学位論文要旨



No 123424
著者(漢字) 巻,俊宏
著者(英字)
著者(カナ) マキ,トシヒロ
標題(和) 海底環境の全自動観測の研究
標題(洋)
報告番号 123424
報告番号 甲23424
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6740号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 浅田,昭
 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 教授 藤井,輝夫
 東京海洋大学 准教授 近藤,逸人
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

本研究ではプロファイリングソーナーと静的な音響ランドマークを用いた自律型水中ロボット(Autonomous Underwater Vbhicle,AUV)の測位・航法アルゴリズムを研究し、従来手法では困難であった海底面の全自動観測を行うための手法を提案する。そして実際のAUVTri-Do91を用いた水槽実験及び実海域実験を通して提案手法の有効性を検証する。

海底面の画像観測は生物層や地質、地形などの詳細観測のために必要不可欠である。しかしながら従来の遠隔操縦ロボットや有人潜水艇による画像観測は極めて局所的であり、広範囲の面的な観測を行うことは非常に困難であった。この原因は水中における撮影可能距離の短さと測位精度の悪さである。AUVはエネルギー源と頭脳を内蔵した水中ロボットであり、人間による遠隔制御を受けることなく全自動で長時間・広範囲を観測することができる。現在は音響による地形観測などの比較的単純なミッションにおいて実用化されている一方で、画像観測への応用に向けた研究が進められている[1][2]。

AUVによる全自動観測手法

AUVが海底環境を観測するためには、環境認知、自己位置推定、経路計画をAUV単独でリアルタイムに行う必要がある。本研究で提案する自律観測手法(Fig.1)は速度、深度、姿勢、周辺物までの距離等のセンサデータを受けて水平方向と鉛直方向の制御目標値を出力する。AUVはサージ、スウェイ、ヒーブ、ヨーの4自由度が制御可能であるものとする。

第一のポイントは、測位にFig.2のようにプロファイリングソーナー(指向性の強い音波を周回スキャンするソーナー、以後プロファイラーとする)と静的な鉛直棒状の音響反射物を用いることである。測位レンジはプロファイラーの探知範囲に制限されるものの、画像観測に十分な測位精度を得ることができる。また、人工の音響反射材のほかに自然の噴気をランドマークとして使えるため、従来の音響測位が困難であった噴気帯にも適用することができる。第二のポイントは、AUVの軌道制御を水平方向は経路計画部(Pathplanner)、鉛直方向は地形追従部(艶rraintracker)というそれぞれ独立した部分により行うことである。即ち経路計画部は海底地形に関係なく水平方向の観測経路を決定し、地形追従部は水平方向の任意の動きに対応できるように鉛直方向の位置制御を行う。これにより比較的単純なアルゴリズムにより、複雑な海底地形に対して画像観測に適した低高度(1~2m)を保つことができる。

SLAM

AUVとランドマークの位置関係を事前に把握することは困難であるため、AUVは航行中リアルタイムにランドマークを探索、マッピングするとともに自己位置を推定する。このような手法はSLAM(Simultaneous Localization And Mapping)と呼ばれ、自律移動ロボットによる測位・環境マッピング手法として多くの研究がある[3]。

本手法においてSLAMはFig・1の状態推定部(State estimator)と地図作成部(Mapbunder)によって行われる。状態推定部はセンサ情報とランドマーク情報から現在のAUV状態(AUVstate)を推定する。水平位置と方位はパーティクルフィルタ[4]により確率的に推定する一方で、ロール角・ピッチ角・鉛直位置(深度あるいは高度)はセンサの信頼性が高いため計測値をそのまま利用する。地図作成部はプロファイラーを用いて新たなランドマークを探索し、発見時のAuv状態を基にランドマーク地図を更新する。通常は360度の周回スキャンを行うが、新たなランドマーク候補が見つかるとその周辺を一定回数集中的にスキャンする。そして一定数以上の反応が得られたら、反応点群の重心をランドマークとして登録する。このように集中スキャンを行うことでランドマークの位置精度向上が期待できるほか、水中浮遊物や生物などによる誤探知を抑制することができる。

