一方に適切な多孔構造を創成することが耐摩耗性向上の観点から重要であることを実験的に示すとともに,そのメカニズムの解釈をおこなっている.

以上を要するに,本論文は,人工関節の摺動面摩耗問題に対して,摺動面に存在する異物に着目しその発生抑制と発生後のスクラッチ抑制の両方の観点から摩耗メカニズムを検討し,これに基づいた摺動面が有すべき機能と構造およびその創成方法を示した論文である.得られた結果は,人工関節の耐用年数を30年以上にできる可能性を示しており,社会的観点から大変意義深い.また,提案している摺動面創成方法は従来に比べて加工時間や加工コストを低減できることも併せて示しており,工業的観点から意義がある.したがって,本論文は学術的にも技術的にも有用な指針を与えている.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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