学位論文要旨



No 123423
著者(漢字) 丹羽,隆
著者(英字)
著者(カナ) ニワ,タカシ
標題(和) ビジネスプロセス改善を可能とする : 業務プロセスの統合モデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 123423
報告番号 甲23423
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6739号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 准教授 白山,晋
 東京大学 准教授 増田,宏
 東京大学 准教授 武市,祥司
 東京大学 客員准教授 古賀,毅
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

企業組織は市場の変化や技術革新に応じてビジネスプロセスを改善し続けなければならない.これに対し,エンタープライズアーキテクチャの策定やビジネスプロセスマネジメントの実施が行われつつある.本研究では,特に業務プロセスに焦点を当て,企業組織全体の業務プロセスの改善について議論する.業務プロセスの改善には,業務プロセスの記述と分析が必要である.しかしながら,現状業務の認識の問題と設計者(業務プロセスを記述する人)による記述の問題から,業務プロセスを直接記述することは困難である,この背景には,多くの背景知識を有した熟練能力が必要とされるといった問題が存在する.

そこで本研究では,まず,「断片的なモデルであれば,現場からの抽出と設計者による記述が可能である」と仮定し,この断片的なモデルを統合して1つの統合モデルで表現する.さらに,この統合モデルに対して定量的に業務プロセスを評価する.本論文では,このアプローチにより業務プロセス改善のための統合モデルおよびモデリング手法に関する研究を行う.

2.本研究の目的

まず,本研究の大目的を以下に示す.

企業組織全体の業務プロセス改善を支援するための業務プロセスの統合モデルとモデリング手法の提案

先述のアプローチでは,業務プロセスの断片的なモデルを統合する仕組みの構築,および記述されたモデルを定量的に評価する仕組みの構築といった課題を抱える.また,先述の業務プロセスの直接的な記述の困難性に対して,業務を多面的視点から捉え,視点間の整合性を確保するというアプローチを採る.

以上を踏まえ,以下のような小目的を設定する.

●業務プロセスの統合モデルの提案

・計算機が理解可能なグラフモデルをベースとした情報モデル

・多面的視点からのモデリングが可能な情報モデル

・視点間の整合性を評価することが可能な情報モデル

●業務プロセスの統合モデルを用いたPDCAサイクルモデリング

●多面的視点からの業務モデルの記述

・視点間の論理的不整合に対する定性的な分析および評価

・業務プロセスの分析とシミュレーションによる定性的な構造評価と業務の定量的なパフォーマンス評価

・業務プロセスの評価をベースとしたプロセス改善の検討および具体的な対応

ここで,PDCAサイクルとは,業務プロセスの記述(Plan),分析(Do),評価(Check),および検討(Act)を意味する.以下,業務プロセスの統合モデルおよびPDCAサイクルモデリングについて詳述する.

3.業務プロセスの統合モデル

以上で設定した小目的を踏まえ,本研究における業務プロセスの統合モデル(図1)は,以下の手順により定義される.

・企業組織の静的側面と動的側面の両方の要素をモデル化

・業務プロセスをアクタ(業務の主体),機能,およびデータ(業務の客体)の3つの側面から捉え,業務プロセスのサブモデルとしてアクタ連携モデル,機能プロセスモデル,データ依存モデル,アクタ機能割付モデル,機能データ割付モデル,アクタプロセスモデル,およびデータプロセスモデルを定義

・各サブモデルに対するビュー(図2)を定義

・ノードとリンクに属性を持たせた階層グラフモデルをメタモデルとして各要素を定義

・ペトリネットを拡張したシミュレーションモデルの導入

サブモデルのうち,特にアクタ機能割付モデルと機能データ割付モデルは,機能プロセスモデルとアクタ連携モデル,および機能プロセスモデルとデータ依存モデル,それぞれのモデル間の対応関係を明確にする重要な役割を担う.

また,「機能」をアクタの視点とデータの視点から捉えた要素として「アクティビティ」と「処理」を定義する.さらに,機能はアクティビティと処理を抽象化した要素と定義する.この機能の抽象関係により,機能プロセスモデルとアクタプロセスモデル,および機能プロセスモデルとデータプロセスモデル,それぞれのモデル間の対応関係を明確にする重要な役割を担う.

以上で対応関係が明確にされたサブモデルの視点から,業務プロセスを間接的に記述し,視点間の整合性を確保しながらモデリングを行う.以下,統合モデルの静的側面および動的側面から,PDCAサイクルモデリングの各フェーズに関して詳述する.

