学位論文要旨



No 123419
著者(漢字) 田村,雄介
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ユウスケ
標題(和) 卓上作業支援のための作業者意図の推定
標題(洋)
報告番号 123419
報告番号 甲23419
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6735号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 太田,順
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 鈴木,宏正
 東京大学 教授 淺間,一
 東京大学 准教授 佐藤,洋一
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,卓上作業において,作業者が必要とする物体を作業者の手元まで迅速に搬送するための,作業者意図の推定方法を提案した.

従来提案されてきた卓上作業を支援するシステムは,主にユーザを情報面から支援するものであった.また,物理面から支援することを指向した研究は,リハビリテーションロボティクスの分野にほとんど限られてきた.

一方,一般の卓上作業では,作業順序が事前には決定されておらず,迅速に支援を行うためには,実時間でユーザの支援要求を推定しなければならないという問題があった.また,一般のユーザが使用することを想定すると,ユーザにとって直感的かつ容易な指示方法によって利用できるシステムが望まれていた.

これらの問題に対して本研究では,

直感的かつ容易な指示法に基づいたユーザの持つ支援要求の検出

直感的かつ容易な指示法に基づいた支援要求内容の推定

ユーザの持つ支援要求の理解に基づいた迅速な物体搬送支援の実現を目的とした.

第2章では,まず,本研究で想定する卓上作業支援システムについて概説した.人間とロボットが共存する環境においてロボットが人間を支援するためには迅速性と安全性を兼ね備える必要がある.これに対して本研究では,Sawyer型の平面リニアモータを用いた自走式トレイをロボットとして利用することとした.さらに,自走式トレイの配置に関する条件について明らかにした.

次に,気の利くシステムおよび情報の確実性という観点から,システムに対する指示方法を検討した.その結果,本研究では明示的な指示は極力用いず,システムが人間の身体動作に内在する意図を推定するというアプローチをとることとした.具体的には,ユーザが必要な物体を取ろうとする際の身体動作を計測することで,そこに内在している支援要求を推定することとした.また,必要な物体に対じて手を伸ばすことが不自然な状況において,直感性や容易性という観点から,どのような指示方法が適切かを検討した.その結果,本研究ではそのような状況では指差しを用いることとした.また,これら2種類の指示方法から支援要求を推定する手法の概要を述べ,以降の章の流れを明らかにした.

第3章では,ユーザによるリーチング時の身体動作から支援要求を推定する手法を説明した.手先運動の速度,手先軌道の曲率,視線方向と手先方向の内積の3つの条件を確率的に統合することにより,リーチング動作を検出する手法を提案した.また,手先の物体に対する接近速度およびリーチング動作中の視線方向を確率的に統合することにより,リーチングの初期段階において複数の物体からターゲットを予測する手法を提案した.

模型自動車の組立作業における人間の手先および視線運動を計測し,リーチング動作検出手法およびターゲット予測手法の有用性を検証した.その結果,単純に手先位置の閾値を用いる方法に比べて短時間で精度良くリーチングを検出することができた.また,ターゲットの予測においては,手先の運動や視線の運動のどちらか一方だけを用いる方法に比べて高い正解率で予測が可能であることを示した.これらのことから,本研究で提案したリーチング動作からの支援要求推定手法が有用であることが言えた。

第4章では,指差しからユーザの意図するターゲットを推定する手法を説明した.人間の主観的な指差し方向は,指や腕といった身体部位そのものの方向とは異なり,従来研究では十分な精度で指差し方向を推定することができていなかった.これに対して本研究では,人間の指方向から主観的指差し方向を推定するモデルを提案した.具体的にはp次多項式モデルを仮定し,実験によりその妥当性を検証するとともに,モデルの次数を決定した.得られた結果をAIC(Akaike's Information Criterion)によって評価した結果,本研究では1次モデルを採用することとした.本研究で提案したモデルによって,非常に精度良くターゲットを推定することができることを示した.

第5章では,第3章,第4章で述べた手法により得られる空間情報と,文脈としての時系列情報を統合することで,ターゲットを推定する手法を提案した.ここでは,ユーザの物体使用順序を条件付き確率表で表現するとともに,リーチング動作における手先運動・視線運動情報,および指差し方向の情報を確率分布として表現した.そして,それらを動的ベイジアンネットワークとして統合することによって,ターゲットを推定するという手法を提案した.被験者から見て奥行き方向にも物体が並んでおり,空間情報だけではターゲットの推定が困難な状況においても,提案手法を用いることで精度良くターゲットを推定することができることを,仮想物体を用いた実験により示した.

第6章では,第3章から第5章で提案した支援要求推定手法に基づいて迅速に物体搬送を行う卓上作業支援システムについて述べた.まず,提案する卓上作業支援システムの構成について述べ,その後自走式トレイの移動目標位置決定手法について説明した.ユーザの手先運動に躍度最小モデルを仮定することによって,手先の到達位置を予測し,その位置が迅速に物体搬送を行うための制約条件を満たしている場合,そこを移動目標位置とすることとした.

最後に,模型自動車の組立における作業支援実験を行った.実験では,提案手法に基づいた支援方法を,物体に対応するキーを押すという明示的な指示を用いて支援要求をシステムに伝える方法と比較した.その結果,提案手法を用いることで本来の作業を妨げられることなくシステムに支援要求を伝達することが可能になり,作業遂行時間を短縮することができた.

