学位論文要旨



No 123421
著者(漢字) 折口,壮志
著者(英字)
著者(カナ) オリグチ,タケシ
標題(和) 持続可能な社会の構築に向けたICTサービスの環境影響評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 123421
報告番号 甲23421
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6737号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 高橋,淳
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 准教授 松野,泰也
内容要旨 要旨を表示する

ICT(Information and Communication Technology)は,近年の携帯電話の爆発的な普及に代表されるように人々のライフスタイルの変革だけでなく,ビジネスにおいても生産・流通・販売など全てのバリューチェーンで活用され,多岐の部門や様々な業界に横断的である.本研究では,ICTの進展による環境影響に関して,ICT活用たよるビジネス変化と経営手法の変革に着目し,日本全体のマクロ的な視点で,ICTを活用することによる二酸化炭素排出削減のポテンシャルを定量的に論述する.

ICTが地球環境に与える影響は,マイナスの要因とプラスの要因がある.マイナスの要因には「ICT自身の環境負荷」で,インターネット常時接続などによるICT機器やネットワーク(NW)の電力消費などのエネルギー消費や,ICT機器の生産や設備を構築することによる資源の利用,ICT機器の廃棄や設備撤去に伴う廃棄物の発生がある.一方,プラスの要因は「ICTサービスによる環境負荷の低減」であり,例えば音楽配信や画像配信などのICTサービスでは,情報を電子化して配信することによりCDやビデオの生産を抑制させるという脱物質化がある.またTV会議やITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)による移動の削減や効率化や,SCM(Supply Chain Management)や情報家電などによる産業・生活の効率化などがある.

ICTは,社会に大きな影響を与える技術であるため,ICTを持続可能な社会の構築に貢献させる必要がある.前述のように,ICTが地球環境に与える影響は二つの側面を有するため,プラスの要因を,マイナスの要因よりも大きなものにする必要がある.そのためにも,まずはICTの環境影響評価を実施し,評価結果を分析し,その分析をもとに意志決定を行い,行動に移すというPDCA(Plan-Do-Check.Action)を,社会全体でまわす必要がある.それはICT関連企業だけでなく,政府やICTを利用している企業ならびに個人レベルのICTユーザなどを含めた,ICT社会の構成員でPDCAをまわす必要がある.そのためにもまずICT社会が地球環境に与えるこの二つの要因を,定量的に評価することにより,環境影響量を「見える化」し,ICTによる環境影響量を認知する社会システムを構築することが,第一に重要である.しかしながら,ICTの環境影響評価方法はまだ確立していない.そこで本研究の目的は,ICT社会が地球環境に与えるこの二つの要因を,定量的に評価する方法論を確立し,可視化することである.

ICTに関する環境影響評価には,評価する範囲(システム境界)の広さから,(1)国(ICT社会)レベル,(2)各種ICTサービスレベル,(3)ICT機器やシステム等の製品・システムレベル,に大別することができる.(3)の環境影響評価は,製品のLCA(life cycle assessment)として,ICT製造業や大学を中心としてよく検討されている.本研究では,(1),(2)を対象とし,それぞれのレベルに応じた定量的な評価方法を確立した.さらに本研究の目的である「定量的に評価して可視化する」ために,ICTサービスの環境影響評価に関する専門家以外の,例えば営業担当者やICTユーザなどでも,迅速かつ精度の高い環境影響評価ができるようした「情報通信サービス環境影響評価システム」の構築を検討した.

(1)に関する本研究では,SCM(Supply Chain Management)などのICTの進展により企業連携が進展することにより,サプライチェーンが最適化され,将来にわたって,環境負荷にどのような影響をもたらすのか,その可能性について,統計データや企業公開データ,企業事例から現状分析を行い,現状の産業が効率化されることによる環境影響量の算出方法の提案と産業の効率化によりCO2排出が削減できるポテンシャルを検討した.

統計データや企業公開データ,企業事例から現状分析では,全ての業種において,SCMシステム等の生産・物流・在庫管理に取り組んでいる年間事業収入規模が10億円未満の企業はほとんどなく,SCMシステム等は中小企業になかなか普及していないことが分かった.さらに製造業,卸売業,小売業の在庫量を分析により,在庫という観点から大型小売店や大手製造(アセンブリ)メーカがSCMに取り組んで自社の在庫を少なくした結果,卸売りなどの川下側や中小企業に在庫が増えており,現状でのサプライチェーンは最適化されていないことが判明した.