ランドマーク地図とAUV状態は相互に深く関連しているため、センサ情報を最大限活用するためには自己位置を更新するたびに環境地図も更新するべきである。しかし本手法においては経路計画の安定性およびリアルタイム処理を重視するため一度発見したランドマーク位置は固定される。かわりに各ランドマークには集中スキャンで得られた点群のばら一つき及びAUV状態のサンプル分布から計算される誤差情報を持たせ、これを状態推定部で評価することでランドマークの位置誤差を考慮している。

琵琶湖における実海域実験でTri-Dog 1によって作成された湖底のモザイク画像を比較したところ誤差が0.1~02メートル程度であり、画像観測に十分な性能が得られたことが確かめられた。また、人工反射材からの距離が30メートル程度であれば安定した測位ができることが確かめられた。

経路計画

SLAMによって任意の位置・時間に発見されるランドマークに対処するために、経路計画器(Pathplanner)はランドマークの位置・種類に応じてリアルタイムにAUVの進路を変更する。経路計画には短期計画と長期計画がある。

短期計画は決められたウェイポイントを辿ることを基本とするが、発見されたランドマークの種類を識別し、人工反射材であれば衝突回避を行う。また、噴気であれば衝突しても問題ないため無視する。これを実現するために、三種類の制御モード(航行モード、観測モード、回避モードをランドマークの位置・種類に応じて切り替える。長期計画はウェイポイントそのものを更新する。ウェイポイントには探索用、観測用という二種類があり、どちらも事前に設定してAUVに与えておく。探索ウェイポイントは観測開始後まず辿るウエイポイントであり、その目的はあらかじめ設置されている人工反射材を発見することである。探索ウェイポイントを辿る間に人工反射材を発見できないと画像観測に移れないため、AUVのスタート地点や人工反射材の位置の不確実性を考慮して広範囲をカバーするように設定する必要がある。反射材が2つ見つかったら反射材基準の観測ウェイポイントへ移行する。これにより、外乱等によりAUVの投入位置がずれても反射材基準、即ち地球固定座標系基準の観測を可能とする。

人工反射材と噴気をそれぞれ2本設置して行われた水槽実験では、SLAMによって発見されたこれらのランドマークの種類を適切に識別し、人工反射材のみ衝突回避を行うことに成功した。また、人工反射材を基準とした経路を辿ることに成功した。

地形追従

画像観測を行うには海底面に対して1~2m程度の至近距離を保つ必要がある。しかし高度計による単純な一定高度制御では海底面の起伏や生物群集、チムニー等の突起物に対応できないため、下向きだけでなく水平方向や斜め下方を向けた複数の障害物センサによるロバストな地形追従を行うことが望ましい。ただし音響による障害物センサは分解能が悪く、また信頼性が対象への入射角に大きく依存するため、障害物センサによって周辺環境の3次元形状を推定することは困難である。一方で、障害物を検知したら反射的に上昇するといったセンサドリブンな回避手法はセンサノイズに弱く、軌道が不安定になる恐れがある。そこで複数の障害物センサによりAUV周辺の局所的な危険領域マップ(Hazardmap)を作成し、これを基に鉛直方向の制御方式を切り替える手法を提案する。

障害物探知部(Hazard finder)は複数の障害物センサを用いてハザードマップを作成する。地形追従部(Terraintracker)はハザードマップを元に鉛直方向の制御目標値を出力する。制御方法には海底面からの高度を基準とする高度モードと海表面からの深度を基準とする深度モードの二種類がある。通常はウェイポイント毎に指定された高度を保つ高度モードであるが、危険領域に入った場合には海底面の起伏により高度が正しく計測できない可能性が高いため、海面からの深度を制御する深度モードとなる。そしてセンサドリブンの反射的な回避法則により、AUV近傍に障害物を検知するたびに目標深度を浅くする。