以上をまとめると,本論文は以下のように結論づけられる.

作業支援においては,迅速性が求められる一方,支援システムには直感的かつ容易な指示方法が要求されていた.これに対し本研究では,「ユーザが物体を取ろうとする際の,自然な身体動作に内在する支援要求を推定する」というアプローチを用いた.その結果,得られる情報の確実性を大きく落とすことなく,ユーザにかかる物理的負荷および時間的負荷の小さいattentiveな卓上作業支援システムを実現することができた.

本研究で提案した主観的指差し方向の推定手法は,人間の手と指先の位置という比較的容易に取得できる情報のみから,精度良く指差しターゲットを推定できた.この手法は,どのような距離にあるターゲットにも応用できるものではないが,人間から比較的近い範囲にあるターゲットに対する指差しのモデルとしては広く応用が可能であると考えられる.

卓上作業では作業の順序は事前に決定されてはいないが,作業内での物体使用順序の一部には,個人の好みなどの傾向が見られる.一般に人間と共存するシステムには,瞬間の情報だけではなく,こういった傾向を理解することが求められる.本研究で提案したセンサ情報と物体使用履歴情報の統合手法を用いることによって,ユーザとシステムがインタラクションを繰り返すことで,個人毎の傾向を学習し,それに応じた支援要求推定が可能になるため,センサ情報のみを用いる場合に比べて,得られる情報の不確実性を大幅に軽減することができた.

審査要旨 要旨を表示する

田村雄介提出の本論文は「卓上作業支援のための作業者意図の推定」と題し,全7章よりなる.本論文では,卓上作業における作業者の意図を,その身体動作および過去の履歴を用いて推定する手法を提案するとともに,意図推定に基づいた卓上作業支援システムについて提案している.

第1章においては,本研究の背景となる少子高齢化の現状と,卓上作業の重要性について述べられ,卓上作業を支援することを指向した関連研究について整理されている.さらに本論文の目的および研究のアプローチについて述べられている.

第2章においては,本研究で想定している卓上作業支援システムの概要について述べられている.この研究では,作業者に対して物体搬送を行うロボットとして,Sawyer型の平面モータを用いた自走式トレイを用いている.

また,この章では,卓上作業支援システムに対する指示方法を,attentiveness(物理的負荷および時間的負荷の小ささ)および,information certainty(得られる情報の確実性)という観点から検討している.その結果,一般に用いられているような,システムに対する明示的な指示方法は極力用いず,システム側が作業者の身体動作に内在する意図を推定するという方法を採用している.また,このような方法が不自然な場合においては,直感的でかつ容易な指示方法として,指差しジェスチャを採用している.

第3章においては,作業者の身体動作から,そこに内在する支援要求を推定する方法について述べている.具体的には,作業者が物体を取得するために行うリーチング動作における手先および視線の運動を計測し,これらの情報を確率的に統合することでリーチング動作の検出,およびターゲットとなる物体の予測を行う手法について述べている.

模型自動車の組立実験を通して,提案しているリーチング検出手法およびターゲット予測手法の性能を検証しており,その結果,迅速かつ確実に支援要求を推定することができることを示している.

第4章においては,作業者の指差しジェスチャから,指し示している物体を推定する手法について述べている.一般に,人間が指を差していると思っている方向は,指や腕といった身体部位そのものの方向とは異なり,機械システムを含む他者から見ると,どこを指しているのか判別することは困難である.本論文では,この方向を「主観的指差し方向」と呼び,これを,指の方向のみから推定するモデルを提案している.提案されたモデルを用いることで,非常に高い精度で作業者の主観的指差し方向を推定することができ,指し示している物体を特定することが可能になっている.

人間の意図を推定するには,その瞬間の空間情報だけでは不十分であると考えられる.第5章では,第3章および第4章で述べられている空間情報からの意図推定手法に加え,作業者の物体使用履歴という時系列情報を用いることで,より精度良く作業者意図を推定する手法を提案している.本論文では,空間情報だけでは作業者の意図推定が困難な状況においても,時系列情報と統合することでこれを可能にすることを実験により示している.

第6章では,本論文で提案されている作業者の意図,すなわち支援要求を推定する手法の実システムへの適用可能性を検証している.まず,卓上作業支援システムにおける,自走式トレイの動作特性,および作業者の手先運動の予測に基づいた,トレイ移動の目標位置の決定方法について述べている.さらに,これらに基づいて自走式トレイによる支援を実現し,その支援の有用性について,模型自動車の組立実験を通して検証している.実験の結果,本論文で提案している意図推定手法に基づいた卓上作業支援システムが,ユーザにかかる物理的負荷および時間的負荷を軽減するということが示されている.

第7章では,論文全体について,提案した作業者意図の推定手法を用いることで,attentivenessとinformation certaintyの双方を考慮したシステムが実現できたと結論づけている.

本論文は,人間の動作認識技術および統計的理論に基づく迅速かつ確実な人間の意図推定手法を提案し,その有用性を示している.これは,ロボット工学を中心とする工学全般の発展に寄与するところが大である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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