上記の現状分析で得られた知見を基に,特定の製造業におけるSCM活用によるCO2排出量削減効果の推計方法を検討した.消費期限や季節的な制約条件により不良在庫が廃棄につながる4業界(食料品,繊維製品,医薬品,化粧品)に焦点を絞り,在庫削減による不必要生産の抑制によるCO2削減量の推計方法を確立すると共に,これらの業界ではSCM活用により間接効果も含めて,約390万t-CO2の排出量削減効果があることが分かった.

さらに特定業界のCO2削減効果の推計方法を全製造業へと展開し,推計方法を確立した-全ての企業が財務諸表上で把握している棚卸資産に着目し,製造業18業種1,108社の有価証券報告書から棚卸資産回転期間を算出し,現在在庫額(棚卸資産)が少ない企業のレベルに各業界全体が推移していくというベンチマーク的な考え方で,不良在庫をなくして不必要生産を抑制することによるCO2削減量を推計方法である.この推計方法を活用し,製造業18業種では,直接効果で約1,100万t-CO2,間接効果も含めて約3,700万t-CO2の削減効果があると推計とした。

これらの検討した知見を踏まえ,SCM活用による製造業におけるCO2削減量推計方法を発展させ,評価対象を製造業18業種から25業種に拡大し,製造業だけなく卸売業や小売業などの流通業に関してもCO2削減量推計方法を確立した.またDcll社を代表とする製造直販化やBTO(Buiid To Order)による,B2B(Business to Business)からB2C(Business to Consumer)e-commerceへの産業構造の変化を伴うICTの進展の影響や,物流の情報化による影響の検討ならびにCO2削減効果の推計方法を設計した.SCM,製造直販化やBTO,物流の情報化によって,間接効果を含めて約11,700万t-CO2の削減効果があると試算した.結果として,最もCO2排出削減効果の大きい要素は,SCMの活用による製造業における在庫圧縮に伴う不必要生産の抑制である.製造業を直接効率化させることがCO2排出削減に大きく影響することが判明した.次に大きいのが,SCMの活用による中間流通における在庫圧縮に伴うバックスペースの削減である.中間流通(卸売業)は,その性格上在庫がたまりやすく,ここの在庫の圧縮がCO2排出削減に効果的であることが判明した.

(1)に関する本研究で得られた知見は,ICTを活用した持続可能な社会を構築するために,ICTを産業で活用した際のICTの環境負荷低減量をモニタリングや,ICTを企業等で導入する時の意志決定のために環境負荷低減量を計測するときに有効である.

(2)に関する本研究では,ICTサービスの環境影響評価として,今後普及展開していくIP系通信サービスの環境効率評価と,急速に普及している移動体通信(携帯電話)サービスのLCAと環境効率評価を検討した.特に,移動体通信サービスは,端末と基地局の問が無線であるため,有線系情報通信とは異なる機能のため,この機能による環境負荷量の配分方法について明らかにした.

さらに,これらの知見を踏まえ,本研究の目的でもある「定量的に評価して可視化する」ことを普及促進するために,ICTの環境影響評価に関する専門家でないICTユーザなどでも,迅速かっ精度の高い環境影響評価できるツール「情報通信サービス環境影響評価システム」を構築した.本システムは,情報通信サービスおよび従来手段の環境負荷要因を設備の利用による環境負荷,人の移動による環境負荷などのように体系化し,要因毎に環境影響評価のアルゴリズムを定式化し,上記で検討したICTサービスのライフサイクルインベントリー分析(LCI)結果や従来手段のLCIデータをデータベースに搭載し,多種多様のICTサービスに対応した環境影響評価システムとなっている。また,もうひとつの大きな特徴として,業務効率化ソリューションによる環境効果量の算出機能がある.業務効率化ソリューションは,ERP(Enterprise Resource Planning)パッケージなどのように社内の統合システムの一部として機能するため,業務効率化ソリューションの環境効果分だけを抽出することが困難で,またシステム導入前後の環境負荷の絶対量が把握が困難という問題点もあり,これまで,業務効率化ソリューションによる環境効果の算出はできなかった.そこで本システムでは新規システムの導入に伴い,システム導入前後の変化量が把握できる場合において,システムの導入による環境効果を評価する方法を採用して算出可能とした.