AUVが危険領域から出ない限り目標深度を深くすることはないため、センサノイズや欠測に対してロバストであり、また旋回を含む任意の水平移動に対応することができる。

水槽実験では、本手法により高低差2mの起伏に富む地形を高度1.2mで安定して追従することに成功した。

実海域実験

三種類の手法(SLAM、経路計画、地形追従)は全てTri-Dog1に実装され、鹿児島湾たぎり噴気帯において実海域実験が行われた。実験場所は活発な噴気が存在するため従来の音響測位が困難であり、また海底面には斜面やハオリムシ群集による起伏が存在する。実海域実験において、Tri-Doglは全12回の安定した全自動観測に成功した。自律観測の時間は延べ29時間、距離は延べ8,000mに及ぶ。そしてこれらの潜航で得られたデータからFig.3に示す海底面の詳細な画像マップを作成することに成功した。画像マップの範囲は約3,000平方メートルで、使用された画像は7,000枚に上る。写真の張り合わせにはAUVが航行中リアルタイムに推定・計測した情報のみを用い、画像相関による最適化は一切行っていないが、ハオリムシ群集やバクテリアマット(白い部分)等の分布を詳細に把握することができる。また、各潜航ごとに作成された画像マップの誤差が0.6m程度であることが確認された(Fig-4)。この誤差はランドマーク発見、自己位置推定、経路計画を含めた提案手法全体の測位誤差を意味する。本実験により観測手法の有効性が検証された。

おわりに

本研究により、海底面の全自動観測手法としてAUVによる観測手法を提案することができた。また、提案手法の有効性を実際のAUVを用いた実海域実験によって検証することができた。本手法は海底噴気帯の調査のみならず、海底考古学調査、捜索・救助、セキュリティ、水中土木工事など数多くの分野へ応用されることが期待される。

[1] H. Singh, R. Armstrong, F. Gibes, R. Eustice, C. Roman, 0. Pizarro and J. Torres, "Imaging coral I: Imaging coral habitats with the SeaBED AW," Subsurface Sensing Technologies and Applications, 5(1), pp.25-42, 2004.[2] 巻俊宏、近藤逸人、浦環、能勢義昭、坂巻隆、"自律型水中ロボットによる人工構造物の観測、"日本船舶洋工学会論文集、1、PP.17-26、2005.[3] H. Durrant-Whyte and T. Bailey, "Simultaneous localization and mapping (SLAM): Part I," Robotics and Automation Magazine, 13(2), pp.99-110, 2006.[4] S. Thrun, D. Fox, W. Burgard, F. Dellaert, "Robust Monte Carlo localization for mobile robots," Artificial Intelligence, 128, pp.99-141, 2001.

Fig. 1 Proposed software scheme for autonomous operation.

Fig. 2 AUV positioning based on a profiling sonar and passive acoustic landmarks.

Fig. 3 Results of the sea experiments. Left: Estimated trajectory of the AW Tri-Dog 1. Right: Photomosaic of the seafloor with a 30×30m grid.

Fig. 4 Comparison of the photomosaics between two dives. Each figure shows the same part of the photomosaic obtained by each dive. The size is 5×5m. The objects indicated by the arrows are the same one.

審査要旨 要旨を表示する

自律型水中ロボット(Autonomous Underwater Vehicle, AUV)は、人がいけないうえに電波が届かない自然環境の水中を自律的に活動しなければならない。その行動の第一歩は、自己位置の特定(測位と書く)である。測位ができると、それに基づいて航法が決定される。ロボットの規模やそのミッションに関係していろいろな測位手法が採られている。大型ロボットでは、大きな測位装置を搭載できるが、数百キロの重量の中型ロボットでは、計測機材も限られ、精度の良い位置検出は困難である。また、本研究で扱っているような、海底から泡がでているような場所では、その困難度は極めて高い。本論文ではプロファイリングソーナー(指向性の強い音波を周回スキャンするソーナー、以後プロファイラーとする)と静的な音響ランドマークを用いたAUVの測位・航法アルゴリズムを研究し、従来手法では困難であった噴気帯の海底面の全自動観測を行うための手法を提案し、AUVの実機「Tri-Dog 1」を用いた水槽実験及び実海域実験を通して提案手法の有効性を検証している。