4.多面的視点からの業務プロセスモデリング(Plan)

各サブモデルに対する視点から統合モデルの構造を記述する.視点を切り替えることで,ある視点では気付かなかった情報を別の視点から発見したり,ある視点で矛盾する情報を別の視点から発見したりすることが可能となる.しかしながら,視点間の整合性を確保する問題は残される.これについては後述のフェーズで対応する.

統合モデルの動的側面からの記述として,業務プロセスのシミュレーションでパフォーマンスを測定するために,以下のパラメータを設定する.

●アクタ-コスト(円/人時間),リソース量(人)

●アクティビティ-仕事量(人時間)

●業務-発生頻度(回/時間)

5.統合モデルの分析・シミュレーション(Do)

まず,統合モデルの整合性を評価するために提案する分析手法(図3)について述べる.相似性分析は,各視点におけるモデルの相似性を比較する分析手法として提案する.適用には,相似性を比較する2つのモデルの対応関係が明確である必要があるが,先述した割付モデルおよび機能の抽象関係でこれを保証する.継承性分析は,グラフモデルの階層構造に着目した分析手法として提案する.プロセス分析は,プロセスの手戻りなどの分析に適用されるDSM(Design Structure Matrix)のパーティショニングを応用した分析手法として提案する.この分析により,プロセスの矛盾や粒度の不均一性といった論理的不整合の発見を狙う.割付分析は,数量化理論第皿類を応用した分析手法として提案する.この分析により,類似した役割を持つ要素の冗長性や粒度の不均一性といった論理的不整合の発見を狙う.

また,業務プロセスのシミュレーションでは,組織全体の業務プロセスに対して行い,各アクタのプロセスおよびアクタ間のインタラクションを可視化する.また,設定したパラメータから,以下のパフォーマンスが測定される.

●アクタ-発生コスト,稼働率,処理時間,連携時間,連携頻度

●アクティビティ-仕事の滞留

●業務-達成回数,1業務当たり発生コスト

6.統合モデルの構造評価・定量的評価(Check)

まず,先述した現状業務の認識の問題および設計者による記述の問題から発生するモデルにおける問題と論理的不整合について以下に整理する.

・様々な粒度のモデルの存在-粒度の不均一性

・部分的に欠落した問題-欠落

・モデル同士が矛盾-矛盾

・モデル同士が冗長的-冗長性

提案した各分析手法によりこれら論理的不整合を発見するが,現状業務の問題なのか現状業務の認識の問題であるかによって,評価が異なる場合がある.例えば,現状業務で手戻りが発生しているだけで論理的不整合ではない場合と,現状業務の認識が矛盾している場合とでは評価が異なる.これを踏まえ,各分析手法によって得られる結果に対する評価を行う.

また,シミュレーションの実行可能テスト,プロセスとインタラクションの評価,およびパフォーマンスの評価を行う.

7.評価に基づく統合モデルの修正・改善(Act)

まず,各論理的不整合の評価に対する具体的な対応について示す.欠落の評価に対しては,計算機による冗長的な補完は可能であるが,設計者による要素の除去や判断が必要である.矛盾の評価に対しては,設計者による矛盾を除去するための修正が必要である.手戻りの評価に対しては,設計者によるプロセスの修正が必要である.継承性の不整合の評価に対しては,設計者による評価基準の判断が必要である.粒度の不均―性の評価に対しては,粒度の小さい要素群を統合化するか,あるいは粒度の大きい要素を詳細化するかの設計者による判断が必要である.冗長性の評価に対しては,どの要素群が冗長的であるのかの設計者による判断が必要である.

また,パフォーマンスの評価をベースにアクタ間のインタラクションに着目した以下の検討を行う.

・アクタのリソース量の調整による対応

・アクタプロセスにおけるフローの修正による対応

・アクタの役割の調整による対応

8.プロトタイプシステムの実装と検証

本研究の有効性を確認するために,統合モデルおよびPDCAサイクルモデリングを,実際の製造業者における製品の設計プロセスに対して適用する.適用の際に,モデリング環境のプロトタイプシステムを構築した.これを用いて業務プロセスを各視点から記述し,各分析手法の適用,シミュレーション,評価,および検討を繰り返しながらモデリングする過程を示す.また,記述したAS-ISモデルに対し,インタラクションに着目した評価および修正を行うことで,プロセス改善が可能であることを示す,最後に,モデリング全体で計算機によって設計者を支援した割合を示す.

9.結論と考察

プロトタイプシステムの実行例により,本研究で提案する統合モデル,分析手法,およびインタラクションの可視化について,設定した目的に対する有効性が示された.業務プロセスを記述し改善する過程では,対象をモデリングする純粋な作業の他に,現場の認識の問題と設計者による記述の問題に対応するための設計者による試行錯誤に対する作業が少なくない.今後,大規模なビジネスプロセスを対象とした改善を行っていく場合,計算機によるより多くの支援が期待される.