以上のように本研究では,情報通信サービスの環境影響に関して,国レベル,各種ICTサービスレベルの評価方法を確立した.そして専門家でなくても情報通信サービスの環境影響評価が実施し,「見える化」となるようにシステム化した.本研究成果を活かし,今後は様々なICTサービスの環境影響評価を実施し,環境配慮型のICTサービスの技術開発,そしてICT社会のエコデザインを設計して,持続可能な社会の構築のためにICTが大きく貢献できることが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,近年の携帯電話やインターネットの爆発的な普及に代表されるように,ますます社会に浸透しているICT(Information and Communication Technology,情報通信技術)を,持続可能な社会に寄与するキーテクノロジーとするために,ICTの環境影響評価手法についてマクロ(ICT社会)分析とミクロ(個々のICTサービス)分析の両面から緻密に論じたものである.マクロ分析は産業を対象としているが,本評価手法と考察の論理は,社会全体だけでなくICTシステムを導入する個々の企業に対しても適用可能な一般性を持ったものであり価値が高い.ミクロ分析においても,IP系固定通信サービスと移動体通信サービスを対象としているが,様々な情報通信ネットワークインフラに対しても適用可能な一般性を持ったものであり価値が高い.さらに,これらの知見を踏まえ,環境を配慮したICT社会とするためには,社会全体でPDCAをまわす必要があり,その第一歩としてまず「ICTの環境影響を定量的に評価して可視化すること」を目的とし, ICTの環境影響評価に関する専門家でないICTユーザなどでも,迅速かつ精度の高い環境影響評価ができるツールを開発し,様々な企業で活用されているという点で貴重な工学的貢献があると考える.以下にその概略を示す.

すなわち第2章では,ICTの進展による環境影響に関して,ICTの進展によるビジネス変化と経営手法の変革に着目し,日本の産業を俯瞰し,ICTを活用してサプライチェーンを最適化させることによる二酸化炭素排出削減のポテンシャルを定量的に論じている.まず統計データや企業公開データ,企業事例を詳細に分析し,SCMが特に中小企業では浸透していないことを具体的に明らかにした後に,さらに製造業,卸売業,小売業の在庫量に関して詳細に分析を行い,世界でも有数な効率化されている日本の産業においてもサプライチェーン全体では最適化する余地があることを明らかにしている.次に,これらの現状分析で得られた知見を基に,特定の製造業におけるICT活用による二酸化炭素排出量削減効果の推計方法を論じている.特に,消費期限や季節的な制約条件により不良在庫が廃棄につながる業界に焦点を絞り,不必要生産の抑制による二酸化炭素削減量の推計方法を確立すると共に,これらの業界での二酸化炭素排出の削減の可能量を明確にしている.次に,上記で確立した二酸化炭素削減効果の推計方法を,特定業界から全製造業へと展開するために,株式会社が必ず財務で把握している棚卸資産に着目し,有価証券報告書から棚卸資産回転期間を算出し,各業界で在庫を適正化している企業のレベルに各業界全体が推移していくという斬新な考え方で,不良在庫をなくして不必要生産を抑制することによる二酸化炭素排出削減量の推計方法を確立すると共に,二酸化炭素排出の削減可能量を明確にしている.さらに上記で確立した製造業の二酸化炭素削減量の推計方法を発展させ,製造業だけなく,卸売業や小売業などの流通業に関しても不良在庫の削減による二酸化炭素削減量推計方法を確立した.またデルモデルで代表される製造直販化や受注生産による,B2BからB2Cへの転換のような産業構造の変化を伴うICTの進展の影響や,物流の情報化による影響を論じ,これらによるICTによる効果の推計方法を確立し,ICTの活用による産業での二酸化炭素排出の削減可能量を明確にし,サプライチェーンのどこを効率化させることにより,有効な二酸化炭素排出削減が達成できるかを明らかにしている.これらの知見は,ICTを産業で活用した際のICTの環境負荷低減量をモニタリングするためだけでなく,ICTを企業等で導入する時の意志決定時の環境負荷低減量を計測するときにも非常に有効であり,貴重な工学的貢献であると考える.

第3章では,ICTサービスの環境影響評価として,今後普及展開していくIP系固定通信サービスの環境効率評価と,急速に普及している移動体通信サービスのLCAと環境効率評価について論じている.特に,移動体通信サービスは,端末と基地局の間が無線であり,有線系情報通信とは機能が異なることを論じ,この機能による環境負荷量の配分方法について明らかにしている.さらにこれらの知見を踏まえ,「情報通信サービス環境影響評価システム」の開発について論じている.本システムは,情報通信サービスおよび従来手段の環境負荷要因を設備の利用による環境負荷,人の移動による環境負荷などのように体系化し,要因毎に環境影響評価のアルゴリズムを定式化し,上記で検討したICTサービスのLCIデータや従来手段のLCIデータをデータベースに搭載し,多種多様のICTサービスに対応した環境影響評価システムを提案している.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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