第1章では、AUVを取り巻く研究の背景を述べ、測位の問題点、特に噴気帯での測位の問題点を議論している。

第2章では、速度、深度、姿勢、周辺物までの距離等のセンサデータを受けて水平方向と鉛直方向の制御目標値を出力する新しい測位システムを提案している。提案の第一のポイントは、プロファイラーと静的な鉛直棒状の音響反射物を用いた相対位置計測手法を確立することである。測位レンジはプロファイラーの探知範囲に制限されるものの、画像観測に十分な測位精度を得ることができる。また、人工の音響反射材のほかに自然の噴気をランドマークとして使えるため、従来の音響測位が困難であった噴気帯にも適用することができる。提案の第二のポイントは、AUVの軌道制御を水平方向は経路計画部、鉛直方向は地形追従部というそれぞれ独立した部分により行うことである。即ち経路計画部は海底地形に関係なく水平方向の観測経路を決定し、地形追従部は水平方向の任意の動きに対応できるように鉛直方向の位置制御を行う。これにより比較的単純なアルゴリズムにより、複雑な海底地形に対して画像観測に適した低高度(1~2m)を保つことができる。

第3章では、第2章で議論したハードウェアシステムの上に、ソフトウェアシステムであルSLAM(Simultaneous Localization And Mapping)を構築して、ロボットを展開する手法を提案している。AUVは航行中リアルタイムにランドマークを探索、マッピングするとともに自己位置を推定する。本手法においてSLAMは状態推定部と地図作成部によって行われている。状態推定部はセンサ情報とランドマーク情報から現在のAUV状態を推定する。水平位置と方位をパーティクルフィルタにより確率的に推定している。地図作成部は、プロファイラーを用いて新たなランドマークを探索し、発見時のAUV状態を基にランドマーク地図を更新する。通常は360度の周回スキャンを行うが、新たなランドマーク候補が見つかるとその周辺を集中的にスキャンして位置精度を上げ、反応点群の重心をランドマークとして登録する。このことでランドマークの位置精度向上が期待できるほか、水中浮遊物や生物などによる誤探知を抑制する。

第4章では、SLAMによって任意の位置・時間に発見されるランドマークに対処するための経路計画器について論じている。経路計画には短期計画と長期計画がある。短期計画は決められたウェイポイントを辿ることを基本とするが、発見されたランドマークの種類を識別し、人工反射材であれば衝突回避を行う。また、噴気であれば衝突しても問題ないため無視する。これを実現するために、三種類の制御モード(航行、観測、回避)をランドマークの位置・種類に応じて切り替える。長期計画はウェイポイントそのものを更新する。ウェイポイントには探索用、観測用という二種類があり、どちらも事前に設定してAUVに与えておく。

第5章では、経路計画の特殊な場合である地形追従について論じている。画像観測を行うには海底面に対して1~2m程度の至近距離を保つ必要がある。しかし高度計による単純な一定高度制御では海底面の起伏や生物群集等の突起物に対応できないため、複数の障害物センサによりAUV周辺の局所的な危険領域マップを作成し、これを基に鉛直方向の制御方式を切り替える手法を提案している。障害物探知部は複数の障害物センサを用いてハザードマップを作成する。地形追従部はハザードマップを元に鉛直方向の制御目標値を出力する。制御方法には海底面からの高度を基準とする高度モードと海表面からの深度を基準とする深度モードの二種類を用意する。

第6章では、提案している全てのシステムをTri-Dog 1に実装し、鹿児島湾たぎり噴気帯においておこなわれた実海域実験について論じている。実験場所は活発な噴気が存在するため従来の音響測位が困難であり、また海底面には斜面やハオリムシ群集による起伏が存在する。実海域実験において、Tri-Dog 1は全12回の安定した全自動観測に成功、各潜航ごとに作成された画像マップの誤差が0.6m程度であることが確認された。この誤差は提案手法全体の測位誤差を意味し、本実験により観測手法の有効性が検証された。

第7章では、提案するシステムについて考察をおこない、提案するシステムの限界、それを越えるための考察をおこない、本システムの有用性を第8章で結論づけている。

このように、本論文は、海底面の全自動観測手法としてAUVによる新たな観測手法を提案し、提案手法の有効性を実際のAUVを用いた実海域実験によって検証がなされ、自律型海中ロボットの新しい測位方式を提案するだけでなく、海底観測の新たなるやり方をも導き出していて、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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