図1業務プロセスの統合モデル

図2統合モデルの各サブモデルに対するビュー

図3論理的不整合を評価するための分析手法

審査要旨 要旨を表示する

企業組織は,市場の変化や技術革新に応じてビジネスプロセスを改善し続けなければならなく,エンタープライズアーキテクチャの策定やビジネスプロセスマネジメントの実施が行われている。しかしながら現実には,現状業務の認識の限界と設計者(業務プロセスを記述する人)の記述能力の限界から,業務プロセスを直接記述することは困難であり,多くの背景知識を有した熟練能力が必要不可欠であるといった問題が存在する。

本研究は,業務プロセスに焦点を当て,企業組織全体の業務プロセスの改善のシステム的方法論に関する研究である。業務プロセスの改善には,業務プロセスの記述と分析が必要であるが,「断片的なモデルであれば,現場からの抽出と設計者による記述が可能である」と仮定し,この断片的なモデルを統合して一つの統合モデルで表現することを提案している。さらに,この統合モデルに対して定量的に業務プロセスを評価することを提案している。全10章から構成される本論文では,これらの提案に関して概念的な方法論から具体的な手法とプロトタイプシステム,および実問題への適用例を示している。

第1章では,製品に関する不具合情報の統合マネジメントの必要性も含め,本研究の背景と進め方に関して述べている。

第 2 章では,多面的な視点を持つモデルに関する既存研究,モデリングに関する既存研究,モデルの評価に関する既存研究,および既存のプロセスのモデリング言語に関して,本研究に対する要件に対する問題点についてそれぞれ述べると共に,本研究の位置付けを述べている。

第 3 章では,ビジネスモデル設計およびバランススコアカードにおける本研究の位置付けをした後,企業組織における業務の特徴を整理し,この整理を踏まえ,本研究の全体像を示している。

第 4 章では,多面的視点から断片的にモデルを記述しそれらを統合することが可能な業務プロセスの統合モデルを提案する。そのために,まず,業務プロセスを3つの側面からと,マクロの視点からミクロの視点までを捉えるための,業務プロセスのメタモデルを提案している。つづいて,このメタモデルをベースに業務プロセスの各要素およびそのサブモデルを定義している。さらに,モデリングからシームレスなシミュレーションの実行を可能とするシミュレーションモデルを提案しており,最後に,統合モデルの概観を示し,統合モデルを操作・閲覧するためのビューを定義している。

第 5 章では,第4章で提案した統合モデルを用いて,多面的視点から間接的に業務プロセスを記述することを提案している。この記述の過程で,視点を切り替えながら視点間の対応関係を明確にし,シミュレーションに必要なパラメータの設定を行う流れを説明している。

第 6 章では,第5章で記述した統合モデルに対して,論理的不整合を発見するための分析手法について述べている。また,記述された業務プロセスモデルに対して実行するシミュレーションについて述べると共に,シミュレーションで得られる結果を示している。

第 7 章では,プロセス統合の問題を再認識したうえで,業務プロセスの統合モデルに潜在する論理的不整合の問題を解消するための評価方法について述べている。また,記述された統合モデルにおけるプロセスおよびインタラクションを可視化することで評価し,さらに,プロセスのパフォーマンスを評価する方法を提案している。

第 8 章では,第7章で述べた評価をベースに,AS-ISモデリングおよびTO-BEモデリングの観点からの検討および対応について述べている。

第 9 章では,本研究で提案する業務プロセスの統合モデル,分析手法,シミュレーションモデル,評価方法,および検討方法を,プロトタイプシステムにより適用検証し,その有効性を示している。

最終章となる第10章では,本研究の目的に対する統合モデルおよびPDCAサイクルモデリングに関する重要性と有効性について述べた後,本研究で得られた知見を整理し,今後の課題を議論している。

本研究は,業務プロセスを形式的に記述することが可能な統合モデルを提案し,その記述の方法論としてPDCAサイクルを基盤とする業務プロセスのモデリング手法を提案している。その提案では,記述されたモデルの分析手法,および業務プロセス間のインタラクションを可視化する機能などが具体的に示されており,業務プロセスを多様な視点から記述し,各分析手法の適用,シミュレーション,評価,および検討を繰り返しながらモデリングする過程の有効性を示している。本研究が示す成果により,今後,大規模なビジネスプロセスを対象とした改善を行っていく場合,計算機によるより多くの支援が期待される。このように,本研究が示す方法論,成果の効果はきわめて大きいものと評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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